2・2
三日後。
何だかんだと議論を進め夏の日差しに頭皮を焦がしながら駅前のファストフード店に通い詰める事数十度。いや、それ以上であろうか? フライドポテトとチーズバーガーに辟易どころか一回りして病みつきになりそうな程の愛着を感じつつある夏の中旬。昼夜とこずえはこれで何度目となるやもわからない守隠し計画第?弾を実行に移す事を採択していた。
プランは至ってシンプルである。と言うよりも一番最初に提示した計画が結局可決される事になったと言う方が正解なのであろう。
山中黙殺生き埋め殺人事件。
睡眠薬を服用し睡眠状態に入ったこずえをあらかじめ掘っておいた土の中へと埋め土中で安らかなる死を迎えていただくあの殺害方法であり。このプランのメリットとしてはやはり山中を利用する事から他の人間に介入される恐れがなく、特に人為的ミスによって計画がとん挫する事もない。また亡くなった者の死体がそのまま土の中で分解され処理される事から遺棄の労力すらいらないという優れた計画なのである。しかしデメリットとして存在するのが当の被殺害者となるこずえの反対だった。生き埋めなんて死んでもいやと、全く以って納得の出来る正当な意見を頑として受け付けなかった彼女なのではあるが思いの外難航する守隠し計画に遂に白旗を上げたのだろう。昼夜の最後通告に事の他あっさりと彼女は首を縦に動かし最期の時を迎え入れるのだった。
だがそうなるとまた一つ問題が、というよりもこずえが個人的に問題として上げたのが金銭に関する事柄だった。
「ていうか全然お金使ってないじゃん」
今まで一年間を消費して溜めて来た資金、百五十万近くの現金がそのまま手元に残っており、その万札の束を使わずしてあの世へと旅立つ事が非常に口惜しいと思ったのだろう。こずえは死ぬ前にしておきたい最期の事、等とどこかの本のタイトルにありそうな言葉をハッキリと言いきって昼夜を日本の中心、東京駅へと引っ張ってきたのだった。
「おつりは俺の残りの人生に充てていいんじゃなかったっけ?」
昼夜の言葉にこずえは首を横に振って、
「それは私と過ごした思い出の話し」
と自意識が過剰な返しをするのだった。そして電車に揺られ一時間半。
日本の首都、東京だ。
「なんで東京なんだよ?」
まるで巨体迷路のように入り組んだ駅構内でひっきりなしに入り乱れる人々の流れを眺めながら昼夜は問うていた。別に金を使うだけだったら東京まで出張らなくてもと、紛れもなく東京都民である昼夜がまるで自分が他県民であるかのように思ってしまうのはそれが東京市民であるからに違いない。
「遊ぶって言ったらやっぱ首都圏でしょ」
西東京も一応首都圏だが……
等と心の中で呟いてもこずえにその声が届く訳もない。こずえはズカズカと昼夜を先導するかのように駅構内を歩く。
「どこ行くんだよ?」
昼夜が後ろから質問するのを尻目にこずえは簡単に答えた。
「上野」
こずえは端的に言う。
「あそこなら色々と事足りない事は無いだろうし。アメ横もあるし」
「アメ横じゃ百五十万は使いきれないと思うけど」
「いいの」
まるで駄々をこねるかのように言う。
「私上野行った事ないから行ってみたいだけ。別に異論なんかないでしょ」
「…………」
確かに。と、昼夜は頷いていた。異論などはないと。ただ実際金の使い方を知らない高校生二人が一日で百五十万を使いきるなど不可能なのではないかと思った昼夜ではあったが、高級感とは程遠いアメ横の威勢の良い店主達の声を聞いてみるのもそれなりに楽しいのかなと、何となく久々に訪れた行楽モードを享受しようと心を切り替えるのだった。
そして上野へと向けて切符を買い、電車に乗り、あっという間に雑多で賑わいに溢れた上野の街に到着である。
「うわ……」
昼夜は電車から降り、そして再び迷子になりそうな程入り組んだ上野ステーション内をやっとの事で抜けてから一言、まるで呟くように一人ごちた。
「人多すぎ」
「それが東京の醍醐味でしょ」
人の多さが東京の醍醐味だというこずえの理屈がそこはかとなく当たっているような気もした昼夜ではあったが、基本的に自分が人ごみ嫌いだった事を今になって思いだした昼夜がアメ横の渋滞商店街を苦痛を感じる事なく通り抜ける事はやはり不可能だった。
「ねえ物部君見て見て」
行きかう人がまるで予めきめられたルートをなぞるように歩行し、すれ違いざまに肩と肩をぶつけてもおかしくない密集地帯をなんら衝突する事なく形成されている不思議空間アメヤ横丁。そんなそつなく移動しどんな状況でも右往左往しない精神が必要な、初心者には優しくない横丁でこずえは黄色い声を出しながら昼夜を呼んでいた。
そこは左を巨大靴流通センターと右を某有名ブランド店に挟まれた、こじんまりとしたアクセサリーショップだった。店頭に並んだ銀色の貴金属類を眺めこずえが笑顔を見せている光景が何故か昼夜には余り喜ばしい風景に思えなかった。もしかしたらこれは男だれしもが持つ本能的危機感なのではないかと勝手な推測を立てて見るのだが、そんなバカな事を考えている昼夜を余所にこずえは気分をランランに輝かすのだった。
「ねえこれ可愛くない?」
こずえが手にとって見せたのは銀色のペンダントだった。しかもハート型で、中央をスライドさせれば小さな写真が入るようになっているロケットタイプの。
「随分とベタな物好きなんだな」
昼夜は率直な意見を述べていた。
「っていうか千駄木がこういうのに興味示すとは思わなかったな」
「それどういう意味?」
「いや」
こずえの目が一瞬乙女のそれに変化したような雰囲気を感じ取った昼夜が必死でなくともそれなりにフォローを入れるのは当然の流れだった。
「別に大した意味じゃないって。千駄木ならもっと他に興味のありそうな物があるんじゃないかなと思ってさ。ただ意外だっただけだよ」
殆ど何のフォローにもなっていないような言葉だったがこずえはそれを良しとしたのか、特に気にしなかった、とにかく深く言及する事なくそのペンダントを即買していた。
「おじさんこれくださーい」
銀のロケットペンダント。五千円。残金百四十云万。
全部使い切るなんて不可能だろ。
その後もアメ横でウインドウショッピングを楽しんだ昼夜とこずえは両手に商品袋を携え(主に携えているのは昼夜だが)昼夜にとっては悪路としか表現しようのない雑多な道を超えやっとの事で昼食時間へと辿りつくのだった。二人は一度駅前へと戻りどことなく雰囲気のよさげな洋食店を見つけるとそこに入って昼夜はぐったり、こずえは嬉々としていた。
「こういう所のオムライスってすごい美味しそうだよね」
「そうかもな」
昼夜はグッタりしていた。今になって思えば異性の買い物に付き合わされたのは初めてだったと、その強烈な勢いと思考を繰り返し時間と金銭を消費する買い物スタイルに肉体的疲労よりも精神的疲労が脳味噌に覆いかぶさっているかのようだった。
注文を取りに来たウエイタ―に昼夜とこずえは二人揃ってオムライスを頼み運ばれてきた水に口を通す。
「楽しかったね。アメヤ横丁」
「まあな」
こずえの笑顔に昼夜は微笑を以って答える。
「まさかお前がそこまで買い物好きだとは思わなかったよ。お陰で良い運動になった。明日は両手足が筋肉痛かもな」
「良い運動になって良かったじゃん」
「嫌味のつもりだったんだが」
昼夜の言葉にこずえは笑った。よほど買い物が楽しかったらしい。その年齢より幼く見える丸い瞳がキラキラしていた。
「でもさ、ちょっと私疑問なんだけどなんでアメ横ってアメヤ横丁って言うんだろうね?」
でもさ、という言葉の使い方を熟知しているこずえの疑問に昼夜も首を横に捻った。
「確かに。なんでだろうな? そう言われてみれば俺も知らないな。アメ横、アメヤ横丁、何でだろうな? 横丁は何となくわかるけどアメヤってのはどういう意味だろうな?」
アメヤという言葉から連想される物は精々飴屋位でしか無く、他に何の語彙も連想しない。しかし実際アメヤ横丁の街並みで飴屋が実在していたのかと問われるとそれは定かでは無かった。
「アメヤのアメってもしかしてアメリカの事だったりして。日本の首都にある一都市をアメリカ被れさせたみたいな、そんな意味だったり」
その言葉に昼夜は首を捻る。
「でもそれじゃアメヤのヤは一体どこから出て来たんだよ?」
「アメリカ野郎のヤとか」
「随分敵対心丸出しだな」
「或いは嫌のヤだったり」
「そこまで嫌われながらよくあれほどまでの横丁に成長を遂げたもんだ」
正に感心である。等と会話をしている内に注文したオムライスが目の前に颯爽と現れた。黄色い卵の上にトッピングされたトマトケチャップが古き良き日本の洋食店を物語っているかのようでもあったが、当の二人が古き良き日本の洋食店を知らないのは年代的に言って仕方がなかった。
「それとも天谷とか」
オムライスを頬張りながら口走ったこずえの言葉に昼夜は首を傾げる。
「何の話しだよ?」
「アメヤ横丁の話しだけど」
「もうそのくだりは終わりだろ。っつうか天谷って、どんだけ高尚な横丁だよ。明らかに字面がおかしすぎるだろ。天の谷に横丁って、何もかも不自然だ」
「でもそのギャップが一つの萌え要素としてここまでの発展に寄与したのかもしれないじゃん」
「アメ横に萌えの要素はねえよ」
どことなく燃えという要素は備わっていそうな気もするが。等と下らないオチを一人脳内で落としながら再び沈黙でオムライスと水を交互に頬張る昼夜とこずえ。そして三度唐突に繰り出すこずえだった。
「次どーする?」
意外にも普通の質問が飛び出したこずえの口に思わず唐突といった印象を受けてしまった昼夜ではあったが、元々上野で何かがしたいなどと希望があった訳ではない。昼夜は黙々と卵の中に隠されているチキンライスとグリンピースを器用に分けながら簡単に答えた。
「千駄木は行きたい所とかないの?」
するとこずえは自身へと向けられた呼び水に目を輝かせながら答えるのだった。
「ある」
ハッキリと、断言した。そしてポケットから携帯電話を取り出し数十秒間の沈黙を以って操作音を響かせた後、昼夜へとその画面を見せつけて来た。
「私ここに行ってみたいんだけど」
その小さな液晶画面に出力されていたのは
『上野のグランドマザー・占術の始祖マエストロ桂子の占い』
と書かれた妙な公式ホームページだった。




