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結果だけ

「美緒、どうなってるの?」

「これから確認しに行く所。順調だよ、地下駐車場で今頃あいつらにボコボコにされていると思う」

「大丈夫なんでしょうね」

「結果だけ報告するから。大丈夫だよ」

美緒は雪がちらついている東京ドームホテルの前に立ち携帯で話をしていた。

もちろん相手はこの計画の首謀者だった。

石垣島の岡谷のマンションを飛び出して今ここに居る。

もちろん手がかりはたっぷりと残して岡谷を誘き出して罠に嵌める為に。

携帯を切って空を見上げると鉛色の雲から真っ白な雪が舞い降りてくる。

美緒の携帯がメールの着信を告げた。

携帯を開くと岡谷隆史の文字が、そして本文は無く……

「こ、これって……それじゃパパは……」

メールには歌が添付されていた。

ビルの谷間に響き渡る救急車のサイレンの音が近づいてきた。

やがて救急車が美緒の目の前の外堀通りを駆け抜けて、白山通りを左折しサイレンの音が止んだ。

血の気が引き体中から力が抜けていく。

凄く嫌な予感がする。

今まで感じた事が……

確か海で私が溺れた時にこんな感じを……

そしてパパが倒れた時にも……

直ぐに携帯から電話をかける。

「美緒? どうしたの?」

「ゴメン、やっぱり私には出来ない……今は前とは違うの、私は島に行って……」

「どうしたの?」

「救急車が目の前を通り過ぎて直ぐ先で止まったみたい」

島での出来事が駆け巡り美緒の心が大きく揺れ、不安に包み込まれ鼓動が跳ね上がる。

「美緒! どうしたの? 返事は?」

「ご、ゴメン。私、行かなきゃ」

「駄目よ。美緒まで巻き込まれちゃうから」

相手の声は美緒まで届かなかった。


携帯を切る間もなく救急車が止まっているであろう場所に向かい走り出し交差点の角を曲がる。

すると救急車が地下駐車場の出入り口に吸い込まれていくのが見えた。

「確かこっちに駐車場に降りるエレベーターがあったはず」

建物に飛び込みエレベーターで駐車場に降りていくと真っ赤な回転灯の光りが地下駐車場に緊張感をもたらしている。

歩き出しながら大きく息を吸い何とか自分を落ち着かせようとした。

その時、手に持っている携帯から着ウタが流れた。

「み、美緒か?」

「えっ? 連絡するなってあれ程言ったのに。で、何があったの?」

電話の相手は隆史を痛めつける役を頼んだ仲間の不良だった。

「不味い事になった。先輩に男をタコ殴りにするのがばれて先輩達があいつを。先輩達は半端なくやばいんだ。下手をすると殺しまで平気で」

「そんな……」

どこで計画が狂ってしまったの? もしかしたら最初から間違いだったのかも。

不意に島でいつも優しさに包み込まれていた感覚が全身を覆い無我夢中で走り出していた。

地下駐車場に降りると赤色回転灯の光りが強くなり救急車が見えてくる、隊員達がストレッチャーに人を乗せているのが見えた。

駆け寄ってストレッチャーに乗せられている男の顔を覗き込んで思わず目を背けてしまった。

前歯は4本とも折れて唇は裂け、鼻の骨が砕けているのか元の形は判らないような状態で目の光りは完全に消えうせていた。

「違う、パパじゃない」

「君は?」

救急隊員の声で我に返る。

辺りを見渡すと他にも男2人が倒れたまま応急処置を受けていた。

1人は右腕を押えて蹲り喚き散らして救急隊員を梃子摺らせている。

そして自分のわき腹を抱え込むようにしているもう1人の男の側に近寄り顔を覗き込んだ。

「あ、悪魔だ。あいつは悪魔だ」

何かに取り付かれたようにブツブツと呟き続けていた。

「君は関係者なのか? 関係者じゃないのなら退きなさい」

「パパは? パパはどこ?」

「迷子なのか君は?」

「違う! もっと年上の人がここに居たはずなの」

「我々が到着した時にはこの3人の他には誰も居なかったが」

「嘘でしょ、パパ……どこに……」

フラフラと立ち上がり辺りを見渡すが隆史の姿はどこにも無く、代わりにパトカーが到着して警官が数人降りてきて美緒に声をかけてきた。

「君は関係者かな? 署まできて事情を……」

「私は違う! パパを探しているだけ」

「なんだ、迷子か? それなら」

紺の制服を着た国家権力を振り切って美緒は走り出した。

「どこに居るの? パパ」

不安で押し潰されそうになる。

手の中にある携帯に気付き慌てて隆史に掛けた。


呼び出し音が繰り返される。

「早く出て。お願いだから。早く」

「もしもし、美緒か?」

携帯からいつもと変らない隆史の声が聞こえると張り詰めていた糸が一気に緩み、代わりに怒りがこみ上げてきた。

「どこに居るのよ! 馬鹿!」

美緒の叫び声が地下駐車場に響き渡った。

「何を怒っているんだ? 勝手に飛び出したくせに、ここまで来るのに大変だったんだぞ」

「そんな事はどうでも良いの! 今、どこに居るの?」

「東京ドームシティーかな、昔の後楽園遊園地って言うのか?」

「馬鹿!」

「馬鹿、馬鹿と。何をそんなに怒っているんだ?」

物静かな隆史と話をしているとヘリウムガスを注入されている風船の様にみるみる怒りが膨れ上がっていく。

「そんな事は判っているの。ドームシティーのどこに居るの?」

「なんとかアベニューって言う所の噴水だ。雪が降っていてキラキラ光り輝いていて、まるで天国みたいに綺麗だぞ」

「もう! 直ぐにそこに行くからじっとして待ってなさい」

「なんだかまるで俺が美緒の子どもみたいだな」

携帯を切りエレベーターに駆け込み地上に戻る。

エレベーターがゆっくりと動き出した。

東京ドームホテルの横に出ると、暗くなりかけて街灯やイルミネーションが点いている。

その明かりに反射してキラキラと光る雪が舞い散る寒空の下で、噴水を背にして腰掛けている黒い人影が見えた。

薄っすらと積もった雪で足が滑り、転びそうになりながら噴水の淵に座っている隆史に近づくと、隆史が着ている黒いダウンジャケットや頭に雪が薄っすらと積もり白くなっていた。

「もう馬鹿なんだから。どれだけここに座っているのよ」

声を掛けながら頭の雪を掌で払うと隆史がゆっくり顔を上げて優しい瞳で微笑んだ。

美緒は肩を落としながら隆史の横に腰掛けた。

「美緒。見~つけた」

「携帯で探せば良いでしょ」

「そんな事をしないでも会えたじゃないか」

「寒くないの? こんなに雪が積もるまでこんな所に居て」

「寒さなんて感じないよ。美緒の顔を見たら安心してなんだか疲れて眠くなってきた」

隆史がもたれかかってきた、頭の重さを肩に感じ……

不意に何か黒い影が地面に落ちた。

「えっ、パパ?」

「ねぇ、パパ?」

声を掛けてもダウンジャケットのポケットに両手を入れた隆史は横たわったまま本当に眠ってしまったように動かなかった。

美緒が慌てて体を揺するとヌルっとした冷たい物が手についた。

「なにこれ? 血じゃないの? パパ?」

美緒の掌にはべっとりと赤い血が付いている。

隆史が座っていた噴水の淵を見ると血溜まりが出来ている。

そして、薄っすらと白く積もった東京の雪を隆史の血が赤く染めていった。

「だ、誰か! 救急車を呼んで! パパが! パパが!」

美緒の叫び声が東京ドームシティーに降り注ぐ雪空に吸い込まれていった。

それはまるでヘリウムガスを注入され糸が切れ、空に舞い上がっていく真っ赤な風船の様に。



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