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no rain... no rainbow...   作者: 仲村 歩
After Story・本
76/85

本当に

窓の外は茜色に染まり始めて石垣島の遅い夜が始まろうとしていた。

何度と無くコールするけど空しいくらい携帯のディスプレイは通話中にならない。

「どうしよう、嫌われちゃったよね。当然だよね、最低な事を言っちゃったんだもんね」

岡谷君の部屋で岡谷君のベッドに寄りかかったまま独り言を呟いている。

するといきなり私の携帯が電子音と共にブルブルと振動して着信を告げ、慌てて携帯をお手玉しながら何とか通話ボタンを押すと美緒の声がした。

「何だ、美緒か……」

「その様子だと未だ見たいね。秋香さんと車でパパが行きそうな所を一通り見て回ったけどどこにも居なかった。電話もするけど取ってくれないしこれで終わっちゃうのかな。石垣島での生活も、楽しかったなぁ。今まで生きてきた中で最高に」

「美緒……そんな寂しい事を言わないでママが絶対に終わらせないから」

「うん、期待しているからね」

力ない私の言葉に美緒は半ば諦めているようだった。

無理もないよね、こんなママでゴメンね。

片親だからなんて言われない様に仕事に打ち込んできたけど、昔から美緒には辛い思いをさせてしまった。

そして美緒の人生さえも左右するような事に巻き込んでしまった、母親として失格だよね。

今は岡谷君に謝りたいの、驚いて心にも無い事を言ってしまって。


『心にも無い事?』

『本当に?』

『心にも無いのにあんな事を?』

耳元で1人の私が呟く。

そうだよね、心の何処かに僅かでもあるから出てくるんだよね。

『今、一番会いたいのは誰?』

『側に居て欲しいのは?』

『心の奥底でいつも呼ぶ名前は誰なの?』

耳元でもう1人の私が囁く。

携帯を握り締めて途方に暮れていると、何処からか優しい女性の歌声が流れてくる。

『夢のような……夢のように消えるんです』

『強がってるんだよ……繋がっていたいから ……まだ好きだから』

「馬鹿だなって言ってよ、気にするなって言ってよ。あなたにただ……」

それ以上は言葉になってなかった。

携帯からは美緒が前に贈ってくれた曲が流れている。 

『KOH+』の『最愛』という曲だった。

涙が止め処なく溢れ出す。

ポロポロと溢れ出す涙を拭きもせず携帯を必死になって操作する。

今、一番逢いたい人にこの曲を贈るために。

いつも側に居て欲しい人にこの曲を聴いてもらうために。

最後の祈りとも願いともつかないモノを込めて送信ボタンを押した。


ボタンを押した瞬間に全ての音が消え、そして溢れ出す涙さえも止まってしまった。

まるでこの部屋の中だけ時間が止まってしまった感覚が感情さえも消し去ってしまう。

どれだけ時間が経ったのだろう、ほんの一瞬だったのかもしれないが永遠のような長さに感じた。

窓の外はすっかり暮れて夜の帳が下りて石垣島の街にも明かりが灯り始めている。

すると私の携帯が着信を告げ、ディスプレイにはメールの着信画面が。

そして岡谷君の名前が浮かんでいる。

本文は無く震える指で添付されている曲を開く。

優しく切ない歌声が流れてきた。

『ありがとう……僕のこと見つけてくれて』

『どこに居たの? どんな世界で君は……』

『誰を愛したの? どんな傷があるの? ……泣いていたの?』

それは『福山雅治』が歌う『蛍』と言う曲だった。

どこからか優しい声が流れてくる、その声は微かな声だけど私にははっきりと聞こえた。

「……君だけを見つめてる。……笑った顔も。……たりないけれど君が好き」

一番逢いたかった人の声。

いつも側に居て欲しい人の声だった。

再び時間が流れ出して、岡谷君の口が動いた。

「2人とも馬鹿だな。お互い気にしすぎだな」

心の奥底から一番会いたかった人の名前を叫んで私は岡谷君に抱きついていた。


どこからか電子音が聞こえ枕元を手探りすると硬い物が手に当たった。

何とか目を開けて携帯を開くと美緒の名前が……

「もしもし?」

「『もしもし?』じゃないでしょ! 何時だと思ってるの?」

美緒の怒った声が寝起きの頭に響き渡って、慌てて時間を確認すると夜の9時を回っている。

そして、私はいつもの様に美緒の部屋のベッドの上に居た。

「ママ、どうしたの? パパは?」

「うん」

「『うん』じゃなくって……今どこに居るの?」

「美緒の部屋だよ」


岡谷君に抱きついたのはいいけれど体から力が抜けて倒れそうになってしまい。

すると優しく抱き上げてくれて美緒の部屋に運んでくれたの。

しばらくすると胃に優しい物が良いだろうって、トマトのリゾットを作ってくれて食べたらまた眠くなっちゃって。

「部屋に居るから」

「うん、ありがとう」

それだけを言って岡谷君が美緒の部屋を出て行くと、直ぐに横になって……


「はぁ~、パパは帰って来たんだね」

「うん」

「どうやって許してもらったの?」

「そ、それは美緒がくれた曲を岡谷君に送ったら……それに」

言葉が尻すぼみになっていく、何故なら岡谷君とまだ話すらちゃんとしていないのだから。

「へぇ? あのKOH+の最愛?」

「うん」

私が返事をすると美緒が大笑いし始めた。

本当に馬鹿みたいお互いに同じ事を考えていたなんて信じられないって言われて。

意味が判らなくって美緒に聞いたらあの曲は私の誕生日に岡谷君が美緒に贈った曲だったの。

でもその時は福山雅治のバージョンだったって。

私の誕生日って……

東京ドームシティーで岡谷君が……

それじゃ、岡谷君が本当にあの曲を贈りたかった相手って……

「泣いている場合じゃないよね」

「うっ、うん」

「何をすれば良いのか判るよね」

泣き出しそうになっていたのを何とか堪える、美緒には何もかもお見通しのようだった。

「岡谷君の部屋に行ってお話をすること……」

「判っているなら直ぐに行動に移す」

「でも……」

「時間が遅いなんていったらママとは絶交だからね。それにまだ10時前でしょ、パパが寝ているはず無いじゃん。多分パソコンで小説を書いているかネットをしている時間だもん」

美緒はすっかり岡谷君の生活サイクルも把握していて、どれだけ長い時間一緒に過ごしてきたのか良く判る。

私が岡谷君と過ごした時間より遥かに長い時間を美緒は過ごしてきたのだから。

「これから、ちゃんとお話して。岡谷君ときちんと向き合うから」

「本当だね? 美緒は秋香さんのアパートに泊めてもらうから、安心してパパとゆっくり話をするんだよ」

「うん」

本当にこれじゃ親子逆転だ。

大きく深呼吸をしてベッドから立ち上がり美緒の部屋を出た。



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