パフェより甘きもの
私の作品には珍しく、女の子主人公です。
デリカシーのない少年と、そんな少年に頭を悩ます主人公のお話。
幼馴染のあいつにはデリカシーというものがない。
そう、デリカシーがなさすぎるのだ。
もしも不慮の事故とはいえ着替えを覗かれたら、あなたならどうする?
私の場合、殴った。全力で、グーで殴ってやった。
別に最初から殴ろうと思って殴ったわけではない。見られた事に対する羞恥心と、突然の出来事に対する驚き。二つの感情に振り回され、殴るよりも先に身を縮こませてその場でうずくまってしまった。
そんな私に対し、あいつは言った。
「なんだ、いたのか」
その一言で私の中の何かがプッツリときれた。
言うまでもないと思うけど、被害者は私の方。着替えを覗かれるなんて事はうら若き乙女であるところの私には……コホン、とにかく恥ずかしいことである。
それをあいつは事もなさげに、むしろ「俺が入ってくるタイミングで着替えてるお前が悪い」とでも言わんばかりの態度をとってきたのだ。これは殴って当然、いや殴らなくてはいけないと思う。こんな最低男には相応しい罰を与える必要があった。
私の怒りはグーパンチ一発だけでは収まらず、その後特大パフェを奢らせる事で許してあげた。本人はとても不服そうだったけど、当然の罰だ。むしろそれだけで許してもらえたことを感謝してほしい。
特大パフェは近所の小さなカフェにある、冗談抜きで特大のパフェだ。一つ4000円を超す高額のため、今までは興味はあっても手が出せずにいた一品。また、量が多いのでカロリーの方も非常に心配になるけど、たまにはいいと思う。うん、今回だけなら……多分……。
いくら自分の財布からお金が出ないとはいえ、食べ物を残すというのは非常にもったいないこと。だから必死になって食べ進めていたけど、流石に多かった。特大パフェの名は伊達じゃなく、というかそもそも一人で食べるやつじゃない気がする。複数人でワイワイ食べるやつじゃないかな、これ。
そんな私を見かねたのか、あいつが動いた。自分はコーヒーだけを頼み、特になにもするでもなくずっと対面でおとなしくしていた。けれども、スプーンを動かす手が止まったのを見たのか、私の手からスプーンを奪い取りあろうことかパフェを食べ始めた。
「なっ……なっ……なっ……」
あまりの出来事に思わず固まってしまった。頬が一気に熱を持ち、顔が燃えるように熱くなる。
──間接キス
私が使っていたスプーンをあいつは普通に使い始めた。それはつまり、間接キスに他ならず、とても恥ずかしい気持ちになる。
いやいや、落ち着きなさい私。本当にキスしたというわけじゃないんだし、たかだか間接キス。そんな慌てるような事じゃないし、実際にあいつは大して気にしている素振りを見せていない。そんな中私一人気にしていたら、それじゃ私がバカみたいじゃない。
落ち着けー、落ち着けー、落ち着くんだよー私。
そう必死に自分を押さえ込んでいると、目の前にスプーンが差し出された。見るとあいつがさっきまで使っていたスプーンをこちらに差し出していた。
「ほら、後これぐらいなら食えるだろ」
見ればパフェはだいぶ減っており無理せずに食べれる量だけが残っていた。どうやら、私が食べきれる量まで減らしてくれたらしい。
けれども、それをどうこう思うよりも前に、私の頭はテンパっていた。目の前のスプーンはあいつが使っていたもの。つまり、これを使って残りのパフェを食べるということは、再び間接キスをする事となる。
そう意識した途端、顔が一気に熱くなる。無理だよ、意識しないとか絶対に無理。恥ずかしくて逃げ出したくなりそうだったけど、同時に使ってみたいという気がしないでもない。
……って、何を考えているの、私は。これじゃまるで、あいつとの間接キスを望んでいるみたいじゃない。
そう望んでいるわけじゃない。特に意識する必要はないんだ。
だから自分の中を駆け巡る感情を振り切って、スプーンを受け取り、パフェをすくう。ゴクリと生唾を飲み込み、多少手が震えながらも口へと放り込んだ。
ただ食べ物を食べるだけでここまで緊張したのはこれまでの人生で初めてかもしれない。そんな中食べたパフェの味は、よくわからなかった。甘いはずなのに味を感じない、変な感じ。
「意外にうまいな、これ」
そういってあいつがニコっとほほ笑みかけてきた。今まで何度も見てきた笑顔。けれども、なぜか今だけはドキリとした。理由はわからない。でも、心臓がバクバクいって落ち着かなかった。
私は、よくわからない感情を押さえ込むように、ひたすら残りのパフェを食べ続けた。後から思い出してもこの時のパフェの味なんて覚えていなかった。
「なぁ……」
「え、な、なに!?」
突然声をかけられ、上ずった返事をしてしまう。さらに恥ずかしくなり、顔の熱さが増した。
そんな落ち着きのない私に対して、あいつはあろうことか、このタイミングで口を開いた。
「俺──お前のこと好きだわ」
頭がフリーズした。
好き? 何が? 誰が? 何を? 誰を?
あぁ、もしかして好きじゃなくて隙ってこと? 何、パフェを食べていた私が隙だらけとでも言いたいのか。
そんな混乱している私に対して、あいつは再び言う。
「お前のこと、一人の女として好きなんだよ」
「あぅ……え、や……」
一人の女として──それはつまり、愛の告白ってやつか。
突然の出来事に、私は口をパクパク開いて呆然とすることしかできなかった。時折うめき声のようなものが漏れ出し、この時の私はかなり間抜けな状態だったことだろう。
頭の中で小人たちが大騒ぎをしていた。どうする、何て言えばいい、何か言わなきゃ、動け私。色々あっちゃこっちゃ考えていたが、やがて一番大事なことに思い至った。
私があいつをどう思っているか。
そんな真っ先に気づかなきゃいけないこと。それを遅ばせながら気づくと、今までの混乱が嘘のようにスーっと思考がクリアになった。
あいつにはデリカシーがない。
着替え中にいきなり部屋に入ってくるし、私の使ったスプーンを勝手に使ったり、逆に自分の使ったスプーンを普通に渡してくる。挙げ句の果てには色気も何もないパフェを食べてる途中に告白なんてことまでしてくる。
けれども、嫌いになれない。ずっと一緒にいた幼馴染という事もあるし、それ以上の想いが私の中にあるからだろう。
そう理解したとたん、自然と口は開いていた。
「私は──」
この時の出来事は誰にも言わない。
私とあいつだけの二人だけの秘密。
とても恥ずかしくて誰にも教えられない。
でも、あえて一つだけ言わせてもらえるならば、
この一時はパフェなんかよりもずっと甘かった。
デリカシーのない人なら、告白も唐突なんじゃないか、とふと思って書き始めた作品でした。
感想、誤字脱字指摘、批評などいただけたら嬉しい限りです。