Scene28 ガブリエルの目的
黄金の空が包む世界。そこは、幻想的であり、神々しくあり、そしてその空を地に敷き詰めて宙を浮く純白の回廊と建造物達は、この世のものとは思えない美しい輝きを放つ。
「あんたが……『イヴ』? 『本来の人』の生みの親?」
「そう。そして今、あなた達悪魔の子の中でも選りすぐりである……アダムを苦戦させているあらゆるものを『再生』させる力を持つ『ラファエル』を宿すインカネーターよ」
老いて色素が無くなったわけでもない、きめ細やかな輝きを放つ美しい銀髪を持つ女性は微笑んで京馬に告げる。
だが、京馬はその女性を訝しげに見つめる。
自身が天使の最たる存在、熾天使長であるミカエルに捕らわれ、連れ去られた捕縛結界。
そこに平然と佇む『本来の人』の生みの親であり、聖書などで語られる最初の女性『イヴ』と名乗る存在。
その様な存在が何故ここに?
そもそも本当に『イヴ』なのだろうか?
京馬の中で疑念が沸いていた。
「天使のインカネーター? 天使そのものではなく?」
だが、京馬はその疑念がその女性の口から晴れる事は無いだろうと思い、さらに沸いていた疑念を問う。
「私は、『イヴ』だから特別なの。内に宿すラファエルとは……そうね。友達みたいな関係かしら? そう、君とガブリエルと一緒のようなものよ」
「俺とガブリエルが友達……? 違う。ただ単に、利害が一致してただけなんだ。そんな特別な関係ではない」
告げた女性、レイシアが答えた言葉に京馬は表情を曇らせる。
「そうだ。何を言ってるんだ。レイシア。こんな獣風情にあのガブリエルが友達などと……」
その京馬の言葉に相槌をうつ様に、ミカエルが言葉を重ねる。
「だったら、今のこの子の状態はどうだと言うの? ミカエル、あなたは盲目よ。認めたくないのは、分かるけど」
「そんな……いや、そんなはず……!」
焦りにも似た必死と言うべき表情で、ミカエルは京馬に手を翳す。
「感じる? この子と『融合しかかっている』彼女の氣が」
覗き込む様にミカエルにレイシアは窺う。
「う、嘘だっ! まさか、ガブリエルが、そんな……!」
ミカエルは悲鳴にも似た驚愕の声を挙げ、京馬を地に落とす。
京馬は、手を地に置き、その体を支える。
まるで、信じられないという未知を見ている様な表情のミカエル。そして、対比する様に一寸も表情を変えないレイシア。
首を傾け、その二人を京馬は見つめていた。
一体何がそんなに驚く事なのだろう?
その理由を尋ねる言葉を構築している時だった。
「そう言う事ね(か)。だから、こんな現象が……私(俺)はそんなつもりはなかったのだけど(だが)」
「……っ!」
突如、自身の声から放たれる言葉。それは、京馬が意識して発していない言葉。動く口元に手を当て、京馬は驚愕する。
「何だ、これはっ!? ガブリエル!?」
「そうね(だな)。どうやら、私(俺)との同調が影響みたい。(だ)」
自身の口元から放たれる自身とその意識外の言葉。
理解不能な現象に、困惑と驚愕が京馬を包む。
「ああ。これじゃあ、京馬君(俺)も困っちゃうわよね(な)? さっきと同じ様に、私(俺)の世界に入る様に念じてみて(ろ)」
「……!? あ、ああ。分かった」
京馬は指示通り、自身が自力で夢でガブリエルに会った時と同じ様に念じる。
すると、体から『何か』。言葉では表せない『何か』が抜け落ちてゆく感覚を感じる。
「ふふ。ごめんね。まさか、こうなるとは思って無かったから」
自身から放たれる白の粒子は、収束し、体を成す。
それは、巻いた金髪を靡かせる美女。
京馬のよく知っている、否、京馬の一部となり得た『想い』の力を与えた天使。
「どういうつもりだい? ガブリエル? 君ほどの者がこんな生き物と融合しようとするなんて」
「いえ、これは不可抗力だわ。まさか、こんな事になるなんて自分でも思わなかっただもの」
京馬から現れたガブリエルは、ミカエルの問いに、ため息混じりで答える。
「なんて事だ……! これじゃあ、僕の『堕天』と神の樹……セフィロトを使っても、この屑に等しい獣の皮から君を解放させる事が出来ないじゃないか!」
「あら、別に私はそんなものを望んでいないわ。寧ろ、このままでも良いかも知れないわね?」
ヒステリックに叫ぶミカエル。
しかし、ガブリエルは優しく笑んで首を振る。
「何だってっ!? そんな馬鹿な! 君も、僕の様に『悪魔の子』を憎んでいたのではないのかっ!?」
そのガブリエルの反応に、ミカエルは戸惑いの問いを叫んで告げる。
「確かに、大事な『玩具』である『あの子』達がいなくなったのはつまらなかった。だけど、私にはそれ以上にこの子のアストラルの方がよっぽど興味があってね? 残念だけど、今は『こっち側』についてるわ」
「何故だっ! 何故そんな屑に……!」
ミカエルは項垂れる様に首を下げる。
「この子は特別……何せ、『他の次元』から私が連れてきたアストラルの一部なんだもの」
その答えにミカエルは驚愕と共に、下げていた首を上げる。
信じられないといった顔で、ガブリエルを見つめ返す。
その表情をしたのはミカエルだけではなかった。
「何ですって……!? ガブリエル! それは、私でも聞き捨てならないっ! どういう事?」
ガブリエルの告げた言葉に、レイシアは戸惑いと怒りを交えた叫びで反応した。
「この子は私がアビスで連れてきたアストラル。この世界では長い、長い年月でしょうけど……その期間の間、温めてきたアストラル」
まるで、我が子を想う母の様な安らぎの声色でガブリエルは言う。
「なんだそれはっ!? だが、こいつに宿るアストラルは間違いなく『悪魔の子』、そのものだっ!」
そのガブリエルの言葉に、ミカエルは苛立ち、声を荒げる。
「言ったでしょう? そう馴染ませる為の期間が必要だったと」
「……何故だ。何故その様な愚かな事を!」
「彼は、私と共に闘いに明け暮れたアストラルの一部。『あいつ』に私を守ってくれた番いの一握り。だから、最も『成長』させるのに都合のいい生物を選んだまで。たまたま、それが宿ったのがこの子だったのよ」
唖然とするミカエルとレイシア。
だが、ガブリエルは表情を笑みのまま崩さずに、二人を見つめる。
「ガブリエル……あなた、この『枝』から離れていた時、何をしていたの? あなたは、何と対峙しているの? 教えなさい! あなたの目的をっ!」
平静を取り戻すために、一息ついてレイシアはガブリエルに問う。
その問いで、初めてガブリエルは表情を変える。
その眉は引き締まり、瞳はレイシアより先、彼方を見つめる様な細まりを見せる。
「私は、『蔦』を絶つ」
一寸置いて、告げたガブリエルの言葉に、再びレイシアとミカエルは驚愕する。
「『蔦』、だと? あのようなアビスの大災禍を絶つというのか? 駄目だっ! 奴は、我が父から力を奪った抗えない『うねり』だっ!」
「それでも、私は『蔦』を絶つ」
「何故、そこまでする!?」
「単純な事。私の嗜みを『あいつ』は悉く握り潰した。だから、対峙する」
「無謀な事よ? そう試みて、滅ぼされた『枝』を知っているでしょう?」
「ユグドラシルを『神の樹』とした『アースガルド』? ロキという『あいつ』の一部が引き起こした神の黄昏の悲劇は知っているわ」
「だったら、何故……?」
犯人を問い質す様な二人の鋭い声色にも動じず、ガブリエルは問いに答え続ける。
「それが、私の『愉悦』。ふふ、知ってるでしょ? 私、楽しい事には力を尽くすタイプよ?」
そのガブリエルの言葉に、激しい困惑の表情を浮かべ、レイシアは詰め寄る。
「可笑しいわ。あなたは可笑しい! アビスの住民でも異端の存在だわ!」
「そうね。そんな異端者に愛されたこの子は、辛く耐えがたい苦難を乗り越えなければならない。私の同志としてね」
ガブリエルが告げ終わると、周囲は静寂に包まれる。
「ガブリエル……何が何だかよく分からないけど、お前は俺をどう想ってるんだ?」
激しい問答が続き、唖然としていた京馬は、前に立つガブリエルに問う。
「さっき言ったでしょ? 愛してるって」
「何だ、それは?」
「だから、愛してるって。だから、さっきみたいに言ったら駄目よ? 京馬君。君は、私の『玩具』でもあり、この世の中で最も私が愛してる存在なんだから。だから、君の『夢』も私の『夢』。共に、理想を掲げて頑張りましょう?」
「ふざけてるのか?」
何だか馬鹿馬鹿しい様なあっさりとしたガブリエルの言葉に、嘆息しながら首を傾けて京馬は言う。
「ふざけてなんかないわ。だから、ちゃんとここまでの『道』を彼女の『想い』と連ねて置いたんだから」
「『彼女』? どういう──」
京馬が問おうとした矢先だった。
突然、京馬達の中心の空間が歪み、そこから飛び出す様に人影が現れる。
「やっと、見つけたっ!」
人影から瞬時に放たれた一閃はミカエルを的確に捕える。
だが、ミカエルは地を蹴り、後方に下がってその一閃を回避する。
「静子さん……!?」
京馬が、ようやっと目で捕えたのは、紫と赤の刺繍を持つ衣を羽織った美しい女性であった。
その彼女の名は夜和泉静子。
京馬の危機を二度救った、しかし謎に包まれた人物。
「いきなり、何をするつもりだい? 君も兄さんの様子を見て落胆しただろう? 兄さんは、もう君の事なんて覚えてもいない。残念ながら、折角、他の『枝』を潰して『この世界』に戻ってきても、結局は無駄骨だと理解しただろう?」
ミカエルは、黄金の剣を右手に発現させ、その剣を構える。
「だから何だと言うの?」
戦慄の表情を浮かべるミカエルを怒りの表情で睨みつける静子。
その氣は、禍々しい鈍重な闇を隠すことなく、周囲に漂わせる。
「だったら、思い出させれば良い。また築けば良い。私は、そんな些細な事で諦めたりはしない」
告げ、静子は地を蹴り、ミカエルへと手に持つ扇を連続で振るう。
だが、ミカエルはその一閃を手に持つ黄金の剣で受ける事はしなかった。
まるで、触れてはいけないといわんばかりに必死にその攻撃をかわし続ける。
「そうかい? だが、兄さんを縛っている僕の『堕天』は強力だよ? 何て言ったって我が父の力を借りて放ったものだ。その呪縛は、『枝』を消した恐ろしい『現人神』である君でさえ容易に解き放たれるものではない」
「そうか、やっぱりあなたが、死にゆく私を遠い所で嘲笑っていたあなたが、リチャードさんの呪いの元凶だったのね」
静子の詰めに押されそうになるも、ミカエルは後方に跳躍、辺りを囲む柱の一柱の上に立つ。
「だと、したら?」
問うたミカエルへ殺意を剥きだした表情で、静子は叫ぶ。
「殺す。いいや、その存在を、アストラルを、消滅させてやるっ!」
激しい、憎悪が具現化した様な禍々しい氣が辺りを包む。
「『神の樹の従者達』!」
ミカエルが魔法名を告げると、周囲に多種多様の小さい樹を所々に生やした獣と人が姿を現す。
その異形でありながらも『聖』を象徴するかの如きアルビノの体毛や皮膚に覆われた化け物達が一斉に静子を襲う。
「私の固有の力は『死』。あらゆる『概念』ですら、私の『死』からは逃れられない」
だが、その『聖』の一団達は一人、また一人と静子の扇の一閃で消滅してゆく。
「『堕ち』ろっ!」
「無駄ねっ!」
手を振り払い、ミカエルが告げた『堕天』の宣告は、しかし静子が扇を一振りする事で空に木霊するだけであった。
「ちっ……! やはり、世界を一つ滅ぼした君と対峙するなると、少々てこずりそうだよ……!」
跳躍し、扇を一閃する静子。そこで、ようやっとミカエルは黄金の剣でその扇を受ける。
だが、黄金の剣はその扇と拮抗する事無く、砕け散る。
その僅かな隙を利用し、ミカエルは柱から跳躍して降りる。
「対峙? ふざけないで。私とあなたじゃあ、そんな対等とも取れる戦いにならないわっ!」
そのミカエルへ、一寸の間もなく詰める静子。
「くっ!」
その静子へと新たに白の魔法陣を発現させ、ミカエルが魔法名を告げようとした時であった。
「止めなさいっ!」
その両者の前に、白い樹と骨によって造られた杖が割り込む。
その割り込みによって、静子とミカエルの動きが止まる。
「あなたは……誰?」
杖の所持者を睨みつけ、静子は問う。
「私はレイシア。この世界の原初の女性。あなたの話は聞いてるわ。『宿命』に捕らわれた可哀想なアストラル……」
宥める様に穏やかな声色で答えるレイシア。しかし、静子の表情は変わらない。
「知った様な事を言わないで! あなたは、私がどれ程の想いでリチャードさんを追い続けたのか分からないでしょう?」
「そうかもね。でも、知ってる知ってないじゃない。私も、あのルシファーに恋をしていた事があったのよ?」
静子の怒りを込めた叫びに、レイシアは全く怯まずに答える。
その言葉に、静子は表情を訝しげに変え、レイシアに問う。
「あなたが?」
「なんだそれはっ!? 僕も初めて聞いたぞ!?」
だが、問うたのは静子だけではなかった。
聞かされていない情報に、ミカエルも驚愕の声で問う。
「私は、ソロモンであった時のあのルシファーに恋をしていた。今の『桐人』が持つあの腕輪を託したのは……他でもない私なのよ?」
そのレイシアの言葉に、対峙していた二人は言葉を失う。




