雲隠れしているのに
空港からの帰り道は行きとは違いいつものパパの運転だった。
乗っている人を気遣うゆっくりとした優しいくらいの安全運転。
マンションについても彼女は車から降りようとせずに俯いて動こうとしなかった。
パパが車から降りて助手席のドアを開けて中を覗き込んだ。
「行くぞ」
「やっぱり駄目」
「あのな、今更他に行く当てでもあるのか?」
そう言われて彼女は小さく首を振ってパパに手を引かれて渋々車から降りたの。
パパ? 私は放置ですか? 自分でシートを動かして彼女が持ってきた四角い箱の様な荷物を持ちながら、頭を垂れながらパパに手を引かれて行く彼女の後を歩いて階段をあがった。
パパが鍵を開けて部屋に入り彼女の手を引いたまま自分の部屋に向ったの。
すると彼女の瞳から涙が溢れて……
再びパパに抱きついたんだよ、その拍子に2人はパパのベッドに倒れこんで。
「パパさん! 私! 私は……」
まるで火がついたように泣く赤ん坊みたいに、パパに抱きつきながらルイさんは泣き叫んでいるの。
そんなルイさんをパパは子どもをあやす様に優しく抱きしめていた。
説明なんて必要ないよね。
石垣島でミイラ取りがミイラになっちゃった柴崎ルイさんが彼女だったんだ。
でも、何で石垣島に?
で、何でパパなの?
うわわぁ、何でき、キスなんか……
頭がパニックになるよ。
しばらくして落ち着いてきたルイさんをベッドの脇に座らせてパパが一息ついた。
「さて、これからどうするかな。な、美緒」
「わ、私に聞かれても困るよ。でも、どうしてルイさんが石垣島に居るの? 海外に行ったんじゃないの?」
「あ、あれは影武者って言うかそっくりさんなの」
「へぇ? 影武者? そっくり? じゃ、パパは……ええ!」
新年早々雄叫びを上げてしまって慌てて自分で口を手で塞いだの。
だってそうでしょパパは電気屋のテレビに映るルイさんを見ただけであれがルイさんじゃないって判ったって事だよ。
どんだけ見てないようで見ているって言っても有り得ないしょ。
それから事の次第をルイさんが話してくれたの。
恋愛騒動は殆どが映画の宣伝の為だったんだって。
ルイさんに事前に何も無くあの写真を撮られて素っ破抜かれる形になり、事後承諾と言う事務所の強引なやり方にルイさんが怒って抗議したんだけどどうする事も出来なかったんだって。
それでルイさんは仕事をボイコットして自宅マンションに篭ったんだけど、事務所側はそんな事を公表するわけにも行かず苦肉の策で影武者を使って海外へ雲隠れと言う形でどうにか体面を取り繕ったんだって。
でね、監視役のマネージャーの目を盗んでマンションを抜け出してとりあえず那覇まで飛んで。
素泊まりで一泊して1便で石垣島に来たんだって。
「雲隠れしているのに、あんな人が大勢居る所で盛大に抱き合ってキスまでしちゃって」
「美緒ちゃんには悪いと思ったんだけど、パパさんが私の名前を叫んで探しているのを見たら……つい、ゴメンね」
「な、何で私に謝るの? もう良いよ済んじゃった事だもん。で、パパは何でルイさんの本名を知っているの? プロフィールでも一切公表されていないし、私ですら教えてもらってないのにって、そうかデートした時に」
「私は教えてないよ誰にも」
「はぁ? じゃパパは何で知ってるの?」
「不確定で曖昧なネットの情報と彼女が教えたメルアドから、あの場でルイの名前を叫ぶわけにもいかないだろうが」
メルアド? ルイさんの? えっと確か…… ****no-apple***@って、りんごじゃないって事なの?
それでりんこ?
パパの頭の中が一度で良いから見てみたい。
「普通の味噌が詰まってるだけだぞ。開けて見たいなんて考えるなよ」
「パパのスケベ! な、何を読んでるのよ? 心? 頭の中?」
「あのな、美緒は判りやすいんだよ」
そんなくだらない事をパパと言い合ってるとルイさんが少しだけ笑顔になった。
「やっぱり、石垣島に来てよかった。美緒ちゃんもパパさんもいつもどおりでホッとできる」
「もう、美緒じゃなくてパパさんに会いに来たんでしょ。パパさんもね」
「なんで俺もなんだ?」
「パパからキスしたくせに、それにあんなに……」
「あんなに? なんだ」
「馬鹿! まだキスもした事が無い女の子にそんな事言わせる気なの?」
「ほ、ほう。美緒はファーストキスもまだだと」
「変な事をメモるな!」
なんだか嫌な元旦だな新年早々これじゃこの先の一年が……
なんだか聞きたい事があったはずなのに今更聞けなくなっちゃった。
なんだかまたパパに有耶無耶にされた気がしてならないんだけど。
色んな事を考えて怒ったらお腹が空いちゃった。
今日はパパの作ったお雑煮を食べて御節をパパと2人でゆっくりお喋りしながら食べるはずだったのに。
「飯にするか、凛子も何も食べてないんだろ」
「うん! 私もパパさんに食べてもらおうと御節を頑張って作ってきたの」
「あのう。一応、私もいるのに!」
ルイさんもとい凛子さん、だってパパがそう呼べって直ぐになんて無理だよって言ったらパパに怒られちゃった。
もしもルイが島に居る事がばれた時の事を考えて見なさいって、そうだよねパパは絶対に守ろうとするけど限度があるもんね。
その凛子さんが作ってきた御節が凄いの三段重でね、田作り・黒豆・数の子でしょ紅白かまぼこ・伊達巻・栗金団に昆布巻きでしょ、それから鰤の照り焼きにエビの甘辛煮に紅白なますと煮しめ。
殆ど凛子さんの手作りなんだって。
それ以外にも美味しい凛子さんならではのお料理が綺麗に詰められているんだよ。
何でもマンションに篭ったのはいいけどすることが無くて御節を作ってたんだって。
でも、おかしいでしょ。お重を抱えてあのルイさんが脱げ出してきたんだよ。
それとパパが大きなお皿にパパ特製のおせち料理を盛り付けて運んでくれたの。
時間が無くて沢山は作れないけどって栗金団に黒豆になますでしょ昆布巻きに出し巻き卵にお豆腐?
パパのママとパパは四国の愛媛県の人で御節はこうやって大きなお皿に盛って出てくるんだって所変わればなんだね。
でも、パパが作ってくれたお雑煮は普通に東京で食べてたのと同じだったよ。
澄まし汁にお豆腐と鶏肉と小松菜が入ってるやつ。
「いただ……明けましておめでとう御座います」
「そうだな、おめでとう」
「ゴメンね、私の所為で元旦から慌しくさせて、今年も宜しくね。おめでとう」
「うわぁ、美味しい!」
凛子さんの御節は完璧で絶品なの、でねパパの御節はっと……
このお豆腐が群を抜いて美味しい、素朴で優しい味がしてパパがパパのママから教わったんだってパパのママってどんな人なんだろう。
多分、素朴で優しい人なんだろうな。だって料理は人となりを表すでしょ。
パパの料理は凄く優しい味がするし凛子さんの料理は完璧なんだよ役作りと同じで何事にも完璧を求めてる。
「パパさん、このお豆腐の炊き方を教えて。絶対に覚えたい」
「簡単だよ、豆腐を少量の油で焦げ目が着くくらい焼いて、そこにだし汁と醤油に味醂で味付けをしてあとは好みで砂糖で甘さを調節するだけだから」
「それだけなの? そんなにシンプルなのにこんなに美味しいんだ」
「美緒もそろそろ覚えたほうがいいぞ。料理は手を掛ければ美味しくなるってもんじゃないんだ。これは単純で簡単だけどシンプルな方が難しいんだよ」
凛子さんはパパに言われたレシピをパパのパソコンの近くに置いてあったコピー用紙にメモをしていた。
「明日は私がお雑煮を作るね」
「凛子さんはいつまで島にいるの?」
「美緒、野暮な事を聞くな。凛子が居たいだけ居れば良い、この島はそう言う島だろ」
「そうだね、石垣島だもんね」
「パパさん、あのお願いがあるんだけど。元日から無茶なお願いは判っているんだけど……」
凛子さんのお願いは本当に無茶なお願いだった。
でも不思議とパパなら何とかしてくれちゃいそうに思えるのは何でだろう。
パパは直ぐにどこかに電話をし始めたの。
「あけおめ、野崎」
「あんたね、いい歳こいてあけおめか? ああん」
うわぁ、野崎さんの初怒鳴り声がここまで聞こえてくる二日酔いで機嫌が悪いのかな?
「そこに居る美緒ちゃんにおめでとうって飲みすぎて機嫌が悪いからなって」
「パパ、怖いよ。野崎さん怒ってるよ。ごめんなさいって」
私が縋るように言うとパパの眉毛がすとんと下がったの……
もしかしてパパに火を点けちゃったかも。
パパの温度が氷点下を超えてマイナスの世界に急降下していくと携帯の向こうの野崎さんの温度も急激に……
「あけましておめでとう。野崎オーナーに二日酔いのところ大変申し訳ないが、元旦早々に退っ引きならない頼み事をしたいのだが」
「な、何をだ? 退っ引きならないって引く事も退く事も出来ないって意味だぞ」
「そうだ、だから新年から飲み過ぎて二日酔いどころか酔っ払っている野崎オーナーに電話をしているのだが」
「わ、判った。何でも言う事を聞くから野崎オーナーと呼ぶのだけは止めてくれ。岡谷にオーナー呼ばわりされるほど恐ろしい物はないから」
一体、このパパは何者なんだろうと思う。
自分の勤め先のオーナーにオーナー呼ばわりだけは止めてくれ恐ろしいからって言わせちゃうんだよ。
直ぐに、野崎さんからの折り返しの電話が来てパパが受け答えをすると、パパがキッチンの戸棚から小さな重箱を持って来て凛子さんの御節を少しずつ詰め始めたの。
それから3人で車で出かけたのでココに寄ってパパが色紙とマジックを買ってきて、凛子さんにサインを書かせたの。
「パパ、サインなんてどうするの?」
「人に頼み事をする時は、こう言う物が入用なんだよ」
野崎さんと待ち合わせの場所は街中の大通り沿いにある美容院だったの。
OPENの看板は出てないんだけど元旦だから開いているはずが無いのにお店は開いてて、店内に入ると体格の良い清潔そうな真っ白なカッターシャツに黒いズボン姿の男の人とシンプルなグレーのニットワンピに綺麗な紫色のロングカーディガンを羽織った野崎さんが居たの。
「もう、新年早々。野崎ちゃんの頼み事でも本当は嫌なんだから。で、どの子をカットすれば良いの? チャッチャッと終わらせるわよ」
「チャッチャッじゃ困るんだが野崎? 彼女なんだけど宜しく頼めるかな」
パパがそう言うと凛子さんが目深に被っていた猫耳ニット帽を取ったの。
するとオカマ言葉のおっさんが雄叫びを上げて……
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! 柴崎ルイが目の前に居るのよ! し、信じられないわ!」
「真樹ちゃん、声が響くし……抱きつくな! このオカマ野郎!」
野崎さんが真樹ちゃんと呼ばれているオカマさんの胸倉を右手で掴んで左手で自分の米神を押えたの。
凛子さんが椅子に座ると真樹さんの独壇場だったの。
「もう、光栄すぎてドキドキもんよ。憧れの柴崎ルイさんの髪に触れてカット出来るなんて。揃えるだけで良いのかしら?」
「パパさん? ショートボブは好き?」
「良いんじゃないか、ルイなら可愛いと思うぞ」
「それじゃ、バッサリとショートボブにして下さい」
「へぇ、長くて綺麗な髪を切っちゃうの?」
「うん、だってパパさんも可愛いって言うし、また伸びるでしょ」
「野崎ちゃん、良いのかしら?」
「言われた通りにしろ」
「でも、あの男の人が可愛いからって。本当にあのルイさんなの?」
「そうですよ、超話題の恋愛騒動の渦中の柴崎ルイですよ。あの恋愛騒動は宣伝の為のでっち上げですけどね」
「そんな気はしてたのよね。ルイさんがあんな若造を相手にするなんて思わないものね。大ファンとしてホッとしたわ」
「だって私、パパさんラブなんだもん」
「…………」
真樹さんがルイさんの発言に凍り付いて、錆び付いたロボットの様に首を後ろに向けた。
「パパさんて、あの男の人よね。寝癖頭の冴えない若く見えるけどそれなりの年齢に見えるけど」
「確か、パパさんは43歳だよね」
「そうだ」
「野崎ちゃん、助けて頂戴よ。頭が変になりそうなの」
「元から真樹は変なんだ。早く言われたとおりにカットしろ!」
「寝癖の冴えないおっさんで悪かったな、代金は支払うからムースとスプレーを借りるぞ」
そうパパが言うと座っていたソファーから立ち上がり鏡の前に立ってムースで髪の毛を綺麗にセットしてスプレーで軽く乱れないように固めたの。
「これで満足かな? 代金は後からね」
それだけ言うと野崎さんと私の間に体を投げ出すようにソファーに体を沈めたの、パパの顔を見ると営業スマイルはして居るけど野崎さんと同じいやそれ以上に目が据わっている気がしたの。
すると野崎さんが溜息混じりに真樹さんに声を掛けようとしたの。
でもそれよりも早く……
「の、野崎ちゃん。ま、まさかその方が野崎ちゃんをも凌ぐあのお方なの?」
「知らないからな、岡谷をマジにさせたら『ニライ・カナイ』ですら潰されるかも知れないんだ。島の小さなヘアーサロンなんてそれこそ……」
「もう、嫌よ! 目の前にはこんな可愛らしくて素敵な天使が居るのに、私の後ろには閻魔様と魔王of魔王が居るなんて。まさしく天国と地獄よ」
「嫌なら完璧に言われたとおりにカットする事ね、真樹なら出来るでしょ」
「Aye, Shortly!」
そこからの真樹さんはパーフェクトだった、体格が良いのに凄く繊細な動きでルイさんの髪をカットしていく見る見るうちに可愛らしい髪型に仕上がった。
「コンテスト以上に緊張したわ。命がけでカットしたんだから、これ以上は駄目よ私自信なくしちゃうから」
「パパさん、どうかな?」
「やっぱり、そのお方に聞くのね」
「似合ってるよ、可愛いなルイ」
パパがルイさんに言った瞬間、ルイさんはパパに抱きついて真樹さんはその場にしゃがみ込んでしまったの。
ちょっと可哀相だったかな、私もこれからはこのお店でカットしてもらおうと。
真樹さんは面白いし腕も確かだし、そうだ皆に教えちゃおうかな。
そんな事を考えていると真樹さんがポツリと呟いたの。
「このルイさんの髪の毛をお守りにいただけないかしらって無理よね。ここに居る事自体誰にも言えないんだし。だからこそ野崎ちゃんが私のトコに連れてきたんだもんね」
「その位、良いよなルイ」
「うん、でも売ったりしちゃ駄目だからね。それとこれはサインね」
ルイさんが真樹さんに渡した色紙にはルイさんの直筆で真樹さんへと書かれていた。
そしてパパが真樹さんに声を掛けた。
「記念写真を撮ろうか? 騒ぎが納まったら色紙と写真は自由に店内に飾ると良い」
「ええ、本当に良いの」
真樹さんとルイさんのツーショットに皆の写真を撮って後から渡す事を約束して、ルイさんの手作りの御節をお詫びの印として渡すと感極まった真樹さんが男泣き? し始めてしまうの。
野崎さんにパパが後の事を頼んでお店を後にしたの。
「髪の毛が短くなって風が抜けて気持ち良い!」
「ルイじゃなくて凛子さん、ばれちゃうよ帽子、帽子」
「大丈夫だよ、だれもルイが石垣島に居るなんて思ってないから。ばれるとしたらあの3人だな」
「うわぁ、あけおめメールするのを忘れてた。ちゃんと言っておかなきゃ」
慌てて泉美となっちゃんと朋ちゃん、それに瑞穂さんにあけおめメールとルイさんの事を報告したの。
パパが教えてくれたんだけど、石垣島はお正月は大体天気が悪いんだって。
でも今年はお日様がでてポカポカしてるの風は海風だから少しだけ冷たく感じるけど、それがまた心地よくって。
「初詣でも行くか」
「行きたい、石垣島での初詣!」
「美緒も!」
車で冨崎観音堂に行って参拝してきたんだよ。
観音堂までの道が途中から一方通行に規制されて、いっぱい出店があって参拝客も沢山居るの石垣中からきたんじゃないかって言うくらい。
でもだれも凛子さんがルイだなんて気付かないの。
パパに言わせると人間は思い込みが激しい動物だからなってメディアであれだけ海外って言っていたらこんな島に居るはずが無いって思うものなんだって。
でね、翌日はパパの誕生日だったんだけどプレゼントの代わりに凛子さんと2人で美味しい料理を作ってね。
お家で盛大に誕生日パーティーをしたんだよ。
パパも凄く喜んでくれて凛子さんが用意してくれたワインも殆ど飲んじゃって。
私と凛子さんで片づけをしてシャワーを浴びて出てくると、パパはベッドの上で大の字になってるの。
「パパ、そのままだと汗臭くなるよ」
「おう」
そう言ってフラフラとシャワーを浴びに行ったかと思うとあっという間に出てくるの、相変わらずのカラスの行水なんだから。
ゴロンと髪の毛も乾かさないうちにベッド倒れこんで。
「こんなんだから寝癖が凄いんだよ」
「面倒臭い、ジェルで固めるから良いんだよ」
「もしかしてその為にジェルでなんて事ないよね」
「ピンポン! 正解です」
「有り得ないんだから。ばーか」
私が仕方なくパパの髪の毛をタオルで拭いていると、襖の所に凛子さんがパパに借りたTシャツとスエット姿で枕を抱きしめて立ってるの。
「へぇ、凛子さん? 何をしているの? まさか……」
「今日はパパさんの隣が良いなって。シングルじゃ美緒ちゃんも大変でしょ」
「な、何を言っているのか判ってるの?」
「うん、いけないの?」
いけないの? って言われてもあんな衝撃的なキスシーンを見せられた私としては素直に良いよなんていえる筈が無かった。
でも、凛子さんは大真面目に言ってるんだよね。
仕方なくパパに聞いてみたの。
「パパ? 凛子さんが隣で寝て良いですかって言ってるけど」
「凛子が? しょうがないな、おいで」
すると凛子さんが嬉しそうにパパの横に寝っ転がってパパに腕枕までしてもらって……
「ずるい! 美緒も!」
こうなったらヤケクソで私もパパの横に寝っ転がったの。
「これが本当の川の字だにゃ……」
「にゃ? パパ寝ちゃったの?」
「寝ちゃったみたいだね。お疲れ様、ありがとう」
凛子さんがそう言いながらパパの腕を下ろしてパパの顔を優しい瞳で見つめてた。
そうだよね仕事をしてお休みはこうして私達を連れまわして遊んでくれて、ちゃんと自分の時間も作って。
石垣島だからそんな事は造作も無いってパパが言っていたことがあるんだ、出勤時間も無いに等しいし何処に行くにも便利だからなって。
「美緒ちゃんはこれからどうするの?」
突然、凛子さんに振られて言葉に詰まっちゃった。
パパは寝ているから聞こえないと思うけど。
「どうするって何をなの? ルイさん」
「もう、あまり時間が無いんでしょ。進学の事とかパパさんの事とか」
「戸惑っているのが本当だよ、凄く今が楽しいし幸せだし。でも……」
「そうか、そうだよね。美緒ちゃんは未成年だもんね。私が美緒ちゃん達の家庭の事に口を挟む事じゃない事は重々承知しているの、でもパパさんを悲しませないで欲しいな。だってパパさんは表でも私達を気遣ってくれて裏でもちゃんと守ってくれているんだよ」
「裏で?」
「そう、私が失踪してマネージャーや事務所が目の色変えて探さない訳がないでしょ。パパさんの所にも連絡があっても良いはずじゃない? 私がパパさんとデートした事はマネージャーも知ってる事なんだから。その連絡が無いという事は」
「パパが連絡したって事?」
「多分ね、それもパパさんの性格なら半分脅しを掛けて」
「脅し?」
「そう、もし連れ戻そうとするなら恋愛騒動の真実を公表するって、そんな事になれば映画の興行収入自体に響きかねない。それと……私との事をリークするぞって」
「そんな事をしたらパパが」
「そう言う人でしょ、パパさんは違う? 石垣島でずっと側にいた美緒ちゃんなら判るんじゃないの?」
ルイさんの言う事は良く判る、パパがどんな人なのかなんて身を以って知っている。
だけど、私だけの力じゃどうする事も出来なかった。
ルイさんに力無い返事をして寝返りを打って目を閉じた。
「ん? ま……凛子か」
「もう、妬けちゃうな。でも、負けないんだから」
「ちゃんとした返事……」
「それ以上言ったら美緒ちゃんに全部話しちゃうから。パパさんの胸の中に誰が居るのか」
「それだけは勘弁してくれ」
「それじゃ、これが最後だから。これだけで頑張れるから」
「しょうがない、甘えん坊だな」
その朝、何があったのか私は夢の中だったから気付く事すらなかったの。