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no rain... no rainbow...   作者: 仲村 歩
After Story・本
75/85

本気で

夢を見ていた。

幼い頃に風邪を引いて寝ている夢を。

熱を出して汗をかき寝苦しくって目を覚ますと、優しく寝間着を脱がしてくれて蒸しタオルで体を拭いてくれている。

「ママ、ありがとう」

「それじゃ、これを着て」

あれ? ママの声じゃないパパなのかな? 

夢の中で着替えをすると優しく抱き上げられる。

お布団が汗で湿っちゃっているからお布団を変えるんだ……

優しく、フカフカのお布団に寝かされるとなんだか懐かしい様な匂いがする。

「いい匂いがする」

「おやすみ」

「うん」

とても優しいものに包まれて深い眠りに落ちる。


そして再び目を開けると視線の先には優しく見守ってくれている人の顔がぼやけて見え。

すると優しく髪の毛を手で漉いてくれる。

独りになってしまった時からずっと、私がいつも求めていたモノだった。

「何だ、これも夢じゃん」

昨日の夜も同じ夢を見た気がする。

これで何度目だろう……

そう思った瞬間、涙が溢れて名前を呼んでいた。

会いたいと思い続けた、側に居て欲しかったと願った人の名前を。

でも、今日の夢は昨日の夢と違った。

名前を呼ぶと優しく抱きしめらた。

そして温かいものに体中が包まれると大好きな匂いがしてすごく安心できた。

すると体中から疲れや熱までも抜けて、体も心もベタ凪の海のように静かに穏やかになって深い深い眠りに落ちた。


目を覚ますと頭はすっきりとしていて熱も下がって……

ここは何処なんだろう美緒のベッドの上ではない事だけは確かだった。

目の前に見える壁には魚型のライトがあって、サッシの外は夕方までには未だ時間が有るらしく明るかった。

そして、後ろから誰かに抱きしめられている。

私がモゾモゾと動くと抱きしめている手を外してくれた。

慌てて振り返ると目の前には岡谷君の顔があった。

「な、なんで岡谷君が?」

「…………」

「ひ、酷い! 人が体調を崩している時にこんな事をするなんて! やっぱり男なんて信じられない! 出て行って!」

何も言わず少し困った顔をしている岡谷君に、パニックになって思わず叫んでしまってから息を呑んだ。

岡谷君の瞳から見る見る光りが消えて……

私から視線を外して「ごめん」と一言だけ言い残し、いつも持っている皮のポーチと鍵を手に取り部屋から出て行ってしまった。

「ち、違うの! 待って!」

飛び起きて追いかけようとしたけどマンションのドアが閉まる音が聞こえると全身から力が抜けて床にへたり込んでしまった。

あの顔と同じ様な顔を昔見たことがある。

それは彼が私の実家を尋ねてきた事があって、それに対して私は少しだけ彼を遠ざけようとした。

「お正月が終わったら島に戻るから」

そんな事を彼に言ったのに実際は帰りのチケットを用意していた。

「実家なんかに行くからだよ」

それを彼に告げた時に同じ様な表情をしていた。

そしてそれが決定打になってしまった、多分その時はほんの軽い気持ちだった。

だって男なんて信じられないからと言い続け、心の傷を打ち明けても彼は私を追い続けてくれたから大丈夫だと思ってたから。

でも、実際は違ってた。

後から知った話なんだけれど彼はかなり荒れていたらしい。

なんだか気まずくなって逃げていた、すると彼が子どもの居る人と付き合っていて本気みたいだなんて噂が耳に入り、自分の体の異変に気付いた時にはもう元には戻れなくなっていた。

再び同じ顔をさせてしまった。また、元に戻れなくなってしまう。

そう思うと怖くて体が動かなかった。


すると遊びに行っていたはずの美緒が部屋に飛び込んできた。

「ママ! 居るんでしょ!」

「岡谷君の部屋」

力なく答えると美緒が襖から顔を出して、その顔はとても強張っていて怖かった。

「どうしたの?」

「えっ、その……」

「パパがもの凄く怖い顔をして車で出て行ったけど何でなの? あんな怖い顔はパパに出会ってから一度も見たこと無いんだよ。ママはいったいパパに何をしたの?」

「あの……夢で……」

美緒に問い詰められて夢だと思っていた事が本当だったかもしれない事、そして熱が下がって気付いたら岡谷君に抱きしめられていた事を告げる。

「それだけで、パパがあんな怖い顔するはずが無いよね。無表情のまま車をすごい速さで走らせていたもん」

「どうして、美緒は帰ってきたの?」

この場の空気に耐えられず話題を変えようとした。

「パパに連絡をしたら直ぐに帰るからって、それでパパにバトンタッチして秋香さんのアパートに行ったら秋香さんがドライブに行こうって。それじゃママの様子を見たいからってマンションに寄ってもらったらパパがもの凄い勢いで車に乗って飛び出していったの。秋香さんが凄い心配していた。事故を起こさないといいけどって」

「なんで岡谷君に連絡なんてしたの? 酷いよ、連絡しないでって言ったのに」

「そんな事、今は関係ないでしょ!」

美緒が真っ直ぐに私の目を見ている。

その顔は強張り今まで見たことが無いくらいの表情だった。

「ゴメンなさい」

「ゴメンなさいじゃなくって、どうして?」

「男は信じられないって、出て行ってって」

それは震えるようなか細い声だった。

「はぁ? 聞こえないよ」

「酷い。体調が悪い時にこんな事をするなんて、やっぱり男なんて信じられない。出て行ってって……」

私が声を大きくして美緒に言うと美緒の体から力が抜けいくのが判り、美緒の顔が更に険しくなった。

「し、信じられない。パパにそんな事を言うなんて」

「ゴメン。驚いてパニックになって」

「パニックになったって言っちゃいけない言葉だってあるでしょ!」

美緒の今まで聞いた事のない様な怒声に私の声は掻き消されてしまった。

どちらが母でどちらが娘か判らない様な有様だ。

「で、どうするつもりなの? ママ? 今すぐココで決めてもらえる?」

「えっ? そんな怖い顔で言われたらママ答えられないよ」

「ふざけんな!」

困り果てて愛想笑いを浮かべると、美緒がいきなり襖に手を叩きつけた。

それは美緒が東京で不良グループに仲間入りして荒んでいた時以上のキレ方で。

背筋に冷たい物が走り、背筋を伸ばして美緒を真っ直ぐに見上げる事しか出来ない。

「ママ次第で2度とパパと暮らせなくなるかもしれないんだ。で、どうするつもりなの?」

「謝りたい、でもママじゃ……美緒が……」

次の言葉は美緒の平手打ちで吹き飛ばされてしまった。

「ママって最低だね。その程度なんだ、パパへの想いって。本当だったんだね、美緒がパパと一緒に居たいから仕方なくって」

「違う! そうじゃない。私だって」

「それじゃなんで今すぐに連絡を取ろうとしないの? おかしくない?」

「怖いの、それに岡谷君は……やっぱり体が……」

本気まじ で、殴られたいの? 今度はグーで殴るよ」

美緒が拳を握り締めて振り上げ。

私が身構えると美緒がしゃがんで私の目を真っ直ぐに見つめて、子どもに言い聞かせるように話してくれた。

「パパは無理矢理そんな事をする人じゃないでしょ? 美緒は何か間違ってる? 本当にママは覚えてないの?」

「朝も言っていたけど、何をなの?」

「あのね、ママは昔から疲れたり精神的に落ち込んだりすると寝ている時に男の人の名前を呼んで、そして私が一緒に寝ている時は時々寝ぼけて抱き付いてくるの。昨日の夜もそうだった。今日もそうだったんじゃないの?」

美緒に言われて夢が鮮明に蘇ってくる。

確かに目の前に誰かが居て優しく髪を撫でてくれて、泣きながら名前を呼んでいた。

美緒に叩かれた頬の痛みより何倍も強い痛みが胸を締め付ける。

「ママが呼んだ名前って……」

「ママが昔から会いたくって一緒に居たいって願った人の名前じゃないの?」

「でも、ママは……」

「美緒が何も知らないと思っているの? 美緒の事をママは独りで育ててくれた。でも時々隠れて泣いていたでしょ、男の人の名前を言いながら美緒に見つからないように」

「それじゃ、美緒が元梨君に懐かなかったのは……」

「だって、ママが呼んでいる男の人と違う名前なんだもん。美緒は美夕ちゃんと遊んでくるから後は宜しくね。もしパパが帰って来なかったら2度とママの事をママって呼ばないし、夏実さんのトコの子にしてもらうから」

美緒が笑いながらとても怖い事を口にして、掌をヒラヒラさせながら車で待っている秋香さんの所に行ってしまい。

美緒は笑ってこそ居るけれど美緒の目は真剣そのものだった。



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