せ、生産者って
1月中旬に沖縄本島で咲き始めた寒緋桜が南下し始め。
石垣島でも2月の頭には咲いているのが見られるようになり、今ではすっかり葉桜になってしまっている。
そして最南端の八重山の海開きも間近に迫ってきていた。
あれから10ヶ月が過ぎ、3度目のうりずんの季節がやって来ていた。
1度目は美緒が俺の前に突然現れて……
2度目は真帆と再会、そして……
3度目は新しい……
美緒も八重山商工に通い始めて1年が経とうとしていた。
すっかり島にも馴染んで時々島言葉も飛び出すようになっている。
そして真帆は、と言うと東京の実家に里帰りしていた。
「本当に心配じゃないの? パパ」
「あのな、心配してもしょうがない事だろうが。真帆の両親も居るんだ。それに何かあれば俺の家族だって」
「そうじゃなくって、私はパパ自身に聞いているの! この仕事馬鹿! フラー違う、ママを放っぽりばなしで」
「フラーか……」
「な、何よ。いけないの? 島の言葉を使ったら」
「いや、美緒もすっかり石垣島に溶け込んでいるなと思って」
「ああ、そうやって直ぐに話をはぐらかすんだから」
「うふふ、親子喧嘩なんかして仲の良い事で」
「瑞穂、からかうなよ」
久しぶりに美緒と2人で『マッドティーパーティー』に食事をしに来ていた。
「でも、驚いちゃった。結婚式も挙げないんでしょ」
「挙げないんじゃなくてパパの所為で挙げられないの」
「俺の責任だけなのか? 美緒」
「……そう言う訳じゃないけど」
「どう言う訳なんだ。俺ばかり責めるような事を言って」
「だって……」
「美緒ちゃんも心配でしょうがないんだよね。少しは心配する素振りでも見せたらどうなの?」
「ああ、居た、居た。やっと見つけた!」
突然声がして、ドアが開く音がして見ると。
そこには由梨香、美穂里に野崎オーナーまでが現れた。
「あのな、どう言う風の吹き回しだよ。俺の隠れ家まで荒らさないでくれ」
「あら、失礼ね。偶々食事しに来たら岡谷が居ただけじゃない」
「それじゃ、俺達はこれで」
「逃げるなよ、岡谷」
食事も終わってゆんたくしていただけなので退散しようと立ち上がると野崎オーナーに睨まれた。
「ずるい、チーフと美緒ちゃんばっかり。ねぇ、ミポ」
「何のお話をされていたんですか?」
「他愛の無い話だよ。美穂里」
「岡谷が甲斐性なしだって話よ」
「瑞穂、余計な事を言うなよ」
「岡谷、女がこれだけ居て敵う相手だと思っているのか?」
オーナーの言葉どおり、この時ほど回りに女ではなく女性(この場は)が多い事を恨めしく思った事は無かった。
「でも、笑っちゃうわよね。あのクソ真面目で堅物だと思っていた岡谷がどんなに忙しくっても必ず20時前には抜け出して電話だもんね」
「えっ、パパが? どこに?」
「美緒ちゃん決まってるじゃない。愛しい人の所に」
由梨香が投げキッスをしてみせる。
「えっ? ユーカさんミポさん本当なの?」
「ねぇ、ミポ。毎日だもんね」
「うん!」
美緒に聞かれて美穂里が嬉しそうに大きく頷いた。
「パパ、本当なの?」
「あ、悪い電話だ」
「ああ、逃げた!」
「人聞きが悪いな、本当に実家から電話だ」
携帯を取り出すとマナーモードで着信を知らせているのを美緒に見せて外に出ると、美緒が腕組みをしてお冠状態だった。
「もう、本当に間が悪いって言うか運が良いって言うか」
「美緒ちゃん、岡谷が心配していない訳がないでしょ」
「でも、瑞穂さん」
「そうそう、あいつは誰よりも心配性だからね。それにとても慎重で」
「そうかなぁ? 野崎さんもそう思うの?」
「でも、時々馬鹿みたいな事をして皆を驚かせて」
「人と同じは嫌なんだって言っていたしね」
「ユーカさんとミポさんまで」
ヒートアップしていた美緒がクールダウンし始めた。
「あのね、美緒ちゃん」
「なあに、瑞穂さん」
「もし、岡谷が不安で堪らなくってオロオロして仕事も手につかない状態だったら、美緒ちゃんはどうする?」
「凄く不安になるかも。ママに何かあったのかなって……あっ、もしかして」
「そう、そのもしかして。あいつ本当はね、心配でしょうがないの。でも美緒ちゃんを不安にさせたくは無いのよ。だから素知らぬ振りをして冷たい態度を取るの」
「もう、天邪鬼なんだから」
「でも、安心したでしょ」
「うん」
美緒が安心したのを見て、野崎が腕を組みながら溜息混じりに口を開いた。
「しかし、大変だよな。もう間近だと言うのに奥さんがあの状態じゃ」
「そうね、でもあいつなら何とかするでしょ。15年も想い続けてきたんだから」
「生産者はなんて言ってもあの岡谷だもんな」
「せ、生産者って……野崎さん!」
「そうだね」
「そうだよね」
「うわぁ、ユーカさんとミポさんまで」
「私も居るわよ」
「ええ! 瑞穂さんもなの」
女が3人寄れば姦しいと言うが……5人寄ると恐ろしいと携帯を掛けながら俺は思った。