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でも、優しさは

石垣島に来てはじめての夏休みも終わっちゃった。

でも、まだまだ遊び足らなくって私は夏休みボケのままだったの。

だって15年間生きてきて一番楽しい夏休みだったんだもん。

でね、夏休みの最後はユーカさんとミポさんの3人で西表島に泊りがけで遊びに行ったんだよ。

綺麗な離島ターミナルから安栄観光の高速船で35分で西表島の大原港に着いたの。

港に着くとレンタカー会社の人が『小浜由梨香 様 御一行』って書いてあるボードを持って出迎えてくれたんだよ。

手続きを済ませてユーカさんの運転で西表島観光が始まったんだ。

ユーカさんのゆっくりのんびりの運転で天然記念物のサキシマスオウの木がある古見に向ったの、凄い木の根っこだったよ板根ばんこんって言う板状の根っこがうねっていて昔はサバニの舵に使ったんだって。

それと古見ってアカマタ・クロマタの発祥の地だよねって言ったらユーカさんとミポさんが驚いてた。

その後で由布島に行って水牛車に乗って由布島に中を歩いて見たんだけど、完璧に観光地って感じだったの。

でも、海の上を水牛車で進んでいく写真を見たことがあるから凄く感動しちゃった。

それから星の砂の浜に行ってからお昼ご飯を食べて月ヶ浜でのんびりして。

今回は海で泳がなかったの。だってパパが居ないと怖いんだもん。

ユーカさんとミポさんも判ってくれたし2人は島の人だから本当はあまり海で泳がないんだって。

白浜まで行ってから宿でゆっくりとしたんだよ。

散歩したりお土産を見たり、夕飯を食べてもまだ外は8時前だって言うのに明るかったんだ。

でね、暗くなってからパパに教えてもらった場所に車で出かけたの。

宿の直ぐ側だったんだけれど小高いパイナップル畑の真ん中なんだけど、そこから見た星空はまた凄かったの星が降るってこういう事を言うんだろうなって感じ。

天の川が辛うじて判る位で他の星座は星が多すぎてよく判らない程だったんだよ。

宿に戻ってからパパに電話しようとしたの、そうしたらミポさんが私がかけるからって携帯を取り出して……


「ミポさん。今、何をしたの?」

「えっ? チーフに電話をだよ」

だって凄い早業だったんだもん。

アドレスを開けてワンプシュでパパに電話って、パパは岡谷だから普通はカーソルを移動させないといけないでしょ。

「うふふ、美緒ちゃん。ミポの携帯のアドレスの一番最初にはチーフが登録されているの」

「ええ? だってパパは岡谷だから」

するとミポさんが携帯を開いてアドレスを見せてくれたの。

すると岡谷の前に『あああ』って打ち込まれててアドレスを開けるとパパの携帯番号が登録されていたの。

「なんでなの?」

「それはね」

ミポさんが『ニライ・カナイ』で働き出した時の事を話してくれたの。


「私が『ニライ・カナイ』でアルバイトをし始めた時には付き合っていて人が居たの、でもその人に問題があってね」

「事の始まりは私がチーフに相談したんだよ」

「え、ユーカさんが?」

「うん、チーフに相談すると俺が預かろうって。それからしばらくしてだよね」

「そうだね、私が彼に仕事を休むように言われてお店に電話したらチーフが迎えに行くからって。凄く不安で怖かったんだよ。でもね……」

ミポさんが少しずつ話を聞かせてくれたの。


チーフの岡谷が美穂里のアパートに迎えに行くと美穂里の彼氏であろう男が出てきた。

男と言えばいいのだろうか、顔つきはどこと無く大人びているがどう見てもチャラい感じが拭えず幼さが見えた。

「美穂里、話をしたいのだが良いかな?」

「は、はい」

美穂里がドアを開けると岡谷がドアを閉めて、後ろ手でドアチェーンをかけたが2人は気付かなかった。

ワンルームの美穂里の部屋は綺麗に整理整頓されていたが家具などに不自然な傷があるのがわかった。

小さなテーブルを挟んで男と岡谷が対峙し美穂里が横に座ると、岡谷が単刀直入に切り出した。

「美穂里、体調が悪そうに見えないが出勤する気は無いのか?」

「あんたに何が判るんだ。こいつが体調が悪いと言えば体調が悪いんだよ」

「すまないが君に聞いているんじゃないんだ。美穂里、どうしたい? 美穂里の口からはっきり聞きたいんだ」

「私は……仕事に行きたいです。でも……」

美穂里の声は小さく聞きづらく何かに怯えるようにしている。

岡谷が美穂里の目を真っ直ぐに見てもう一度だけ確認する。

「仕事に行きたいんだな?」

「は、はい」

力なく頷いて美穂里が答えると男が声を荒げた。

「ふざけるな!」

言うが早いか男が拳を振り上げると美穂里は両手で頭を押えて何かに耐えるように身を丸めて目を瞑った。

しかし、男の拳は美穂里に届かなかった。

美穂里が恐る恐る目を開けると岡谷が片膝立ちになり、岡谷の右拳が男の鳩尾辺りにクリーンヒットしているのが見えた。

「悪い悪い、古武道をしていた時の癖でな。殴られるかと思ったんだ、急所はちゃんと外してあるからな」

「う、うう……パパにも殴られた事が無いのに」

「ほう、そんなガキが女には手を上げるんだな」

「俺の女に何をしようが俺の勝手だろう」

「本当にガキだな。仕方が無いトコトン俺とやりあう気なら地獄の果てまで付き合ってやる」

そう言うと岡谷が立ち上がり携帯を取り出して電話をし始める。

男は両手で腹を押えるようにして蹲ったままだった。

「ユーカか? 今すぐ美穂里のタイムカードを押すんだ。押したか? チーフには少し遅れると伝えてくれ」

携帯を切ると岡谷が冷たく言い放った。

「これで今から美穂里は勤務時間内だ。上司である俺の管轄下になる、お前の好きな様にはさせない」

すると男が岡谷の隙をみて岡谷に向ってくる。

テーブル越しに岡谷が前蹴りを繰り出すと男が歯を食い縛り崩れ落ちた。

美穂里はただ怯えながら見ている事しか出来ないでいた。

「懲りない奴だな、古武道をしていたと言ただろう。今度はもろに入ったな、次は無いと思えよ」

「ぱ、パパに言いつけてやる! ぼ、僕のパパは議員をしているんだ。お前なんか島に居られないようにしてやる」

「やってみろよ、地獄の果てまで付き合うって言っただろう」

男の胸倉を岡谷が掴みあげるとガタガタと男が震え始めた。

「苦しいか? それとも痛いか? 殴られた事がないのならなおさらだな。お前の体にも痛みを叩き込んでやる」

「ち、チーフ」

岡谷が凄むと美穂里が怯えながら声をかけてきた。

「美穂里、仕事に行くぞ」

「は、はい」

男を放すと逃げ出すように玄関に向かい、慌てているのか手が震えているのか間誤付いてドアチェーン外せないでいる。

岡谷が美穂里をつれて玄関に行く、そして力の限り岡谷がドアに拳を打ち付ける。

すると男は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「た、助けて……」

ドアを開けると男が転がるように飛び出した。

「わ、忘れ物だよ」

美穂里が手に男の携帯を持っていた、それを岡谷が取って男に向ってゆっくりと歩き出す。

「おい、忘れ物だぞ」

「く、来るな!」

男が怯えながら振り返り足を階段から踏み外して転げ落ちた。

踊り場の壁に衝突して、男がうめき声を上げながら体を丸くしている。

「あのな、慌てるからだ。俺が悪いんじゃないからな、これからお前の親に用がある。案内しろ」

岡谷が静かに言うと男は頷くだけだった。

車の後部座席に美穂里を乗せ、男を掴みあげて助手席に放り込んで男の自宅に向かった。


男の案内で自宅に向う、島では比較的大きな家の居間に通された。

居間には上等な大きな木のテーブルがあり男の横には恰幅の良い父親が座っている。

岡谷は美穂里と並んで座り父親の顔を見ていると、父親が開口一番に吼えた。

「大事な息子になんて事をしてくれたんだ。貴様、ただじゃ済まさないぞ」

「その怪我は息子さんが勝手に階段から落ちた時の傷ですよ」

「本当なのか?」

父親が男に聞くと小さく頷いた。

「まぁ、息子さんが大事な部下の彼女にした事に比べればそんな傷はかすり傷ですよ」

「ウチの息子に限って……脅迫するつもりか? 金が目的だな、警察を呼んでやる」

「どうぞ、ご自由に。困るのはそちらだと思いますが」

「な、何を?」

「議員の息子がDVをしていたなんてゴシップ記事や噂話なんて島の人は大好きですからね。なんなら今から病院に行って診断書と医師の所見でも貰ってきても良いんですよ」

そう岡谷が言うと父親は黙ってしまった、美穂里は驚いて岡谷の顔を見るが岡谷の目は真っ直ぐに父親を捕らえていた。

「それとも、私が警察を呼びましょうか? 八重山警察にには顔見知りが何人か居ますから」

叩き込むように岡谷が名刺入れから数枚の名刺を取り出してテーブルに置いた。

美穂里が覗き込むと沖縄県八重山警察署と書かれた名刺だった。

すると父親が苦虫を噛み潰すように重い口を開いた。

「金輪際そちらのお嬢さんとは係わらないようにする。それでいいんだな」

「美穂里、このままこの関係を続けたいか?」

岡谷が優しく聞くと美穂里が首を横に振った。

「それで結構です。万が一、今後何かあれば警察に突き出します。その時は覚悟を決めて置いてください。こちらは既に覚悟が出来ていますので」

「ち、チーフ。覚悟ってそれじゃチーフに迷惑が……」

美穂里が泣き出しそうな顔で岡谷の顔を見上げた。

「あのな、他に頼れる所があるのか? 何かあれば俺が何とかしてやる、良いな」

美穂里が今度は大きく頷いた。


「それでね、チーフが私の携帯にアドレスを登録してくれたの。直ぐに連絡できるようにって一番最初の場所に、だからこれは私のお守りで宝物なの」

「そうだよね、あれからしばらくは携帯のアドレス帳を開けてにやけてたもんね」

「酷いよユーカ。だって凄く嬉しかったんだもん。誰かに頼れるって、見ていてもらえるんだって」

「ミポの所はちょっと複雑でね、両親とは疎遠になっているからね」

「疎遠って……」

私が少し驚くとユーカさんが笑い飛ばした。

「チーフだってそうでしょ。血が繋がらない子どもが居たりね」

ミポさんもDVの被害者だったなんて信じられなかった。

それに石垣島ではそれが日常茶飯事で離婚の理由のトップを占めているって言われたの。

確かに夏実さんも前の人とは……

そして、パパがミポさんを助けてくれたって、それも体を張って。

そんな事はパパからは想像も付かなかった。

だって仕事は真面目だけど家ではだらしないし、古武道をしていたなんて信じられないんだもん。

「チーフは優しいからね」

「でもね、優しさは強さだと思うよ。強くなきゃ優しく出来ないもん。それにあの時は怖かったのもあるけれどチーフの周到さに驚いちゃった。まるで詰め将棋みたいに相手を追い詰めていくんだもん」

「だけどさ、チーフはどちらかと言うと殴られちゃう方でしょ」

「そうかも。でも、一番怒らせたらいけない人だと思うよ」

「ええ、話が見えないよ。ユーカさん、ミポさん、教えてよ」

私が困った顔をするとミポさんが話してくれたの。

「彼の家を後にした時にチーフが言ってたの『女を殴る男は屑だ、女に殴られる男は愚図だ』って」

「ええ、パパはそんな事無いよ。確かにだらしが無いけど……」

「チーフは凄く優しいけど、怒った時は凄く怖い人なんだよ。美緒ちゃんも学校の問題を解決してもらえたんでしょ」

「ユーカさん、そうだけど」

「良いな、美緒ちゃんは。命がけでチーフは守ってくれると思うよ」

そんな事を言われちゃった。


彼と別れた後でミポさんはアパートを引き払ってユーカさんと一緒に住み始めたんだって。

それと、ミポさんが私と同じ様に暗闇が大嫌いな理由が判った気がした。

多分、元彼の所為だと思う。

それにパパと出会ったばかりの時に『ニライ・カナイ』で言われた言葉を思い出していた。

普段は大人しいミポさんが声を荒げて私に言った言葉にはこう言う理由があったんだって。

翌日は朝から浦内川をボートで上って軍艦岩まで行って、そこからジャングルの遊歩道みたいな所を歩きながらマリュウドの滝やカンピレーの滝を見に行ったんだ。

本当に凄く楽しい西表島だったんだけどミポさんの話が心に一番残っているかもしれないの。

私を命がけで守ってくれる、そんなパパを……

ミイラ取りがミイラになっちゃった。

ママ、本当にゴメンね。



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