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no rain... no rainbow...   作者: 仲村 歩
After Story・生
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うん、でも先生が


久しぶりの東京の為に仕方なく一番判りやすい上野から歩いて病院に向う事にした。

「でも、大丈夫? パパ」

「何がだよ」

「だって、パパは逃走の前科があるじゃん」

「仕方が無いだろ、何の因果か親父に頼んだらあそこだったんだから」

「まぁ、大きな病院だから安心だよね」

「天下の医大付属だぞ」

「でも、パパのパパも凄いんだね」

「『も』って俺はただの人だよ普通じゃないと思っているけどな。親父は昔はテーラーをしていたからな。大学の教授や弁護士、それに会社のお偉いさんに顔が利くんだよ。知り合い限定だけどな」

「テーラーって何?」

「紳士服の仕立て屋だよ。俺も仕立ててもらった事あるんだぞ。それに下請けだけど芸能人のスーツも仕立てていた事もあるしな」

「凄いんだね」


公園口から上野恩賜公園の中を抜けて不忍池にある弁財天を目指して歩き出した。

「ママは大丈夫かな?」

「大丈夫だよ、少し状態が不安定だから早めに入院しているだけだから」

「でも……」

上野公園も不忍池にも桜が6分咲きという所だろうか淡い色の花が咲いている。

突然、一陣の強い風が駆け抜け蓮の葉がざわめきボート池の水が波立った。

「凄い風だったね。でも凄く気持ち良いね」

「そうだな、風か」

俺が空を見上げると美緒が不思議そうな顔をして声をかけてきた。

「パパ、風がどうしたの? 『空の名前』にあったよね。春の嵐? 春疾風だったけ?」

「春疾風か……颯爽とか。美緒、ありがとうな」

「えっ? 何が? パパ、意味が判らないよ」

「さぁ、真帆の所に急ごう」

「待ってよ、パパ」


不忍通りを渡り池之端門から東京大学医学部付属病院に向う。

何の悪戯か、不思議な巡り合わせに驚いたと言うのが本音かもしれない。

親父の知り合いの大学教授の紹介先がこの病院だったなんて。

中央棟の奥にある入院棟総合案内所でカードを受け取り、今はそんな事は考えずに真帆の待っている入院棟に向う。

「やっほー」

3階の真帆の部屋に入るとベッドに座ったまま、いつもと変らない笑顔で出迎えてくれた。

「どうしたんだ? そんな不安そうな顔をして」

「うっ……隆君には判っちゃうんだ。不安なの…… だって、帝王切開になるかもって」

「そうか、いよいよなんだな」

「えっ、手術になるの?」

揺れる様な声を美緒が上げた。

「そうね、美緒には未だ言って無かったね。お腹には美緒の妹が2人居るの」

「双子だったの?」

「そうよ、一卵性の女の子。片方の子の位置が良くなくてあまり胎動も無くてギリギリまで待ったんだけど」

「未だ時間はあるんだろ」

「うん、でも先生がこのままじゃ自然分娩は無理だろうって」

「赤ん坊と真帆の体が最優先だからな」

「そうだね」


真帆のベッドに腰掛けて優しく真帆のお腹を触ると少しだけ何かを感じた。

「美波、パパだよ」

声を掛けるとポコンと僅かだが反応があった。

「遅くなってゴメンね。美颯」

「隆君、決めたの?」

「ああ、美緒の美の字に颯爽の颯で美颯だよ。お前達のお姉ちゃんが教えてくれたんだよ」

「もしかして、パパが毎日電話していたのって……」

美緒が目をまん丸にして真帆と俺の顔を交互にみた。

「生まれる前に名前を付けようって真帆と決めていたんだ」

「あのね、美緒。隆君が絶対に美緒から一字貰って名付けようって、電話越しに名前を呼んでこの子達に選んでもらおうって。最初に反応があったのが美波なの、美緒の美に海の波で美波よ」

「美波は直ぐに反応してくれたんだけど、もう片方の子がなかなか反応してくれなくて困っていたんだ」

「もしかしてその子って」

「美緒の思っている通り少しだけ胎動が鈍い子なんだ」

再び真帆のお腹を優しく触りながら話しかけた。

「お願いだから答えてくれないかな。美波と美颯にどうしても会いたいんだ。元気な姿で生まれてきて欲しいんだ」

「あっ!」

突然、真帆が声を上げた。

「陣痛でも始まったのか?」

「う、ううん。今、グルって動いたの」

「美颯なのか?」

「あ、また」

「誰に似たのかな、かなりのへそ曲がりみたいだな」

「もう、私じゃないからね」

気がつくと美緒の姿が見えなかった、ドアに近づくとドア越しに美緒のすすり泣く声が聞こえた。

「隆君……」

「すまない、もう少しだけ待ってくれないか。今は俺が耐えられそうにないんだよ」

「もう、しっかりしてよね。3人の父親になるんだから」

「また、3人か。神様の悪戯なのかな」

「うふふ、3人じゃなくて6人のパパさん」

「残念でした。もう1人ここに居るだろ」

「酷いよ、真帆は子どもじゃないもん、隆君の奥さんだもん」

「そうだな。それじゃもう一度先生に看てもらって真帆がどうするか決めるんだな」

「えっ、隆君はもう帰っちゃうの?」

真帆が不安そうな顔をして俺の顔を見つめている。

「少しだけ美緒を連れて散歩でもしてくるよ」

「そうだね、美緒を宜しくね」

「この近くに居るから何かあれば直ぐに連絡しろよ」

「うん」






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