(Other Side) 断片追憶① Case:サイモン
日本海に浮かぶ長大な艦。
その船上には煙が燻り、黒煙が空を覆う。
船内からは火の手が上がり、警告の音が鳴り響く。
「はあ……はあ……サラ! 無事でいてくれっ!」
警告の音と心臓の音が忙しなく、男の中で鳴る。
超常的なスピードで駆け出す男の服は、無数の返り血で赤色に染まっていた。
「感じる……この氣は、サラのだっ!」
想い人の氣を察知し、男はさらにそのスピードを上げる。
焦燥とした表情で、角を曲がる。
「遅かったじゃないか。リチャードさん。俺が理性を『破壊』させて襲ってきたかつての仲間を殺すのに躊躇いがあったのかな?」
「サイモンっ!」
通路の奥に座り込む、少年をリチャードは睨みつける。
だが、その脇で眠る金髪の美女を見て、その表情は青ざめる。
「ああ。あまりにも遅いんで、サラ姉ちゃんには眠ってもらったよ」
「貴様……!」
リチャードは、プリズムの閃光と共に、七色に光る槍を発現させる。
「マルドゥーク……リチャードさんを『最強』と言わしめ、『英雄』にした最高峰のアビスの住民の一人……」
サイモンは、にやりと口を歪ませ、リチャードの手に持つ虹色の槍を見やる。
「あらゆるものを『改変』させるそのマルドゥークの力……だが、その固有能力は本来では有り得ない力だ」
「そんな事はどうでも良い! 何故、こんな事をしたっ!? 俺が憎いのか?」
「違う。リチャードさんは俺の憧れだった。とても、とても……俺は、その眩しさにやられたんだ。まるで、『明けの明星』のようだ」
そう告げた、サイモンの体をどす黒いタールの様なものが包む。
「お前は……本当にサイモンなのか?」
「ああ、そうだとも。『悲劇』を始めよう」
(違う。これは、『俺』じゃない。俺の力だけでは、リチャードさんに勝てる訳がない。この時の記憶が……俺には無い)
朝日の直射が体に染み込む。
直射が眩しく横たわる金髪の美女に差し込む。
その陽は、さらにその美女の美しさを彩る。
「私……」
美女が目を空けると、木造の天井が見えた。
視線を横へ向けると、窓の向こうに元気に走り回る犬が見える。
「サラ……うぅ……ごめん、ごめん……」
視線を下に戻す。
そこには、泣きじゃくるサイモンがいた。
「良いの。私は、大丈夫」
微笑むサラ。
自身が今の現状になった経緯は思い出せない。
只、失ったものはしっかりと理解していた。
「リチャードは、私に大切な物をしっかりと残してくれたから」
そう告げ、サラは優しく泣きじゃくるサイモンの手を取る。
「う、うわあああああぁぁぁぁぁっ! サラお姉ちゃんっ!」
(そうだ。俺は、この時、サラお姉ちゃんの為に、いや、リチャードさんとこの人の家族の為に、自身の生涯を全うしようと決めたんだ)
「サイモンさん! B-5で御前の七天使が出現しました!」
「任せろっ! 捕縛結界の座標は確認出来ている!」
生い茂る木々、頑強な岩々。
その外見は、うねり複雑怪奇である。
異形の世界の中、多数の民族、様々なバリエーションの衣装の人々が駆ける。
「ち、智天使どもめっ!」
その先頭を駆けるのは、黒いマントを羽織った厳つい風貌の青年。
その青年を取り囲む様に、多数の天使が舞い降り、駆け、そして地から這い出る。
「援護します!」
「いや、良い! 私の『破壊』で葬り去ってやる!」
だが、青年は表情一つ変えず、手に持つ錫杖を振り上げる。
「『破滅の噛み付き(ルーイン・バイト)』!」
青年が告げると、『破壊』の氣が形造った蛇が辺り一帯にいた天使を喰い散らかす様に、『壊し』てゆく。
それは、正に虐殺。
一方的に、部位を『破壊』され、絶命の叫びを挙げる。
「流石、サイモンさんだ! 光の見えぬお身体であるのに、的確に天使どもを蹴散らしてゆく! これなら、今回の天使の襲撃も滞りなく──」
後続にいる仲間が歓喜の声を挙げ終えようとした瞬間だった。
瞬間的にサイモン達の右方向の木々の闇から、大爆炎が吹き荒れる。
「くっ!」
それを、サイモンは『無』の空間で造り出された『盾』で防ぐ。
「みんな、大丈夫かっ!?」
だが、その応答に応える者はいなかった。
跡形も無く、消し飛ばされた森林は、もはや微塵も生命を感じ得ない荒野と化していた。
「悪魔の子どもめ……! 何百だ? 私の育んだ愛おしい子供達を惨殺しおって……!」
木々を燃やし、否、その熱量で『溶かし』ながら、巨躯の体を炎と雷に纏わせたケルビエムがサイモンに迫る。
「『崩落する漆黒』!」
憤怒と覇気を纏わせた炎雷の一撃をケルビエムは出現と同時に放つ。
しかし、その一撃を、サイモンは再び発現させた『無』の盾で防ぐ。
「このっ! 『天使の虐殺者』めっ!」
さらにケルビエムは、長大な大剣から炎雷の衝撃波を放つ。
「ケルビエムか……! くそ、私がもっと早く感付いていれば……!」
戦慄するサイモン。
しかし、殺意が入り混じる空間の中、それを吹き飛ばす様に、土から何かが飛び出す。
「……ふう。凄い威力だったなぁ。僕のこの鎧じゃなかったら、死んでたよ」
それは、黄金の強化装甲で頭部を含めた全身を覆う『子供』だった。
「アルバートか! 今すぐ逃げろっ! こいつは、お前の様な子供で太刀打ち出来る相手ではないっ!」
「お前も未だ未だ三十近くの餓鬼だろうが」
サイモンの声に、むすりと、不機嫌にアルバートと呼ばれた子供は答える。
「だが、お前にそいつは預けるよ。僕は、お前の真の標的を殺してやるよ」
「馬鹿……! だから、お前に──」
「言っただろう? 僕は、『強欲』なんだよ。お前から、その戦果を奪ってやるよ」
にやりと、口元を歪ませ、アルバートは空間に裂け目を造り、消えてゆく。
「流石、その齢にして『黄金の覇者』の肩書きを得られただけあるな。全く、生意気な餓鬼だ……!」
ケルビエムの猛攻を防ぎながら、サイモンは苦笑して呟く。
「だが、それは俺も同じだ……! 戦闘となると、意識が持ってかれそうになる……!」
口元を歪ませ、サイモンはその錫杖の照準をケルビエムへと向ける。
(そうだ。この時から、感付いていたんだ。自分以外の『何者』かが、俺の意志の中にいるのではないかと。しかし、アルバート。お前は、この時からアダムを──)
「サーイーモーンっ!」
「どわっ!?」
突如、サイモンの肩筋に重みが圧し掛かる。
その体感で、サイモンは驚き、手に持った書物を地に落とす。
「もう! 折角、久しぶりに尋ねてきたのに、いきなり探し物があるとかでこんな退屈なとこ連れてくるなんて!」
「悪かったよ。エレン。だが、サラおばあちゃんと一緒に遊んでいたんじゃないのか?」
そのサイモンの前に立つのは金髪をポニーテールにまとめた少女だった。
腰に腕を当て、踏ん反り返ってサイモンを見つめる。
「おばあちゃんに無理させちゃだめでしょー! 私、おばあちゃんが長生きする様に、ちゃんと『けあ』する様に心がけてんだよー! エライでしょ!?」
「うんうん、エレンは偉い偉い」
えっへんと威張るエレンの頭を撫で、サイモンは優しく言う。
「えへへー!」
頭を撫でられたエレンは、頬を紅潮させて嬉し声を挙げる。
「でも、いつもはサイモンを驚かそうとしても直ぐに見破られちゃうのになぁ。そんなにその本、面白い事書いてあるの? なんか、夢中に読んでたけど?」
そう言って、エレンは素早く地に落ちた本を手に取る。
「あ、こら!」
「ねくろの……みこん?」
首を傾げるエレンから、サイモンは本を素早く抜き取る。
「……これは、私が総統からの許可を得て、このアーカム大学の隔離施設から借り出した最強であり最悪の魔術書なんだ。下手したら、読むだけで発狂し、強大なアビスの住民を召喚してしまう、恐ろしい代物なんだぞ?」
「じゃあ、何でそんなもの読んでるの? というか、サイモンって目が見えないのに、本読めるの?」
「前者は秘密。後者については、私の指に取り付けた彩色認識の意識下投影型文字処理装置のおかげだ」
「ふーん。よくわかんなーい。それより、遊んでよー!」
(この時、疑念は確信に変わった。だが、酷く絶望した俺を救ったのは、このエレンの笑顔だった。リチャードさんとサラお姉ちゃんが遺した、俺の最後の希望……)
「嘘でしょ……! おばあちゃん、おばあちゃんっ!」
街灯が照らしだす仄かな光。
その僅かな光と月が窓から照らしだす部屋は凄惨なものであった。
「馬鹿な……! 護衛を任せたのは皆、Aクラスの手練達だった! それが、ものの一時間足らずで全滅だと……!?」
そう、叫びサイモンはうす暗い部屋内を見渡す。
臓器が飛び散り、鮮血が部屋内を染める。
そして、部屋内のベッドに静かに横たわる人影。
泣きじゃくり、その人影の手を取り、エレンは叫ぶ。
「私の、最後の家族がっ! 私の愛してたおばあちゃんがっ! 嘘よ、嘘よっ!」
「エレン……!」
そのエレンの姿を見て、サイモンは唇を噛む。
(私が、いや、俺が、いながら……! クソ、クソクソクソっ! 何が、この家族を幸せにするだっ! こんなに、こんなに、サラお姉ちゃんの若りし頃の生き映しであるエレンが泣き叫んでいるのに……!)
サイモンの唇から血が滴る。
だが、サイモンはその唇から出た血を手で拭い、そして背を向けながらエレンに告げる。
「エレン。次は、お前が狙われる可能性がある。私と共に、アーカム大学へと向かおう。あそこは、メイザースが開発した疑似捕縛結界の障壁がある。敵も、そう簡単に侵入を許さない筈だ……!」
「嫌よっ! 私はここでおばあちゃんと一緒にいるっ!」
「分からないのかっ! サラお姉ちゃんは、この事を予期していたっ! だから、お前にその首輪を……!」
「この首輪が何なのよっ! こんな形見なんかより、私はおばあちゃんが戻ってきて欲しい!」
「違う! それは、只の忘れ形見ではないっ! サラお姉ちゃんの力の根源であり、長生き出来た力の奔流……! それをお前に託したのは、お前に生き続けてもらいたいからだっ! 闘って、抗って、『サラお姉ちゃんの様に』、お前に気高く生き抜いてもらいたかったからだっ!」
激しい剣幕で叫ぶサイモンの声に、エレンはキッと睨みつけ、その両目の涙を拭う。
「何よ……! サイモンが、守ってくれるって、絶対に私達を幸せにするって言ったから、私は安心して毎日を過ごしてたのに……あんまりよ!」
「何処へ行くっ!? エレンっ!」
「もう、サイモンに頼らないっ! アビスの住民? 魔法? 天使、悪魔、神様っ!? 何でも来いだわっ! 私が、捻り潰してやるっ!」
「待て、エレンっ!」
「離してっ! この首輪は、おばあちゃんの力が込められてるんでしょ!? かつて、『裁きの天災淑女』って言われたおばあちゃんの力がっ!」
「待つんだ、エレン! 未だ、その首輪に宿るアビスの住民の力はお前では制御出来ないっ!」
(そうだな。自分でも、口下手に呆れてくる。もっと言葉があったろうに……直後に、追手に命を狙われ、エレンは『力』を使って、ケツアクゥアトルに同化されそうにされそうになるが……まあ、そのおかげでエレンはサラお姉ちゃんの願い通り、気高く美しい女性になったよ)
「ふん。今度はどんなぶっ飛んだ発言が聞けるのかと思ったら……魔法だと? アビスの住民? 天使? 悪魔? ふざけるのも大概にしろっ! こっちは、お前のせいで順風満帆の生活を台無しにされる所だったんだぞっ!?」
「うっさいわね! 頭の固いあんたには分からないでしょうけど、これがこの世界の真実なのよ! し・ん・じ・つっ!」
「何が、真実だ。貴様の様な転校当日にモデルやってました自慢やら、空気読まない問答ばっかしてる脳無しのお花畑の言葉を『この』俺に信じろだとっ!?」
「何よっ! あんただって、女の子の視線やテストの結果で内心でにやにや優越感で笑ってる『ニセ』良い人のスーパーナルシストじゃない!」
「それは、貴様の観点だろうっ!? 俺は、そんな風に思っていない!」
「あら、それにしては学校の中と『ここ』では態度が偉い違いじゃない? それに、私はあんたの『こいつら馬鹿だなあ』みたいな視線、分かりますから」
「はあ? 何言ってんだ貴様? それこそ、貴様の観点じゃないか! つーか、そんなに俺の事見てたのか? あ、俺の事、好きなのか? 気持ち悪い」
「っかーーーーー! うざい! ねえ、サイモン! 本当に、こいつが『おじいちゃん』の生まれ変わりなんでしょうねっ!?」
乳白の美しい廊下、煌びやかなシャンデリア。そして、時価数百万はするであろう高級のソファや椅子、机が立ち並ぶ。
そのアダムの地下基地のエントランスルームは、しかし二人の男女の喧騒で、その優雅を微塵も感じさせない。
「エレン、桐人。まあ、二人とも落ち着け。そんなに、感情が高揚しては、説得も何も始まらない」
いがみ合う二人の前に立ち、サイモンはあくまで平静を保ちつつ、宥めるように告げる。
「……まあ、そうだな。しかし、ご老人。あなたにも聞きたい事がある。随分と偉そうにしていますが、あなたは何者です?」
「私の名はサイモン・カーター。ここの最高責任者をしている。そして、そこにいるエレンの義理の親子と言えば良いかな?」
「ふん。あんたなんか、このサイモンに比べれば、知恵も力も底が知れるわ! このド低能」
「貴様には聞いていない。胸だけに栄養がいった白サル女」
「ぐ……! 何をおおおぉぉぉぉっ!」
「馬鹿っ! 止めろ、エレン!」
マッシヴ・エレクトロニックを瞬時に発現させ、銃口を桐人に向けるエレンを制止し、サイモンは嘆息する。
「やれやれ、リチャードさんとサラお姉ちゃんの出会いも波乱があったと聞いたが……」
そのサイモンの顔を見つめ、桐人は何かに気付き、口を開く。
「ご老人。あなた、目が見えないのですか?」
「あ、ああ。良く気付いたね」
その桐人の言葉に、サイモンは一寸、驚く。
「いや、サングラスを掛けていても、あなたの顔の向きや、仕草で分かる。話している時に直線状に僕達に向いていませんでしたし、僕達を制した時もまるで探る様に手を動かしていました。一瞬でしたけど」
「……ほう! 成程、君は洞察力に優れているね」
「どっかの馬鹿の様に何も考えず行動していませんでしたから」
「どっかの馬鹿って誰よっ!?」
「言わずとも分かるだろう?」
「だから、止めろっ! 二人とも!」
サイモンは深いため息を吐き、口を再度開く。
「はあ、これじゃ、一向に話が進まんから、良く聞いてくれ、桐人くん」
「……はい」
そう答えた桐人の声色は疑念を未だ深く持っていた。
だが、サイモンはそれを承知の上で続ける。
「まあ、君が疑うのは良く分かる。だが、こいつを持ってくれ」
そう告げ、サイモンは鋼色のペンダントを桐人へと渡す。
それを、桐人は左手で受け取り、そのペンダントを見やる。
「これは、何ですか?」
「アダマンタイトを結晶化させた容器の中に、水銀を入れたものだ」
「……? 水銀は分かりますが、アダマンタイト?」
「まあ、そいつを持っていれば、見れるだろう。エレン」
「はいはい」
そう告げ、エレンの周囲に緑の魔法陣が発現される。
「……! これはっ!?」
その現象に、桐人は驚愕する。
「こんなんで、驚くのは早いわよっ!」
そう言い、エレンは手を桐人へと翳す。
途端、桐人の真横を鋭い風圧が通り過ぎ、その背後、壁を『何か』が斬り付ける音が響く。
「……馬鹿な。マジックだ」
「マジック? これを見ても?」
唖然とする桐人にエレンはにやりと笑みをして、周囲にプラズマを発生させる。
「何だ、これは……? どうやった? どんな仕掛けをした?」
「いや、これは仕掛けでも何でもない。これが、エレンが言った魔法であり、アビスの住民を化身としたインカネーターの力だ」
(これが、俺と桐人との最初の出会いだったな。高校生にしては随分と思慮も長け、『人』としても群を抜いた理解力と応用力に優れた少年だと思ったが……転生とは、同じアストラルでもこうも性格も変わるとは)
「感じるぞ……ふふ、貴様も、『神の実から生まれ出でるもの』を宿しているのか。アダムも一枚岩ではないと聞いたが……我が組織の仇敵がまさかな」
「『C』の司祭、デボラよ。それは勘違いだ」
「何が、勘違いだ。貴様の精神の奥底で這いまわる様に渦巻く神性の氣は、正に『それ』だ。私の察知の前では誤魔化せんぞ」
そう告げる女性の羽織ったローブには、漂う宇宙が描写されていた。否、そのローブ内の絵柄の僅かな流動は、そのローブが宇宙をそのまま投影させたものだと告げている。
「まず、私は宿してはいない。この忌まわしい『破滅』は、私の意志に絡み付いているのだ。そして、もう一つ」
ずたずたに破れた黒いスーツの上部を脱ぎ捨て、サイモンは叫ぶ。
「私は、その『破滅』に抗うと決めたっ! 貴様の様に、その魅惑の虜になる愚かな意志を持ち合わせてはいないっ!」
サイモンの叫びに、デボラは片眉をぴくりと動かし、口を吊り上げる。
「ほう、愚かと言ったか……私の力を?」
「何が、貴様の力だ! 貴様は、その身に宿る化け物に精神を操られているだけだっ!」
ふふ、とデボラは微笑し、その右手に水銀と緑の粘着質の物質を纏わせた杖を発現させる。
「私達、『C』が崇めるクトゥルフ様の力を授かった『大司祭の大いなる杖』。この素晴らしい力を欲したのは私の意志だ! アイザック首領と共に、この世界を新たな大司教様の治める世界へと変える為、私は全てを根絶やしにしよう!」
「させん。サラお姉ちゃんの仇……! この身を犠牲にしようと、喰いとめて見せるっ!」
(そうだったな。俺は、何度も死を覚悟した戦闘を繰り返してきた。だが、俺に眠る『破滅』は俺を生かそうとした。俺の心地好い死に場所を、まるで追いやるように)
「そう。君は後悔と罪。そしてその許しを請う様に死に場所を求めた」
「だが、俺は結局生き延びた。それとも、『お前』が生かしたのか?」
「君が選んだシチュエーションで君が死んだらつまらないからね」
「そうか。非道い奴だ」
「それが、『僕達』ですから。最高のスパイスで君を調味したかったんですよ」
「最高のスパイス、か」
「そう。君が本当に、どうしようもなく、絶望を味わう様な最高の『悲劇』でね」
「それが、『蔦』であるお前達の愉悦か?」
「いいや、その悲劇こそが最高の物語のスパイスだと思ったからさ。だが、君は抗い続けた。だから、今君は自分の意志でここにいる」
「ふふ、俺は強いだろう?」
「ああ。どうしようもなく、もどかしい思いをしたよ。だけどね、サイモン。君は僕達の中の『僕』を認めさせた」
「どういう事だ?」
「『僕』は君という『生物』に興味を持ったという事だよ。全く、ガブリエルの気持ちも少し、分かった気がしたよ」
「『蔦』が、俺を、『人間』を認めたと言う事か?」
「いや、『僕』が認めたのは君という意志個人だ」
「そうか。ふふ、全世界を覆うお前に認められるというのは、光栄な事だ」
「それほど、君は魅力的と言う事さ。さあ、もっと『サイモン』を眺めてご覧」