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第九話 秘密基地

 ノズルの後を追って、柵を越えた向う側にはコンクリートの崖があった。すぐ落ちるほど危険ではないが、スタスタと歩くのは難しいかもしれない。

 いや、今はそんなことはどうでもいいかもしれない。理由はそのまま前を見ればすぐにわかる。

「うわ…」

 絶景だった。夕日によって赤く染まった喜多良壱丁目、二丁目、三丁目の姿は言葉がなくなるほど美しい景色になっていた。町にいる人や自動車が小さく、おもちゃのようにとめどなく動く姿は少し面白かった。壱丁目にそびえたつビルも木も、近くから見れば大きいが、ここから見ればすべてが小さかった。

 普段は、公園が柵に囲まれているため気付かなかったが、ここから見下ろした景色は思わず写真を撮りたくなるほどの素晴らしい景色だと思った。本当に携帯で撮ろうかと思い、バックを探っているとノズルから声がかかった。

「いい景色でしょう?でもここじゃ、ちょっと危ないので、もう少し歩きましょう。こっちです」

「あ、ちょっと待って。写真…、まぁいいか」

 ノズルは半身になりながら茂みの方へと歩いて行った。歩く場所が狭すぎるから半身になったんだと思う。僕的には別にこの場所で見ててもいいと思うけど。でも、ノズルが言うならもう少しいい場所があるんだろう。写真を撮るのはその場所に行ってからでいいや。

 それより、ノズルふらふら歩いてるけど大丈夫かな?落ちないよね。


 そのままノズルについていくと、ちょうど開けた場所に出た。確かにここなら危なくないし、景色もちゃんと見えたのでいい場所だと思った。だから、ここからの景色を二、三枚カメラに収めておいた。

 まぁ、それよりもなんとなく………。

「ここ秘密基地みたいだね」

 ここだけちょうど広い場所になっているだけではなく、どこからとってきたのかわからないベンチや、寒さをしのぐためにあるような段ボールで作った家に見えるものが置いてあった。また、ちょうど上に電灯があるようでちょうどここが照らされていた。かと言って木々に目隠しされ、上から見てもここに秘密基地があってもわからないだろう。

「あ、はい。多分秘密基地だったんだと思います。でも今木葉君に教えちゃったので、もう木葉君にとって秘密ではなくなっちゃったので、二人の秘密ですね」

 そう言ってノズルはほほ笑んだ。ヤバい。

 顔が急に暑くなってきたのを感じて僕はすぐ後ろを向いた。さすがにかわいすぎると思う。かわいいは正義だけど、かわいいは反則でもあるんだ。僕は顔をそむけながら話を逸らすための話題を探した。

「……こ、この場所って、…ヤズルが知ってたりしないの?」

「…?……いいえ、もしかしたら知っているかも知れないんですが…。よくわかりません」

 まぁ、ヤズルもここに住む人なんだから知っているかもしれないってことかな?僕的には、ノズルとヤズルの二人で見つけた秘密基地だったのかな?って意味で聞いたんだけど。一人でベンチとかをここまで持ち運ぶのは難しいと思うんだけど……。

「あ、それと今日はありがとう。これで次のテストはばっちりだよ」

「はい、こちらこそ。…数学しか教えられなくて申し訳なかったんですが…」

 確かにヤズルの国語、英語、社会科はお世辞にも高いとは言えなかった。というよりむしろ、僕といい勝負だった。本当に数学だけが得意なんだなぁ。それとも、僕の国語、英語、社会科の点数が高かったのかな……。ありえないか。

「あ、でも、私は、久々に学校の人と長く話したので、とても楽しかったです」

「あれ?夏休みってわけでもないのにそんなに久しぶりなの?」

 普通に昨日まで学校だったから、友達と話せなかったってことはないと思うんだけど…。

「………私、クラスに友達がいないので…」

 ヤバい。話を暗い方向にもっていってしまった。

 荒木ヤズルが社交的で友達の多い方だから、なんとなくノズルもそうなのかと思ってた。あ、昼休みに中庭のほうで一人で昼食を食べているのは……。いや、考えるの禁止。ノズルはいい人、神、女神。

「……えっと…」

「あぁ、気にしないでください。中学から一緒の友達がいるので授業終わりにはその子のところへ逃げてるので寂しくはないんですけど…」

「そっか………」

 あれ?でも今さっき学校の人と話すのは久しぶりって言ってたのに中学の友達のところに逃げて話したりはしないって言うのはおかしいんじゃあ……。ノズルはもしかしたら、場の空気が重くなったのが分かって、重くなりすぎないように今軽い嘘を言ってくれたのかもしれない。それならば、僕もあまり触れない方がいいのかもしれない。

 でも、どうしても僕はもう一言聞きたいと思ってしまった。

「つらくないの?」

「え?」

 今は僕がいるけど、やっぱり人と一緒にいれないのはつらいことだと思う。もし、僕もジジやコースケと教室で話していなかったら、多分毎日がつまらないし、学校にも来たくなくなってくるんじゃないかと思う。

 いや、でも普通に考えてつらいかなんて聞かない方が良かったのかなぁ?僕がそう言われたら、お前の価値観押しつけんな!って感じに思うかもしれないからなぁ。

「つらくはないですよ」

 僕はなんとなくほっとした。ノズルの気分を損ねなくて良かった。

 ノズルは一呼吸おいてから、また話出した。

「木葉君は幸せってどういうものだと思いますか?」

 唐突な質問だった。どういうものかって聞かれても、答えるのは難しいと思うんだけど…。

「え?……えと、どういうものとは?」

「少し質問を変えます。木葉君は幸せの量と不幸の量は生涯で決まっていて、その分量は足すとだれもが等しくゼロになる。って考え方をしたことがありますか?」

 幸せの分量と不幸の分量が決まっていて、足せばみんなゼロになる?いきなりかなり限定された質問に変わった。僕の答えとしてはもちろんNOだ。

「いや、したことないけど…」

「私はこの世界にいるすべての人が生涯を通じて幸せにも不幸にもなり、幸せの度合いをプラス、不幸の度合いをマイナスとしたなら、結局プラスマイナスゼロの人生を送っていると思います。そしてそれだけではなくて、今この世界にいる不幸な人の不幸と幸福な人の幸福は足してゼロになっているんじゃないかと思います」

「えっと…、つまりどういうこと?」

「この世界に人が二人しかいないなら、一人が幸せならもう一人が不幸というつり合いが取れていて、その度合いが同じってことです。それがすべての国の何億万人の中で起こっているんじゃないかってことです」

「どうしてそう思うの?やっぱり生まれた場所の環境とかで少しは違うんじゃないかなって思うんだけど…。貧しい国に生まれたら、先進国に生まれた人より生活が苦しくなってたりして不幸だって思いつづけているんじゃないかな。先進国の人でも自分の人生は結局不幸だったって死ぬ間際に思う人も普通にいるんじゃないの?」

「いいえ。その人が気付いてなかっただけでやっぱり幸せが近くにあったんじゃないかと…。あと、どのような環境に生まれようと、その人が幸せと思うか、不幸と思うかはその人の自由ですから」

「えーと、つまりノズルは今の状況でも不幸とは思っていないってこと?」

「……少し違いますね。私は今の状況が不幸であっても、いずれは幸福が訪れると思っています。

 もしくは今自分が不幸の中にいると感じていても実は幸福の中にいるかもしれないじゃないですか。

 今の状況がつらくないか?とさっき木葉君は私に聞きましたよね。

 だから、私はつらくはないんです。

 その状況が、たとえほかの人から不幸に見えたとしても、私にとっては幸せなことだってあるんです。

 そして、つらいときも頑張ってその瞬間を過ごせばいずれ幸せになれるんです」

 僕はその言葉に何も言えなくなった。

 ノズルはノズルなりの考えがあって、今の状態に満足しているとかそういうのじゃなくて。もっと良くなるはずだとか思っているんだ…。強がっているのようにも聞こえたけど、たぶんそれがノズルの今の本音なんだと思う。

「まぁ、変なこと言いましたけど、結局はそっちの方がいいじゃないですか。この世界はちゃんと平等にできているんだって思いたいじゃないですか。この世界はなんてすばらしい世界なんだって思いたいじゃありませんか。そして私は……」

 そこでノズルは一呼吸おいて、

「こんな話を馬鹿にせず聞いてくれて聞いてくれてとってもうれしいです。私は今、幸せです」

 そう言った後、少し恥ずかしそうにしてから、立ち上がって伸びをした後、こちらを向いて「あ、今の話の流れなら私はこれから不幸を受けることになりますね」って言いながらほほ笑んだ。

 僕は少し考えてから……。

「なら、その不幸ってことでGO研究会に強制的に入れられるってのはどう?歓迎するからさ」

「GO研究会?」

「そう、ゲームオリエンテーリング研究会。設立一か月でいまだに部員が僕とヤズルしかいないから絶賛新入部員歓迎中」

「……あぁ、なぜか聞いたことがあると思ったら、ヤズルが言っていたやつですか。…いいでしょう。その不幸を受け入れましょう」

 そう言ってまたノズルは笑った。

 とりあえず今日の予定は、ヤズルからの命令をクリアしたし終わりだろう。

 ノズルから話も聞けたし、いい場所も教えてもらったからいい日だったなと思う。

「帰りましょうか」

「うん、そうだね」

 この日だけで僕は随分とノズルと仲良くなれたと思う。

 

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