(Other Side) 超越と破壊 Case:サイモン
「俺を止めるか。随分と舐められたものだな。いくら表向きの世界最強である貴様でも、そんな精神が安定していない現状では俺と対等に戦えないと分かっているだろう?」
そう告げた浅羽は、サイモンの状態を観察する。
サングラス越しの光が届かない眼は変化はない。
だが、その口元の引き攣り、冷や汗、そして体全体の微弱な震え。
何よりも不安定な氣の変化が、浅羽に今のサイモンが取るに足りない存在だと確信づけた。
「ならば、この命に代えてでも貴様を仕留めてやるっ!」
そう叫ぶサイモンは自身が不安定な精神力により、通常よりアビスの力を上手く行使出来ない事を熟知していた。
自身よりもランクが劣る、Sクラス程度ならば何とか仕留められるであろう。
だが、今目の前にいる自身と対等に渡り合える程の実力者との殺し合いでは、その若干の力の衰えであっても、勝敗に明確な影響を与える。
だからこそ、その衰えによって生じた対峙する男との力量の差を、サイモンは自身の決死の覚悟で埋めようとした。
「ふん。貴様に眠る這い寄る混沌がそうさせてくれるのかな?」
浅羽は言い、そして刀を持つ右手とは逆の、左手から赤の魔法陣を発現させる。
「『破滅王の歯車』!」
浅羽が魔法名を告げ、辺りに赤錆びた歯車が数個出現する。
そして、魔法が発現したのを確認した後、浅羽は地を蹴り、駆けだす。
「さらに、『二倍』!」
浅羽が告げると、さらにその速度は急激に上昇。
一寸で、サイモンの懐に潜り込む。
その刀を振り抜き、サイモンを一閃しようとする。
「傲慢な貴様に教えてやろう。私が、世界最強と謳われたその力の真価を」
だが、サイモンはその電光石火の一撃に臆することもなく、右手の錫杖を軽く振る。
「『時間破壊』」
そうサイモンが告げた後、浅羽が振り抜いた刀は空を切る。
「『破滅の噛み付き(ルーイン・バイト)』!」
突如、浅羽の刀を持つ右側の脇、刀を振り抜いた浅羽の死角となる方向から、サイモンは錫杖を振り抜く。
「ちっ!」
一寸、遅れてサイモンを認識した浅羽に、あらゆるものを破壊するサイモンの一撃が放たれようとする。
回避不能。
先程の自身のスピードを考慮した結果、浅羽はそう判断する。
だが、浅羽にそこから生まれる絶望的観測は無かった。
口元を歪ませ、浅羽は自身の身体の後方にある浮ついた右足を振り抜く。
軸足となる左足を捻らせ、その体を旋回し、浅羽はサイモンと対面する。
ガチャリ。
周囲の歯車が動き出したと分かる、一寸の間。
浅羽は、刀を下から上へ蹴りあげる様に振るう。
狙いはサイモンの錫杖を持つ右腕。
しかし、その斬撃はサイモンの一撃が放たれるまでには対象に至ることはない。
「な、にっ!?」
はずだった。
浅羽が振り抜いた一閃は、瞬間的に速度を上げ、サイモンの右手を両断する。
「読みが甘いな。いいや、這い寄る混沌の囁きのせいで、貴様にそこまでの洞察が出来なかったのか」
紅の刃を振り抜き、浅羽は言う。
「そうか、その歯車は……!」
距離を取るため後方に下がったサイモンは、瞬時に先程の異常な現象を理解する。
「そうだ。俺の力を更に強化することが出来る魔法。遅効性だが、歯車が回りだすとその速度に乗じて俺の精神力が増加する」
「私への魔法を発現させると同時の攻撃は、その魔法の破壊を防ぐ為でもあったということか」
「そうだ。貴様は、本当に何でも破壊してしまうからな。だが、驚いた。まさか、『時』までも破壊してしまうとは。世界最強と言われ、さらにシヴァの最高の使い手とも言われるわけだ」
「だが、無駄に精神力を消費する上、短い時間しか破壊出来ない。世界の法則を壊すのは中々骨が折れる」
そのサイモンの言葉に、感嘆にも似た呆れ声で、浅羽は言う。
「表向きの世界最強は伊達ではないと言う事だ。しかし、今の現状を見るとその世界最強と俺は互角以上に渡り合っているようだな」
「何を言う。私には、貴様の言った様な『神の蔦』のハンデがある。全盛期であれば、あの程度の小細工に嵌る訳がない」
「くく、そうか」
面白そうに口元を吊り上げ、浅羽は笑む。
「それに、私の右手は未だ生きている」
「何?」
サイモンの告白に、浅羽は片眉を吊り上げる。
「『空間破壊』」
サイモンが告げた後、地に倒れる右腕が瞬間移動し、サイモンの左腕に握られる。
「さらに、『空間破壊』」
千切れた腕を残りの体にある腕の接合部と合わせ、サイモンは告げる。
「接合部の空いた空間の破壊。さらに、空間破壊で網目状にした組織を合わせ、微弱な精神力で体組織の治癒力を促進。これで、元通りというわけだ。血は元に戻らんがな」
「ほう……」
顎に手を当て、浅羽は興味深げにサイモンを見つめる。
「さあ、これで振り出しだ。殺し合いを続けよう」
サイモンは浅羽に告げ、錫杖を構える。
「殺し合い、か。いや、俺は貴様と殺し合いをしにきた訳ではない」
そう言うと、浅羽はサイモンの後方の建物の影に目を見やる。
「俺は、そこにいる雑魚を殺しに来ただけだ」
建物の影に座り込み、息を殺して男はじっとする。
「ち……気付きやがった」
厚手のコートに白髪の逆立った髪の男は冷や汗を掻き、呟く。
その胡坐をかけた足には、剛毅が横たわる。
「まさか、あの野郎の狙いが俺だったとはな。何時から、俺が桐人さんの力を封じ込めている事が分かった?」
ふう、と衰弱している自身の体を踏ん張らせる様に男──真田は息を吐く。
「そんなのは今はどうでもいいことだ。くそっ! あのケルビエムから逃げるために『過負荷駆動』を使うんじゃなかった。もっと状況が最悪になっちまった」
真田は自身の判断を後悔する。
ミカエルの擁する天使達、その中でも特上の力を備えた力天使、座天使などの各階級の天使をまとめる天使長。その中でも二番目に高い位の智天使を統括する智天使長ケルビエムの力量は、他のよりも優れているという事が報告されている。
その能力は、自身の周囲の空間に無限の炎と雷を発現させるという単純明快の類であるが、その威力は凄まじい。実際、報告ではAクラスレベルのインカネーターをその智天使長は幾人か、そしてSクラスのインカネーターさえも葬っているという情報がある。
そんな化け物が、状況が最悪であった真田達の前に現れたのだ。真田の判断は決して間違いでは無かったのだろう。
しかし、その後の逃走で御前の七天使の一柱と出くわし、更にはその御前の七天使を一瞬で葬り去ったアウトサイダーのリーダー、浅羽に今自身の命が狙われている。
「ケ、ケケケッ! 予知能力なんかでも、ありゃあ良かったぜ」
何時もの不気味な笑い声を、真田はする。だが、その表情に余裕はない。
「ちくしょう。俺は、桐人さんの為に生きなきゃならねえんだ」
真田は、自身の手を見つめて呟く。