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壊れた世界の反逆者 第一部 -断罪の天使編-  作者: こっちみんなLv30(最大Lv100)
第三章:世界を嫌悪する断罪の天使長の黙示録
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(Other Side) 宿る女神の追憶 Case:咲月

 ゆらり、ゆらりと廻る。世界が廻る。時世が廻る。自身の感覚が廻る。

 そこでは、自身があまりにも脆弱で、人というものがあまりにもちっぽけな存在だと認識出来る。

 およそ普通の人では理解し得ない幾何学的な存在──物なのか者かすら認識できない構造体が逡巡として自身の意識を駆け巡る。

 ──壊れる。

 咲月は、自身が『その状態』になるまで忘れていた圧倒的恐怖と未知的な恐怖に埋め尽くされる。

(嫌、嫌だっ! あ、あ、あ、あああああああっ! 嫌だようっ! うあ、うあ、うあああああああっ! 助けて、助けてっ!)

 心の中で咲月は叫び声を挙げ続ける。

 過去、二回咲月はこの狂気を体験している。

 だが、今のこの狂気はその二回の時よりもずっと長く感じる。

 咲月がこの『力』を解放した時はいつも自身ではなく他人の為であった。

 初めて使用した時は、仲間という群の為。

 そして、もう一つは、少年という個の為。

 バラバラで砕け散りそうになる意識の中、咲月の意識に断片的で、一寸の景色が流れる。

(京馬、君)

 それは、自身の中に根付いているある少年との日々。

 笑い、そして語り合った。

 その少年に仄かに抱いた気持ち。

 それは、この異質な意識の中でとても輝かしい。

 咲月は人では認識出来ない多次元の中、その少年との想い出に手を伸ばす。

 だが、それは掴もうとすればするほど、遠ざかってゆく。

(何で、届かないの!? 何で、遠くへ行っちゃうの!?)

「私も、自分なりの『結論』を一生懸命、考える」

 蜃気楼の様に霞む景色の中で自身の答えた言葉が響く。

 そうだ。まだ、『結論』を得ていない。

 咲月は、発狂しそうな狂気の空間で想う。

(私は、自分のせいで仲間を殺した。ずっと、今でも、その罪悪感に駆られている)

 そう呟いた咲月は、キリキリと軋むような精神の中、想う。

 ここで、罪滅ぼしに自身が消えてしまうのも良いのではないか、と。

 だが、その想いはふと立ち止まる。

(違う。そうだ……それは、ただの『放棄』だ。この痛みから解放されたいだけの──結局は、自分が楽になりたいだけ。私の『結論』、私のすべき事はそうじゃない)

 咲月は、目を閉じ、解読不明の罵言雑踏のノイズの中、強い意志を保ち、強く想う。

(単純な事。私は、私の為に犠牲になったみんなの為に……生きなきゃならない! 闘い続けなきゃならない! 生きて、生きて、闘い抜いて、みんなが犠牲になった事を、無駄にしちゃいけないんだっ!)

 咲月が心の中で強く叫ぶ。

 途端、景色は瞬時に変わる。



「……ここは、どこ?」

 その景色は咲月の記憶には全く無い景色であった。

 だが、どこか懐かしく感じる。

「あれは……?」

 咲月が穏やかな陽が照らす平原を見渡すと、そこには二人の男女が向かい合い、話していた。否、その二人の表情から、それは口論と言うにふさわしい。

「今度は、俺を誘惑し、陥れようとするか! 貴様の数々の悪行は知っているぞ、イシュタルよ!」

「それは……でも、信じて! ギルガメシュ、私はあなたまでも不幸にしない! 今度こそ、本当に!」

 威厳があり、そして勇猛そうな美男の怒号に、その美をさらに超えるであろうおしとやかでかつ、妖艶な雰囲気を漂わせた美女が必死に訴えかけようととする。

「信じられない。タンムズを初め、貴様と契りを交わした者はすべからくとてつもない不幸に陥っているではないか。俺は、旅を続け自身の『覇』を生き得る限り追求していきたい。だから、俺はその『覇』の可能性を貴様の様な不幸を招く存在で無下にされたくないのだ!」

 ギルガメシュはイシュタルに背を向け、そして告げた。

「分かったのなら、今すぐここから消え失せるがいい。貴様の容姿がどれほど素晴らしくも、この俺には靡かん。恨むならば、その自身の『宿命』を恨め」

 そのギルガメシュの言葉に、イシュタルは顔を沈め、そして一寸の間の後、平原を逃げる様に駆け抜けた。

「『宿命』、か。アビスにいる俺達が統治する下等な人間と言う名の玩具。俺はその三分の一がその玩具の血で出来ている。これも、その『宿命』と言うものなのかと思うと、歯がゆい。貴様も、俺も、嫌なものに縛り付けられたものだな」

 ギルガメシュは遠く、駆けてゆくイシュタルを見つめ、想う。

「『宿命』。それを変えるには、世界を変えねばならぬ。そう、神の頂で、『管理者』とならなければ……」

 ギルガメシュは、上空の光り輝く陽を、決意の眼で見つめる。

「俺は、変えてやる。変えて、その『宿命』とやらの縛りを解き放ってやる!」

 そう、陽に告げて、ギルガメシュもまた平原を駆け出す。



 木々の間から爽やかな風が吹く。生き生きとした葉を陽が照らし、綺麗な黄緑色をさらに彩どる。

 その林の中を、イシュタルは駆ける。ひたすら駆ける。自身の想いを振り切る様に。

 だが、道中に突き出た根に、足を奪われ、躓く。

 地の泥が顔にへばり付き、さらに美しい青と緑の衣もその泥によって汚される。

 その大の字での盛大な転び方は、とても無様だった。

「う、うう……どうして? どうして、私の恋はいつもこう悲惨なのでしょう」

 手を付き、起き上がり、イシュタルは呟く。

「私は、ただ純真に恋をしてきただけ……夫のタンムズには、疎ましく思われ、それでも私なりの尽くしをしてきた。あの冥府下りはその決意を込めていたものだった」

 イシュタルは、自身の頬に生温かいものが伝うのを感じた。

「その決意は、結果的に全ての者に迷惑をかけてしまっていた。そして、タンムズを生き返らせる事は出来なかった。今も、彼のアストラルは冥府の管理者の一人たるアラトゥに捕えられている」

 独り言を呟く、イシュタルの美しい顔が歪む。頬を伝わるものがさらにその流量を多くする。

「諦め、そして見染めた者にもこのような扱いをされた! 何が、性愛の女神かっ! 私はっ! 私の恋はっ! あの自身達を元に造られた存在よりも、遠く、儚いっ!」

「そんな事はない」

 泣きじゃくるイシュタルの背後、若い青年の声が聞こえた。

「誰……?」

 イシュタルは振り返り、その声の主を見上げる。

「失礼。僕は、ニルマト・テラフ。この一帯に住む……まあ、あなたの様な高貴で麗しい神よりも低位の神です」

 そう言った青年はイシュタルが思った以上に背が高かった。自身の頭二つ分程、青年の肌は浅黒く、そしてその顔を伏せるように白いフードを被っている。

「済まない。実は僕、あなたとギルガメシュのやり取りを見てしまってね。お節介にも、どうにかしたくて声をかけてしまったのですよ」

「どうにか……? それは、何なの? 慰め?」

 どうも、気味の悪い雰囲気の青年に、イシュタルは鋭い口調で言う。

「まあまあ、怒りなさんな。僕は、慰めに来たんじゃない。そう、あなたを救いに来たんです」

 イシュタルを宥める口調でニルマト・テラフは告げる。

「救い……?」

 優しく笑む、ニルマト・テラフにイシュタルは少し怪しむが、『救い』という言葉に縋る想いが反応し、聞き入る。

「そう、あなたの願いを叶える方法を僕は知っている」

「それは、どんな方法なの?」

 頬を伝う涙を拭い、イシュタルは問う。

「『天の雄牛』を使うのさ」

 ニルマト・テラフから告げられた『方法』に、イシュタルは驚いた表情を浮かばせる。

「あれを使う……!? あのお父様が『神の木』で捕えた飼い牛を?」

「そう。『天の雄牛』は、神の木に最も近しい存在の一人。その力は強大で、あなたのお父上であり、そしてこの地の統治者であるアヌ様をも匹敵すると言われている」

「確かに、『天の雄牛』はお父様と並ぶ、この地で最強を言わしめる程の強さを持っている……けど、それと私の問題の解決は関係ないじゃない」

「違う。違うんですよ」

 ニルマト・テラフは口を吊り上げて、続ける。

「先程言った様に、『天の雄牛』は非常に力のあるアビスの住民です。その力は、この地、そしてこの地が統治する玩具の世界でさえも影響を与える程に」

 ニルマト・テラフはふふ、と微笑して言う。

「『天の雄牛』ならば、『管理者』であるアヌ様を超越し、新たな『管理者』となる事が出来る可能性があるんですよ」

「……あなた、何を私に望んでいるの?」

 訝しげにするイシュタルに向かい、ニルマト・テラフは深々とお辞儀をする。

「あなたに僕が望んでいる事は一つ。そう、『天の雄牛』と融合し、アヌ様に代わり、この地と、そして治める世界の『管理者』となって頂きたいのです。そうなれば、あなたの神の木により固定化された大まかな岐路──『宿命』も変える事が出来ましょう」

 深々と下げた顔を上げ、さらにニルマト・テラフは続ける。

「性愛と豊穣を司るあなたが、この地の管理者となれば、僕の治めるこの林もより豊かになります。それは、僕の悲願です。まあ、要するに利害の一致というわけですが……」

 ニルマト・テラフはそう言い、イシュタルの様子を窺う。

「分かったわ。その話、引き受けましょう」

 しばらく思慮した後、イシュタルは口を開いた。

 突然、現れた如何にもとした怪しい名も知らない神の言葉。

 だが、今のイシュタルには、その神の言葉が唯一の救いであった。自身の願いの僅かな可能性。それに賭けようと決意したのだ。

「おお、そうですか! 有難うございます! 必ずや、あなたの宿命を絶ち切り、ギルガメシュとの契りを永遠に結ぶよう、尽力致しますっ!」

「ええ……必ず、成功させましょう」

 少し不安そうな表情を浮かべ、イシュタルは言った。

「イシュタル……私に宿ったと思われていた化身。彼女は、純真に恋に生き、だけどすれ違いや勘違いで誤解された可哀想な女神だったんだね」

 そのやり取りをまるで映画の一シーンを見ている様に、咲月は眺め、呟く。

「でも、何だってこんなイシュタルの記憶を見せられているのだろう? 誰かが、私に何か伝えようとしている?」

 怪訝な表情で咲月は思慮する。

「あー! 分かんないよっ! とりあえず、あの怖い世界からは解放されたは良いけど、どうやってここから元の場所に帰れるの? ……折角、私なりの『結論』を見つけたのに。それに……」

 咲月はふと思ってしまった事を振り払おうとした。だが、ふう、とため息を吐き、その『想い』を心の中に受け入れる。

「分かんない。どの程度か分かんないけど、やっぱり私は京馬君の事が好きなんだ。だから、もう一度京馬君と一緒にいて確かめなきゃいけない。この気持ちを……!」

 咲月が決心をつけた時だった。

 また、景色が湾曲し、変わる。



「血迷ったか、イシュタル! そんな、『神の実から生まれ出でるもの』と融合するなど!」

「違ウ、違ウノ。私ハ、タダ……!」

 荒涼とした大地で対峙する美男と金色の異形。

 多数の地の抉りが、先程までに両者が壮絶なまでの戦闘を繰り広げていた事を物語る。

「エンキドゥ、行くぞっ!」

「応っ!」

 ギルガメシュの声に、大柄な男が応える。

 ギルガメシュの黄金の剣とエンキドゥの鉄球が、異形の怪物に突き刺さる。

「まさか、『天の雄牛』があの『千匹の仔を生みし森の黒山羊』の眷族とは! イシュタル、やはり貴様は災厄を招く恐ろしい神だっ……! 今度は、この地までも崩壊させようと言うのか……?」

(違う、違う違う違う違う! 私は、自分の『宿命』に抗う為に……!)

 イシュタルの言葉はしかし、ギルガメシュに響く事はなかった。

 とどめの一撃で、もうイシュタル、否、イシュタルであった者は穢わらしい声でさえも発する事が出来なかった。

(ニルマト・テラフ! 許さない……! 許さない許さない許さない許さないっ! 私の、全てを崩壊させた、あの神め……!)

 ギルガメシュに倒された異形はさらさらと砂の様に瓦解し、プリズムの粒子が上空に霧散してゆく。

「今度こそ、確実に仕留めたようだ……」

 異形に突き刺した黄金の剣を引き抜き、ギルガメシュは言う。

「全く、エライ目にあった。ちくしょうっ! この地を統べる管理者の娘を殺したんだ。俺ら、只でさえ良い様に思われてねえのに、どうなっちまうんだ……!」

「考えても始まらないさ。さ、とっとと帰るぞ、エンキドゥ。こんな醜い死体を見続けるのは目に毒だ」

 その一言に、イシュタルは心の中で泣き叫ぶ。それは、イシュタルの中で過去最大の悲痛の叫びだった。

 しかし、それは、倒れた異形の怪物の呻き声にしか変換されない。

 もどかしく、狂おしく、イシュタルの心の中は暴れ続けた。

「おやおや、負けたのか。うーん。僕としては相討ちの方が何かと面白かったんだけど」

 ギルガメシュとエンキドゥが去った後、一人の男が消えかかる怪物の前に姿を現す。

(ニ、ル、マ、ト、テ、ラ、フっ!)

 イシュタルの心に途轍もない憎悪が爆発する。

 それは、消えかかる怪物の手足を動かし、そして強烈な金色の衝撃波を一閃する。

「おっと、危ない」

 だが、その一撃をニルマト・テラフは手に持つ錫杖を振るい、受け止める。否、黄金の衝撃波はそのニルマト・テラフの動作によってバラバラに砕け散る。

「ほう……良い憎悪だ。これは、『僕の一人』の良いプレゼントになったかな?」

 喜々として告げるニルマト・テラフを見て、イシュタルは諦めの笑みを心の中でする。

(そうか……こいつは)

 全てを悟り、イシュタルの心の中は死の様に静まりかえる。

「おいおい、まだ『使わせてもらうんだから』もっと踏ん張ってもらわないと」

 そう言って、ニルマト・テラフが錫杖を翳すと、霧散していたプリズムの粒子がまたより固まってゆく。

「あなたには、まだこの物語を痛快にしてくれる要素があるんだから」

 全ての粒子が収束すると、異形は見るも美しい絶世の美女に変化する。

「さて、この地はどんな面白い物語を紡いでくれるかな?」

 口を吊り上げ、ニルマト・テラフは呟く。

「非道い……!」

 咲月は、口に手を当て、その光景を眺めていた。

「全ては、あのニルマト・テラフが発端だったんだ。私の中にいるイシュタルが、どうして『神の実に生まれ出でるもの』に『喰われた』のか。やっと分かった」

 そう呟いた咲月は、はっと閃く。

「そうか。この光景を何故、見せられているのか。そして誰が見せているのか」

 咲月は、背後を振り返り、そこに佇む者に言う。

「全部、分かりましたよ」

 そこには、あらゆる美を兼ね揃えた様な美女が立っていた。それは、咲月が見た中で一番美しいと思える程の絶世の美女だった。

「イシュタル……そっか。喰われたあなたが、また人に化身を宿したのは、それが原因だったんだね」

 こくり、とイシュタルは首を下に振る。

「分かったよ。私も、手伝う。許せないよ、こんなの……!」

 咲月は顔を伏せ、唇を噛む。

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