2・3
上野のグランドマザーことマエストロ桂子。
どうにも胡散臭い名前が飛び出して来た事に昼夜は自身の気持ちを自然とこずえから退かせたのだが、そんな昼夜を見てこずえはこう付け加えていた。
彼女の占いはよく当たる事で有名で、その的中率は六十五パーセントを超えると。そして彼女の占いに支払う報酬は莫大で、昨今のセレブリティな人間達にとって彼女に自身を占われる事は一種のステータスになっていると。そういうふれこみが話題になっている最近話題の占い師らしい。
莫大な報酬、占術の始祖、とか呼ばれている割には的中率が六十五パーセント以上とかいう曖昧な数値を広告にしている怪しげな占い師に昼夜が疑問を持たない訳がなかった。
しかしあり余る金を消費するという意味でも、そして今後行われる守隠し計画の成否を占うと言う意味でも、実際やってみて損はないのではないかと、こずえは言いきっていた。
というよりも実は上野に来たのもそれが目的だったとも可愛らしくべろを出して言っていた。
洋食屋でオムライスを美味しく平らげた昼夜とこずえは古き良き日本の洋食の味をなんだか家庭的だったと表現しながら店を後にし、その目的地となる占いの館、つまり森ビルとなっているその一角を目指し歩いていた。
「っつうかさ」
その途上で昼夜は思わず聞いていた。
「お前占いとか信じる訳?」
心なしか少し声が大きめとなったのは周囲が人ごみの総結晶体となっているからだ。アメヤ横丁とは大分離れた場所にいるにも関わらず、相変わらず人が多いのはさすが東京、さすが上野と言うべきであろうか?
「てきとーに信じてる」
昼夜の質問にこずえは適当に答えた。
「なんだよ適当って?」
「違うよ」
こずえは手を振り言い直す。
「適当じゃなくててきとー。この言葉何となく似てるから混同されがちだけど実は違うんだからね」
正直眉唾な情報だと思った。こずえは昔からある事無い事を自分の価値観基準で話す事がありそれが事実世の中と照らし合わせてそうだったのかと確認してみれば違う事も確かにあった。
しかし、だからといって的を外しているかと言えば、そういう訳でもなかった。
「なんだよてきとーって。つうか占いをてきとーに信じてるってどういう事だよ? それ信じてるのか信じてないのかどっちだよ」
「だからてきとーだって」
「そのてきとーってのが意味分かんねえんだよ」
するとこずえはそんな事もわからないの? と言った表情をするとそれでも昼夜に分かりやすく説明してあげようと、どこかお姉さん的な決意をしたのだろう。どことなく努めて明るく、つまり努めているんですからね、と言った所を強調しながら口を開いていた。
「てきとーってのは単純な事だよ。両方って言った方がいいのかもしれないけど。自分にとって都合の良い部分しか信じないし、自分にとって都合の悪い部分は信じないって事」
「は?」
昼夜はその言葉の意味を測りかねて立ち止まる。丁度交差点の信号は赤だった。
「なんだよそれ。それじゃ占いに行く意味ないじゃん。つまり信じてないって事だろ?」
「別に信じてない訳じゃないよ。だからてきとーッて言ったじゃん」
「そのてきとーなんだけど」
大勢の人間が立ち止まる交差点で、二人も例に漏れず話しを続ける。
「千駄木が言ったてきと―と適当、何が違うんだよ? 俺にはイマイチ意味がわからん」
「物部君も相変わらず頭カッチカチだね」
こずえは軽快に言った。
「別にそんなの言葉通りだよ。適当は漢字の通り、適している物を当てはめる、って意味。だから本来適当って言葉は乱暴で曖昧な言葉に見えてしっかりと、まあ大雑把であったとしてもそれにフィットした状態の事を指して適当って称するんだけど、てきと―ってのはそれがもっと大雑把になった感じ。っていうか他人から見たらそれほんとうに合ってるのかよ? と思わせる位に大雑把なイメージかな。でもだけどそのてきとーを使った本人だけが分かる感覚を相手に伝えたい時使う言葉」
何となくわかるようで分からない話しに昼夜は軽く首を傾げていた。というより実際信じていいのか、それとも信じてはいけないのか、判断に迷っていると言った方がいいのかもしれない。
「それ、広辞苑か何かに載ってたのか?」
「さあ」
「さあって」
昼夜は思わず普通に突っ込んだ。
「調べた訳じゃないのかよ?」
こずえはその言葉に頷いた。
オリジナルかよ
ここで一旦この話題を棚上げする事に決めた昼夜が占いに話しを戻したのはある意味得策だったのかもしれない。
「わかった。そもそも占いを信じる信じないについて、千駄木はてきと―に信じてる訳だ。自分にとって都合の良い事は信じ、悪い事は信じない。成程、確かに大雑把過ぎて俺には理解できないがお前にとってそれは信じているって事なんだろう。んで? じゃあなんで占いにわざわざ行く訳?」
昼夜には若干理解が出来なかった。自分にとって都合の良い事は信じ、悪い事は信じない。それは占いという物に対しての性質上の、根本的な不信なのではないだろうかと、そう思った。
そもそも占いとは未来や今後の人生、或いは運命を予見する物である。それを自分にとって都合の良い部分だけを信じるなどと型抜きした飴細工のような事を言ってしまっては、占いを根本的に信じていないという事になるのではないだろうか?
と昼夜は思うのだったが、
「物部君めんどくさいなぁ」
こずえが唐突にそう言った。
「別に私が占いをどういう形で信じてようと自由じゃん。何もそこまで頑なに占い論を論じなくたっていいじゃん。しかも型抜きをした飴細工ってどういう意味? なんか上手い事言おうとしたけど実際意味分かんない事になっちゃってるよ。型抜きした飴細工なんて実際あるんだっけ?」
「お前はエスパーか!?」
思わず声を荒げてしまった昼夜がその場で赤面したのももしかしたらこずえには読み通りだったのかもしれないと、直後に思う昼夜ではあったがそれでも思う。
人の考えを、頭の中を読むなと。
「っていうか物部君ホント頭固いよね。別に良いじゃん。占いなんて今やレジャーだよ。遊び。
実際信じる信じないは置いといて自分の未来がどうなっているんだろう的な物珍しさに惹かれてみんないくんだから。信じてないんなら行く必要ないだろなんて、それは随分と乱暴な意見だと思うけど」
確かにそれはその通りなのかもしれなかった。昼夜は正論をもってかえされたこずえの意見に半ばシュンとしながら青信号へと化し安全を掲示してくれた巨大交差点を何の疑問もなく歩き、そして駅から徒歩二十分程であろうか? ゴミゴミとした小さなビルが沢山立ち並ぶ中、一際大きく、そして一際汚い、八階建て程のビルの前に辿りついていた。となりではこずえが携帯を見ながら確認する。
「ここの六階がマエストロ桂子のお店見たい」
ふとマエストロという単語の意味が何なのだろうと疑問に思った昼夜であったが、こずえがそんな疑問など介する事なく先にビルの中へと入ってしまったので後ろから慌ててついていくしかなかった。
ビルの中に入ると中は外観よりも雑然としていた。郵便受けが幾つもあったが使われているのは二つだけ、マエストロ桂子の占いの館事務所と書かれているポストと、もう一つは何の会社か分からないがそのポスト二つだけだった。
そしてこじんまりとしたエレベーターホールには何やら用済みとなった風のある段ボールに積まれた荷物達が幾つも陣地を取り合っているかのようにひしめき合っていた。
そんな中こずえは特にそれらを気にした様子もなくエレベーターのスイッチを押す。と、ここで昼夜が疑問を抱く。
「っつうか千駄木。その占い師、金持ち達御用達の高級占い師なんだろ? だったらそういうトコって予約とか会員制とか、そういうのっぽくないか。なんか普通に一見さんはお断りな感じがするんだが――」
「大丈夫だよ」
しかしこずえは断言した。笑顔で。
「高額って言っても所詮占いだもん。ホームページみたら占いの種類によって料金が違うみたいだけど、最高級の料金でも三十万位だから、もし何か言われたら百万の札束でマエストロ桂子の頬を叩いてやればいいんだよ」
「お前それ人間としてどうなんだ?」
「え? 普通に嬉しくない?」
「最低だ!」
等と話している内にエレベーターが到着し、二人が乗り込む。無言で六階のボタンを押し使い古された感じのするエレベーターがゴウンゴウン音を鳴らして上昇を始めた。
昼夜は隣りで楽しげに階数表示板を見上げているこずえを横目で見やりながら、何故彼女がここに来たいと言ったのか、その真意を思い測ろうとしていた。
実際金を使わずに死んでしまう事が癪に触ると言うのも確かに事実なのかもしれないが、だとしても今までこずえと占いを直結させるような、いや、間接的に連結させるような要素すら見当たらないその印象に、正直昼夜は面食らっていたのだ。
占いをてきと―に信じていると言ったこずえがそうであるように、昼夜自身占いなど全く興味がなく、何故金を出してまでそんな事をするのか、理解できない節があった。
しかしそれをこずえはレジャーだと言って割り切り、必要とあらば百万という大枚をはたいても占ってもらうと、そう断言している。昼夜の中で何かが、というよりこずえの行動がどうにも矛盾しているような気がしてならなかった。
人生の半分近くの年を一緒に過ごしてきたこずえとの関係を紐解いてみればそれは非常に不思議な事だった。
いつも決まって、何故そんな事をするんだと思われるような行動をとってきたこずえ。しかし結果的にそんな行動までもが後々に何かしらの意味を与える事が多く、いびつな整合性を維持してきた彼女の行動がここにきてぶれているようにも昼夜は思えた。
しかしそれこそこの行動が後に、何かを指し示す一つのヒントになっていくのではないだろうかと、そう捉えられなくもないのではあるが、結果そんな事は今分かる訳なかった。
六階へと辿りついたエレベーターが駆動音を収束させドアを開けた。
エレベーターの向こう側に広がっていたのは悪趣味ともとれる紫色をした世界だった。
エレベーターホールすぐ右手側にある受付に一人の陰気臭そうな女性が立っており昼夜達が来た事に気が付くと「いらっしゃいませ」と頭を下げた。
「予約して無いんですけど占って下さい」
こずえの単刀直入な依頼に女性は無言のまま手元にあった書類に目を通し頷いた後、一枚のパンフレットを渡してきた。
「この中からお好みのコースをお選び下さい」
と、手元に渡されたパンフレットを覗きこんだ昼夜は様々なジャンルに及ぶ占いのコースを目に通しながらそれと同時に値段が記載されているその金額に目を剥いていた訳ではあるが、こずえはそんなパンフレットなど一目もくれずに言うのだった。
「一番高いコースをお願いします!」
言うが早いかこずえの依頼を受け取った陰気な受付嬢は二枚のプリントを取り出し昼夜とこずえに渡してきた。
「プロフィールカードです」
そこにあったのは名前、年齢、性別からに及ぶ自己紹介を強要させるプリントだった。上から順にいくつもの空欄がありそこに配された節代が定型的な質問を投げかけていた。しかし合間合間には相手を罵倒する時よく使う言葉は? や、人から怒られた時に感じる最初の内面的第一声は? 等と言ったどうにも答えづらい質問もあった。そして最終的にはあなたの人生の座右の銘は? と問われて終了を告げるプロフィールカードを二十分ほどかけて記載した後昼夜とこずえはプリントを受付嬢へと渡した。
「物部君座右の銘なんて書いた?」
隣りで率直な質問を投げかけて来たこずえに昼夜は首を横に振った。それは教えてやるか、と言った感情よりも教えてやれるはずがないと言った、何とも情けない結果が生んだ産物でしかなかった。
「それではお二人共一番高いコースという事ですので、水晶占いコースでよろしいですか?」
受付嬢の言葉に最も高額な占いが水晶を用いた物だと初めて知った昼夜だったが、そんな感心をしている場合ではなかった。
「いや、自分は……」
そう言えばと、昼夜は自分が何のコースも選んでいない事に気が付き改めて渡されたパンフレットに目を通すのだが、再びそれをこずえが無駄な行動とする。
「それで大丈夫です」
おい
昼夜は心の中でそう叫び、そして実際に突っ込んでいた。
「それで大丈夫じゃないだろ」
「なにが?」
こずえは相変わらずのキョトン顔だったが、昼夜も相変わらずの疲労顔である。
「何で俺も一番高いコースなんだよ。言っとくけど金を使い切りたいのはお前だけで、俺は別に全ての金を使いきろうだなんて一切思っちゃいないんだからな」
「でもこの一年間で溜めた私達の資金は共通のお金でしょ? それにこれは守隠し計画を実行する上で必要だったお金でもある。つまり今この場で水晶占いコースを選択する事が守隠し計画実行の為に必要な――」
「最初と主旨変わり過ぎだろ。なんで突如としてこの占いが計画の一翼を担う最重要事項みたいな扱いになってんだよ。普通に遊びだったんじゃねえのかよ」
「別にいいじゃんそんなの。お金はパーっと使った方がいいんだって。後々自慢できるよ? 昔俺はこんな事にこれだけの金を使った事があるんだって。バカだけど良い自慢じゃん」
「バカだけどって所は理解してんだな」
「バカな行動をする事こそが人生に色どりを加えてくれるんだよ」
「とてもこれから最期を迎えるような人間が放つ言葉だとは思えないな」
「それこそバカの一例だもんね」
「あの」
いつまでもダラダラと話す高校生二人組に嫌気がさしたのだろうか? 元々暗い表情をしている受付嬢が意外と強引に話しに割って入ってきた。
「二名様とも水晶コースでよろしいでしょうか? それとも男性の方は別の――」
「水晶でオッケーです!」
こずえの強引な依頼に昼夜が横やりを入れられる訳がなかった。そして残酷にも一年間の労働の対価の三分の一が、つまり四カ月分の汗の結晶がたった一度の占いによって消費される事を決定づける書類に自分の名前が記載される所をまざまざと見せつけられる隣りで、加えてこずえは言い放っていた。
「あの、二人同時に占って欲しいんですけど、それ大丈夫ですか?」
その言葉に受付嬢の手が止まる。
「それはどういう意味ですか?」
その言葉に昼夜も同様に頷いていた。
「いや、同時っていう言い方がおかしかったのかな。ただ占いの鑑定結果を二人で聞きたいって意味なんですけど、それ大丈夫ですよね?」
その言葉を聞いた受付嬢はどこか納得した風な表情をし「お互いが了承されているのであれば」と付け加え頷いていた。
そしてその言葉にこずえが「大丈夫です」と言った後に、
「別にいいよね」
とまるででたらめな順序を以ってしてきた質問、いや、命令に昼夜が頷く以外のコマンドを実行出来る訳がなかった。
兎にも角にも、なんやかんやと手続きを実施した昼夜とこずえはまるで人の気配がしない超有名占い店の奥へと通されそのまま待合室のような所に案内をされた。六畳一間の小さな部屋だったが、中央に丸テーブルを置かれ壁を沿うように置かれた椅子のせいか割と広く感じる作りとなったその紫一色に染められた部屋で待つ事数分。
いい加減目がチカチカしてきたと苦情を訴えたくなるのと同時に全く存在しない他の客にここは本当に占い有名店なのだろうかと疑問を抱き始めた時、待合室の入ってきた方向とは反対側のドアが開いた。
「お待たせいたしました」
出て来たのは一人の、中年の女性だった。
彼女が例の占い師なのだろうかと一瞬その容姿を品定めするかのように見つめた昼夜だったがそんな注意深さを露呈せずとも結果は判然とした。何故なら、待合室から通された次なる部屋を訪れた瞬間、誰がマエストロ桂子なのか、目の疑いようもなく判然としたからだ。
「占術のグランドマザー・マエストロ桂子の館へようこそ」
黒の暗幕が壁中にかけられその小さな一室の中央で水晶玉を前に座っていたのは一人の老婆だった。紫色の法衣を身に纏った。
「…………」
これでもかと言わんばかりにその容姿から占い師臭をぷんぷんさせる老婆の登場に昼夜は黙りこんだ。まるでゲームや漫画の世界の中から飛び出してきたのではないかと思わせるほどにステレオタイプな占い師の登場は余りにも予定外だった。
「それではごゆっくりしてください」
背後から聞こえて来た中年女性のドアを閉める音が響き無音が室内を充満する。既に用意されている二脚の椅子が黙して昼夜達に着席を促しているかのようでもあった。
「…………」
どう言葉を切り開いていいのか分からない昼夜はまるで、それこそ値踏みするかのように自分達の事をねめつけてくる占い師を前に硬直していた。実際客は自分なのだからさっさと着席をして今後の自分の運勢を占ってくれと催促をしたっていいはずなのに、彼にはそれが出来なかった。占い師、マエストロ桂子が放つ眼力と雰囲気は人を硬直させるゴルゴンの首を連想させるかのように強烈な印象があった。
「座ってもいいですか?」
しかしそんな石化状態をもたらす視線に晒されながらもなんらステータスに異常をきたす事のないこずえが質問をしながら、そして答えを聞かないままに着席していた。その所作から発せられるのはお金を払っているのは自分なんだからと言った傲慢さではなく、普通に座りたいから座ったと言った感じの、ただ純粋に座りたかっただけという横着さがそこにはあった。
「物部君は座らないの?」
こずえの最もな疑問に昼夜はワンテンポ遅れてから頷き着席をした。そして着席をしてから数秒間、奇妙な沈黙が間を席巻し自分達は何か咎められるような事をしたのだろうかと思わせるには充分な空気感を孕ませながら、マエストロ桂子は口を開いた。
「新規のお客さんで水晶コースを選ぶ人は珍しいけど、あんた達はなにかい? カップルでは無さそうだけど、何か訳ありかい? まさか云十万の金を使って冷やかしに来たとは言わないだろうしね」
冷やかしというよりも純粋に遊びに来たと言う方が正しいのだろうが、昼夜はとなりのこずえをチラッと見てその表情に変化がない事に気付き内心で首を傾げる。
やはりこいつの考えている事は分からないと。何年付き合っていようとその内心は究極なまでに謎である。
「まあ金さえ払ってくれれば私は誰でも占うけどね」
等と言いきる目の前の占い師がどこぞの闇医者みたいな言い方をした事に半ば面白さを覚えられずにはいられない昼夜だったが、それも彼女の前では三割減どころか九割減である。
「それじゃあ占いを始める前にこの水晶占いが一体どういう物なのか、説明をする事にしようか」
マエストロ桂子はそう言うや否やシステマチックな口調を以って水晶占いが一体どのようなルーツを辿り、今にまで発展したのか、そして占いとは本来どういった物で、それが現代に及ぼす影響や人生に与える影響をどう捉えるべきか、等と小ざぱっりとした講義を始めた。
恐らく新規の客に対しては皆にすべからく行っているオリエンテーションなのだろう。実際昼夜にとってもそれは聞いた事もない価値観の結晶で普通にテレビなどでやっていたら面白く聞いていたのかもしれない。しかし少なくともマエストロ桂子が話す口から発せられる概略には面白さと言うよりも客に対して説明してやってる的な不遜さしか見いだせず少なくとも、今この場でそのオリエンテーションを楽しむ事は出来なかった。
そして十五分程の説明を終えて、占い開始である。
「で? どっちから占って欲しいんだい?」
マエストロ桂子の言葉に、こずえが真っ先に手を上げるかと思いきや、意外にも彼女が指さしたのは他ならない昼夜であった。
「俺から?」
昼夜の軽い動揺した言葉にこずえは頷く。
「物部君からお願い」
その瞳はどことなく真面目で、真剣味を帯びているようでもあった。
昼夜は仕方がなく、というか、どちらにしろ占われるのだからまあいいかと言った具合でその依頼を受け入れるとマエストロ桂子にお願いをした。
「じゃあ俺からでお願いします」
昼夜の言葉を受けたマエストロ桂子は手元にある紙を引き寄せ思いきり目を細めてそれを読み解くと今後は昼夜の顔を凝視した。そして
「物部昼夜君だね?」
と言い当て更に続けた。
「年齢十七歳。家族構成は父と母、兄弟はなし。血液型はO型。座右の銘は人生とんとん」
「ちょ……」
昼夜はたまらず赤面する。
「そんな……人のプライベートな事を勝手に……」
「プライベートもクソもないだろう。ただちょっとほんのさわりを言っただけじゃないかい。それとも座右の銘を隣りの彼女に聞かれたくなかったかい?」
人生とんとん
人生とことんであったならば大分違う印象を受けたであろう一文字違いの言葉に昼夜は自身の矮小さを感じずにはいられなかった。
「別に恥ずかしがる事なんかないよ」
そんな赤面する昼夜を見ながらマエストロ桂子は言った。
「座右の銘なんて人によってそれぞれ何だし、所詮座右の銘なんてただの銘に過ぎない。たかが言葉でしか無いのさ。いつの時代でもそうだけど言葉なんてのはただの飾り、人間が自分を虚飾する為に利用するアクセサリーみたいなもんさ。今で言う所の洋服やなんかと変わらない。
着飾ってうわべを整える為の道具に過ぎない。まああと娯楽っていう意味もあるのかもしれないけど、とにかく気にするんじゃないよ。私の水晶占いに必要なのは言葉なんかじゃない。言葉の合間合間にある行間、つまり沈黙を利用して占いをするんだからね」
そういうなりマエストロ桂子は唐突に、目の前に置かれた水晶玉に両手をかざし如何にもこれから占いを始めますよ的な挙動を見せた。その所作に昼夜とこずえがただならぬ緊張感を覚えない訳がないのだが……
「ほれ」
マエストロ桂子はその年輪のように刻みつけられた目尻の皺を引き延ばすように昼夜を見上げながら言った。
「具体的に何を占ってもらいたいんだい? さっさと言いな。それから何故それを占って欲しいのかの理由も付けたしな。なるべく具体的にな」
随分と注文の多い占い師だと昼夜は率直に思った。しかし不満を口に出す事もなく昼夜は素直な気持ちで言った。
「占ってもらいたいのは、今後の……俺ですかね」
「随分とアバウトな希望だね。それに今後という事は未来と言う事だね。つまり私が出来るのはあんたの未来を占うに留まるだけになるけど、それでいいのかい?」
「いいのかいって……」
昼夜は思う。それが占いなのではないのかと。
しかしそんな昼夜の言葉を見透かしたかのようにマエストロ桂子は言うのだった。
「占いってのは本来未来を予測する為にあるもんじゃない。それは正確に言えば予知能力だし、占いとは根本的に別種な物となってくる。本来占いって物は今現在、対象となっている占われる存在の相手から現在の状況や様子、心理状態、或いは悩みを聞き出し今後の事についてどうしていけばよりよい状態へと持っていく事が出来るのかを占う、それが占いだ。占いはいつのまにやら呪術的な印象ばっかりが先行しちまって予知だか超能力だかとひとくくりにされちまったけど簡単に言えば人生悩み相談所なんだよ。今となっちゃレジャースポットにもなっているようだけど、まあこんなご時世占い師が生き残っていくにはそんな贅沢な事は言ってられないのかもね」
マエストロ桂子の持論を一しきりきいた昼夜とこずえが妙に納得してしまったのは彼女が人の心を読みとりそれを元に今後の展望を占う占い師だからなのか、それとも意外と含蓄のある言葉の羅列にただ感心をさせられてしまったからなのかは定かでは無かった。しかし少なくとも、昼夜はこの目の前にいる胡散臭そうな婆さんがそれなりに話す事の出来る人物なのだなという、認識が生まれたのは事実だった。
「で? 何でまた今後の自分なんかを? なにか不安でも?」
と、ここで昼夜に対して話しの矛先が向けられる。
「いや、えっと」
昼夜はそもそも何故自分が今後の自分を占って欲しい等と発言したのか今になって疑問を覚えた訳ではあるのだが、しかしよく考えてみればそこの根本にあるのがこれから行われるであろう守隠し計画に由来しているのは必然的とも言える事実でしかなかった。
「やらなきゃいけない事があって」
昼夜は自然と出て来た言葉の波に乗りかかる事にした。
「自分にとってそれは、本当だったら、他人からしたらやり遂げちゃいけない事なのかもしれないけど、それでも俺はそれに縛られてて、いや、無理やり縛られている訳ではないんですけど、ただ縛られている事を望んでいると言うか、それが一番自分にとって楽なんだという事を知っていて、ワザと縛られているような……」
昼夜はたどたどしく言葉を紡ぎながら、流れ出る潮流から溢れた言葉の端々に飛び乗りながら、言葉を紡いでいた。しかしその言葉の合間合間に見え隠れする自分の本心が、意外な事に昼夜自身気付いていなかったずるさを垣間見せた事に彼自身驚き始めていた。
「俺はこの一年間、いや、四年間、ずっと自分を責めていたけど、でも本当に責められなきゃいけない相手からはまるで責められなくって、でも丁度一年前、俺はその相手から素直に責められて、復讐だ、って言われて、仕方がなく縛られたんだけど、でもそれが実は案外楽で、楽しくって……っておい……俺は何を言って――」
「続けな」
マエストロ桂子は睨みつけるようにしながら昼夜に言い放った。そして昼夜は決してこずえを見ないようにしながら、いつの間にか怪しく、おぼろげに光始めていた水晶玉を見ながら、まるで催眠術に掛かったかのように口を滑らせる。
「本当は楽しくって、でもそれを楽しんでるって自分が素直に認めてしまったらその楽しさは壊れてしまうだと気付いてて、だからめんどくさいとか、かったるいとか言って愚痴ってるんだけど、だから、だから本当はそれをやり遂げる事は俺にとって嫌な事でしか無くて、でもその縛りがないと俺は何も出来ない。だからその、相手からかけられた縛りに甘えて今を受け止めて、本当はその先がなければいいと思ってる。けど」
「けど?」
昼夜は絶対にこずえを見れないと、きっと今後一生彼女の事を見れないんだろうなと確信して言った。
「その相手が、何を考えているのかわからなくて」
昼夜の言葉に、マエストロ桂子が沈黙した。数秒の間が静けさを暗幕の部屋に落とし、再び静寂を言霊が打った。
「それはどういう意味だい?」
マエストロ桂子は言った。
「他人が、自分じゃない誰かが何を考えているのかなんて確かにそんな物は分かりはしないさ。だからこそ相手を思いやる必要があるんだろ。さっき私は言葉はただの虚飾だと言ったけど、確かに言葉はアクセサリーに過ぎない。だけどそのアクセサリーを有効活用して相手の気持ちを慮ったり、自分の考えを相手に伝える事が重要なんだ。いいかい――」
「違う」
昼夜は首を横に振っていた。そして先ほどまで感じていた自分に対する、こずえに対して抱いていたずるい気持ちを反転させた後、内転させるかのように、言いきった。
「理解出来ない」
それは一種の恐怖のようでもあった。
「その相手が、俺を縛ってくれる相手が、何を考えているのか、例えそれが分かったとしてもきっと理解出来ないだろうって事が分かってるから、怖い。それはまるで俺の考えている事なんて、そいつにしてみたら何周も周回遅れにさせられている使い古された認識としての考えでしかないのかもしれないと思うと、とても怖くて、自分の能力が情けなく見えて、そいつに貶められる。そして、だから怖い。そうなった結果、俺も周囲のヤツみたいにそいつの事を嫌いになっちゃうのも分かるから、怖い。そのそいつがやり遂げたい、俺を縛りつけてる事だって、一つも理解できない。でも俺はそれをやり遂げなくちゃいけないし、縛られているのは楽しい、だけど、そう感じさせているのも実はそいつの掌の上なんじゃないかと思うとそれも怖い……だから……」
昼夜はここでハッとなった。そしてぼやけ始めた水晶の中身を見る事なく、そのまま隣りにいる少女へと視線を向けそうになって、それを何かが遮った事に気が付き、一瞬でそのこめかみから汗を滲ませた。
ほんのコンマ数秒の事だったのだろう。しかしそのコンマ数秒が昼夜には恐ろしく絶望的な時間に思えて仕方がなかった。
「そこまでにしとこうか」
ここでマエストロ桂子が中断を勧告した。対面に座る昼夜が顔中から汗を流すその様子を見てそうしたのかは定かではないが、しかし何か感じる所があって中止を宣告したのは明らかだった。そして占いの結果発表である。
「じゃあ、私の占いの結果を発表しとこうか」
老婆の瞳が真っ直ぐ昼夜を据え置き、既に法衣の中にしまわれたしわくちゃの両手がまるで置物のように重ねられている。そんなミニチュアのキットを彷彿とさせるかのような世界の中で、マエストロ桂子は宣告した。
「あんたは近いうちに病気にかかるね」
唐突に現れた予想もしなかった言葉に昼夜は口をポカンと開けた。しかしマエストロ桂子は構わず続ける。
「病気の原因は恐らくあんたの、そもそも病的とも言える責任感から来る物だろうね。本来普通の人だったら避けて忘れていそうな苦い思い出をしっかり重箱に包んで記憶しているその能力こそがあだになっているのかもしれないね。それからあんたが、そいつ、と称する人間に対しての過大評価が自分を苦しめている要因にもなっているのかもしれないね。あんたはそれを恐怖と呼ぶのかもしれないけど、私にしてみたらそれはただの妬みでしかない。
あいつはアレだけ凄いのに、俺は何故こうなんだろうという、発想から既に解釈を変えているのは理解できないという、ある種の逃げなのだろうね。
理解できないとは、序列を付けられないという事だ。あんた、恐らく学校や何かではかなり成績が良くて周りからはよく出来た人間だと、褒めそやされているだろう? それも恐らくは関係している。八方美人なあんたではあるけど、内面的には能力という者に対してかなりの比重を置いて人間を見ているあんたが、そいつ、に対して抱いている気持ちは諦めと同時に、理解出来ないと言うカッコでくくった逃げでもあるんだよ。だけどそんな、そいつから助けを求められ完遂させなくちゃいけない自分に対して覚えているのは自己矛盾だ。何をすれば、どう完遂させればいいのか分からないあんたはなまじ高い能力を持つが故に、いや、能力という物に執着とコンプレックスを持つが故に、この場合のコンプレックスは、そいつであるし、そして自分を形成している出来た人間というレッテルでもあるけど、重篤な責任感を与えているんだ。それが病的と言っていいのはアンタがまだ自覚していないレベルでの話しだけど、恐らくアンタの話しをそのまんま他人に聞かせて御覧。一体どんな内容の事をやり遂げようとしているのかは知らないけど、恐らくあんたのやろうとしている事は異常意外の何物でもない。そしてそれを完遂させようと悩んでいるアンタの覚悟も、そいつも変わらず異常でしかない。だからこそあんたは潰れる。しかも近いうちに病気になって、取り返しのつかない事になる。だから、占い師の私が、占い師として送ってやれる一つの言葉がある」
マエストロ桂子は一旦言葉を区切って、そして再び放った。
「人間はみんな違う。誰も分かり合えないし、理解し合う事は、本質的に出来る訳なんかがない。だけど」
彼女はこう言った。
「その違いや、理解し合う事が出来ない事を、認識し合う事は出来る」
マエストロ桂子はそう言い切ると、滑らかに動いていたその老獪な口をすぼめた。
「それが私が送ってやれるあんたへの言葉でもあり、これが私の、あんたの今後とやらの占い結果だ。満足出来たかい?」
圧倒的な物量で押し寄せて来た、生まれて初めて味わう占いという物に昼夜は言葉を失い、そして茫然としていた。
あんたは近いうちに病気になる
そう言われて放たれた言葉と同時に数多くの様々な言葉が昼夜を穿ち、そして盲目にさせていた。占い師の言葉が古来より強力な物として祭りごとや人心を操って来たのもこういう事が原因なのだろうかと、昼夜は得も知れぬ占いのパワーにその身をスッポリと包まれ、身動きが出来ずにいた。
そして次はこずえの番である。
「んで、じゃあ次は嬢ちゃんの番かい。えっと名前は――」
「千駄木こずえです」
こずえがプロフィールカードを覗くマエストロ桂子に颯爽とそう言い切った。そしてその直後に、有無を言わさず彼女は言い切った。
「でもやっぱりやめようと思います」
「は?」
こずえの言葉に、マエストロ桂子はキョトンとした。一体全体何を言いだしんたんだと言わんばかりの表情だったが、その表情もすぐに変わる。
「まさか金がおしいとか言うんじゃないんだろうね?」
「それは違います」
こずえは即答した。
「お金はちゃんと払います。でも占いは結構です。今の物部君の占いを見て判断しました。ごめんなさい」
当然、こずえの言葉に若干の不服そうな顔をしたマエストロ桂子ではあったが、それでも何となく、まるでこずえに興味を示したかのような表情をして口を開いた。
「理由は?」
「え?」
「理由はと聞いているんだ。占いを拒否する理由さ。高い金払って、それをいいだなんて言う奴はこの仕事を四十年以上やってきて初めてだよ。理由位言えないのかい?」
マエストロ桂子は肘をテーブルについて、まるでここに来て初めて人間を見たかのような目をしながらこずえの事を見つめていた。当然予想だにしない事を言い始めたこずえの言葉に昼夜も耳を傾ける。
「言葉は虚飾でしか無い」
こずえはそう言って、更に続けた。
「人間は違いを分かり合えないけど、認識しあう事は出来る。これ、凄い素敵な言葉だと思いました。当たり前のようで実は皆が思わず忘れちゃってる大前提をこうして思い出させてくれただけでも私はここに来て、お金を払った価値があると思いました。だけど」
こずえは一度口を噤んでから、再び口を開いた。
「こういう言い方をしちゃうとなんですけど、所詮は占いも言葉。つまり信じるに足る由来はそこになくて、人間が持つ知性とセンスによっていくらでも虚飾の出来る戯言なんだと気付かされました。しかも最期はご丁寧に、占い師さん直伝の格言を以ってそれを立証なさってる。これがいい証拠だと思い、私は占いを辞退させていただきました。それに」
マエストロ桂子が目を丸くしている事にきづきながら、昼夜はこずえの言葉を穿った。
「私が本来ここに来た理由、つまり無言を以って相手にそのメッセージを伝えるという手段も、占いと言う手法から持ってすればそれは邪道だし、何より失礼だと思ったからです。私の口からは言えない私の事を、占い師さんを通じて誰かに伝えるなんて、それは間違いでした。そう気付かされました。だから、占いを辞退させていただきます」
昼夜の喉の半分まで出かかった言葉が、強固な防波堤によって堅守されたのはそれがマエストロ桂子の言葉と被ったからではない。
「あんた占い師になる気はないかい?」
横から聞こえてくるこずえの能力を賞賛する声に、昼夜は何故自分の言葉が防波堤によって阻止されてしまったのか、気付いていた。
「あいにく私自身の未来には占う余地すらないみたいなので」
それがある種の、こずえからのSOSを求めるメッセージだったからだと気付かされたからだった。




