(Other Side) シュブ=ニグラス Case:咲月
激しい爆発音が鳴り響く。
眼前の、無から生まれた雷撃を伴った大爆撃で視界が燈と赤に包まれる。
咲月がイシュタルの記憶から目覚めると、その炎獄の中にいた。
「森の中に眠る姫、と言った所か」
その爆炎の遠方から声が聞こえる。
その声の主を咲月は、瞬時に理解する。
(──そうか。美樹ちゃん達を守る為に、私は……)
同時に、自分が何故そのような大爆撃に晒されているのかも理解した。
恐らく、この攻撃を放ったケルビエムが自分の『天地創造』の弱点を見破ったのだろう。
力の吸収がごく僅かであった咲月は、出来損ないで貧弱な生物しか造れず、それをケルビエムが周囲ごと焼き尽くす大爆撃で一気に咲月ごと消し飛ばそうと考えた、と言う所か。
だが、
「そんな単純なものじゃない──」
咲月は、そんな窮地であっても、心が高揚する自身を笑う。
(分かったんだ。私の『結論』。そして、真の脅威を! だから……私は、こんな只の天使には負けられない!)
口を吊り上げ、咲月は智天使長のケルビエムに笑みを見せる。
「ポセイドン・ストリーム!」
その咲月が告げるは、かつてギリシャ神話で語られた海の絶対的な王。
その言葉と共に、強烈な水圧の水が、咲月への脅威を一瞬でかき消す。
「馬鹿なっ! たかが貴様如きの精神力で私の炎を打ち負かすだとっ!?」
驚愕の声を挙げるケルビエム。
咲月はしかし、その力を発現した直後、くらりと意識が閉じそうになる。
それを、歯を食いしばり、耐える。
(こんな脅威的な力……やっぱり、私には扱い切れないんじゃあ……)
だが、その思慮を頭を振って咲月は払い除ける。
(駄目だっ! また逃げようとしてる! この力……『枷』に抗うと私は決めたんだ!)
そして、
「私に眠るこの子は、あんたなんて屁でもない程の恐ろしい、『創造主』であり、災厄の一角なんだ。神の一生でさえも絶望に叩き落とすぐらいにね……!」
その咲月の呟きはまるで、自分に言い聞かす様であった。
「私も、自分の意識を長くは持たせないわ。早く、止めを!」
ノイズ交じりに咲月の意識内で響き渡る美しい音色の様な女の声に、咲月は頷く。
「イシュタル、ごめんね! ありがとう! これで、決めてやる!」
苦悶の表情で咲月は叫ぶ。
「じゃあ、よく聞いて。私が……いいえ、私の意識が絡みついた創造神の名を──」
咲月は目を閉じ、意識の中の声に集中する。
そこから聞こえたのは、どの言語にも属さない解読不明の言語であった。
「分かったよ」
しかし、咲月は再度、頷く。
その言語を完璧に理解したという訳ではなかった。
だが、咲月はその言語の中の『存在』を理解していた。
「シュブ=ニグラス!」
告げる。
咲月が、放った言葉は、どの言語にも意味を成さない言葉であった。
しかし、その『存在』は確かに『いる』。
否、その『存在』は『世界』からは自分達人間よりもはっきりと『いて』、かつとてつもなく大きい。
下手すれば、今存在している数億もの生物を産み落としたかも知れない程の存在。
「貴様っ!? 馬鹿な、あの住民が貴様如きに扱えるなど……!」
咲月の言葉にケルビエムは恐怖する。
それは、顔の無いケルビエムの震える声色で判別出来る。
「一気に叩きこむよ!」
咲月は、その天使を哀れと思いつつ、言い放つ。
途端、周囲の植物の繊維が咲月の纏う白いドレスを包み込む。
その咲月に纏わりついているもの全てが凝縮し、虹色に光り輝く粒子となる。
光り輝く粒子は、咲月を包み込み、新たな形状となってゆく。
「異形なる神を纏い、そして決意を込めて──」
得意の魔法少女風のセリフを言い、咲月はウインクをケルビエムにする。
その体には、次々と衣装が施されてゆく。
そこには、以前の魔法少女の衣装に、イシュタルを象ったペンダント、そして異形の神を称える紋章が描かれる大きなヘアピンなどが新たに加えられていた。
「邪神を従えし、創造の魔道少女、ここに見参っ!」
手に発現した黄金の杖を振りかざし、咲月は告げる。
異様な不気味さを感じさせる紅い空。
揺らぎもしない静寂を象徴するかの様な木々。
「滅せよ! 破滅の世界!」
それは、咲月の叫びによって様相を目まぐるしく変化させる。
上か、下か、そして自身がそこに存在するのかも分からないおよそ人類の感覚では理解し得ない超常的な空間が一寸、駆け廻った後、
「生まれ出でよ! 胎動の世界!」
咲月の叫びにより、再度、世界が変化する。
オーロラが舞う深い青の空に、蔦の上に築きあげられた様々な家々。
その中でも目立つ黄金色の神殿には、多くの植物の蔦が絡みつく。
全体を緑が覆う世界では、蔦が波打つようにうねり続ける。
「ぐ……! 小癪なっ!」
眼前の咲月に向かい、ケルビエムは炎雷の衝撃波を大剣の一振りで放つ。
「ガメちゃん!」
咲月が、杖を振って言い放つ。
すると、うねり出た蔦から増殖する様に黒い肉塊から現れ、咲月と衝撃波の間に壁を造る。
「な……何だとっ!?」
その現象に、ケルビエムは戦慄する。
炎雷の衝撃波は壁から弾かれる事も、拮抗する事もなく、壁に『吸収』されたのだ。
「『狂気の黒神獣』!」
咲月の声と共に、黒の肉塊は形を成してゆく。
十数本の細長い馬の足、竜の鱗を纏う胴体、蛇の首、そして巨大な漆黒のライオンの頭部。
さらには、巨大な黄金の鳥の翼をはためかせ、プリズムの艶やかな尾を振り払う。
その異形は異質であるが、美しい。
「眷族よ! 障害となる物質を消滅せよっ!」
咲月が命ずると、異形の神獣は大きな口を開き、黄金の吐息を吐く。
その吐息、否、光線と言ってもいい直線的な軌道は、ケルビエムの右肩を貫く。
「ぐ、ぐああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
ケルビエムを絶叫させたその一撃は、周囲の空間を歪ませ、空洞を造る。
「う……!」
咲月は、その一撃が放った後、苦痛に顔を歪める。
それは、肉体的な痛みではなく、精神的な痛み。
「この私が、ここまで恐怖する相手は初めてだ……! あのサイモンと対峙した時ですらも……!」
ケルビエムは、片腕の大盾を霧散させ、瞬時に大剣をその片腕に発現させる。
「さあ、もう一撃!」
咲月の言葉に、ケルビエムが身構えた瞬間だった。
「おいおい、ケルビエム。なんて醜態だ」
突如、空間の頭上から、多数多種類の武器が空間全体へと飛来する。
「何っ!?」
咲月は神獣を動かし、そのプリズムの尾で飛来する武器を叩き落とす。
「ち……!」
ケルビエムは四つの顔を頭上に上げ、舌打ちをする。
「がっはっはっは! そんな小娘に痛手を受けるなんて知られたら、ミカエル様もお前を『選んだ』ことを悔まれるだろうよ!」
武器の群の後続で飛来してきた男は、地に大きな地響きを立て、着地する。
「カマエル……!」
「ぐはははっ! あのルシファーと戦った俺ならば、こんな娘、取るに足らん存在!」
ケルビエムを侮辱する様な眼で見つめた後、カマエルは咲月を見る。
「生意気に、我が父と同等の化身を宿しおって……虫唾が走る」
「あなたが、カマエルねっ! アダムの皆から聞いた事があるよ!」
「ああ、何だ。この俺の恐怖をか、威厳をか? がっはっは!」
「……いいや。いっつも訓練用の弱小天使を派遣してくれる練習台製造機って……」
「は、はぅあっ!?」
ジト目で告げた咲月の言葉に、カマエルは思わず動揺の声を挙げる。
「ふざけるなよ……日本のインカネーターどもめ! ヨーロッパでは、この俺は貴様らの仲間を星の数ほど葬った事もあるのだぞ……!」
拳を握り締め、カマエルは憤慨する。
「だけど、そんな見た目で言われてもね」
そう言って、咲月はカマエルの容姿を見る。
屈強そうな黒の甲冑を身に纏うも、微笑髭にバンダナ、その容姿はどこにでもいる建設現場の作業員。
「五月蠅い! たまたま、現界の元になったこの男の風貌などどうでもよい事だろう!?」
そう言って、男は『変化』した。
ケルビエムを超える体長の大男。そこから生える極太の腕は大量。その腕から生える無数の眼は一斉に咲月を威嚇するように見つめる。
「これから一瞬で倒される噛ませって事は変わらないよっ!?」
咲月は隙を突く様に神獣の黄金の吐息をカマエルに放つ。
だが、その軌道は僅かにカマエルを逸れ、深青の空を穿つ。
「噛ませ……? 誰が、噛ませってぇっ!?」
「な……?」
咲月の腹部、足に激痛が走る。
咲月がその痛みの根源を探そうと視線を自身の足へと向ける。
「がっはっはっ! この俺の概念構築能力! それは! あらゆる生物を『貫く』様々な形状の武器を周囲に発現させる!」
そのカマエルの言葉通り、咲月のふくらはぎには地から出た剣、そして背には長柄の槍が突き刺さっていた。
そして、同時に咲月はこの武器で貫かれる事によって、自身の攻撃の狙いが逸れた事を理解する。
「不味いわ、咲月! もう、私、限界……!」
「イシュタル!?」
その精神に響く声が途切れた瞬間、咲月は元の服装に戻り、その体から血が滴り落ちる。
「かはっ……!」
口から血を吐き出し、咲月は意識を失いそうになる。
(駄目……! ここで、私が死んだら……!)
咲月の意識の中、走馬灯の様にかつて自身が宿した創造主が『喰らった』世界の凄惨な光景が駆け巡る。
「さあ、死ぬがよいっ!」
カマエルが放った多重多角の武器の一撃に、咲月は為す術も無かった。
目を閉じ、自身の最期から逃避しようと試みる。
「まだ、私達がいるじゃない? あきらめちゃ駄目」
「そうね。ミシュリーヌの言う通り」
「え……?」
咲月が目を見開くと、そこには多量の槍や剣が寸での所で止まっていた。否、塞き止められていた。
「美樹ちゃん、ミシュリーヌさん……」
咲月の眼前には、黒髪の妖艶なる美少女と、金髪の勇猛な美しい女性。
さらには、赤の触手と鎧の兵士達が周囲を取り囲み、カマエルの攻撃を防いでいたのだ。
あらゆるものを『貫く』というカマエルの発現した武器群。
しかし、美樹はその柄先を触手で挟みこむ様にして、防いだ。
そして、ミシュリーヌは鎧の兵士達を囮とし、その命の無い体にわざと武器を貫かせ、捨て身の白刃取りを行っていた。
「そういや、貧弱な精神力の雑魚が一人感知出来ていたな……だが、そこの黒髪。貴様……何故、アビスの力を発動していながらも感知されない。何者だ?」
咲月に突き刺さるはずだった大量の武器が霧散し、カマエルの多量の目がある一人の少女に向けられる。
だが、物怖じすることなく、少女は不敵な笑みを作り、こう、告げた。
「私は、葛野葉美樹。かつてはあなた達以上の熾天使であった大悪魔を宿し、そしてその悪魔と同質の本質を持つ──『人』だよ」
その言葉と同時、美樹の周囲に巨大な黒の魔法陣が発現される。