本当にママは
石垣島の岡谷君のマンションで美緒と岡谷君と暮らすようになって一ヶ月があっという間に過ぎていこうとしている。
私は桟橋通り沿いに小さな店舗を借りて東京でしていたネイルアートと小物のお店を開いた。
色々と短期間で準備するのは大変だったけれど岡谷君が内装を殆ど私の希望通りに仕上げてくれたの。
壁は珪藻土の塗り壁で仕上げて棚などもナチュラルにパイン材なんかを使い。
手ごろな流木なんかを仕事の合間に探してきてくれて美緒は美緒で掃除や小物の整理を手伝ってくれて。
東京では見たことも無いくらい楽しそうに岡谷君の手伝いをしてくれたの。
どれだけ岡谷君に信頼を寄せているか美緒を見ているだけでよく判った。
岡谷君も美緒が怪我をしないように常に気遣っているのが手に取るように判る。
それなのに岡谷君と私の間には、まだ埋められないモノがあってとてもぎこちなかった。
「15年間も離れていたのだから仕方が無いだろ。真帆のペースで良いから」
って岡谷君はそう言ってくれるけれど、焦りが全く無いと言えば嘘になる。
でも、実際問題としてどうすれば良いのか判らずにイライラして、事ある毎に岡谷君に突っかかってしまった。
申し訳ないと思うけれど、そんな時も岡谷君は優しい顔で接してくれる。
瞳の奥に切なさを押し込めて。
そして、最近言われたことは。
「そろそろ、一ヶ月だな」
ただ、それだけの言葉なのに意味が判らずに岡谷君の顔を睨みつけてしまった。
何故? って私がグズグズしているからだって言われた気がしたから。
そして丁度、一ヶ月が過ぎた頃……
朝、目を覚ますと美緒が横で不機嫌そうな顔で着替えをしている。
起き上がろうとすると頭が重く体がだるかった。
「おはよう、美緒。なんで朝からそんなに不機嫌そうな顔なの?」
「お・は・よ・う、ママ。何でだろうね? 何も覚えてないの?」
「え? ママが何かしたの?」
「まぁ、仕方が無いか。パパとあんな状態じゃね」
「何なの? 朝からママに喧嘩を売っているのって……頭痛い」
「風邪じゃないの? 仕事を休んだら」
美緒が学校を休むかのように簡単に言う、でも仕事はそうは行かないの。
特に岡谷君は仕事に厳しい人だもん。
「やだよ、そんなことしたら岡谷君になんて言われるか」
「本当にママは鈍感なんだね。パパがそんな事で怒ると思っているんだ、馬鹿みたい」
「そんな言い方しなくてもいいでしょ。ママだって戸惑っているんだから」
「ママがグズグズしていると他の人にパパ盗られちゃうからね。パパはああ見えも女の人には人気があって、パパなら結婚しても良いって言う人だって居るんだから」
「……岡谷君に限ってそんな事無いもん」
美緒に言われて自信が無くなって尻すぼみになってしまう。
「自信があるの? 無いの? なんで飛び込んでいけないの? パパは待ってくれているんだよ」
そう言いながら美緒は岡谷君が作ってくれた朝食を食べに行ってしまった。
実は石垣島に来てから岡谷君との間がぎこちなくって美緒の部屋で寝起きをしているの。
私もだるい体に気合を入れて朝食を食べて仕事場に向ったけど……
午前中は何とか仕事をしたものの、午後になると体調は下りぱなしで。
代わりに熱が上がってきたみたいだった。
やっと島の人達に知ってもらえて、自分で言うのも可笑しいけれど東京では名の知れたネイルアーチストで高校生の中には雑誌で知っている子なんかが居て。
そんな子の為に簡単なネイルなら低価格にしてあるから時々遊びがてらに店に来る常連さんまで出来てきたのに、今日はもう仕事が出来る状態でなくなてしまった。
仕方なく美緒に連絡をして迎えに来てもらう。
3号線の岡谷君のマンションの直ぐ近くにある仲間内科で診察を受けて薬を処方してもらって、美緒に薬を頼んで私は先にマンションに戻り美緒の部屋に入るなりベッドに倒れこんだ。
しばらくすると美緒が薬を受け取ってココストアーに寄って食べ物を買って来てくれた。
「なんでこんなになるまで無理をするの? ママ」
「だって昨日まではなんとも無かったんだもん」
「もう、これから秋香ネーネーの家で美夕ちゃんと遊ぶ約束しているのに」
「秋香さんって、岡谷君の?」
「そう長女。長男が愛媛県で仕事をしている春介ニーニーでまだ会った事はまだ無いけど、次女が夕方から合流する茉冬ネーネーで。私が三女の美緒だもん」
美緒は岡谷君の所に来てから、私と別れた後の事を全て聞かせてもらって知っている。
そしてこんな言い方は語弊があるかもしれないけれど元家族だった夏実さんの家族とも仲良くしてもらっている事は美緒から話を聞いて知っていた。
沖縄や石垣島がおおらかなのか、岡谷君と夏実さんの育て方が良かったのか。
岡谷君にこんな事を聞けば『親は無くても子は育つ』って即答が返ってきそうな気がした。
「本当に大丈夫なの? パパに連絡を」
「駄目! それだけは絶対に駄目! 岡谷君に迷惑がかかっちゃうから」
「そんなに興奮すると熱が上がるでしょ!」
ボーとした頭で考え事なんてしていると美緒が携帯を取り出すのを見て、慌てて起き上がったのはいいけれど目眩がしてベッドに倒れこんでしまった。
「仕方が無いなぁ、私が側に居てあげるから」
「約束があるんでしょ。ママは一人で大丈夫だから、大人しく寝ているから。ね」
「判った。それじゃ約束の時間まで側に居るよ」
「ありがとう」
少し食事をして薬を飲んだ為かしばらくすると眠りに引き込まれた。