Scene 8 屠殺者 vs 死神
「次から次へと！」
「はははっ、どう！？ 時間稼ぎ以上の役割を果たしてるだろう！？」
氷室はとても楽しそうに微笑む。
眼前には、巨大な肉塊を相手に鉄球と大剣を振り回す真田。
「切っても、粉砕しても、繋がって再生しやがるっ！」
その肉塊は真田が先ほど屠った化け物達を練り合わせたものだった。
しかし、不規則に手や眼球、足、腸が入り乱れる容姿はかつての姿とはあまりにかけ離れたものだった。
だが、醜悪さはかつてよりも凄まじい。
「ほらほらほらほらほらほらっ！ どんどんいくよっ！ はははははは！」
その真田の左方から、氷室の発現した鎌が大量に宙を舞い、襲いかかる。
「『屠殺者の鎖』！」
真田の周りに鎖が幾重も生えてゆく。
そして、氷室が発現した鎌は鎖に激突し、霧散する。
「くっ！ 『屠殺者の鎖』で縛っても、力の減退が起こらないのはどんな理屈だ！」
真田は後方の鎖へ跳ねて着地。
その鎖から上方の鎖へ、そのまた上方の鎖へ、そしてさらにと空間の天高くまで跳ね登る。
「さっきまでの威勢はどうしたんだよぉっ！ 僕をがっかりさせないでくれ！」
氷室が両手から黒い魔法陣を展開する。
……こいつ、強い！
真田はその事実を認識せざる得なかった。
何度もミンチにしても再生される肉塊。しかし、その再生力は奴の精神力に依存している。
さらに、その『攻撃力』……
それを維持するには強靭な精神力を要する。
（ただのぽっと出雑魚勢力の支部で、こんなに強い奴に出くわすとは思わなかったぜ、ケケケッ！）
真田の頬を冷や汗が伝う。が、表情は歓喜。
「『亡霊の狂奏』！」
氷室が魔法名を言うと同時、その周囲に紫のもやが発生する。
やがて、そのもやが大量の足が消えうせた『人型』を形成する。
氷室と巨大な肉塊は各々その亡霊達の頭上に乗る。
「それとも、君が魔法を一度も使ってこないのはもしかして僕に手加減しているからかい？」
大量の亡霊とともに真田の方へとせり上がってきた氷室が言う。
「だとしたら？」
「それは……許せないねえぇぇぇぇっ！」
氷室は今までとは違う、長大な鎌を発現させる。
先端は漆黒の刃、紫の柄の中に、白いもやで人の悲痛の表情が描かれている。
その長大な鎌は一直線に真田の頭を抉るように振るう。
ガキィッ！
真田の大剣がその一撃を受け止める。
「ケケケッ、安心しな！ それはないぜ？ 俺はただ単に魔法が『一つ』しか使えないだけだ！」
真田は不気味に笑う。
しかし、大剣を支える右腕は震えている。
「じゃあ、僕はその一つしか使えない魔法を使うに値しない相手なのかいっ！？」
「いいや、今は使う『タイミング』じゃあないだけだ」
「そうかい？ じゃあ、話してくれたお礼に僕の化身を教えてあげるよ！」
力を休めることなく、氷室が言う。
「僕の化身は悪魔、『フルカス』！ 『刈除公』の名を冠した死神さ！ その固有能力は、殺したものを奴隷のように使役することができるっ！」
「ケケケッ、ご丁寧にどうも！」
言って、真田は後方へ左手の鉄球を振るう。
それは、後方に突如放たれた一撃を相殺する。
「こっちの化身の説明をさせてくれよ。ケケケッ！」
真田の後方には巨大な肉塊が。
「説明たって、君が能力を発現させるたびに言っているじゃあないか」
氷室は口を引き攣らせ、ニタリと笑う。
「じゃあ、『それ以上』を見せてやるよ！」
言葉を発すると同時、真田を支えていた鎖が千切れる。
途端、氷室の鎌は空を切り、肉塊は打撃を空ぶらせる。
そして、腹部に圧迫感。内臓の一部が破砕する感触。
それを感じた時、氷室の体は左方へ吹き飛ばされる。
「ぐ、はっ！？」
吐血。
見ると、真田の位置が先ほどとは微妙に左にずれている。
「これは……！」
「俺の化身を紹介してやるよ！ 名は悪魔、『グラシャラボラス』！ 『屠殺者の総統』と呼ばれる、悪魔屈指の暴虐者さ！ その固有能力は鎖に触れている、『あらゆるものを』減衰させる能力！」
真田は墜ちてゆく氷室に聞こえるように大声で叫ぶ。
「俺の鎖で減衰させるものは何も物体だけじゃあないんだぜ？ 『空間』のエネルギーを減衰させて歪みを作り、自分の位置を『ずらす』ことだってできる！ ケケケケケケッ、盲点だったろう！？」
「は、はは。確かに盲点だった。やられたねぇ……」
墜ちてゆく氷室。
しかし、地面に着くより先にその姿は突如発生した黒に染まり見えなくなる。
「ちっ！新手か。逃がしちまった……！」
真田は呟く。
その眼前には黒の海。
「こいつは……案外、大仕事かもな、ケケケッ！」
自身の捕縛結界内の頂きで真田は呟く。
