Scene25 慈悲の抱擁天使、レミエル
「へへ、どうでい! この俺っち達の連携は!」
戦場の最前列にいるカールは、口を吊り上げ、告げる。
「カールさん! 一度、退避した方が良い! こいつ、何か企んでますよ!」
微弱なレミエルの『氣』の変化に京馬が気付き、カールに叫ぶ。
「へへ、ありがとうよ! だけど、もう少しこいつに仲間の分までの借りを返さないと気が済まねえ!」
カールは、さらに目を見開き、レミエルを包む炎を一層と激しくさせる。
「カール! 本当に退いた方が良い! 相手はあの御前の七天使だ! 何をしでかすか分からない!」
その後方に位置するグレッグが必死にカールに呼び掛ける。
「もうちょっとだけ──」
カールが言いかけた瞬間だった。
突如、レミエルは叫ぶのを止め、格調高い声で叫ぶ。
「拡がれ! 我が慈悲よっ!」
レミエルが叫ぶと同時、辺りをまるで霊体のような白いもやが包み込む。
それは、一寸の内に拡大して行き、カールを包む。
「ふぐ、うあ、うああああああああああっ!」
そのもやに触れてしまったカールは痙攣を起したように体をくねらせる。
「不味い、『西王の転移術』!」
その光景を遥か後方の建物の影から見ていたジンファンが叫ぶ。
途端、カールとレミエルを除いたその場にいた全員がワープした様に一瞬で百メートル以上後方に転移する。
「ち、一人しか捕縛出来なかったか……」
心底悔しそうに舌打ちをし、レミエルが呟く。
「あの野郎……! さらに慈悲の力場を拡げる事が出来たのか!」
「ありがとう、ジンファン。君が転移を使うのを一瞬でも遅れたら、僕もあんな状態になってしまう所だった」
グレッグがそう言った後、一同がレミエルを見る。
「「くく、どうだい? 仲間が取り殺される気分は?」」
そう告げるレミエルの体は、先程の青年の体にへばり付く様にカールの体がのめり込んでいた。
声は、レミエルとカールの複声。
やがて、その体は青年とカールの体が縦から真っ二つにされてくっ付いた様な、異形となる。
「あ、ああ……カ、カールさん……!」
京馬は、唇を震えさせ、呟く。
自身が仲間を救えなかった後悔、だが、それ以上にその天使の能力の異様さに恐怖する。
「くそっ! 何でカールは退かなかったんだ! あいつも、幾度も死線を潜り抜けたインカネーターだ! 相手の能力の未知に何であんな無謀を……!」
「カールは、レミエルに仲間を取り殺され、同志討ちの末に惨殺されたからね……結局はインカネーターも人間と言う事よ。私情がどうしても出てしまう」
ジンファンの叫びに、あくまで冷静にコーネリアが答える。
そして、京馬へと視線を向け、コーネリアは再度口を開く。
「そういう事よ。こんな力を得ても、人間は人間なの。どう? 怖くなった?」
その声色は冷気の様に冷たく京馬に語りかける。
思い上がった京馬へ向けた子供を馬鹿にするような言葉、しかし、その声色はあくまで突き付ける事実の様に鋭い。
「でも──いや、俺はそんな事は理解しているっ! だが、俺は……!」
京馬は歯をぎしりと噛み、そこで口を閉ざす。
実際、こんな力を得ても、人は人である事を理解している。
フランツへ向けたあの言葉はある意味では口上であった。
自身は、そのインカネーターでも特別な存在である事を京馬ははっきりと認識していた。
ガブリエルという千年も前から化身を現す事の無かったインカネーター。さらに、他のインカネーターでは出来ない夢の中での化身との対話。
人の中でも特殊なインカネーター、その中でも異常と言ってもいい自身の存在。
そして、ガブリエルの告げた『人間の意志の可能性』。
それらに、京馬は自身の『理想』を賭けてみたかった。
「──強情なのね。いいわ、私はこれ以上は君の行動に口は出さない。だけど、本当に君が天使の手に落ちそうになったら、その時は手段を選ばず、君を戦場から退かせるわ」
威嚇の様な、鋭い視線で睨みつけ、コーネリアは告げる。
「さて、二人とも、そこまでにした方が良い。来るぞっ!」
ジンファンが言う手前、レミエルの周囲に半透明なうねりがとぐろを巻く様に浮き出る。
そのうねりは複数の蛇の様に這い、京馬達に襲いかかる。
それを、ジンファンの転移で一同は瞬時にワープをし、避けてゆく。
「『監視者の抱擁』! 速度は捕え切れない程じゃねえが、少しでも触れると精神力がごっそりもってかれるからな! 俺の転移に慢心するなよ!」
「了解。僕も、精神力尽きてあいつに取り込まれたくないからねっ!」
ジンファンの忠告に、グレッグは答える。
「『端正王の旋律』、『速度増強形態』!」
後方に下がりながら、コーネリアは巨大なラッパを吹く。
流麗に流れるメロディは、一同の動きを俊敏にしてゆく。
「コーネリア、ナイスフォロー!」
親指を突き立て、グレッグは言う。
「さあ、次の攻撃に行くぞ!」
「はいっ!」
ジンファンの合図と共に、京馬は五つの矢を凝縮させ、一本の極太の矢へと変質させる。
「俺の希望と、決意の矢だ! くらえっ!」
京馬が放った一撃は、『監視者の抱擁』を貫き、レミエルへと向かってゆく。
その周囲には京馬の感情、『希望』の力のキャンセルが発動し、想いの一撃に触れていない残りの『監視者の抱擁』さえも霧散させてゆく。
(ガブリエルの概念構築で生じたこの一撃に内包する想いの力場には、俺の力のキャンセルが広範囲に行き渡る! これで、レミエルの固有武器を無効化するっ!)
「くく、この反応、能力のキャンセルですか。いやはや、流石はガブリエルの力だ……」
しかし、その現象を見ても、レミエルは余裕の笑みを見せる。
「貴様の余裕もそこまでだ」
だが、その背後から聞こえた声に、レミエルは振り向き、驚愕の声をあげる。
「な、貴様はっ!?」
そのレミエルの目の前に現れたのは、甲虫を模した様な鎧と仮面で覆われた男。
だが、レミエルが驚愕したのは、その男の風貌では無かった。
レミエルの能力は、自身の周囲のアストラルを取り込み、融合する。
その周囲に、アストラルを持つ生物が存在する事、その事実にレミエルは驚愕したのだった。
「『奈落王』アバドン。その固有武器『奈落の落とし子』は、極小のイナゴ達が多量に纏わりついた鎧だ」
そう、告げながら、男──フランツは拳の先端を変化させた。
その形状は、鋭く、長い、錐が複数突き出たかぎ爪。
勢い良く、フランツはそのかぎ爪をレミエルに突き刺す。
「ぐあっ!?」
血飛沫をレミエルは噴き出し、さらに、その眼前に京馬の一撃が襲いかかる。
「うぐああああぁぁぁぁぁっ!」
京馬の想いの一撃がレミエルに直撃する。
レミエルは、明らかな苦痛の表情と叫び声をあげる。
「確かに、貴様の概念に生身で入れば、アストラルを乗っ取られるだろう。だが、俺のイナゴをじっくりと凝縮させた鎧は一つ一つのアストラルの塊。全てのアストラルを貴様が融合させるのには、時間がかかるわけだ」
告げ、フランツはさらに片方のかぎ爪をレミエルに突き刺す。
「さあ、蝕みのイナゴよ! 行け!」
さらに、フランツが告げると、周囲の地面がら漆黒の円が拡り、大量の鬼の頭部を持つイナゴが這い出てレミエルに襲いかかる。
「僕も出番だねっ!」
グレッグはさらにレミエルに雷撃の追撃を加える。
イナゴの放つ『蝕み』によって、焼け爛れ、さらにその箇所をグレッグの雷撃が襲う。
「あ、が、が、が、ああああぁぁぁぁぁぁっ!」
声にならない叫びをあげるレミエルの体は最早、原型を留めなくなっていた。
「『端正王の旋律』、『音叉崩壊形態』!」
コーネリアは、強烈な不協和音を奏でる。
その音色は直線的にレミエルの耳を捕え、内からレミエルの体へとダメージを与えてゆく。
「くらええええぇぇぇぇっ!」
京馬は、その天使に自身の希望と決意を乗せた矢を撃ち続ける。
最早、回避不能となったレミエルにその攻撃は直撃してゆく。
「いやはや、さっきは君は逃げた方が良いと思っていたけど、それは間違いだったね。君の力のキャンセルのおかげで、レミエルの脅威の一つ、『監視者の抱擁』を防ぐ事が出来る! これなら、あの化け物に勝つ事が出来る!」
京馬の傍ら、グレッグは歓喜の笑みで告げる。その笑みには希望が宿っていた。
(そうだ。俺はこんな人の笑みが見たかったんだ……!)
京馬は、さらに『決意』の感情を増幅させる。
「そう、それこそが京馬君の『意志』。私の愉悦」
ガブリエルが優しく告げ、その言葉に京馬は笑む。
さらに、巨大になった一撃は、レミエルに決定的な一打となった。
「あ、あ、あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
断末魔を叫んだレミエルの体は砕け散り、その破片からは大量の白い粒子が天に還ってゆく。
それは、数々のレミエルに取り囲まれたアストラル。
「やった、やったんだ! 僕達が、あの御前の七天使を倒した!」
歓喜の叫び声をあげ、グレッグははしゃぐ。
「やった……のか? 本当に、俺が、俺達が……?」
茫然と景色を眺める京馬。
「そう。京馬君の想いが勝たせたのよ。ふふ」
心の中、自身の化身である天使が京馬に語りかける。
「さっきは……悪かったわね」
その京馬の肩をすらりとした綺麗な手が叩く。
振り返ると、そこにはコーネリアの姿があった。
その表情は、穏和で、優しかった。
「駄々をこねる子供の様で、見ていて腹立たしかった。感情で行動しているだけだって。でも、こんな結果をみてしまうと……」
コーネリアは、頭上へと立ち上がる白い奔流を見上げる。
ふう、とため息を吐き、
「たまには、そんなノリで行動をしても良いんじゃないかなって思うわ」
とても、満足気な表情で京馬に笑みを向けた。
「へへ、やったぜ。俺達が倒してやった!」
「僕達が仲間の仇を討てたんだ! この力でっ!」
ジンファンとグレッグは、嬉しそうに声を張り上げてはしゃぐ。
「ありがとう、皆。そして済まない。俺がもっと早くイナゴの力を練り上げられていたら、カールは死ななかったかも知れなかった」
その歓喜に震える一同に歩み寄り、フランツは言う。
「しょうがないわ。あれぐらいの強固な精神力を鎧に纏わせるのには、余程時間がかかるでしょうに。それをあんなに手早く済ませる事が出来た。フランツは出来る限りの全力を出したのでしょう?」
「そうだよ、フランツさん。この作戦の大部分を練ったのは、あなただったし、何より僕もカールの行動を止める事は出来なかった。少なくとも、あなたを僕は攻める事は出来ない」
「そうだぜ、グレッグの言う通りだ。俺だって、転移をもっと早く行使していれば、カールを生かす事が出来た。あいつが死んじまったのは、俺ら全体の責任だ。お前さんだけに背負わせるもんじゃねえ」
「皆さんの言う通りですよ。フランツさんがレミエルの氣を分析し、その氣に対応したイナゴを練り上げる時間を稼ぐのに、あの第一撃は必要でした。あそこでフランツさんが途中で出てしまったら、俺達はレミエルに勝てなかったと思いますし」
励ます京馬を始めとした味方達に、フランツは目を向ける。
ふ、と笑み、一息。そして口を開く。
「……ありがとう、みんな」
そう言って、フランツは続ける。
「だが、未だ戦いは終わっているわけではない。この京馬君を守護し、サイモン支部長の様なミカエルと対等以上に渡り合える者へと送り届けなくてはならない。これからも気合いを入れて、この戦争を生き抜こう」
「ああ、分かっ──っ!」
フランツの言葉に一同が答えようとした瞬間だった。
ずぶりと、何か、贓物を突き刺す音。
その音に一同は振り返る。
一人を除いて。
「あ、が、が……!?」
一人、ジンファンは夜空へと顔を向ける。
口と貫かれた左胸から、血を噴き出し、ジンファンは絶命する。
突如の現象に、一同の場は静まりかえる。
何が起きたのか。
ジンファンを貫いたのは一刀の燃える様な深紅の刀。
その刀は勢い良く抜かれ、血飛沫が一同に浴びせられる。
倒れ伏せるジンファンの背後、黒服の男が口を吊り上げ、立っていた。
そのサングラスに返り血を浴び、男は口を開く。
「こんな所に君がいるとはね。京馬君。そうか、隔離班の行動は失敗に終わったのか。新島にはまたお灸を据えなければな」
「お前は──!」
フランツは、目を見開き、その男を見る。
それは、ここにいる異質の存在を異質と形容している様であった。
一同はその男の名を知っていた。
それは、この戦争が始まる前に自身達の組織と休戦協定を結んでいた組織のリーダー。
「浅羽……!」
「やあ、アダムの幹部共。京馬君の天使からの護衛、ありがとう。だが、それもここまでだ」
フランツの驚愕の声を満足気に聞き入り、浅羽は言う。
そして、ジンファンの返り血を熱で蒸発させ、白煙をあげる刀を一同へと向ける。
「君達には、死んでもらう」
明らかな殺意の眼光を周囲に向け、浅羽は一同に告げた。