(Other Side) 炎雷の天使の懲罰 Case:美樹&咲月
炎を纏う巨躯の魔神。
その周囲の物質は、魔神、否、智天使という天使の階級を統べる天使長が発する熱量で蒸発してゆく。
その煉獄地獄とも形容すべき場には、三人の男女がいる。
皆が戦慄の表情でその智天使長、ケルビエムと対峙する。
「京馬君に逃げられた……そして目の前にはあの智天使長。そろそろ私も潮時かね」
「おいおい、諦めんなよ。また、こいつを殺してからあの餓鬼を奪い返せば良いじゃねえか」
嘆息する夢子に、新島は意気揚々と告げる。
「正直、新島でもあいつに勝てる見込みはないよ! 隙が出来たら、逃げよう!」
余裕の笑みを見せる新島に、ミシュリーヌが叫ぶ。
「逃げる? 残念だが、私に傷を付かせた悪魔の子を逃がすわけにはいかない。そのような不穏分子は一刻も早く排除すべきだ」
告げ、智天使長ケルビエムは再び周囲に弾けるような大爆発と雷撃を発生させる。
「効かねーってんだよ!」
新島は、周囲に『アビスの法則』の重力を展開し、ケルビエムの攻撃を上空と地面に逸らせる。
「ベヘモスめ……! 何故、こんな醜悪な存在に深く根付く!」
ケルビエムは、忌々しく呟き、新島の背丈の二倍以上の刀身を誇る大剣を振るう。
「ベヘモス! お前の使い方、分かってきたぜ!」
新島は手に握りしめる棒を頭上で回し、地を蹴る。
『重力』を纏った新島の棒の一撃は、ケルビエムの炎雷を纏う大剣を軽々と弾く。
さらに横薙ぎに棒を振るう。
「ぐ……!」
ケルビエムは、瞬時にもう片方に握りしめた大盾でその一撃を受ける。
「固ってえなあ、その盾! 『忍者走法』!」
新島は、その盾に完全に一撃を防がれた事を察知し、眼前に重力の揺らぎを発生させる。
その歪みから生じた不規則な減速、加速、そして進行方向は、ケルビエムを翻弄し、一瞬で間を詰める。
「これで、どうだ!?」
新島は、突きの動作から瞬時に払いへと軌道を変える。
狙うは、ケルビエムの足。
「舐めるなよ!」
途端、新島の目の前で爆発が生じる。
ケルビエムはその爆発の瞬間に地から足を離し、跳躍。
その巨体とは似つかわしくない俊敏な動作で、新島の背後に回り、横薙ぎに大剣を払う。
新島との距離はその剣先からは遠い。
しかし、振るう動作と共に発した地を喰らう様に抉ってゆく炎雷の衝撃波が新島を襲う。
「んなもの、『すごいバリヤー』で……」
新島は構わず、その一撃の受けに入る。
「貴様の様な、脆弱な精神力では防げんぞっ!」
「な、うぐ、うあああああぁぁぁぁっ!?」
「「新島っ!」」
ミシュリーヌと夢子は叫ぶ。
ケルビエムの放った衝撃波は、新島の重力によるバリヤーを意に介せず、直撃する。
「ふふ、油断したな。私は、崇高な智天使長だ。単純な破壊力を特化した天使の長の一人なのだ。貴様の様な陳腐な精神力では、私の本気を出した一撃に抗う事は不可能」
途端、言葉を発したケルビエムに大量の槍が投げつけられる。
しかし、その槍は燃え盛るケルビエムの体表に至る前に、瞬時に焼け切られる。
「愚かな」
振り返り、ケルビエムは自身を攻撃した対象を確認する。
そこには、複数の投擲機とその操縦者である鎧の兵士が複数。
「やっぱり、この程度ではダメージは与えられないのね」
その兵士達の後ろ中央、ミシュリーヌは苦笑して呟く。
ケルビエムはまた炎雷の衝撃波を兵士達に放つ。
即刻、ミシュリーヌは夢子を掲げて、その場から離れるために跳躍。
兵士達は衝撃波に呑まれ、一瞬で消滅する。
「やるしかない、か」
ミシュリーヌは地に着地し、夢子を下ろす。
「無茶するんじゃないよ、ミシュリーヌ」
「ええ、とりあえず時間稼ぎね。尤も、誰も援護が来なかったら無駄なのだけど」
ミシュリーヌは、そう言って右手に大槍を発現させる。
「『剛腕の小手』」
同時、茶色の魔法陣を発現させ、ミシュリーヌは右腕に膨れ上がった様なぶ厚い小手を纏わせる。
「貴様は、あの男よりもかなり劣ると見える。その大槍が張りぼてで無い事を願おう」
そう言って、再度ケルビエムは炎雷の衝撃波を放つ。
「『変幻自在の要塞』!」
ミシュリーヌが叫び、空間全体が悲鳴を挙げる。
ケルビエムとミシュリーヌの間に、何十もの堅牢な壁面が地面から生えるように出現する。
さらに次々と壁が出現し、水路、塔、牢獄、様々な建造物が周囲を取り囲む。
「ふふ、そんなもの、一瞬で消し炭となるぞ?」
ケルビエムとミシュリーヌを阻む何十もの壁が一瞬で蒸発し、炎雷の衝撃波が突き上げる様にミシュリーヌへと向かっていく。
だが、その衝撃波は壁との衝突で僅かに減速し、ミシュリーヌはその減速を利用し跳躍して避ける。
そして、塔の中へと姿を消す。
その間にも際限なく建造物は出現し続け、その間に通路が所狭しと出現する。
それはまさに迷宮。
「何を企んでいる?」
ケルビエムは、周囲に炎と雷撃を発現させ、その迷宮を次々と破壊してゆく。
しかし、そのスピードに勝る建造物の増築により、辺りは目まぐるしく様相を変えてゆく。
さらに、建造物からは多数の鎧の兵士が出現し、弓、槍、馬……様々な中世の城にまつわる攻撃の手段がケルビエムを襲う。
「ええい、うっとおしい!」
ケルビエムは、その突如出現した兵士達を破壊し続ける。
「な、うぐ!?」
兵士達の攻撃を物ともしないケルビエムに、突如、巨大な大槍が突きささる。
そして、大槍は突きささった後、バラバラに砕け散り、破片は収束。元の形に戻り、水路の中に沈む。
「やってくれるっ! だが、この程度の貧弱な攻撃で──」
言いかけ、ケルビエムは強烈な殺気を背後に感じる。だが、その時には既に遅かった。
「俺は、まだ戦えるぜぇっ!」
背後から、ケルビエムに捻じ込まれる様な一撃が突きささる。
「ぐはっ!?」
それは、ケルビエムに苦痛の叫びを挙げさせるのには充分な一撃であった。
巨体は、倒れ伏せ、地に大きな地響きを起こさせる。
「がっはっは! 油断すんなよ、火ダルマ野郎っ!」
ケルビエムが振り返ると、そこには胴体から血を流し、震える体を無理矢理動かしている新島が立っていた。
「新島、良い援護だわ!」
さらに、倒れ伏せるケルビエムに迷宮の底から飛び出たミシュリーヌが追撃をかける。
右腕の小手が軋み、ミシュリーヌの大槍を振るう速度が上昇する。
「──っは!」
そして、勢い良く放たれたたたき込みの一撃はケルビエムを地にめり込ませ、大きなクレーターを生む。
「ぐわああああああぁぁぁぁっ!」
ケルビエムは強烈な叫び声を挙げる。
「へへっ! これで終わりだと思うなよっ!」
「待って、新島!」
さらに追撃をしようとする新島を鎧の兵士が止め、次々に生える建造物の中に放り込まれる。
その直後、大爆発。
辺りの空間は、雷撃を伴った大爆炎によって跡形もなく消し飛ぶ。
「危なかった。あの一撃に巻き込まれてたら、死んでいた……」
建造物の迷宮に先に避難したミシュリーヌは瓦解した塔の先端で戦慄の表情を浮かべる。
「まさか、あんなもので倒せるとは思っていなかったけど」
「……この私に、ここまでのダメージを与えるとは、少々甘く見ていたようだ」
白煙が上がる先、ケルビエムが立ち上がる。
「ここまでダメージが無いなんてね」
「本気を出させてもらうぞ。この私に認められた事を光栄に思うがいい」
途端、ケルビエムを纏う炎が激しさを増し、凄まじい氣がミシュリーヌを押し潰さんとばかりに圧倒させる。
「ぐ……! どうやら、私もここまでのようね。ごめんなさいね、助けてもらったのに」
ミシュリーヌは死の覚悟をし、先程自身に告白した男性を想う。
(悪い人では無かったのだけど、ね)
苦笑し、否、ミシュリーヌは自身の不甲斐なさに自嘲する。
「さあ、消し飛べっ!」
ケルビエムが叫ぶ。
だが、その振り上げようとした剣を持つ腕が軋みを挙げる。
その違和感に、ケルビエムは自身の腕を見やる。
「ふう……本当に今回は邪魔が多い」
そこには、多数の緑と赤の触手が巻きついていた。
その触手は、ケルビエムの腕を引き千切らんとばかりの締め付けを与える。
だが、その触手でさえも鼻で笑ったケルビエムの力みと同時に破砕する。
「悪い、ミシュリーヌ。遅れてごめんね」
「ケルビエム……私の、『罪』……」
そのケルビエムの背後には二人の少女。
白いブラウスと黒いチャイナ服の対照的な二人が、ケルビエムを見据える。
「美樹! ──と、あなたは……?」
「あれは、キザイアのおもちゃの咲月って子さ。でも、ここにいるって事は、どうやら失敗したみたいね」
ミシュリーヌの疑問に、夢子が建造物から這い出て告げる。
「こいつは、『奥の手』を使わなきゃならない相手のようね」
「逃げちゃ、駄目だ! 私は、『結論』の為にっ!」
二人は構え、そしてケルビエムを睨みつける。
「まとめて始末する」
ケルビエムは無慈悲な事実を告げる様に、冷酷な声で呟いた。
辺りは、瓦解している建造物、そしてそれを焼き切る炎獄が包み込んでいる。
その崩壊した地に、巨躯の天使と対峙する二人の少女。
「四対一は卑怯だとは思わないか」
ケルビエムは自嘲を含めたため息を吐く。
「生憎、私達は悪魔の子なのでね」
挑発的に美樹は告げる。
「ふふ、潔いではないか」
そうケルビエムが言うと同時、空から無数の天使達が降りてくる。
「我が子達、智天使よ。悪魔の子に制裁をっ!」
告げ、無数の天使達が美樹、咲月、そしてミシュリーヌへと襲いかかる。
「そんな雑魚共、相手にならないよ!」
美樹は、燃え盛る黒炎と触手で次々と襲い来る天使を倒してゆく。
「エレメンタルビット・ウンディーネ!」
「「「ふふ、咲月様の御身の為に」」」
続く咲月は、周囲に水で構成されたアストラル体の生物を『創造』し、天使に突撃させる。
「『絶対忠義の兵士』!」
さらに後続、ミシュリーヌは発現させた兵士達の矢や槍の投擲で援護する。
次々に白い粒子となり、昇華してゆく天使達のアストラル。
しかし、ケルビエムは不敵に笑んでその光景を眺めている。
(何を考えてるっ!?)
美樹は、自身の体から生やした触手を振るいながらも、思慮する。
「ケルビエムは自身の『子供達』には別段愛情を込めている。無下にはその子達を殺さないはずだ」
その美樹の心の中、色欲の大悪魔が囁く。
「そんな事は分かってるよ、アスモデウス! 問題は、それがどの様な物かで、どうやって対処するかだよっ!」
美樹は触手を鞭のように振るい、天使を両断。さらに、接近してきた者には硬化した触手の先端で体を貫いてゆく。
「……そうか! 美樹、上を見てみろ!」
「上?」
美樹は、アスモデウスが告げた頭上へ顔を向ける。
「あれは、何?」
黒炎を天使に捻じ込ませながら、美樹はアスモデウスに問う。
「破壊された智天使どもの密集したアストラル──いいや、精神力の塊だっ! まずい、皆を退避させろ! 先程など、可愛いぐらい特上の一撃が来るぞっ!」
ち、と美樹は舌打ちし、天使達と交戦する咲月とミシュリーヌへと叫ぶ。
「皆、後ろへ下がるよっ! 強烈なのが、来るっ!」
「了解!」
「え、わ、分かった!」
美樹の叫びと同時、ミシュリーヌは建造物の中に入り、咲月は『創造』し、生やした白い翼で全速力で後方に下がる。
後に続いたのは、剛毅の『極限爆砕』を超える大爆撃。
光が辺りを包み、後に爆発音が地を震えさせる。
「よく、気付いたな」
その甚大な威力の爆発に、一同が呆気にとられる暇もなく、ケルビエムは次の攻撃を繰り出す。
「はあああああぁあぁぁぁぁぁっ!」
居合の掛け声と共に、ケルビエムが放ったのは、周囲を呑み込む程の雷を帯びた炎の波動。それは、誘爆するように、連鎖的に大爆発を繰り返しながら、辺りを呑み込んでゆく。
「まずい、避け切れない!」
ミシュリーヌは、自身の造り出した建造物を消滅させてゆく炎獄の中、叫ぶ。
「そのようね。だったら──」
美樹が周囲に魔方陣を展開させ、何かを発現させようとした時だった。
「『過負荷駆動』、『天地創造』!」
咲月が自身の限界を超える術を叫び、世界の色が変わった。
赤黒い異界の空。
薄暗い空が包むのは、滑りのある地と森林。
「何だ、これは?」
四つの無の顔を持つ巨躯の天使は訝しげな声を吐く。
その顔は自身の両の手を見つめる。
首を傾げ、その手を動かす。
「何故だ? 私の炎も、剣も盾も消え失せただとっ!? 一体、何をやったらこうなるのだ?」
ケルビエムは、そう言って目の前の異形を見つめる。
「keteimde」
だが、異形はどの世界にも属さない意味不明な単語を呟くのみであった。
「咲月……と、言ったか。覚えているぞ。私の現界はある意味では貴様の精神の脆弱さのおかげであったと」
再び、ケルビエムは炎と雷を纏う巨大な剣を発現させて異形に問う。
「だが、私は知らなかった。貴様がそのような未知の力を宿している事を!」
ケルビエムは異形──巨大な植物の球根に叫ぶ。
しかし、以前とその球根はあらゆる世界の言語に精通して天使にも理解出来ない言葉を連ねるだけである。
「何なの、この感じ……? あの咲月って子は、一体何をしたというの……?」
「咲月ちゃんがまさか、ここで『そいつ』を使うなんてね。まあ、好都合なのかな?」
その球根の背後、異形の球根に恐怖を感じるミシュリーヌの傍ら、美樹は呟く。
「ケルビエムが『穴』に気付かねばいいが……」
「そうね。だけど、そうなったら、『やる』よ」
「ああ。大分、色欲のおかげで精神力が増大したしな。それに、私も久々に出てみたいと思っていたんだ」
「ふふ、そう。どっちに転んでも、私は良いんだけど──」
美樹が心の中でアスモデウスと会話している時であった。
「はぁっ!」
ケルビエムが空間の空へと届きそうな大剣を振るう。
地を割る炎雷の衝撃波が異形の球根へと向かう。
「duwkend」
だがその一撃は、球根の寸でまるで喰われたかの様に消え失せる。
「ふむ。私の力を吸収しているのか。だが、この感じは……やはり、今までで感じた事の無い氣だ。だが、もしや……」
ケルビエムは、剣をしばらく振り続けた後、ふと黙り込む。
「……まあ、良い。そんな事は、ミカエル様がガブリエルと再会すれば全てどうとでも出来る事」
ふふ、とケルビエムは笑い声を挙げる。
「しかし、分かったぞ! その異様な能力の打破の仕方がっ!」
歓喜の声で告げるケルビエムは、全ての炎と剣を霧散させる。
「それは、『制止』だ。どういうわけか、貴様はあらゆるアビスの力を喰い、そして自身の力とする事が出来る。だが、それも時間の制限がある。それは、その球根が徐々に開こうとしている挙動で分かる」
「esumrid!」
ケルビエムの言葉の通り、球根は徐々にめくれ、その内を少しずつ開いてゆく。
「ふふ、何が『天地創造』だ! 種が解れば、ごく単純な一辺倒なカウンター! 貧相な能力め!」
次々とめくれてゆく、球根。
徐々に中に眠る者が姿を露わにされてゆく。
「森に眠る姫、と言った所か」
完全に開かれた球根の中には、植物の蔦に体中を巻きつかれた咲月がいた。
白いドレス。そして安らかな寝顔を晒す咲月に向け、ケルビエムは自身の概念構築能力で発現させた雷を帯びた大爆炎を浴びせる。
「そんな、単純なものじゃない──」
咲月は、その大爆炎の中で目を見開き、口を吊り上げる。
「ポセイドン・ストリーム!」
咲月が言い放つと同時、圧倒的な、全てを押し潰さんとばかりの水流が炎を呑み込む。
「馬鹿なっ! たかが貴様如きの精神力で私の炎を打ち負かすだとっ!?」
自身の範疇を超えた咲月の一撃に、ケルビエムは驚愕の声を挙げる。
「私に眠るこの子は、あんたなんて屁でもない程の恐ろしい、『創造主』であり、災厄の一角なんだ。神の一生でさえも絶望に叩き落とすぐらいにね……!」
顔を沈め、咲月は呟く。