2・4
倦怠感と共に昼夜の身体を襲った疲労感はほんの数十分をまるで悠久の時かと思わせるほどに感じさせその精神を衰弱させていた。
ただの軽い気持ちで訪れた娯楽としてしか認識していない占いと言う名の得体のしれない化物にコテンパンにされた気分を味わう昼夜がマエストロ桂子との対面を終え、待合室に帰って来た時出て来たのは疲れと安堵からくるため息だった。
「しゃきっとしなよ物部君」
対照的に、昼夜の独白を聞いたにも関わらずこずえは何事も無かったかのように振る舞い昼夜の背中を叩いた。
「所詮占いなんてただの言葉だって言ったじゃん。娯楽に過ぎないの。だからあんな言葉信用する必要ないって。占いなんててきとーに信じとけばいいんだから」
自分にとって都合の良い部分は信じ、都合の悪い部分は信じない。
最初からそう公言していたこずえの言葉が今になって納得出来る気分となった昼夜ではあったが、それにしても……
「病気になるって……」
まさか大金を払って享受しようとした娯楽の先に待っていたのが病気の宣告だったとは、信じる信じないとか以前にショック以外の何物でもないと、昼夜は肩を落としていた。
「だから気にしないって」
そう隣りで明るく言い放つこずえの言葉にどこか上の空の昼夜。重篤な責任感、病的なコンプレックスとまで称された自分の中に眠る異常さを指摘された高校二年生がその後もなんら変わり無く上野の街探索を続けられるかと言えば、それは確実に否と断言するべきであろう事柄だった。事実昼夜はこの時既に家に帰りたいと切なる願いを胸に待合室を抜けて受付で会計を済ませたいと、無言のままでそう思っていたからだ。
とりあえず今はソッとしておいてほしい
という願望が昼夜の心の中を満たしていたのは紛れもない事実だったのだろう。しかし、現実はそう甘くなどはなかった。
「こちらが待合室となります」
昼夜達が後にしようとした待合室の入口ドアが、その目の前で開いた瞬間だった。ドアの向こう側には案内をする職員と、新たな占いの餌食となる客がそこには立っていた。
当然ドアの敷居を跨いで対面している昼夜とこずえがこの場合道を譲って相手を先に通すべきだったのかもしれない。いや、或いは新たに入ってきた客が出る人を優先的に出す、電車のマナーをそのまま体現し道を譲るべきだったのかもしれない。しかしこの場合、三人はお互いに直立したまま動かなかった。いや、動けずにいた。
「……こずえ?」
昼夜とこずえの目の前に立つ客が、そう言ったのと同時に、こずえが嬉しそうに叫んだからである。
「ヤヨイちゃん!」
深澤ヤヨイ。
一年前に見かけた援交少女が今、昼夜達の目の前に立っていた。
○
情景や描写、或いは光景と称されるべき景色はそれ一枚を切りぬいてみた所でなんら意味合いは持たないのかもしれない。一枚の風景を切り取った静止画はそれだけで美しさを連想させる一つのアイテムとなるのは確かだった。しかしそれはあくまで一枚の静止画に対してあてがわれたそれ単体につく、意味を持たない価値でしか無いのかもしれない。ましてやその意味を持たない事に美しさを見出しそれを鑑賞する人間がその静止画に価値を見出すのかもしれない。
一枚の静止画に意味は無く、切り取った風景に付随されるニュアンスは皆無だった。
しかし現実は違う。一枚の風景を切り取った所で地続きとなっている現実が意味を無くす事はないし切り取られた風景がその場から消え失せる事もない。風景は人と人をつなぐ歴史でもありその時その時を刻む記録でもあった。
昼夜は改めて思った。
一年前。あの夏の日差しが強かった真夏の日に、うらびれたダウンタウンの片隅で見たあの一風景が一体何を意味していたのか、自分達が何故あの風景を一風景として、静止画としてその目に焼きつけ認識してしまったのか。
それは事実、事情を知らない人間が他者の倫理的に咎められるような行為を見た結果切り取ってしまった一枚の原風景に他ならなかった。しかし実際、その静止画を現実と地続きにさせる事によって、あの過ぎ去ってしまった時の流れで一体何が起こったのだろうと、改めて意味の無い後悔にも似た反芻をする事によって昼夜は目の前にいる少女を見、そして言葉を紡ぐのだった。
静止画を連続させた動画の中に潜んだ意味が、限りなく一時停止を余儀なくされた原風景に多大なる相違感を生み、それを昼夜とこずえに与えたのは当然の事だったのかもしれない。
「五年ぶり、になるのかな?」
昼夜とこずえの前に座るメロンソーダを注文した少女、深澤ヤヨイが対して懐かしさも込めずに言った。
マエストロ桂子の館を出た昼夜達はそのビルの目の前にあるファミリレーストランへと入っていた。当然、これがヤヨイの占いが終わるまでビルの出口で待ち伏せた結果の産物であるのはどうしようもない事実であろう。
「で?」
ヤヨイはその整った顔立ちをテーブルへと向けながら事の葉を発した。
「なんで私の前にあなた達がいるのかしら?」
当然の疑問だろうと、半ば同意するしかない質問に昼夜は隣りにいる少女を見やるほかなかった。
「久しぶりだから」
そんな誰もその雰囲気を享受し楽しんでいる風でもない空気の中、こずえは楽しそうに言うのだった。
「久しぶりに友達に会ったんだもん。しかも占いの館で偶然、バッタリとさ。そりゃ積もる話もあるだろうし自然の流れで友達をファミレスに誘うのは当然なんじゃない?」
こずえの率直な意見にヤヨイが眉をひそめない訳もない。
「なんかさっきから偶然とかバッタリとか、自然の流れとか、まるでこれは不可効力なんだから仕方ないんですよみたいなニュアンスが飛び交ってるけど、言っとくけど私が今こうしてあなた達と一緒にファミレスにいるのは決して偶然でも不可抗力でもない、ただの待ち伏せをされた結果だという事を忘れないでほしいんだけど」
「だからその待ち伏せが不可抗力だったんだって」
「…………」
しばし流れる沈黙。明らかに再会を嬉しいと捉えていないヤヨイに対してこずえは常に笑顔を向けこの場に流れる雰囲気を楽しんでいるようでもあった。ハッキリと言ってしまえばこずえのそんな態度がヤヨイの神経を逆なでしているのではないかと、実際昼夜は二人の会話をハラハラした思いで見つめていたのだがこずえが一体どんな意図でこのような状況をセッティングしたのか全く見えてこない昼夜は何一つ口を出せずにただその場で静観を決め込んでいるだけだった。
しかし……
昼夜は目の前に座るかつて生真面目の権化としてクラス中から嫌われていたヤヨイを見、改めて思うのだった。
変わったなあ……
と。
茶色へと染めたその黒髪は明らかに今通っているヤヨイの私立高校からしてみれば校則違反だろうしバッチリ化粧を決め込みまるで交通事故にでも遇ったのではないかと思わせるダメージジーンズに胸元が空いた黒のキャミソールはかつての深澤ヤヨイからは想像する事の出来ない破壊力を昼夜へともたらしていた。加えてその容姿もかつて、五年前とは比べられない程に成長し、整い――
「なに見てんのよ」
と、ここで昼夜の熱視線にヤヨイが気付きその攻撃的な言葉を向けてくる。
「私の極上の身体をみて何かイヤらしい事でも考えてたんでしょ」
自分で言うか普通
と突っ込んでやりたくなったがその矛先は他者へと向けられた。
「ヤヨイちゃんそれはないよ」
当然こずえである。
「だって物部君甲斐性なしだもん。っていうか朴念仁? だって一年前なんてさ、私がもの凄い覚悟を決めて――」
「ちょっと待ったあ!」
昼夜はそれがさも当然であるかのように、まるで築地の競りで最高級黒マグロを競り落とす為躍起となった魚屋店主のような嬌声を張り上げていた。
「突然どうしたの物部君。バカみたいだよ」
こずえの言葉を無視して昼夜はヤヨイへと事情を説明する。もちろんこの場合の事情とは昼夜がヤヨイの事を見つめていた事である。ちなみに唐突にバカみたいと言われた事に対する報復は後に返してやると決心をしながらの説明である。
「随分変わったなって、そう思って見てたんだよ」
何とか会話の流れを物部昼夜史上最大の汚点から離す為必死な彼が、地味に手に汗を握っていたのは言うまでもない。もはや軽くアドベンチャーをしている気分なのであろう。
「なんか、すげえ垢ぬけたって言うか、やっぱ街の方に行くとみんなそういう風になるのかなって思ってたんだよ」
「本当だよね」
とここでこずえが参加を果たしてくる。
「なんか四教の四天王とか言われてた頃が懐かしい感じ」
昼夜史上最大の汚点を暴露する事に執着するのかと思っていた昼夜だったが、その脈絡の無い方向転換はやはり慣れようにも慣れる事の出来ない突きあたり左折通路だった。
しかしそんな直角カーブに動じる事もなくヤヨイはまんざらでもない表情をする。
「まあ、確かにね。変わったと言えば否定は出来ないわね。でも私は当時から顔の素材はどれも一級品だったわよ。ただちょっととっちらかってただけ。もし私の容姿がここまで急成長を遂げられた要因を上げるとするならば街に来たと言うよりも時間がそれを可能させたって事かしら。つまり運命ね。運命的な美少女、深澤ヤヨイね」
どことなく発言までもが違う意味でも急成長を遂げていた様子ではあったが、ヤヨイはそんな五年の時を長大に感じる昼夜を余所に、当時の事を思い返していた。
「それにしても、四教の四天王ね」
そこに付随されている感情は特に嬉しさ込みの懐かしさというよりも、恥ずかしさ込みの懐かしさと言った感じではあるが。
「確か、私が社会だっけ? それで物部が国語で……」
「博士が理科で私が算数。なんか数学じゃなくて算数って所が如何にも小学生ッて感じで可愛いよね」
そんなものかしら
とヤヨイは言いながら肩をすくめる。
「ッて言っても実際もてはやされていたのはアンタ達三人だけだったけどね。私は嫌われ者だったから社会の点数が良いくせに社会性の無いヤツ、みたいなレッテル貼られていたのは覚えてるわ。対して良い印象も無いわね。私にしてみれば四教の四天王ってのは上手い具合にやり玉に挙げられて貶められた感じしかないかな。実際自分がその三人と一緒の枠組みに配されるのは嫌だったし」
なんとなくそれは昼夜自身分かっていた事だった。当時から異彩を放っていたこずえではあったけど、まだその言動も影をひそめていた時期だ。能力的に言えば何でも出来て当たり前なこずえが小学校時代誰かから嫌われる訳もなく、当然昼夜も、そして博士と呼ばれていた卓都も、三人が三人ともクラスの、種類は違えど人気者に属する部類ではあった。しかしヤヨイは当時から誰からも嫌われており、それは明らかに明白で、そんな中で人気者の三人と同名称を付けられた事に対して何も思わない訳がないのは当然の事でもあった。
「まあ、今となってはそんな事どうだっていいんだけど。ッて言っても強がりにしか聞こえないから過去の遺恨ってのは厄介なのよね。なるべく避けて、蓋を閉めておきたい事柄なんだけど当時の知人に会ったらそこに触れないのを見透かされているようで癪に障るし、実際触れてその事を認めてますよなんて言っても強がりにしか聞こえない。だからあなた達とこうしているのも実際嫌なんだけど」
直球な言葉だった。それはこずえが有する変化球めいたデッドボールとは違い、剛速球でデッドボールを投げてくるかのような、そんな違いが分かる言葉だった。
「別に昔の事なんていいじゃん。もう過去の事なんだし」
こずえは依然として明るいままだ。しかしヤヨイは違う。
「過去の事だからってその事を全て納得出来てる訳でもないの。私は過去って言葉にそれ程の魔力を感じないし、過去ってだけでそれをカッコで括って解決させられるような単純さは持ち合わせていない」
過去。
昼夜はその言葉に半ば頷きかけていた。過去と言う言葉が持つ魔力は確かにあると。
犯してしまった過ちを悔いる時、それを認めて謝る時、人は皆それを過去として扱い今後の自分の反省を生かす為に材料として利用する。確かにそれは間違いではないのかもしれない。
しかし過去という言葉がもたらす魔性さはそこだけにとどまらず、犯した過ちをすべて過去という言葉に内包する事によって自分の中で自己完結できるその性質さが、ヤヨイの言わんとしている事が分からないでもなかった。
しかしそれを知ってか知らずかなのか、こずえは次のように発言していた。或いはそれが最初から目的であったかのように、彼女は唐突にこう切り出していた。
「じゃあ現在の話しをしようよ」
それはいささか強引だったのかもしれない。しかし論理的に言えば最も正当な話しの流れでもあった。
過去の話しは嫌だ。じゃあ現在の話しをしよう。
まるでこの流れを作りあげる為だけに四教の四天王の話しをし始めたのではないかと思わせるほどに、こずえの言葉にはぶれがなかった。
「ヤヨイちゃんは占い師に何を占って貰ったの?」
それこそ直球、いやむしろ牽制球がランナーにぶつかったくらいの意外さがそこには込められていた。
当然そんなのヤヨイが答える訳ないと、昼夜はそう思っていた。実際バッタリと出会った瞬間から一体何を占ってもらったのだろうと、通常高校生が来ることは無い高級占い店にたった一人で足を運んでいたヤヨイに疑問を抱いてはいたのだが、彼女が抱える悩みに立ちいる事は自分自身出来る訳がないと、昼夜は一年前のあの光景を、静止画を思いだし口を噤んでいたのだったがこずえはお構いなしだった。そして意外にも、ヤヨイ自身もお構いなしだった。
「父親探し」
ヤヨイは端的に言った。そして意を解す事の出来ない昼夜とこずえに、分かりやすく再度言うのだった。
「本来だったらまだ私のお腹の中にいた筈の子の、父親の事。要するに私の旦那。いえ、別に籍を入れてた訳じゃないから私を孕ました男、とでも言った方がいいのかしら」
「…………」
当然の事ながら無言になった。実際質問をしたこずえも予測もしていなかったのだろう。若干表情をポカンとさせていた節があるのは傍から見て昼夜は感じていた。しかし実際昼夜も何一つ言葉を発する事が出来ず、こずえ以上にポカンと、むしろ茫然としていた節はあった。
目の前にいる自分と同い年の、かつてクラスメイトだった女子からの想定外の言葉にかける言葉を見失っていたのは当然だった。
「驚きの表情ね」
ヤヨイは特に何の感情も抱いていない様子で言葉を紡ぐ。
「でもそれが事実。もうお腹の子はいないけど、ただ私の中に宿った子が誰との子だったのか、それを確認したかっただけ」
昼夜がかけるべき言葉を決めあぐねているのを余所に、ヤヨイはサッパリとした形で言い、そしてこずえは質問をしていた。
「それで?」
まるでその質問がさも当然、本来自分が持ち合わせている権利であるかのように。
「占ってもらって結果はどうだったの?」
昼夜はそんなこずえを傍目で見ながらそれぐらいにしておけよと、彼女の行動を制するべきか決めあぐねていたのだが、そんな昼夜の思惑を余所に女子達はポンポンと言葉を繰り出し合っていた。
「別に。元々誰が相手だったのか何となく予想はついてたんだけど、実際確信を持てなくて占いに行っただけだから。結果的に言えば予想は的中したって感じなのかしら。まあ結局占いなんて百パーセントは信じられないけど、それでも私の中では誰が相手なのか確実に確定は出来たし」
「誰が相手か分からないって、そんなにたくさんの人を相手にしてたの?」
こずえが投げたジャイロ回転をしたストレートは意外にもヤヨイのミットへとすんなり収まる。
「そう、ね。私の容姿が魅力的過ぎるから近くにいる男達はみんな言い寄って来たわ。当然私にも選ぶ権利があるからそれなりに満足のいく男達を漁って、キャッキャウフフの爛れた性生活を送っていた訳。誰かにチヤホヤされるなんて、今までなかったからね。だけどそんな生活も束の間、青天の霹靂とは正にこういう事を言うんでしょうね。唐突に訪れた体調不良のそのサイクルを狂わせた月経、もうホント、パニックもいい所よ。それで病院へと直行。そして結果判明の後失意のどん底へ」
分かりやすい位に女子高生が辿る哀れと称されるべきコース一直線だった。そしてまさかヤヨイ自身自ら、漁る、というニュアンスを用いた言葉の選択になんらその事に対しての後悔は感じられない様子もあった。
「でもさ」
とここで再びこずえの質問が口火を吹く。いい加減そこまでにしとけよと言いたくてもその機を逸してしまった昼夜がそれを言う事は出来ない。
「あのホテルから出て来た時一緒にいたのは中年のおじさんだったよね。なんか雰囲気から見るととても男を漁って、選び抜いた感じの人ではないようにみたんだけど、それって私の気のせい?」
こずえの言葉がまず突然過ぎたのは明白だっただろう。そもそも何故あなたがそのような事を? とヤヨイが疑問に思った事に気が付いたこずえが慌てて口を開いていた。
「あ、ごめんこめん。実は一年前ヤヨイちゃんに会いに家まで行ったんだけど、ヤヨイちゃん留守だったから家の周辺を探したんだ。その時ホテルから出てくるヤヨイちゃんを見つけてさ」
こずえのその言葉にヤヨイは「ああ」とまるで忘れかけていた日記帳の一文言を思いだしたかのように言った。
「あれはサービス交換をしていただけよ」
「サービス交換?」
こずえは首を傾げ、ヤヨイは頷く。
「そう、サービス交換。私は男性に対して望み通りのサービスをして、男性は私に対して私の望み通りのサービスをしてもらう。まあ私の望みっていうのは主にお金なんだけど」
「それって援助交際って言うんじゃないの?」
こずえの言葉に昼夜は最もさを覚えていた。しかしヤヨイは首を横に振っていた。
「それは違うわ。援助交際ッて言うのは女性が男性に対して性行為を売りにして、それを男性が買い取る事を言うの。つまり交際をお金で援助するっていう意味。でも私のサービス交換は違うわ。私の場合は私の美貌を売りに男性の望みをサービスとして提供するの。そして私はその見返りに男性からのサービスを望む。それはもちろんただのサービス。賃金とか契約には関しない男性からの好意によるものだから、この場合援助交際にはならないわ」
「でも実際やってる事は大差ないんでしょ?」
「それは御想像にお任せします」
昼夜は自然と思った。それはまるで……
「それってただの屁理屈じゃん」
それは奇跡的にもこずえと同じ意見だった。
「そんなのただの言い回しの違いでしょ? 結局援助交際だってその女性の若さや性だったり、或いはその人特有の魅力だったりと売りにしてるんだから。それに男性からのサービスだってそこに見返りが発生してる時点で充分援助交際ッて言えるじゃん。っていうか援助交際云々じゃ無くて明らかに売春になると思うけど」
全く以って正論でしかないこずえの言葉に、しかしヤヨイはそれを悪びれる風も、後悔する風も見せなかった。そして同時に、こずえもその事についてヤヨイを咎める雰囲気でもなかった。
「まあ何のためにそんな事をしたのかは大方予想が付くけど」
それは同時に、昼夜にも予想の突く言葉であった。
「占いをしてもらう為の資金集め」
こずえの言葉にヤヨイは頷いた。
「まあ簡単に言えばその通りね。私はどうしても自分の中にいる子の、いえ、いた子の父親を見つけたかった。正確にいえば予測は突いていたけど、それを決定づける理由が欲しかった。だから最近有名な高額占い師にそれを依頼すれば、確信する事が出来ると思った。その辺りにいる占い師を選ばなかったのは確信という行為にそれなりの代償が必要だったから。代償があれば確信に対して絶対的な価値がおける事は私の性格上把握していた事だから、私はそうした。私自身がその確信を、決定づけさせる為に。ブレさせない為にね」
まるで身も蓋もない話しだ。
と、昼夜は率直にそう思った。
自分自身の魅力に目をくらました男達を相手にしたヤヨイが、それによって痛手を被った筈なのにそれを解決する為にさらに同じ手段に打って出たのは、まるで何かの童話にでも出てくるかのような、教訓を教訓たらしめる為の逸話のような話しでもあった。
「それにしても」
とここでヤヨイは話しの矛先をこずえへと向けた。それは特別話しを変えたかったからと言った雰囲気でもなく、自然と浮き出た疑問のようでもあった。
「一年前の電話の正体はそう言う事だった訳ね。突然連絡してきたと思っても何の音沙汰もないと思ったら、そんな人のプライベートを覗きこむような事をしていたなんてね。この」
とヤヨイは続けて、更にこう付けくわえた。まるで楽しむかのように。
「恥知らずが」
どことなくサディストを連想させる微笑をたたえたヤヨイに性的魅力が備わっていたのは昼夜が男子だったからに他ならないからだろう。だからその直後こずえが放った言葉に対して、彼は明らかに無防備過ぎた。
「違うよ」
こずえは無邪気にもそう言った。まるで今までの援助交際のくだりなどまるで忘れてしまったかのように。いや、関係なかったかのように。
「博士がヤヨイちゃんに逢いたいっていうから、連れてって上げたんだよ」
その直後だった。まるで空気が凍りついたかのように冷たくなった。そして訪れたのはヤヨイによるしばしの沈黙だった。
「…………」
まるで衝撃的な発言を受けたかのように固まるヤヨイが口を閉ざし、その整った顔をろう人形のように硬直させていたのはこずえは他ならず、昼夜までもが分かる事だった。
一体どのような地雷を踏んでしまったのだろうと、昼夜が若干の焦りを覚え始めた時、ヤヨイの顔が久しぶりに昼夜へと向き、そして口を開いていた。
「それは物部も一緒だったの?」
「……え?」
「こずえが私を一年前に見かけた時。物部も一緒だったの?」
ヤヨイのただならぬ雰囲気に気圧され昼夜は頷いていた。
「そうだけど」
「じゃあそこにいた博士と言うのは小空というあの、かつて分厚いビン底眼鏡をかけて辞書を片手に徘徊するあのさえない小空卓都という事で間違いないのね?」
「……その通りだけど」
昼夜は頷き、ヤヨイは更に畳みかけた。
「じゃあ物部かこずえは、小空卓都の連絡先を知っていると。そして今でもそれなりに連絡は取っていると」
「いや」
とここで昼夜は否定する。
「最期に連絡を取ったのは一年前だよ。そこからは殆ど取ってないけど」
そう昼夜が言ったが直後、再び、まるで思いついたかのようにヤヨイは言い放った。
「そういえば何でこずえ達は占いなんかに?」
それは唐突な質問ではあったが、既に答えなくてはいけない義務を背負ったかのような、そんな質問だった。だが当然、その質問をバカ正直に答える事が出来ないのは充分に昼夜も分かっていた。
守隠し計画とはつまり誰にも知られる事のない殺人計画なのだ。少なくともこの計画に携わる人間が多ければ多いほどその成功の可能性が減って行く事は間違いなく、逆に失敗するリスクが上がって行くのだ。それは勿論昼夜は理解していたし、こずえだって一番に認識していなくてはいけない最重要事項だった。しかし、あろうことか彼女はこういうのだった。
「私達がこれから決行する守隠し計画の今後を占いに来たの」
それは明らかに質問待ちを主とした、まるでツッコミ待ちのボケを体現したかのような言葉でもあり、そしてあからさまに協力を仰ぐかのような、そんな言葉だった。
「私にとって守隠し計画は自分自身の為に絶対成功させなくちゃいけない計画で、失敗が許されないの。それに」
こずえはヤヨイを見据えて行った。
「ヤヨイちゃんがもしその計画に協力をしてくれるんだったら、もっとその成功率は上がると思う」
一体何故そうなる
昼夜は目と口を開ききってこずえを見つめていた。しかしそれは同時に、ヤヨイにも向けなくてはいけない視線でもあったのだと、直後認識するのだった。
「面白そうね」
とても今までの会話からは連想すらする事の出来なそうなセリフの登場に、昼夜は驚きを隠せなかった。
「私もそれに協力させてもらおうかしら?」
それは事情も知らない一介の、既に旧友と表現するしかない同窓生の言うセリフではなかった。




