Scene24 伝令の熾天使との契約
煌びやかな陽が、荒野に降り注ぐ。
ただただ荒れ果て、ひび割れた荒野に立つ者が二人。
一方は、スウェットパンツにシャツ、今時の高校生の風貌の少年。
かたや一方は、白の羽衣を纏い、巻き上げた金髪を肩から流した美女。
どちらとも、その荒野に立つには不自然な存在と思える。
だが、その二人はさもこの荒野こそが自身の故郷のように、その不自然を自然として佇んでいた。
「まさか、京馬君自身がこの世界に来てくれるなんてね。どうやったの?」
無邪気に笑み、ガブリエルは問う。
「どうやったんだろうね? 何か、勢いで念じてみたら入れちゃったよ」
ため息混じりの口調で、しかし、口を少し吊り上げて京馬は言う。
「それだけ、私と京馬君が『馴染んできた』からかしら? ふふふ、人の化身になったのは本当に久しぶりだから、忘れちゃった」
笑み、ガブリエルは告げる。
そのガブリエルの笑みに返す様に、京馬も笑みを見せる。
「ガブリエル、ありがとう」
「何が?」
「いや、何でもない」
京馬は、自身の言葉に可笑しくなり、噴き出しそうになるが、それを寸で止める。
その京馬の言葉は、自身にこの力を与えてくれた天使への感謝だった。
それを、京馬は無意識に口から発してしまったのだ。
「今日は、随分とご機嫌なのね」
「ご機嫌、なのかな? いいや、色々と吹っ切れただけさ」
そう言って、京馬はガブリエルの眼を見つめる。
それは、とても純真で美しい蒼。
その純真はその女性をまるで、否、人ではない神である事を京馬に自覚させる。
「あいつも、同じ眼をしていたのに」
京馬は思い出す。
自身が見た予知夢でのミカエルの瞳。
それは、今この場に佇む女性と同等の純真を持っていた。
「あいつ?」
「いや、何でも無いんだ」
そんな京馬をジト目でガブリエルは見て、言う。
「『何でも無い』ばっかりね。一つ言うけど、京馬君の思考、心情、そして『想い』。私は京馬君のあらゆる全てを知り尽くしているのよ? 何て言ったって、アストラルに強く結びついた、『化身』なんだから」
「じゃあ、何で俺に問いかけてるんだ?」
「一言で言えば、愉悦ね。楽しいのよ」
「そうか。俺には良く分かんないや」
「そう」
一寸の沈黙が二人を包む。
「ガブリエル、俺の要求は、分かるだろ?」
「ええ、そうね」
「じゃあ、お願いしても良いかな?」
「分かったわ。だけど、一つ忠告するわね?」
「何だ?」
京馬が眉を険しくし、怪訝な表情で問う。
「確かに、それこそが私の力、いいや、概念構築だけど……それはいわば、より京馬君を人という理から外すことになる。正直、その本来の力を人の体で使ったら、私にもどんな影響が出るのか分からない」
ガブリエルは首を傾け、京馬に問う。
「それでも、良いの?」
その問いの声色には、不安という感情は無く、むしろ喜々とした表情を覗かす。
「ああ。俺の望む世界の為に」
京馬は、自身の胸に手を当て、ガブリエルに命令する。
「来い! 『想い』の力!」
京馬が告げると、ガブリエルの体は霧散し、青白い粒子の奔流が生まれる。
それは、一直線に京馬の胸に集中、凝縮して、吸収されてゆく。
「俺は、インカネーターの試練を乗り越えていなかった。だから、他の天使達と戦わなかったら気付きもしなかったよ」
全ての粒子を吸収し終え、京馬は拳を強く握り締める。
「俺は、世の理を覆さして見せる!」
「う、あ、あ……」
呻き声をあげ、京馬は目を見開く。
「おい、大丈夫か!? 京馬!」
眼前には、京馬に必死に呼び掛ける真田。
「戻って……来たのか」
そう言って、京馬は立ち上がり、死へと進む男達の背を見つめる。
「突然気を失いやがって……何だ、この窮地に混乱して眩暈でも起こしたのか?」
「いや、ガブリエルにちょっと会いに行ってました」
「あ?」
京馬の答えに、真田は訝しげに首を傾ける。
「とにかく、俺はレミエルに対抗出来る力を手に入れました。後は、任せて下さい」
「お、おい、京馬」
京馬は立ち上がり、呼び掛ける真田を無視して、前に歩みだす。
二十メートルはあろう距離の警戒して歩いている男達へ近付いてゆく。
その京馬の足音に気が付き、先程まで京馬と会話していた男が振り返る。
「何故だ。俺達の想いが分からないのか?」
男は、レミエルに気が付かれない様、激怒の声を押し殺して京馬に問い掛ける。
「俺は、レミエルを倒して見せます。俺の『想いの力』はそれが出来るはずです」
そんな京馬の言動に、男は嘆息する。
「だから、そんな思い上がりは──」
「左前方の建物の影、そこに奴はいますよ」
男の抗議を遮り、京馬は遠くの建造物を指差す。
その声に、一同は振り返る。
「本当なのか!? 何故分かる!?」
「俺のガブリエルの『概念構築能力』。『神の天恵』で想いの力を広域化してます。俺の『不安』の感情で自身の氣を遮断しつつ、察知した奴の存在を感知しました。確実に、そこにいます」
一寸の沈黙。男達は顔を見合せながら、京馬の言葉の真偽を確かめ合う。
その反応を見、京馬は察すると、一同に再び口を開く。
「こんな状況です。俺も、ただ自分も戦いたいからって適当な事を言ってるわけじゃありません。この『不安』の感情の能力は、相手の内包する氣の形そのものを捕捉することが出来るんです」
「ガブリエルにそんな力が……? だが、組織の報告には無かったぞ?」
「そうだ。君のガブリエルの力には、そんな力は無かったはずだ」
「そうです。今までは、その力の一端しか使えなかった」
疑惑の目で見つめる男達に、京馬は答える。
「ですが、俺は数々の、ある意味では通常のインカネーターが乗り越えた『試練』のようなものを幾つか乗り越え、本来のガブリエルの力をまた得る事が出来たんです。まだ完璧ではありませんが、この力でも充分に皆さんのお役に立てると思います」
そう言った、京馬の瞳はしっかりと男達を見据えていた。
「……嘘ではないようだな。分かった、君を信用する。だが、私達が君に危険が及ぶと判断した場合、君を無理やりにでも逃げさせるからな」
観念し、ため息を吐きながら、一団の一人の男が言う。
しかし、京馬の口から伝えられた事は嘘であった。
何故なら、京馬の天使の『インカネーターとして』の能力は、本当に男が告げた真実までが限界だったのだから。
だが、現状、京馬がその上を行くガブリエルの力を得たのは事実である。
正直、その結果が自身にどの様な影響を及ぼすのか分からない。
京馬は、それでも自身の幼い頃に宿し、今は廃れかかっていた理想の為に、『それ』を選択した。
「はい!」
京馬は、首を縦に振り、答えた。
巨大な音符の形のオブジェクトが多数に宙に並ぶ。
地には、多数の巨大な管楽器などの楽器が敷き詰められている。
五線譜が雲の様に揺らめくオレンジの空は、さらにこの異常の世界を異常とたらしめる。
その世界は、『この世界』の理から外れ、超越した者──インカネーターが発現させた捕縛結界。
その捕縛結界に、京馬を含めた男達の一団が佇む。
その後方、突き出た巨大な管楽器を背にして、チェーンを所々に巻き付きたコートを羽織った男がTシャツにジーパンを穿いた男を担ぎ、力無くもたれ掛かる。
「ケケケッ! 健闘を祈るぜ、京馬。俺は、剛毅と一緒にこいつの捕縛結界内で一足先に休ませてもらう」
そう呟き、真田は目を閉じる。
その真田を京馬は不安そうに一寸、目を配り、そしてその目を背を向けている男に向けた。
「では、再度戦況をまとめる」
振り返り、一団のリーダーと思われる男が口を開く。
「現状、私達はかなりの危機に瀕している。ほとんどの天使どもを退け、残す敵は私達の仲間に『憑依』したレミエルのみとなっているが、油断は出来ない。奴の力は他の天使の数千匹に値すると言っても過言ではないからな」
周囲の仲間に目を配りながら、男は続ける。
「それに、奴ら天使は倒しても、倒してもゴキブリの様に現れ続ける。この時間でさえも刻一刻を争うわけだ。だから、手短に済まそう。まずは、レミエルの能力──『神の慈悲』についてだ」
男の言葉を、険の表情で皆が聞き入れる。
「奴の『神の慈悲』は、周囲にある生物の根源であるアストラルを捕縛し、自身と融合させる。分かりやすく言ってしまえば、奴の概念構築力場に入れば、即死だ」
男の言葉に、京馬は息を呑んでさらに聞き入る。
「さらには、その体を奴に乗っ取られ、ゾンビの様にかつての仲間を襲うだろう。流石は、御前の七天使の一角。恐ろしい能力だ。対策法としては、その奴の概念構築力場を凌ぐ精神力で耐え切るか、若しくはその力場に入らない様、遠距離で戦闘を行う必要がある。だが、皆も分かっているだろうが、前者は無理だ。そんな強靭な精神力を俺らは持ち合わせていない」
男は、自身の無力を嘆く様に、歯ぎしりを立てる。
「よって、後者の方法でレミエルと応戦する。そこで、作戦を立てるため、各個人の自己紹介と能力の説明をお願いしたい」
そう言って、男は目の前にいる者へと目を向ける。
「ああ、俺か? 俺は、Bクラスのジンファンってんだ。俺の化身ガープの固有能力は、あらゆるものを瞬時に瞬間移動させる事が出来る」
獣の皮を羽織った男はややぶっきら棒に語る。
「俺っちはカール。Bクラスだ。化身フラロウスを宿してるぜ。固有能力は、目に映る対象をアビスの炎で焼き焦がす。地味だと思うかも知んねえけど、動作無しで回避不可能な代物だから、ある程度は役に立つと思うぜ?」
黒い眼帯を付けた金髪の男が続けて言った。
「僕も同じBクラスのフレッドって言うんだ。化身フルフルを宿してるよ。能力は、まあ在り来たりだけど、雷や稲妻を自在に発現し、操る。要するに雷使いさ。あの有名なエレンさんに数倍劣るけど」
そして、口を開いたには、この中で最も幼い風貌の少年だった。
自身の周りに迸る稲妻を発現させ、笑む。
「そして、私はコーネリア。まあ、あの三人と同様のBクラスね。この捕縛結界を宿している化身ビュルサンのインカネーターだわ。能力は、あらゆる魔法を音に乗せ、伝える。その対象は選択可能で、まあ補助には最適でしょうね」
その一団の紅一点と言うべきか。唯一の女性が言う。その肩には巨大なラッパを背負っている。
その女性が告げた後、指揮を取る男の目が京馬を見つめる。
「──先程、言ったばかりだからな。君の紹介は省くとしよう」
そして、一団を見渡し、告げる。
「最後に、この一団の──まあ、成り行きではあるが、指揮を務める事になった唯一のAクラスであるフランツだ。私の化身はアバドン。能力は、あらゆる氣を持つアビスのイナゴを大量に解き放ち、操る。と、言ってもよく分からないと思うが、要するに多種多様な遠距離攻撃が出来る能力と思ってくれ」
最後に、先程まで京馬と話していた男が言う。
迷彩服に、数々の戦闘を経験してきたであろう厳めしい風貌は、歴戦の軍人を彷彿とさせる。
京馬には、その屈強そうな風貌が、この一団のリーダーの風格に合致しているように見えた。
「これで、自己紹介は終了だ。個人個人がどの様な戦い方が出来るか、ある程度把握出来たと思う。では、作戦を練ろうか」
男は、険の表情となり、一団に言う。
夜の城下町、一人の少年は建物の影に身を潜み、息を呑む。
ちらちらと見える別の建造物に隠れる仲間達に合図を送りながら、少年、京馬は影から影へと移動する。
(レミエルは、俺に感知されている事を知らない。現に、奴は俺達の進行先を全く関係なしにジグザグに移動しているだけだ)
京馬は、冷静にレミエルの動きを捕捉しながら、間合いを詰めてゆく。
(今度は、あっちか。──良いな! 手に取る様に、奴の居場所が分かる!)
手を頭上に上げ、京馬は人差し指をその場所へと向ける。
そして、次にその手を開く。
(五メートル、右へ!)
その指示通り、一団は陣形を崩さずに移動する。
(しかし、この天使そのもののアビスの力、俺に何の影響を及ぼすのだろう?)
ふと、京馬は自身を大幅に強化した力の代償を思慮する。
(俺は、ガブリエルとより精神──アストラルを同調させた。それによって得られた天使の『概念構築能力』、俺の周囲は俺の感情の『属性』によって発現したアビスの力を発動する事が出来る。この『不安』の感情も、本来なら普通のアビスの力を察知する力がより鋭敏化するだけだった)
はは、と京馬はか細い笑い声をあげる。
「まあ、広域化するだけならさらに気配察知を鋭敏化するだけだったんだけどな」
京馬は呟く。
「まさか、『本神』と同調することで美樹みたいな混在覚醒状態に近い状態になるなんて」
京馬は、本来インカネーターでは得られない力を得ることによって、更なる『副産物』を手に入れていた。それは、『本神』であるガブリエルとの同調によって、『京馬達の世界』に京馬とガブリエルの存在が同一視されることで生じた現象。
つまり、今の京馬の状態は、アビスの力を使っても察知されない、美樹と同様の『混在覚醒状態』となっているのである。
「ふふふ、自分が好きな子と一緒の状態になってて、嬉しい?」
自身の心の奥底で、笑みを浮かべているであろう天使の声が響く。
その問いに、正直に京馬は答えた。
「まあ、そうかも知れないね」
観念したように、京馬はため息交じりに答える。
所詮は隠そうとしても、この昂ぶりは自身の心とほぼ一体となっている天使には筒抜けだろうと京馬は判断したからだ。
「だけど、今の京馬君は私と最も『近付いている』状態、つまりは概念的にはほとんど天使になっているのを忘れないで。だから、どんな代償が生じても動揺しちゃだめよ?」
「分かってる。それを承知の上で、この力を得たんだ」
そう言った京馬の顔は不安を内包させる険の表情だった。
ガブリエルには、自身の心情が分かるであろうが、京馬は自身がその恐怖に目を向けまいと、あえてその様に口にする。
(……! 近い、そろそろだっ!)
京馬は、人差し指を上空に向ける。
途端、一同は動きを止める。
その京馬の指の動きは待機。
つまりは、レミエルが射程距離内に入った事を告げる。
「奴の大体半径百メートル内に入った! ……ここからが本番か」
京馬はそう呟き、建造物の影から抜ける。
そして、ある一点に向かって駆け出す。
そこは、人目に多く晒されるであろう大路地。
「出てこい、レミエル! お前の居場所は分かってるんだ!」
青白い弓を発現させ、京馬は想いの矢を撃ち出す。
京馬が自身の感情をコントロールし、『もどかしさ』によって追尾効果を得た矢がうねり、進む。
「くく、ガブリエルの繭!」
その矢を受け、否、『吸い込んだ』人物は、悠々と影から大路地へ姿を現す。
その外見は、見たところ何も変哲もない青年。
「私は何と幸運なのだろう。くく、くくく。ミカエル様。今、あなた方様の下へガブリエルを献上致します」
忍び笑いを浮かべ、青年は駆け出す。
「今だっ!」
京馬が叫ぶと共に、レミエルの内から炎が噴き出す。
「がっ!? これは……?」
「へへっ! 俺っちの『豹公の灼眼』は、おめえを内からアビスの炎で焼き尽くす! 固有武器の『監視者の抱擁』で精神力を吸収しようが関係ねえってこった!」
眼帯を外し、その燃え盛る様な赤い瞳でレミエルを凝視しながらカールが告げる。
その刹那、レミエルの頭上に雷が打ちつける。
さらに、周りを雷光の球体が取り囲み、そこから発せられた雷撃がレミエルを襲う。
「ふ、ぐ、ああああ!」
「へへ、僕の『変幻自在の混雷(エヷー・ライトニング・チェンジング)』はどうだい? 僕ぐらいでも、カールの炎と上手く精神を同調させれば、君の内から雷でダメージを与えることだって出来るんだよ?」
稲妻を両手に迸らせながらグレッグは告げる。
「さらに、『端正王の旋律』、『攻撃増強形態』!」
コーネリアの持つ巨大なラッパから発せられる、猛々しい戦歌のオーケストラが空間に響く。
その響きに応える様に、レミエルを包む炎と雷撃が激しくなってゆく。
「うああああああっ!」
炎と雷撃に包まれ、レミエルは悲痛の叫びをあげる。
「……? 御前の七天使、こんなものなのか?」
京馬は仲間達の攻撃で苦しむレミエルを見、疑問に思う。
確かに、自身の強さのランク以上のBクラスに該当する者達の一斉攻撃だ。中々の威力を持っていると思う。
しかし、それでも、自身が手合わせしたこの天使と同等の力を持つケルビエムがこのような攻撃で反撃する暇もないほどの状態になるとは思えない。
「くく……」
にやり。
その京馬の思慮を知ってか知らずか。
炎と雷撃に包まれるレミエルは、不気味な笑みを浮かべた。




