第三話 尾行
「荒木八鶴
十五歳、誕生日不明、今後の調査の必要あり。家は喜多良大阪に向かわないことから、四丁目の北だと思われる。家族構成、父、母、姉一人。第四喜多良高校にはトップの点数で入学しており、先生の間では四高北に行かなかったのはどうしてだろうかと話題に…」
「ちょっと待て」
「…ん?なんだよ」
入学式の二日後、第四喜多良高校に関する様々なオリエンテーションが終わり、普通の授業が始まろうとしているころ、僕はたまたま後ろの席となったコースケ(本名はまだ覚えていない)とジジ(本名は忘れた)と昼食を食べながら話し合っていた。
もう少し詳しく言うと、ジジがこれでどうだと言わんばかりに荒木ヤズルのことについてわかったことを語り始めたのだ。
「お前それただのストーカーじゃないの?」
入学式の後たった二日でそれほどを情報が集めてくるとは…、こいつよっぽど暇なんだな。
こいつがストーカーとして捕まる前に友達をやめた方がいいかもしれない。
「おめぇが調べてくれって言ったんだろうが」
そうだっけ?…それでもさすがにそこまで集めてこられると引くよ。
「あはは…、言い出したのはKYだった気もするけど…。でもストーカーみたいだと思う」
コースケが援護をしてくれた。…いや、僕にも攻撃がある気がするよ?コースケ?僕らはトモダチ‼
「まぁ、まだこの話は先があるんだ、聞いとけ。
えっと…どこまで話たっけか。荒木ヤズルの情報がこんなに早く集まったのは理由があるんだよ。入学式からたった二日でクラスの女子みんなと友達になっただけじゃなくて、全クラスに友達を作ったらしいんだよ」
「へぇ…、社交的なんだね。荒木さんって」
「ふっ、しかしいまだ男子の中で荒木ヤズルと話したことがあるやつはいないみたいなんだ。でもさそれが、高嶺の花って感じがして話しづらいって男子がまだ声かけてないだけじゃねぇんだよ。たまたま帰り道で荒木ヤズルを見かけたやつが勇気を出して話しかけてみたのに、無視されたらしいんだよ」
「ただ単に聞こえなかっただけじゃないの。なんとなくだけど、荒木さん聞こえたらちゃんと話してくれる気がするよ?」
確かに、仲がいいわけじゃない女子に話しかけた男子が勇気出して話しかけたのはいいけど、声小さかったのかもしれない。聞こえなかったら意味がない。
「…馬鹿野郎、荒木ヤズルはすでにこの学校のアイドルなんだよ。アイドルは見知らぬ一般人と話せないから聞こえなかったふりをしたに決まってんだろうが」
「それはありえないと思う」
コースケに全面的に同意。というかジジはアイドルだったら何でもいいのか。アイドルオタクめ。
「はぁ、夢がないなぁ。すでにファンクラブまでできているというのに」
…人気過ぎるよ荒木ヤズル。
「とにかく、俺は今後も調査が必要なものを調査し続けるつもりだ」
「これ以上何を調べるつもりだい、ストーカーさん」
「…ふふふ、よくぞ聞いてくれた。その答えは、部活だ」
また、長い話が始まりそうだ。…というかジジはストーカーさんと呼ばれていることを気にしないのかい?
僕は次の授業の準備を始めた。残念、次の授業は数学か、…高校初の授業だから宿題もないんだよな。宿題があったらこの話を聞かないふりもできるのにな。
「荒木ヤズルと同じ部活は入れたら話すチャンスだってたくさん出てくるだろ。お近づきになるにはどうしても調べなくちゃならないんだよなぁ」
「もう荒木さんがどこの部活に入るか噂がながれてたりするのかい?」
「いーや、たっくさん勧誘が来てて困ってるみたいだ。今はどこかの仮入部試してみようかなって悩んでるみたいだぜ。実は運動神経も抜群みたいでな、引っ張りだこみたいだ」
「完璧な人だね…。運動できて頭いいなんて…、…あれ?仮入部試そうってまだどこにも行ってないのかい?」
確かにほとんどの人はおとといや昨日に仮入部か見学かしてるみたいだけど…。ちなみに、僕はまだどこにも行ってないよ?勧誘すらされなかったし。
「ああ、何でも特に体験入部も見学も行かずに一人で帰ってしまうらしい」
ここでチャイムが鳴る。
ともかく、荒木ヤズルは人気だそうだ。
放課後、たくさんの新入生が部活連中の勧誘を受けている中、僕はなぜかその中をするする抜けることができた。どうして先輩方は誰も声をかけてくれないんだろうか。僕のこの二の腕の筋肉が目に入らぬか。ふん!あれ?ふん!あれ?僕の目には入らないようだ。
ここは四高西だから部活、特に運動部が多いはずなんだけどなぁ。ここで聞きたい、勧誘も活発なはずなのに誰の目にも留まらないって影が薄いのかな?どうだと思う?影が薄いってことはむしろ強いことって『黒〇のバスケ』とかで見てないのかなぁ。やった、バスケ部なら僕を見つけてくれるかもしれないぞ。
そんなこんなで僕が歩いていると、目の前に大勢の人が集まっているのを、見つけた。
何の集団だろうとのぞきこんでみると、真ん中に荒木ヤズルの姿が目に入ったのだ。
ははぁん。荒木ヤズルの勧誘か。そういえば確かにジジがなんか言ってた気がする。きっと今もストーカージジあたりがこの光景を教室の窓から見ているに違いない。確かに文化部も運動部も関係なく人が多く、…いや女子の運動部の連中が圧倒的に多いか、男子の部活もマネージャーとして勧誘している人も多いようだけど。確かにこれなら困ってしまうのも無理ないし、部活選びにも時間がかかりそうだ。
はっそうか、荒木ヤズルの勧誘に忙しくて僕は見えなかったんだね。
……現実逃避なのはわかってる。
とはいえ、荒木ヤズルがこの状態に困っているのは明白だった。
こういうときは…。
「やぁ、やぁ先輩方」
「ん?なんだこいつ」
ごっつい顔のサッカーボールを持った先輩と、これまたごっつい顔のバットを持った先輩が振り向いた。っていうかなんでこの人たち空手部とかボクシング部とか入らなかったの?
ん?こういう時はどうすればいいの?先輩たちが振り向いたらこっちにも人が流れてくると思ったんだけど…。全然こっち向いてくれないよ?
「おい、用がないんならどっか行けよ。俺たちは勧誘で忙しいんだよ」
なら、僕を勧誘するという態度を見せてください。
ふむ、そうだな、ここは先輩たちが僕を部活に入れたくなるような一言を言えば、荒木ヤズルを助けるだけじゃなく、僕の部活まで決めることができるんじゃないか。そうと決まれば…。
「僕を家来にしてください」
…いや、分かっている。絶対言うこと間違えた。先輩たちがものすごい困った顔してる。家来になってどうする、いい直せ、もっといい言葉に。そう、先輩たちの手足となって働きますという意味で。
「いやそうじゃなくて、僕を奴隷にしてください」
…状況が悪化した。あらんことか僕はさっきより大きな声で言ってしまったようだ。ほら、全員見てるし。先輩たちどころか荒木ヤズルまでポカンとしてるよ。…早く逃げて‼︎
「お、おおぅ」「なんだこいつ」
まぁ、確かに僕も逆の立場なら微妙な反応すると思う。しかし、これは勝負なのだ。先輩たちの興味をいかに引き付けて荒木ヤズルを逃がせるかという。…ん?僕の部活動?そうだねぇ、あきらめた。
まぁ、とりあえず荒木ヤズルが逃げるように時間を作れれば。とりあえず、荒木ヤズルには念力を送っておこう。『早く行け~』『早く行け~』『僕なんか気にせず早く行け~』
「とりあえず、なんなんだ?お前?」
「俺たちの勧誘の勧誘の邪魔すんのか?」
先輩たちが気を取り直して、怖い顔を向けてきた。いや、勧誘の邪魔とか思わずに僕の勧誘をするという心生きはないんですか。
は‼
僕の念力が伝わったのか荒木ヤズルは先輩たちの間を縫って逃げていった。
やだもう、僕を、この状況を、助けてよ‼僕なんかを気にしなさい‼
荒木ヤズルがいなくなったことが先輩たちもわかってきたようで妙な雰囲気を残したままこの集団はなくなっていった。
ごっつい顔の先輩たちも別の場所に行くことを決めたようで去って行ったが、最後に僕のことをにらんでいった。…あの、新入生にらみつけたらその部活に入ってくれないよ?
とりあえず、サッカー部と野球部には入れなくなったのであった。あれ?もしかしてその周囲にいた部活にも入れない?僕もしかしてほとんどの部活が入れなくなったの?
「はぁ、ひどい目にあった」
僕はそのあとやはりどの部活にも誘われることなく、一人帰路に立ったのだった。どの部活も奴隷はいらないのかな?一人いたら便利だと思うけど…。『はい、ご主人様の言う通りに』とか『お帰りなさいませご主人様』とか。それはメイドか。
…まぁ、僕が先輩なら『奴隷にしてください』なんて言う人部活に入れたくないけど…。あれ?そうなると僕どこにも入れない?ヤバい。部活ボッチのための部活募集中だよ?
そんなこんなで僕が喜多良大阪に向かおうとしていると、遠くの方で人影が見えた。
はっ!きっと僕と同じ部活ボッチだな!話しかけてみよう!
その人影を追いかけるとあることに気付いた。間違いないあの赤い髪を三つ編みにして後ろで束ねているのは、荒木ヤズルだ。…妖精だ、妖精が歩いている。
ジジの話によると、荒木ヤズルは四丁目北に住んでいるはずだ。わざわざ、四丁目の喜多良大阪に向かう道である南側へ行く必要はない。どうしてだろう。
僕はなんとなく気になって、後をつけてみることにした。いや、ストーカーさんじゃないよ。ストーカーさんのトモダチ‼ボクハ ストーカー チガウ。
まぁ、とりあえず人はこれを尾行と呼ぶのであろう。
ここまで読んでくれた人ありがとうございます。やっと杏戸は文章に慣れてきたと思います。
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