(Other Side) 灼眼に眠る滅獄 Case:サイモン
「さあ、そこを退いてもらおうか」
紅の刀を突き立て、浅羽は言う。
「ふん。誰が退くものか。あいつの死は、すなわち桐人の死。それだけは、あってはならない」
圧倒的な威圧を含む、浅羽の気は周囲の大気を震えさせる。
だが、サイモンはその威圧を涼しい顔で受け止める。
「やれやれ。本当に貴様は意志の強い奴だ。認めよう。貴様は強い。その精神力に俺は敬服する」
そう告げ、浅羽は頭を下げる。
「何だ、突然」
その浅羽の行動が、サイモンの盲目の眼には写らない。
しかし、その尊敬にも似た感嘆の声に、訝しげな表情を浮かばせる。
「貴様には、俺の真の力を見せてやろう」
告げた浅羽は、自身の目を覆うサングラスを取る。
その眼の奥、瞳は燃える様に紅い。
否、その瞳の中では猛々しい炎が文字通り踊り、くねらせていた。
「fdehivfm」
浅羽は、『何か』をサイモンに告げた。
だが、その言語は地球上のどこの言語でもない。否、『どの世界』の言語でもない。
「お前はっ……!」
サイモンは、かつてない程の畏怖を覚える。
世界の滅亡の様な、圧倒的な絶望がサイモンの精神に押し寄せる。
(馬鹿な……! 私だけでなく、『こいつ』も畏怖しているだと……!)
その恐怖に怯えるのは、サイモンだけでは無かった。
否、サイモン以上に、サイモンに眠る『混沌』は恐怖に怯えていた。
心の中で邪悪な囁きをしていた『混沌』は、今、サイモンの中で恐怖にのたうち廻っている。
「お前は、アビスで何を手にしたっ!?」
サイモンは、問う前より早く錫杖を振りかざす。
辺りの空間は、本のページが割かれる様に破壊されてゆく。
「『三倍』、『四倍』──『最強』!」
「な、何だと……馬鹿なっ!」
サイモンが、『限界』を超える一歩手前で放った破壊の大渦は、浅羽の氣の噴出によって跡形もなく消え去る。
「ふ、ぐ、あ、あ、あ、あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
浅羽は、理性が吹き飛んだかの様に、獣の雄叫びを挙げる。
それは、遠方で戦闘をする数々の天使、人間、怪物でさえも目を向けてしまう様な、圧倒的な力の放出。
サイモンは膝を地に付ける。
それは、恐怖でも、畏怖でも無かった。
茫然、諦め。
それは、自身の内に宿る『混沌』から抗い続けたサイモンが初めて起こした行動だった。
ぐしゃり。
サイモンの意識から浅羽が消えたと思う瞬間であった。
「ま、まじかよ……ケ、ケケケ、冗談じゃ、ねえ、ぜ」
浅羽は、サイモンの背後に移動していた。否、その右腕を動かし、建造物毎、何かを突き刺していた。
「さ、真田っ!」
一寸の、しかし、とても長く感じた瞬間を過ぎ、サイモンは焦燥の表情で振り返る。
「ふー、ふー、はー、はー……ふ、はは、はははははっ!」
その先では、狂気の笑い声を挙げる浅羽の存在が認識できる。
そして、サイモンは自身が感じた『もう一人』の存在が感じなくなったのを、しっかりと確認した。
「ち、きしょ……き、桐人さん」
サイモンの耳に聞こえる聞き慣れた声が、萎んだように消え失せてゆく。
「ははははははっ! さあ、本当のパーティーはこれからだっ!」
「浅羽ああああぁぁぁぁぁぁっ!」
サイモンは、瞬間的に四方の空間を『破壊』し、浅羽へと錫杖を振り上げる。
「はは、ははははははっ! サイモン! この俺が認める数少ない強者よっ! 貴様は、止める事が出来るかっ!?」
だが、そのサイモンの速度の殻を破った超常的な詰めを、浅羽は避け、そして上空に舞うように高々と飛翔。
衝撃で、アビスの力を宿す屈強な建造物が次々と朽ちてゆく。
「ぐ、くそっ!」
彼方へと一瞬で消え失せた浅羽を捕え切れず、サイモンは拳を握りしめる。その拳からは血が滴る。
だが、片方の錫杖は平静を保っていた。
「未だ、生きているのか?」
サイモンは、居る事はないと自身が結論づけた救いの神に縋る様に呟く。
その手に持つ錫杖から放たれた破壊の力はある周囲を守る様に円を描く。
「サ、サイモン、さん」
「真田!」
駆け寄るサイモン。そして、倒れ伏せる白髪の男を抱き締める。
「や、やらかし、ちまった。俺の、判断、の、せい、で」
「もういい。お前は、よく耐え抜いた」
瀕死の真田の後悔の言葉を、サイモンは優しく諭す。
「こ、れで、桐、人さん、は」
「もういい。もういいんだ。後は、『俺』が何とかする」
血を垂らしながら、たどたどしく話す真田を、サイモンは見ていられなった。
強い意志と覚悟を持ち、自身の最期まで文句も言わずに、役割を全うしたその男の『終わり』を、サイモンは見ていたくは無かった。
「桐人の暴走も、お前の仇も、後は『俺』が背負い込む。お前のアストラルが安らかで、平和でいられる事を、願う」
「ケ、ケケ、あ、りがとう。サ、イモン、さ、ん」
最後に、真田は感謝の言葉を告げ、目を閉じる。
その傍らには、剛毅が眠っている。
周囲には、何重にも鎖が覆っている。
「ふ、結局、お前の本質はお人好しだっかというわけか」
その光景を見て、サイモンは呟く。
しばらくすると、その鎖は黒の粒子となり、上空へと飛び立って行く。
「復讐と贖罪を求めた男の最期……惨い。この世界は、惨い」
サイモンはキッと唇を噛み締め、その拳を地に打ち付ける。
純粋な自身の筋力のみで精一杯撃ち込んだ地への一撃は、逆に自身へと返る。
拳の裂傷を暫く眺めた後、サイモンはサングラスを取って上空へと叫んだ。
ウオオオオオオォォォォッ!
雄叫びの様な大声を何度も張り上げ、サイモンは叫んだ。
「こんな、世界なぞ、塗り変えてやるっ! 塗り変えてやるんだっ! なあ、そうだろ? 桐人、京馬っ!」