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Scene 3 新興組織『アウトサイダー』

「ん……」


京馬は意識を取り戻して、目を開ける。

眼前に広がるのは精巧な機械に包まれている、無機質の部屋。

しかし、そこに不釣り合いな緑のカーテンとピンクのベッドが立ち並ぶ。

アダムの地下基地内にある病室の景色だ。


「お? 目が覚めた? いやー、惜しかったね。思わず、私も本気出さざる得なかったよ!」


 京馬が目覚めた事を確認し、咲月は微笑んで告げる。


「そうか、負けたのか……俺」


「そんな悔しそうにしないでよ。これでも私はインカネーターとしては三年以上先輩なんだよ? むしろ勝って同然! その私を本気出すまで追い込んだんだから大したもんだよ」


 ちょっと悔しそうに唇を噛んで呟く京馬に対し、咲月はムッとした表情で言う。


「おや、目が覚めたようだね」


 『もう!』と嘆息する咲月の反応に、頬を掻く京馬。

 その二人を柔らかな声色が出迎える。

 病室のドアを開けたのは、整った顔立ちのすらりとした体躯を持った男であった。


「桐人さん!」


 京馬は桐人の姿を見て、叫ぶ。

 桐人がアダム地下基地にいるという事――それは、『美樹の所在』に関しての調査が終わったという事。

 次に京馬から開かれるであろう言葉を理解しているかの様に、桐人は頷く。

 ベッドの前まで近づき、桐人は険の表情で静かに口を開く。


「美樹ちゃんの所在がわかったよ。しかし、どう言ったものか……」


 視線を脇目に避け、躊躇いながらも桐人は再度口を開く。


「まず、美樹ちゃんの状態を言おう。精神は完璧に回復している。心身ともに非常に良好な状態だ」


「そうなのか、良かったっ……!」


 本当に、本当に嬉しそうに京馬は言った。

 だが、対して桐人の表情は思わしくない。


「そして、彼女がインカネーターとなったことも確認できた。だが、とても特殊な状態のインカネーターでね。こんなケースは初めてかもしれない」


「美樹がインカネーターに!? 特殊な状態って、どういうことですか!?」


 京馬は桐人の言葉に食らいつくように質問する。


「何と言えばいいか。『混在覚醒状態』と言えばいいのかな。美樹ちゃんはアスモデウスの精神と美樹ちゃん自身の精神を共有している。頭の中に悪魔を飼っているような感じだろうか。悪魔に支配はされず、しかし悪魔の自我は常に残っている状態だ」


「それって、つまりどういうことですか?」


 不安になり京馬は聞く。

 嫌な予感を京馬は感じていた。


「つまり、京馬くんのガブリエルの力でアスモデウスは完全に消滅しなかったんだ。瀕死のアスモデウスと何らかの原因で非常に強固になった美樹ちゃんの精神が結びつき、本来とは異なったインカネーターとなった」


「そんな……! じゃあ、美樹は未だにあの悪魔に精神を蝕われている、ということですか!?」


 京馬はその事実に愕然とする。

 そんな京馬の反応に、桐人は深刻そうに表情を深く曇らせて、告げる。


「いや……僕が見た限り、そんなことはなかった。美樹ちゃんは非常に楽しそうに頭の中のアスモデウスと対話していた。そして『色欲』の愉悦を存分に堪能していたよ。正直に言おう。今の美樹ちゃんは君が今まで見ていた『美樹』ではない。少なくとも、僕が京馬くんに聞いて描いたイメージとはかなりかけ離れていたよ。まるで、アスモデウスともう一人、色欲の悪魔がいるような……そんな気分だった」


 そう言って、桐人は目を閉じ、下を向く。

 申し訳ない。

 それは、間違いなく桐人の『本音』であった。


「それで、美樹は一体どこにいるんですか!? ここに連れてこれなかったんですか!?」


 京馬が桐人を問い詰める。

 だが、桐人は首を左右に振り、重々しく口を開く。


「美樹ちゃんは……今は横浜の大黒ふ頭周辺にいるはずだ。ここへは連れてくることは出来なかった。また、『ウリエル』に阻まれてね。しかも、調査したら他にもインカネーターがいたんだ。怪我をしている今の僕の状態じゃあとてもじゃないが突破できそうになかった。それに、美樹ちゃんが特殊なインカネーターであるせいか、通常のインカネーター察知能力では全く反応がないんだ。あれでは、追跡することもできない」


「他のインカネーター? 美樹は、アダム以外の他のインカネーターと一緒にいるんですか!?」


「ああ、恐らく、新興勢力だ。実は、先ほどまでサイモンさんにその事について報告していたんだ。そこには先ほど言った『ウリエル』も所属している。この新興勢力はかなり規模がでかい。それこそ、ミカエルの天使勢と同等ほどの規模だ。そして、どうやら僕達『アダム』を敵視し、組織の壊滅を目論んでいるらしい」


 桐人は額に手を当て、深いため息を吐く。


「全く……ただでさえ天使どもの相手で手一杯だというのに。しかも、思想も非常に危険な組織だ。手段を選ばない。一般人にも手を出すことを厭わない。そして、どうやら美樹ちゃんはその組織に加入しているらしい」


 さらに衝撃の事実を、桐人は告げる。

 その桐人の言葉に、京馬は愕然とする。


「そんな……何で……?」


「僕もどういった経緯で、美樹ちゃんがこの組織に加入したのか、わからない。しかし、美樹ちゃん自身の意志で入っていることは間違いない。何が目的なのか、どのようにしてその組織について知ったのか、今は全て謎のままだ」


 桐人の話を聞き、京馬はしばらく沈黙する。

 一体、美樹は何を企んでいるのか?

 何故、自分と顔を合わせず、敵対する組織に加入しているのか?


「京馬くん……」


 顔を沈ませる京馬を、咲月は心配そうに見つめる。

 ギリ、と歯を噛みしだき、京馬は沈んだ顔を上げる。


「……俺を、美樹のところに行かせて下さい! もちろん、ミカエルの天使勢に狙われている手前、危険なのはわかっています! でも、行かせて下さい! 俺は真相を知りたい!」


 必死の京馬の声――しかし、桐人は首を左右に振り、


「今の状況で君を行かせるのは非常に危険だ。本当は、君がそんな風に言う事がわかっていたから、この事は伏せておこうと思ったんだけどね。でも、美樹ちゃんの件はこちらが起こしてしまった問題でもある。だが、京馬くんには『知る』権利がある。だから、僕は話した。でも、残念だが答えはNoだよ。君を美樹ちゃんのいるところに連れていくことはできない!」


 断言とした『拒否』の言葉を放つ。


「『起こしてしまった問題』と桐人さんが自覚するなら、尚更です! それを知って、俺が行かないなんて、あり得ないですよ! 桐人さんが自分の不祥事として責任を持つなら、俺を行かせて下さい! むしろ、俺が行くことを認めないなら、それは桐人さんの起こしてしまった問題に対する逃げです! 起こしてしまった問題があるなら、それを最後まで処理するのが大人でしょう!?」


 だが、京馬は桐人に激しく訴えかける。

 真っ直ぐな眼の底からの叫び――本当に、『この子』は強い『想い』を持っている。

 その訴えに対し、観念したように嘆息して桐人は答える。


「ふう……君は最初に出会った時より、大人しくなったと思ったけど、別段そんなことはなかったみたいだね。とても感情的だ。そこまで言うのなら、護衛を多く付けてならば美樹ちゃんの下へ行くのを認めよう」


 ただし、と桐人は注釈を付け加える。


「危険だと判断したら、君を気を失わせてでも引き返すからね。前にも言ったように、君は今回行うアダムの計画の重要なキーパーソンなんだ。本当だったら、時期が来るまで拘束するのが一番なんだよ。それを解放してあげているんだ。それだけでも有難く思うんだよ」


「はい! ありがとうございます!」


 京馬は嬉しそうに答えた。

 全く……と呟き、桐人は咲月へと視線を移す。


「咲月ちゃん」


「はい!」


 突然の桐人の呼び掛けに咲月はちょっと声高く答える。


「君と剛毅、あと……ちょっと問題児だが、和樹を今回の京馬くんの護衛に付ける。そして、美樹ちゃん擁する新興組織『アウトサイダー』に関する調査および戦力の削ぎ落としをお願いするよ」


「うへえ……真田さんですかぁ? 私、あの人怖いし、イっちゃってるんで、苦手なんですよねえ……承知しました」


 ため息を吐き、咲月は桐人の命令に承知する。


「今回はあいつの突破力が一気に組織中枢を荒らしてくれることを期待するよ。その中で他の三人が冷静に対処すれば良い。特にそこの働きは剛毅に期待しておくよ。君は和樹の後に続いて前線で戦ってくれ」


 桐人は視線を京馬に戻す。


「京馬くんは剛毅と一緒に後衛に配置することになるね。君の能力は『感情』に左右されるから非常にムラのある能力だけれども、上手く機能すればとても有利に戦いを運べるはずだ。キーは『感情』のコントロールだね。実際、言うよりかなり難しいことだけど、君の能力を使いこなすには大切な技能だ。今回の作戦で少しでも会得できるよう頑張って欲しい。あと……」


 少し顎に手を当てて、桐人は口を開く。


「自分の感情が爆発しそうになったら、それを矢に込めて撃つんだ。『怒り』も、『悲しみ』も、沸き立つ『想い』を抑えずに解き放つんだ。それは絶大な威力を持って、敵を殲滅するだろう。アスモデウスの捕縛結界内で探知した、君の『想い』が凝縮された一撃は、非常に強力な一撃だった。むしろ、あれを食らってまだ生きていたアスモデウスが異常だと思えるぐらいだ」


「わかりました! 『感情』のコントロール……難しいですが、頑張ります! あと、そんなに俺のあの時に放った力は、強力だったんでしょうか?」


 初めて自分の中のガブリエルの真の力を使った時の威力に興味が沸き、京馬は言う。


「ああ、恐らくまともに当たれば、ミカエルでさえも手傷を負わせることは出来るぐらいの威力を持っている。京馬くんの今の精神力を考えると恐ろしい威力だ」


「そうなんですか!? じゃあ、鍛え上げれば対ミカエル戦でも、俺は十分に戦力になり得るんですね!?」


 嬉しそうに京馬が桐人に聞く。


「そうだよ。だから、京馬くんは弛まずに自分を磨きあげる努力をして欲しい」


「はい! 頑張ります!」


 桐人の答えに京馬はガッツポーズをする。


「……そう言えば、咲月じゃなくて、剛毅さんが後衛なんですね。てっきり見た目的に前衛でバリバリ戦うイメージがあったんですけど」


 ふと、気付いて京馬は桐人に聞いてみる。


「やっぱり、そういう風に見られるんだね。剛毅は。人は見た目でなんとやら、か。まあ、一緒に戦ってみればわかると思うよ。彼はああ見えて、非常に器用なんだ」


 とても愉快そうに桐人は答えた。

 それは、剛毅という人物に対しての単純な興味を持った様な仕草であった。


「さて、今日はもう遅い。それに僕が一度、敵陣に入ってしまったおかげで今は厳重に警備されているだろうからね。作戦は明日の夕方に行おう。家へはエレンに送ってもらうといい。一瞬で家に着けるからね。じゃあね」


「わかりました!」


「は~い!」


 桐人が手を振り、別れを告げる。

 京馬と咲月の返事を後ろに、桐人はドアを開け、部屋を出て行った。


「何だか、色々と大変なことになったけど、明日は頑張ろうね!」


 京馬の方を向き、笑顔で咲月は言った。


「うん! 絶対に美樹に会って、真相を確かめてやる!」


 意気込んで、京馬は答えた。

 その目は絶望や悲しみにくれることなく、真っ直ぐに『これからを』見据えていた。



「ふう……」


 桐人はドアを閉め、ため息をつく。

 途端、左方に人の気配を感じた。


「エレンか。なんだ、盗み聞きか? そんな面白いことは話してなかっただろ。退屈だったんじゃないか?」


 視線を向けず、無表情で桐人はエレンに対して言う。


「ええ、そうね。『話さな過ぎ』よ。京馬くん達に対してね」


 桐人は視線を向けずとも、エレンが明らかに不機嫌なのがわかっていた。

 だから、桐人は未だエレンに視線を向けず、目を閉じて話す。


「いずれ、わかることだ」


「そうね。じゃあ、あんたが既に怪我が完治していて、アウトサイダーのある程度の戦力をこっそりと削ぎ落としていることは何故言わなかったのかしら?」


 目を開け、桐人は左にいるエレンに目を合わせる。


「前にも言っただろ? 敵を騙すにはまず味方からってな。『能ある鷹は爪を隠す』だ。それでいて、京馬くんの成長の道をちゃんと『整備』しておいたんだ。良い仕事をしたと思うのだけどね」


「それこそ、いずれわかることじゃない。いい加減、こっちも桐人の素性を隠すの疲れたわ。それに、少なくとも剛毅は勘付き始めているわ。あいつ、意外と鋭いのよね」


 嘆息してエレンは言う。


「ふふ、剛毅は本当に優秀だからな。サイモンさんから、お墨付きを貰っているだけのことはある」


 桐人は微笑する。対し、エレンは手を額に当てる。


「はあ……やっぱり、あんたって変なところで楽観的ね。こっちが公表すれば、ある程度反感を緩和できるのに、あっちから素性がばれることがあれば、組織内でヒビが入ることも考えられるわ。もう、剛毅には場を設けて告白するのが良いと思うんだけど」


「それもそうだな。じゃあ……今回の作戦中にでも行おうか。『俺』を知っているウリエルもいるんだ。都合が良い。今回は間違いなく、ミカエルの天使が京馬くん達に牙を剥く。しかも上位に属するやつだ。そのためにサイモンさんが自ら陰の護衛として参加している。だから、サイモンさんについでの仕事としてお願いしよう」


「ええ、そうね。それが懸命だと思うわ」


 頷き、二人は廊下を歩く。

 不機嫌なエレンを後ろに、桐人は口元を吊り上げる。


「さて、京馬くん。早く強くなってくれよ。でないと、間に合わなくなるよ」

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