生まれたら
学年末テストが終わり試験休みを利用して、俺は美緒を連れて埼玉にある実家に里帰りをしていた。
「なぁ、パパ……」
「どうしたんだ? そんな不安そうな顔をしてらしくないぞ。堂々としていれば良いんだよ」
「でもさぁ」
「あのな、ここでウダウダしていても埒が明かないだろう。行くぞ」
「う、うん」
西浦和駅からバイパス沿いに歩いて15分くらいの住宅街の一角に俺の実家はあった。
実家にある猫の額ほどの庭にはお袋が好きで色々な草花が植えられているが、まだ少し寒いのか花はあまり咲いていなかった。
自転車が置いてある脇を通って玄関に向いチャイムを鳴らした。
「お袋、帰ったよ」
玄関の鍵が開く音がしてドアを開けると出迎えたのは妹の真純だった。
「お帰り、あら? 美緒ちゃんは?」
真純に言われて振り向くと美緒の姿が無かった。
溜息を付いて門の方を見ると俯いて今にも泣き出しそうな顔をして、棒立ちになっている美緒の姿が見えた。
「しょうがない奴だな。ほら、こっちに来い」
美緒の手を掴んで玄関先まで連れてくると美緒の手に力が入る。
緊張が最高潮に達しているのが直ぐに感じられ、美緒の肩に手を置いて俺の体に引き寄せた。
「俺の娘の美緒だ、宜しくな。ほら、子どもじゃないんだから挨拶しろよ」
「は、始めまして。美緒です」
俺に促されて今にも凍りつきそうな挨拶をすると、真純が声を上げた。
「うわぁ! メチャ可愛い! 一体どこに兄貴の遺伝子が入ってるの?」
「あのな……」
すると真純の声に驚いてお袋と親父が顔をだした。
「見世物じゃないんだからいい加減にしてくれ」
「ゴメン、ゴメン。あんまり美緒ちゃんが可愛いから。私は妹の松山真純よ、宜しくね。さぁ、どうぞ遠慮なんかしないでね」
居間に入るとお袋が台所でお茶の用意をしていて、親父はテーブルの椅子に座って微笑んでいる。
俺はいつもの様に床に座り胡坐をかいた。
「ほら、美緒も突っ立ってないで足を崩して座れ」
「う、うん」
蚊の鳴く様な声で答えて俺の少し後ろに隠れるように正座した。
「隆、荷物はどうしたの?」
「ああ、真帆のマンションに置いてきたよ。どうせあっちに泊るんだし」
「そうなの、それでどの位こっちに居られるの?」
お茶を運んできたお袋が矢継ぎ早に質問してくる。
真帆が東京で使っていたマンションは、年に何回もある東京での真帆の仕事の為にしばらくそのままにしてある。
「3~4日かな。出張扱いだからな」
「それじゃ、仕事なの?」
「まぁ、それも兼ねて」
「兼ねてってね。こんな大切な時に」
「それは判っているけど仕方が無いだろ。オーナーの好意で出張扱いにしてくれた上に旅費が店から出るんだから」
「それで」
「これから病院に顔を出すよ」
「本当に困った子ね。真っ先に顔を出してあげるべきじゃないの?」
「帰るなりそんなに、やいやい言ってもしょうがないだろう」
捲し立てるお袋を親父がいつもの様に笑いながら制してくれる。
これが我が家のお決まりなのだ。
「美緒を先に紹介したかったんだよ。急になんて事になったらバタバタしてゆっくり会わすことも出来ないだろ」
「そうね。急に出来た孫だもんね」
「そんな言い方しないでくれよ。全ての元凶は俺なんだからさ。美緒、俺の親父とお袋だ」
「はじめまして……」
美緒が困った様な顔をして今にも消えそうな声で挨拶をする。
「ゴメンね、実を言うと私達も戸惑っているの。この子は前の結婚の時も何も言わないで先に一緒に暮らしていたりしたから。本当に毎度毎度、驚く事ばかりだわ」
何も言わずに笑顔で静観していた真純が口を開いた。
「でも、兄貴は早く真帆さんに会って落ち着きたいんじゃないの?」
「そうだな。でも最優先事項は美緒の事だよ、ここは石垣島じゃないんだ。何かあれば直ぐにでも会えるからな」
「兄貴も成長しているんだね」
「一応、そう見たいだぞ」
相変わらず親父は何も言わず優しく少し垂れた目で見守っていた。
するとそんな親父が核心を突いてきた。
「隆史、どうなんだ? 本当の所は」
「その話は後にしてくれないか」
「本当にお前って奴は……」
親父が何か言おうとした時に携帯が着信を知らせ、携帯を開くと病院からの呼び出しだった。
「真帆に動きがあったみたいだ。直ぐに病院に向うから」
「生まれたらちゃんと連絡しなさいよ。それとけじめは付けなさい」
「判ってるよ。真帆のお産が済んだら俺なりに決着を付けるよ」