何を隠れているかなぁ
10月の最後の週末、渋々出掛ける為に着替えをしようとしていた。
事の発端は……
俺が海に行くのを嫌がり……
フサキへ、そして渡部からこの2枚のチケットをか。
とどのつまり俺が元か……
溜息を付きながら何を着ようか考えを巡らせていた。
渡部の不敵な笑いは何かを企んでいる、そして玉の名を出すと言う事は玉も絡めると言う事を暗示していた。
あいつ等は一体何を企んでいるんだ?
そして、ここにも好からぬ事を企んでいる奴が1人。
襖の隙間から俺の部屋をと言うより俺が何を着るのか伺っている。
こいつの考えは至極簡単に判ってしまう。
俺と同じ格好、つまりペアルックに近い服を着て出掛けようと企んでいるに違いが無かった。
ここは先手必勝と行かせてもらう事にした。
501を穿いて靴下をつけて、いつもの革ポーチをベルトにぶら下げる。
そして徐にTシャツを脱いで襖に近づくとコソコソと部屋に戻る音がする。
居間の押入れのブラインドウを上げてタンクトップとロンTを取り出して、部屋に戻り小物を持って風呂場に篭って美緒に声を掛けた。
「準備は出来たか? 行くぞ!」
「うわぁ、ちょ、ちょっと待って、ずるいよ」
「何がずるいんだ?」
「なんでもない。今、着替えるから」
準備を整えて風呂場のドアを開けると美緒が部屋から飛び出してきた。
501を穿いてグレーのロンTの上に生成りの見た感じはコットンリネンの半袖シャツに見えるワンピースを着ている。
恐らく501の腰には俺と同じ革ポーチをぶら下げているんだろう。
そして人の顔を怪訝そうに見ている美緒の顔に近づけると少し赤くなって後ろに仰け反った。
「どうしたんだ? 美緒」
「な、何でもないよ」
「行くぞ」
「うん、パパはずるい」
「何か言ったか?」
「別に」
俺の格好は501に皮ポーチ、タンクトップの上にグレーのハイネックのロンTを着ている。
ロンTが少し厚手なのでこの時期にちょうど良いと思ってのチョイスだった。
そしてロンTの上に蝶のシルエットが切り抜かれているサージカルステンレスの四角いプレートに、yururuさんの碧いグラスをつけた革のチョーカーをしていた。
「何で今日は髪の毛セットしているの? それに眼鏡までして」
「気分かな」
「やっぱりずるい」
ちょっとやり過ぎたかな美緒がそれっきり何も言わなくなってしまった。
美緒としてはお揃いで出掛けたかったのだろうが今日は場所が場所だけにそれだけは避けたかった。
車で会場に向かう八重山カクテルコンペティションは大抵ここホテル日航八重山のバンケットホールで行われている。
開場時間より少し早めにホテルに到着してしまった。
まぁ、マンションから車で数分で着く距離なので先手必勝で出てしまったのが要因なのだろう。
フロントロビーに入りフロントの手前の通路を左手に進むと直ぐに案内看板が立てられていた。
八重山の間に近づくとバンケットホールの壁際にボードが設置されて写真が沢山……
「うわぁ、パパ見て。今までの参加者の写真だって。それに奥には歴代の受賞者の写真と名前が出てるみたいだよって、パパ?」
思わずボードの陰に身を寄せてしまった。
あいつ等の企みはこれだったのか?
それともまだ何か。そんな事を考えていると後ろから聞き覚えのある声がした。
「何を隠れてるかなぁ、この人は? そんなデッカイのが隠れる訳ないでしょ。見えてるって」
「玉、久しぶりだな」
「うぃ~す」
腰の辺りで手を振る相変わらずの挨拶で。
紺色のスーツを着て髪の毛をオールバックにした玉がにやけた笑顔で小さく手を振っていた。
「で、岡谷さん。噂の娘さんはどこ?」
「娘なんてここに居ないぞ、秋香達は」
「違うでしょ、そっちじゃなくて渡部さんが言ってた美緒ちゃんは何処?」
「美緒! 呼んでるぞ」
「は~い!」
美緒が俺に呼ばれて嬉しそうに栗毛色のウエーブの掛かった髪を靡かせて、ワンピースを揺らしながら駆け寄ってきて小首を傾げて俺の顔と玉の顔を見ていた。
「はぁ? この子が美緒ちゃん? 有り得ない! こんな可愛らしい子が岡谷さんの娘なんて絶対に有り得ないでしょ」
「酷いよ……私はパパの子どもなのに……うえぇぇぇん」
俺が目配せすると美緒が突然しゃがみ込んで泣き始めた。
「玉、お前は酷いな。人の娘が泣くような事を言うか?」
「ええ、俺なの? まさかやぁ」
「ああ、玉さんが女の子を泣かせてる」
俺と美緒の後ろから渡部良ことマコちゃんの声がする、美緒が更に声を上げて泣き始める。
「マコちゃんさん、この人が意地悪な事言うよ~」
「玉さん、酷いな本当に」
「ゴメン、本当にゴメンね」
周りで準備や設営しているスタッフの視線が集まり始め、玉が慌てて美緒に頭を下げた。
渡部も感づいているし頃合だなと思い美緒に声を掛ける。
「美緒、タマゴに自己紹介」
「はーい、大羽美緒。15歳です」
美緒が満面の笑顔で手を上げながら玉に自己紹介をすると玉の体から力が抜けてうな垂れた。
「ああ、もう。あんたはこの人の娘に決定! ユクサーやぁ、何処までそっくりかな、もう」
「パパ、この人は誰?」
「こいつは玉置タマゴって言って」
「こらこら、そこのおっさん。タマゴは名前じゃないから。正憲ってちゃんとした名前があるから」
「それじゃ、玉置正憲さんは何でタマゴなの?」
「名前と顔を見れば判るだろ」
玉の顔をじっと見つめていた美緒が噴出して笑い出した、ツボに嵌ったのか美緒の笑い声が通路に響き腹を抱えて美緒はしゃがみ込んでいる。
「はいはい、どうせゆで卵顔ですよ。あんた笑い過ぎ、あっちにおっさんの写真が沢山あるから見てきなさい」
「へぇ? パパの写真? 本当に?」
「うわ、パパね。そうそうパパの写真が沢山あるからね」
俺の写真の言葉にピタリと笑うのを止めて玉の顔を見上げると、小走りでボードの方に向っていった。
玉の奴がしてやったり顔で俺を見ている、昔は騙された時点でそのまま拗ねていたのに歳を取るにつけて切り替えしが早くなってきているのに驚いた。
「写真の展示があるのは偶然じゃなさそうだな」
「あはは、岡谷さんがたまたまフサキに来たからだけど、来なくてもこっちからチケットを持っていこうと思ってたから」
「そうそう、岡谷さんが娘みたいな女の子と回ってるって噂はかなり有名だからね」
「これで終わりって事はなさそうだな、楽しみにしているよ。後からな」
玉と渡部に片手で挨拶をして写真がたくさん展示されているボードを穴が開くほど見ている美緒の側に向うと美緒がひとり言をブツブツと呟いていた。
「ここにも、ここにも写ってる。ここにも!」
「今流行のツイッターか美緒は」
「うわぁ、第4回特別賞……第7回銅賞受賞?って3位って事なの?」
「ほら、始まるから会場に入るぞ」
「パパ、待ってよ。何回ぐらい出てたの?」
「さぁな、数えた事が無いから判らないな。銅賞を獲ったのが最後かな」
会場に入りしばらくするとコンペが式次第によってスタートした。
選手入場に来賓挨拶や審査員の紹介があり競技説明があり競技が始まる。
制限時間5分以内に八重山で造られた泡盛をベースに使ったカクテルを5杯仕上げて、ネーミング、色彩、味覚、テクニカルなどの6項目で腕を競い合う。
ショートカクテルとロングカクテルに別れ、毎年ショート・ロング合わせて20名弱の出場者が2人ずつ舞台の上の特設カウンターでカクテルを仕上げていく。
そして最優秀グランプリ受賞者が沖縄本島で開催されるカクテルコンペの出場権を手にすることが出来るのだ。
「凄いね、パパ。みんな格好良いし素敵だな。中には緊張してる人も居るけど」
「そうだな、職場でシェーカーを振るのと舞台の上で振るのでは全く別物だからな。バリバリにシェーカーを振っている人がここでは緊張のあまり失敗する人もいるくらいだからな」
「パパも緊張した?」
「俺か? 緊張はしないな。最初の頃は順番をくじ引きで決めていて、1番を引いた時も緊張しなかったぞ」
「信じられない、パパが緊張する時ってどんな時なの?」
「好きな女の子の前でなら緊張するぞ」
「バーカ」
そんな事を話しながら会場内を見渡すと見覚えのある顔があちらこちらに、それも見事なくらい女性の姿ばかりで笑顔を向けたり手を振っている。
こんなに石垣島に居たのかと思えるくらいだった。
すると渡部と玉の不敵な笑顔が頭に浮かんできた。
2人の顔を一刀両断にして対策を巡らす。
周りの反応に一喜一憂なんてしている余裕は無いはずだ。
まかり間違えば美緒にまで嫌われて四面楚歌なんて真っ平ゴメンだし考えたくも無い。
先手必勝一点突破在るのみ。
最悪の場合は逃げるが勝ちだ、この場で撃沈なんてそれこそ有り得ない話だった。
この後の事を考えている間にも選手達の競い合いは続いている。
美緒の顔を見ると舞台上でシェーカーを振る姿に釘付けになっていた。
ボトルを持ちデモンストレーションしながらシェーカーに材料を入れ、心地よい音を立てながらシェーカーを振りグラスに注ぐ。
青や赤、オレンジにグリーンやグラデーションを効かせたカクテルが次々に仕上がっていく。
美緒は羨望の眼差しで瞳を輝かせている。
それはまるで……
一度開いてしまった思い出の蓋は中々閉めることが出来ないでいた。
「ねぇ、パパ」
「ん? なんだ」
「パパが考えたカクテルの名前は何ていう名前なの?」
「何だったかな、特別賞が夏至南風で銅賞が酔夏だったかな。夏至南風が八重泉のグリーンボトルがベースでココナッツリキュールとバナナリキュールにグレナデンシロップとレモンでカクテルグラスにクラッシュアイスをいれたロックスタイルで」
「グレナデンって何?」
「赤い色の石榴のシロップだよ」
「スイカは?」
「酔う夏と書いてスイカ、味はスイカそのものかな、塩をグラスの淵につけたスノースタイルでスイカと同じ赤と緑色のカクテルだよ」
「他にはどんなカクテルを創った事があるの?」
「今は規定すれすれかも知らないけど、レモンを絞り入れると青から紫に色が変るカクテルを創った事があるかな」
「ええ、凄い。どうしたら色が変るの?」
「赤いハイビスカスの色素を泡盛に溶け込ませると作る事が出来るんだ」
そこまで勢いに任せて美緒に話してしまい気付いた時には後の祭りだった。
「そのカクテルの名前は?」
「何だったかな、昔の事だからな」
曖昧に誤魔化せる筈が無く、昔の恋人の名前を付けたとも言えず苦し紛れに脚色と言う嘘を付いてしまった。
「まほ……らばだったかな?」
「まほらば? どんな意味なの? 方言? 外国の言葉?」
「日本語だよ、素晴らしい場所とか心休まる場所って意味なんだ。漢字で書くと真の秀でた場と書いて真秀場だよ」
「なんだ、ママの名前かと思っちゃった。パパはそんな気障な事しないもんね」
「判らないぞ、昔は気障だったかも知れないだろ人は変るものだからな」
「パパには変って欲しくないなぁ」
「もう、変ってるかもな」
「うっ、今日のパパはちょっと嫌い。ちょっとだけだよ」
そしてコンペが終わると交流会が開かれる、交流会ではコンペで披露されたカクテルの試飲が出来るようになっていて出場者が一斉にシェーカーを振り見に来ている人達に振舞われる。
味見程度だが気になった参加者の前には人だかりが出来て出場者と話し込む人までいる。
コンペが終わったと同時に交流会に向けて裏方のスタッフや会場の中に居た人間が動き出す。
俺は車で美緒は未成年でカクテルは飲めずスタンバイされていた円卓のオードブルを摘みながら、美緒と2人で一列に並びながら一斉にシェーカーを振っている出場選手を眺めていた。
「岡谷さん、お久しぶりです」
「お、小山か。元気だったか」
「はい」
「岡谷さん、元気してました?」
「元気だったぞ」
見知った顔が次々に現れ声を掛けてきて直ぐに俺と美緒が居る円卓が囲まれてしまう。
美緒はキョトンとした顔をして恥ずかしそうに俺の少し後ろに隠れるように立っていた。
先手必勝一点突破を狙いチャンスをうかがっていると一瞬だけ皆の視線が美緒に集まる、これを逃せば一気に決壊したダムの様に怒涛の質問攻めに遭う事は見るよりも明らかだ。
「こいつは俺の娘の大羽美緒だよ。事情があって今一緒に住んでいるんだ」
「ええ、やっぱり一緒に住んでいるんだ」
「東京から独りで石垣島に俺を訪ねて来てしまったんだから仕方が無いだろ」
「東京から? それじゃお母さんは……」
「誰なのかか? ご想像にお任せします」
「係長、渡部君に昔の彼女のお嬢さんって聞いたんだけど」
何故か理由までは判らないし他にも俺と同じ役職の同僚は居たにも拘らず、俺の事を主任や係長と昔の役職で呼ぶ元スタッフは凄く多かった。
「まぁ、当たらずも遠からずだな。俺が娘だと思っているんだからそれでOKなんだよ」
「うわぁ、相変わらず岡谷係長は凄いんだ」
すると、美緒は困惑した表情で俺に話しかけてきた。
「パパ、この女の人達は……」
「俺がホテルに居た頃のスタッフだよ。殆どアルバイトの子だけどね」
順に苗字だけを教えていく、小山・渡辺・三橋・宮里…… 何処のホテルで一緒に働いていたのかはこの際端折らせてもらう。
「うわぁ、パパって呼ばれているんだ。それじゃ美緒さんも岡谷係長の事をお父さんだって思っているのね」
「うん、だって石垣島に居る間は全力で守ってくれるって言ってくれたんだもん」
「良いな、私も岡谷係長みたいなパパが欲しいな」
「あのな、パパよりも皆も良い歳なんだから相手がいない奴は早く探した方が良いんじゃないのか?」
「うわぁ、酷いなもう」
数人が非難の声を上げてそれ以外は笑っている。
笑って誤魔化しているのか相手が居て余裕なのかは定かじゃないが。
「今日は俺達がメインじゃないだろ。そろそろ表彰式が始まるぞ」
「うわぁ、まだあのイケメンのカクテル飲んでないよ」
「何ならタマゴなら紹介してやるぞ」
「「「無理!」」」
「「「圏外」」」
舞台の近くで聞き耳を立てている玉に聞こえるように言うとあまりの言い様に顔を引き攣らせている。
まぁ、後からフォローを入れとく事にしよう。
すると、俺が結婚していた事を知っている小山が冗談半分で俺に聞いてきた。
「そんな事を言う岡谷さんはもう結婚はしないんですか?」
「再婚か考えた事が無いな」
「ああ、もしかして美緒ちゃんのママ狙いかな?」
「あのな、美緒の母親とは10年以上会った事が無いんだぞ。それこそ俺の事なんて圏外だろう」
「それじゃ、他に誰か居るとか?」
「もし、また結婚するような事があれば直ぐに教えてやるよ。はいはい、俺の事はココまで」
メルアドや携帯番号を教えあって、プチ同窓会は無事終了した。
美緒を見ると普段と変わりなく見える。
それが相手が誰であろうと自分の事を娘だと紹介する事が判っている為なのか、俺が再婚なんて考えていないと言った為なのかは判らなかった。
玉と渡部には後から連絡するからとだけ告げて、表彰式の終わった会場を後にした。




