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ファンタジーウォー

作者: KURUFU

 僕は戦争を憎んでいる。

 この国で起きた内戦で僕は、家族を失った。確かに旧体制は崩れ、圧政は一旦終わりを迎えた。しかし、家族を守るため勇敢に反体制派に志願していった父は戦死し、母も空爆から逃げる際瓦礫の下敷きになって死んだ。姉はある日突然家に押しかけてきた体制派の兵士に連れて行かれた。内戦が終わった後、姉の安否を確かめるためにほうぼうに聞いて回ったが結局姉に逢うことは出来ず、しかし町の人の話では、連れて行かれた女性達は皆、体制派の兵士に散々強姦された後殺されたという。

 戦争ではよくあることだ。こんなこと。僕の周りにも同じような境遇にある奴らはごまんといる。家族が全員死んでいるだけじゃなく、空爆の時に手や足を失っている奴もいる。僕は五体満足なだけまだマシな方なのだ。

 だけど僕は戦争が憎い。旧体制の最高権力者が憎いだけじゃない。姉を強姦した体制派の兵士も、空爆も憎い。でもそれだけじゃない。僕の父が入隊していた反体制派も、その反体制派を支援していた有志連合も全部、全部全部全部憎い。

 勝ち負けじゃない。正義と悪でもない。戦争が憎い。


 僕は戦争を絶対に許さないし、僕達は戦争を絶対に許してはいけない――


そんな内戦から、もう三年も経った。街にはまだまだ戦いの爪痕が残っていて、ほとんどのビルの壁には無数の銃痕がある。旧体制が倒れ、反体制派のリーダーが政権を握ったが、一年と持たずにクーデターによって失脚。その後軍監視のもと一応の選挙が行われたが、当選したのは皆、軍の指導者達だ。それは偶然でもあるし必然でもあると僕は思う。この国はまだ世界の基準で見れば未熟だ。国が未熟というのは、国の仕組みが民主的ではないというだけじゃなく、国民が未熟ということでもある。

 今、僕は叔母の家に住まわせてもらいながら奨学金で大学に通っている。靴磨きのバイトもして、僅かだが叔母にお金も入れている。確かに昔の国より今の国の方が良いというのは頭では分かってる。学問や発言の自由が広がったとみんな言っているし、店に並ぶ商品の数も増えたし、突然家に秘密警察がやって来るかもしれないという恐怖も前より感じなくなった。

良くなった。良くなったのだろう。

でも僕に家族はいない。仲の良かった友達もたくさん死んだ。体制派も反体制派も兵士の半分を失った。

 

もう戦争で人を死なせたくない――


戦争は人を殺すだけだ。戦争では何も解決しない。事実、この国は内戦の前と大きく変わっていない。だったら僕は、内戦なんかしない世界が良かった。あれから三年経ったが、僕の戦争に対する憎しみは以前全く消えていない。僕は戦争を許さない。



 君の願いを叶えてやろう。

 そんな言葉を吐く奴は、大抵信用できないし、その言葉も何か裏があるものだろう。もしそれを言ったのが凄いお金持ちなら、もしくは国の指導者なら僕も少し耳を傾けたのかもしれないが、泥のこびりついたボロボロの革靴を履く男に言われても、僕は聞こえなかった振りをして靴を磨くだけだった。

「坊主、願い事を叶えてやろうと言ってるんだ」

 青色のスーツを着たその男はさっきよりわずかに声のボリュームを上げて言った。

「僕の願いは貴方がちゃんと靴磨き代を払ってくれることです」

「坊主よ、それはお願いだろう。もちろんそれも願いには違いないが、そして私はちゃんとお金を払うが、そうではなく君が常日頃から考えている願いだよ」

 僕はもう十分磨かれた靴を黙って磨き続けた。

「なるほどなるほど。君は随分と目の前ばかり見てるようだね。いやほんと。今も靴ばかり見ているし、いつでもどこでも目の前ばかり見てる。それではね、見失うこともあるよ」

「はい、終わりました」

 僕は顔を上げて言った。

「はいはい。これね」

 男は缶の中に紙幣を入れた。

「おじさん、じゃあ言うけど僕の願いは、僕の願いがあと百万回叶うことだよ」

 僕は皮肉のつもりで言ってみた。本の中ではよく、願いごとの回数が決められていたりすることがあるが、僕はそんな話を読む度いつもこう答えればいいのにと思っていた。

「なるほど、これは手厳しい。しかし出来ない願いではない。出来ないわけではないよ。出来ない願いというのはね、死んだ人を生き返らせるってのが出来なくてね。遺体が残っていればね、ゾンビみたいに動かすことは出来るんだけど、なんかそれは違うよね。それにしてもまあ、君は目の前しか見えていないね。反射神経だけで生きてるんじゃないのかい?」

 男は苦し紛れなのか皮肉を少し混ぜ、そしてこう言った。

「この瞬間から君の願いは全て叶うよ」

 その言葉が聞こえた瞬間にはもう、男はいなかった。

 バカバカしい。内戦を終えたばかりの国にファンタジーは似合わない。

 そんなことを思っていた僕だが、このすぐ後に願いは突然叶った。

 日が暮れ始め、靴磨きの道具を片付け始めた時、僕はふと額から垂れる汗を手で拭いながら「早く家に帰りたいな」と呟いたのだった。

その瞬間、僕は家のソファに座っていた。


 

それから僕の生活は一変した。道端に転がっている石ころを金に変え、家を建て、毎日美味しいものをたらふく食べた。町で評判の美女を片っ端から惚れさせ、有り余るお金で豪遊した。湖一つを全て石油に変えてこの国を豊かにすることも出来たが、それはあまりにもやり過ぎな気がして実行はしていなかったが、僕は自分のためだけに願いを惜しむことなく使った。たまに願いごとの残数の補充を行いながら、魔法使いのような毎日を過ごしていた。

 

でもそんな毎日にふと僕は、虚しさを感じた。

 

あの日男は言った。常日頃から考えている願いは何か、と。僕は常日頃からお金が欲しいと思っていたわけでもないし、常日頃から女性にモテたい……とは思っていたが、それが心からの願いではないような気がした。

 君は目の前しか見ていない。

 あの男の言葉の意味が今頃になってようやく分かって来た気がする。僕は戦争で家族を亡くし、戦争を憎み、戦争を決して許さないと誓っていたのに、いざ願いを叶えてもらうとなれば、やれ金だ、やれ女だと、これでは目先の快楽に溺れているだけではないだろうか。あの男はこうなることを分かっていたのだろうか。

 そのことに気付かされた時、僕は初めて人の為に願いを使った。


「僕は戦争を絶対に許さない。この世界から戦争をなくしたい」


 今でも町の中を戦車が走り、銃を持った兵士が街角に立つこの国で、そんなファンタジーが叶うとは思えなかった――

 夏の暑さにやられたのか急に視界が奪われ、僕はふっと後ろに倒れこむような感覚に襲われた。



「どうも、僕「戦争」です」

 突然そんな声が聞こえた。スマートフォンの音声ガイドのような、それでいて幼い子どものような声だ。

 僕は目が開けられないまま、もしくは視界を奪われたまま、その声に対して言った。

「戦争は人とか動物じゃないし、戦争は喋らない」

 当たり前のことだった。

「でも僕は「戦争」です。貴方は僕を憎んでいるし、許せないし、無くなって欲しいんですよね?」

 僕はこの状況が飲み込めないまま、「あぁ」と答えた。今まで星の数ほど願い事をしてきたが、こんなことになったことはなかった。

「いやいやそれはね、この世界から戦争を無くすってのことは、石を金に変えるのとは訳が違うのさ。今起きている戦争を無くすのか、戦争がもう起きない世界にしたいのか、人間の世界から戦争という概念自体を無くしたいのか。消される「戦争」自身が出ていって話を聞かないと」

 もうなんでもありだった。元々願い事が叶う時点でどうかしていた。これまでのこと全てが、俺が靴磨きのクリームの臭いに頭がやられて見ていた幻覚だとしてもおかしくないほど、この数ヶ月の生活はおかしかった。

「今起きている戦争を無くすだけじゃ駄目だ。それでは根本的な解決になってない。概念を消すというのもいまいちピンと来ないし、概念を無くすことが戦争を無くすことではない。それは単なる言葉遊びだろ。だから僕が思っているのに近いのは、もう戦争が起きないようにするというやつかな」

 僕がそう言うと、「戦争」はケタケタ笑った。

「そうですか。もちろんそれには今起きている戦争も全て無くすというのも含まれますよね?」

「当たり前だ。戦争なんかいらない」

 また「戦争」は笑った。

「これは大仕事になるな。いやほんと。最終確認ですけど、本当に本当に本当に戦争を無くしていいんですよね?」

「もちろん」

 僕は答えた。

「分かりました。それでは最後に僕の個人的なご質問をさせて頂きます。個人的なものなので答えなくても結構ですよ。それでは聞きますが、貴方はどうして戦争を無くしたいんですか?」

 何を今更……

「僕は戦争が憎いし、許せない。戦争で何かを失った人はみんなそう思ってる。戦争は人類の犯し続けてる大きな間違いだ。だから絶対に許してはいけないし、無くさないといけない」


 しばらくの沈黙があった。

 そして急に「戦争」が言った。

「貴方はほんとに目の前しか見えてませんね。まあいいでしょう。戦争を無くしましょう。無くして差し上げましょう。それで満足なんでしょう。戦争を許せないし、無くさなければならないと決意してるんですから。しかし、貴方はもっと遠くを見るべきでしたね……」

 その直後、僕から意識が消えた――



 争いをしたことがない個人はもちろん集団も、世界中を探したところで多分どこに見つからないだろう。先進国や発展途上国はもちろん、ジャングルの奥地に住む部族でさえも隣の部族と戦争をした。

 そして戦争を憎み、許せないと感じた人は世界中にいるだろう。

 戦争を絶対に許してはいけない。

 その言葉、思いは、戦争に戦争を挑むということだ。

 戦争という「もの」が元々あるわけではない。人間の心の中のハルマゲドンが戦争だ。人間は戦争で家族を亡くし、仲間を亡くし、住む場所を無くし、戦争を恨む。そして二度と戦争を起こしてはならないと、戦争に戦争を挑むのだ。

 

戦争でもう誰も死なせないと誓ったあの少年の戦争に対する戦争は、全人類を絶滅させることで終戦した――


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