Scene31 黙示録
荒廃したテーマパーク内は、血と瓦礫によって、その主たる目的とは対極な訪れる者を絶望に叩き落すかのような地獄を形容する。
だが、その夜空は一人の天使の放つ極光の閃光によって神聖な神秘を醸し出させる。
「く……! 間に合わなかったのか……!?」
その絶望と神秘の中、黒のスーツを身に纏ったサイモンが錫杖を構えた瞬間であった。
「リチャードさんっ!」
「ミカエル……! あなたは、そんなにも……!」
サイモンの後方、駆け出す音と共に、叫び声が聞こえる。
「京馬君! ……と、静子と、あなたは……?」
振り向き、サイモンはその声の主達を確認する。
「私は、京馬君の宿すガブリエルよ。サイモン、手を貸して! 今からでも遅くないっ! あの子から、ルシファーを『絶ち切る』のに協力して!」
「ガブリエル? ……まあ、あなたならどんな現象が起ころうとも納得出来る」
突然現れた、天使の中でも最上級とされる熾天使の声に、しかしサイモンは驚く事も無く頷く。
「承知した。では、『俺』はどうすれば良い?」
「ルシファーとミカエルの融合に間に合わなかった! だから、あなたの『破壊』ではルシファー共々アストラルを消滅してしまう! とりあえずは『足止め』をして!」
「足止めも破壊も何も……今の奴は尋常では無く『強い』。あの浅羽が瞳の奥に封じ込めた『滅獄』を解放した時よりもだ」
「分かってる! だけど、少しでも今は時間が必要なの!」
「あはははっ! もう、何もかも遅いっ! さあ、僕と兄さんの『堕天』と『服従』により、全て『原初』に還るがいい!」
閃光が弱まり、ミカエルの姿は空間に姿を現す。
巨大な虫の腹、その横から突き出るのは人を始めとした様々な『生物』の手足。
その先は巨大な白の巨木が幾重も生え、さらにその先に生えるは数多の巨大な羽を背に生やすミカエルの胴体。
「化け物……!」
その姿を見て、京馬は戦慄と恐怖──しかし、畏怖と敬意の感情も覚える。
「さよなら、だ。『枝』とその居住民達よ!」
空間が湾曲し、世界が、人が、生物が。
『全て』が塵となり、漂い、そして収束してゆく。
意識が引き千切られ、『存在』が散り、『在る』という感覚の消失が起こる。
──瞬間、『物語』が終わりを告げる。
「さてさて、幕引きだ」
「呆気なかったね」
「つまらない」
「『邪魔者』のせいで、台無しだった」
「そう不機嫌になるな。未だ、『枝』は無数にある」
「ガブリエル、反逆した私。まあ、全て一掃出来たんだ。これからはずっと楽しい『物語』を築けるはずさ」
「だと、いいがな」
「何だ? 不安でもあるのか?」
「いいや。むしろ、解消されたさ」
「そうだろうね」
「そうだな。やっと『お前達』と対等になれたのだから」
「……誰だ、貴様」
「全く、『混沌』とやらは、本当にふざけた連中だ」
「お前、サイモン?」
「そうだ」
「馬鹿な……! 人如きが、この深淵に入り込むなど……!」
「ふふ、自身に『神の蔦』を纏うか。悪くない」
「な、何をする気だっ!?」
「借りるぞ。その『混沌』の力っ!」
黒、否、『色彩』という概念が存在しない空間。
しかし、その男の『存在』はその空間に確かに『在る』。
「さあ、『物語』とやらを、最高に鮮やかに着飾ってやろうではないかっ!」
男、サイモンは凝縮する『混沌』を手に掌握し、その手を高々に掲げる。
「『終局破棄』っ!」
「終わりだっ! 何もかも、あははははははっ!」
人が、生物が、意識が、その『世界』に留まる事は出来ない。
「終わるのは、お前だ。ミカエル」
だが、その『世界』に靴音を響かせ、男は世界の『終焉』に向き合う。
「ば、馬鹿なっ!?」
ミカエルは、その男の姿を見て、その表情を引き攣らせる。
恐怖、ここに居るべきではない、否、在るべきではない『存在』というものへ。
そして、その男の『存在』というものへ。
「う、嘘だっ! 幻だっ! 幻聴だっ! 夢だっ!」
「嘘も幻も幻聴も夢でもない! 私は、サイモン・カーターは、『ここにいる』っ!」
ミカエルの言葉を否定し、サイモンは叫ぶ。
「ひいいいいっ!? く、来るなぁっ!」
ミカエルは空間上に現れた多数の黄金の剣をサイモンへ向けて一斉に掃射する。
だが、それらはサイモンの眼前で次々にバラバラに『破壊』されてゆく。
「お前は、『樹』に接続されている。生半可な攻撃では傷一つ与えられない。私の『今まで』の『破壊』ですら、お前の回復を多少遅らせることしか出来ない」
サイモンは呟き、その手にある錫杖をミカエルへと向ける。
「だから、私は全てをお前にぶつける。最後に教えてやろう。私が『限界を超えた』時に使用する『力』の名を」
「う、うわあああぁぁぁぁっ! 何故だ、何故なんだあぁぁぁぁぁっ!?」
サイモンの言葉は、在り得ない現象に錯乱するミカエルの耳には届かなかった。
しかし、サイモンは続ける。
「私の『過負荷駆動』、その限界の先に放つのは、お前達、天使が言う『終焉』と同じ名だ。心して、聞くがいい」
サイモンは、ミカエルの放つありとあらゆる剣や極光の波動を『破壊』しながら、言い放つ。
「『過負荷駆動』、『黙示録』!」
空間、時間、存在──ありとあらゆるものを『破壊』する氣がサイモンの錫杖に凝縮されてゆく。
「あ、ああああああぁぁぁぁっ!?」
それを、サイモンはミカエルへと叩きつける。
プリズムの鮮やかな波動が轟音を響かせながら、ミカエルの『服従』と『堕天』の氣と拮抗する。
「そ、そんな……!? 在り得ない、在り得ないよっ! 人が、悪魔の子が、僕が『堕天』させた生物がっ!」
だが、その拮抗も一瞬であった。
破壊されてゆく、ミカエルの体。
サイモンの放つ、『終焉』は、ミカエルの存在そのものを徐々に破壊してゆく。
「『人』をっ! 甘く見るなよ、神共があああぁぁぁぁぁぁ!」
サイモンの叫びと共に、『破壊』が、ミカエルを、そして『世界』を包む。
「う、うぐああああああああぁぁぁぁっ!」
絶命の叫びと共に、ミカエルの体、否、アストラルは粉々に砕け散った。
「サイモン」
「どうした。混沌の『一端』よ」
「本当に、良いのかい?」
「ああ。俺の『物語』の最後の仕上げだ」
「そうかい。だけど、君が例え救ったとしても、他の僕はこの世界を諦めないよ?」
「ふふ。人を甘く見るなと言っただろう? 私は、次世代にその露払いを任せるよ」
「……ルシファー、かい?」
「いや、違うな」
「では、ガブリエルか」
「まあ、そうなるだろうな。『彼』は、その決断をする『意志』がある。人を導くという意志がね」
「絶望というものを知った『彼』は、その深さを未だ知らない。堪えられるかな?」
「堪えられるさ。何て言ったって、俺がお墨付きをした奴らが『彼』の師であるのだから」
「ふーん。だけど、それなら僕はその『彼』を敵として見定めなければならないね」
「そこはお前の勝手でいいだろう。そして判断するがいい。俺の様に『認める』かどうかをな」
「ふふ。そうだねえ……じっくりと、見定めさせてもらうよ」
「では、俺の『念願』。成就させてもらおう」




