ssそれから
それからしばらくして俺は空港に向っていた。
あと数日で春休みが終わろうとしている。
相変わらず尻を叩かれてから店を出たが、目の前には大型観光バスが狭い道をのんびりと走っていた。
「間に合わないな。また文句を言われそうだ」
ひとり言を呟きながら車を走らせる。
空港の駐車場に付いた時には既に飛行機の到着時間をかなり過ぎていた。
車から降りると団体のツアー客で空港の出入り口はごった返していた。
「しかし、今日は暑いな」
大きな青空を仰ぐと真夏の様な太陽が見下ろしている。
数日間続いた雨が嘘のようだった。
「仕方がない、行くか」
足を空港のターミナルに向けるとツアー客を掻き分ける様にして満面の笑みで手を降っている女の子が目に飛び込んできた。
「真帆? いやそんな筈はないか……」
「美緒!」
大声で手を上げながら名前を呼ぶと大きなバッグを肩から提げたまま、リーバイスにTシャツ姿の美緒が嬉しそうに駆け出してきた。
「パパ!」
「泣く事は無いだろ、14年ぶりの再会じゃあるまいし」
美緒は俺の腰にしがみ付いて顔を胸に埋めて泣いていた。
「だって、これからずっと一緒に居られるんだよ。嬉しくって」
美緒の後ろには落ち着いた感じの青いストライプのシフォンのワンピース姿の真帆が不機嫌そうに立っていた。
「来てくれたんだな」
「仕方なくよ、仕・方・な・く。美緒を独りにする訳にもいかないでしょ」
「ママ! そんな言い方しか出来ないの?」
「良いんだ、美緒。仕返しでも側に居てくれるだけで。美緒や真帆の代わりなんて世界中を探してもどこにも居ないんだからな」
「パパ……」
「許してくれなんて言わないよ。これから新しく始められたら良いと思っている」
「ママ? 何か言う事は無いの?」
「しょうがないわね。それで良いわよ」
「もう、本当にしょうがない2人なんだから!」
美緒が右腕で俺の腕を、そして左腕で真帆の腕を取った。
「もう、なんでこんなにここは暑いの? 早く行くわよ」
真帆が手を振り解いて急かす様に車に向かい歩き出した。
「パパ、本当はね。ママはあんな風に言っているけれど、実は嬉しそうに鼻歌を歌いながら準備してたんだよ」
「美緒、余計なことは言わないの」
「本当に素直じゃないんだから。そんなんじゃパパに嫌われちゃうよ」
「嫌われて結構です!」
「それじゃ、ママは帰れば良いじゃん。美緒がパパの面倒をみるから」
「そんな事出来る訳無いでしょ。私は岡谷君と……」
「岡谷君と何?」
「もう、美緒の馬鹿!」
美緒がバッグを放り出して逃げ出した。
真帆は手を振り上げて美緒を追いかけている。
「去年は美緒が、今年は2人か……」
もう一度、大きな青空を見上げると太陽が優しく微笑んでいた。
新しい1歩を踏み出すために美緒が放り出したバッグを持って歩き出した。
隆史は『マッドティーパーティー』のカウンター席でうな垂れていた。
「疲れた、死にそうだ」
「良かったじゃん、片恋が終わって」
「瑞穂、あのなぁ。仕事を早めに切り上げて家に帰ったら段ボール箱の山なんだぞ」
「そんなに嫌ならもう1回詰めなおして送り返しても良いのよ」
真帆が不機嫌そうに言いながらフォークでパスタの皿を突っついていた。
「うふふ、楽しそう」
「瑞穂、からかうのもいい加減にしてくれ」
美緒は嬉しそうに鼻歌を歌いながら美味しそうに瑞穂特製のパスタを頬張っている。
美緒の横では不機嫌そうに生ハムのサラダを摘んでいる真帆がいた。
「美緒ちゃん、何をハミングしているの?」
「えっ、瑞穂さん。小田和正の『こころ』だよ。『あの夏、世界中で一番大切な人に会った』だもんね。パパとママ!」
「私は美緒が石垣島の高校じゃなきゃ行かないって言うから仕方なく」
「へぇ、仕方なくなんだ。それじゃ何で島の話をする時はあんなに楽しそうなんだろうね」
「それは、楽しかったからじゃない」
「パパが居たから?」
「違うわよ! 皆と遊ぶのが楽しかったの」
「それじゃ、パパの事はどうでも良いんだ。チタン製の首輪で繋いでおくんじゃなかったの?」
「繋ぐわよ。繋いでおいて一生仕返しをしてやるんだから」
「それは、一生側に居るって言う逆プロポーズなんじゃない?」
「そ、それは……」
真帆が美緒にやり込められてたじたじなっていた。
「ほら、岡谷。こんな時こそあんたが愛の手を」
「瑞穂、お前。面白がっているだろ」
「もちろん、他人の不幸は蜜の味。あれ? 不幸じゃないわね。なんだかムカついてきた、岡谷。あんたの気持ちを聞かせなさい。今すぐココで」
「何をだよ」
「あんたはどう思っているの?」
「嫌なわけも嫌いなわけも無いだろ15年も片恋してきたんだぞ。俺は真帆と……」
「真帆と何?」
「言わせるな!」
「言いなさい」
瑞穂に美緒も加わってきた。
「そうだ、パパ。言いなさい、言いたい事があるのならはっきり言わないと判ってくれているなんて思ったら大怪我するぞ」
「……たい」
「男ならはっきりしろ! 岡谷はそんなだから駄目なんだ」
「パパ、しっかり」
「俺の側に居てくれ。してやれる事は僅かしかないと思う、それでも俺は真帆と美緒を絶対に守るから」
「仕方が無い、守れなかった承知しないんだから」
「やったー! 瑞穂さん、凄い! 凄い!」
当の隆史と真帆はお互い視線を合わせて気まずそうに赤くなり恥ずかしそうにしていた。
「いい歳こいて。純なんだから」
「いい歳で悪かったな!」
隆史がちょっとだけ照れて嬉しそうな瞳で答えた。
美緒はこの春から石垣島の八重山商工に通う事になっている。
真帆の反対を押しきってゴリ押しで受験したらしい。
真帆は近くに小さな店舗を借りてネイルアートや小物の販売する店を開くつもりで居るようだった。
「で、岡谷はどうするの?」
「俺? 今までどおり何も変らないぞ」
「岡谷らしいと言えば岡谷らしいね」
「自然体が一番、二度と手放さないけどな。三人で楽しく暮らせたらそれで良いんだ」
美緒は石垣島の祭りがいっぺんに来たかの様に狂喜乱舞して。
小さな『マッドティーパーティー』の店の中をはしゃぎまわり、瑞穂は暖かい眼差しで3人を見守っていた。