何か変だなぁ(美緒視点)
その朝はキッチンから漂ってくる美味しそうな匂いと、トントンとリズミカルな包丁の音で目が覚めた。
枕元に置いてある携帯のアラームはまだ鳴らない。
という事はまだ寝ていられる時間なのだけど、美味しそうな匂いが私のお腹の虫を叩き起こしたみたい。
キッチンに行くとパパがジーンズにストライプ柄のシャツの裾をダラリと出した格好で料理をしていた。
「パパ、おはよー」
「おはよう」
「ん?」
何か変だなぁ、パパの寝起きが悪いのは毎日の事なんだけれど……
今日はいつになく声が低くって怒っている様な顔をしていた。
「パパ、朝から何を作って……」
パパの手元を見て私は固まった。
小ぶりの2段重ねが出来るお弁当箱に綺麗にお弁当を詰めているところだった。
「お弁当だぁ……なんで?」
「今日は弁当の日なんじゃないのか? 美緒」
「えっ? あっ! …………」
パパがいつになく低い声で言った、実は今日は月に何回かあるお弁当の日だった。
今まではパパに言い出せずに買い弁と石垣島では言うんだけど。
朝、近くのお店でお弁当の変わりになる物を買ってから学校に行っていた。
「パパ、怒ってる?」
「さあな」
「怒ってるじゃん、ゴメンなさい」
「何で美緒が謝るんだ?」
「だって、パパは働いてるから悪いと思って……」
「言い出せなかったと? それで金子先生からメールが来て初めて俺は月に何回か弁当の日がある事を知ったと?」
「せ、先生からメール?」
「そうだ、何かあったら連絡をもらえるように、この間アドレスを教えておいたんだ」
「う、嘘。本当にゴメンなさい、これからはちゃんと言うから」
「ほら、出来たぞ。自分で包んで持っていけ」
「ありがとう」
パパはぶっきら棒にそう言うと自分の部屋に行ってしまった。
用意されていた朝食を食べてマンションを飛び出した。
「もう、あんなに怒らなくても良いじゃんか! パパの馬鹿!」
ひとり言を呟きながら学校に向った。
マンションから学校までは歩いても10分もかからない距離で。
学校に近づくに連れて制服姿の生徒が増えてきた。
黒いズボンに半そでの白いシャツを着て学校指定のワインレッドのバックを背負っている男の子、女の子は水色と言えば良いのだろうか爽やかな色合いのセーラー服の夏服で学校指定のバッグを持ったり背負って歩いている。
「美緒! おはよー!」
「おはよー 泉美」
「あれ? 今日はなんだか元気が無いなぁ」
「そんな事ないよ」
泉美は石垣島で一番最初に出来た友達なの、玲華との喧嘩の後でクラスを牛耳っていた玲華が鳴りを潜めて最初に話しかけて来てくれたのが泉美だったの。
「あれ? 美緒は今日は買い弁じゃないの?」
「う、うん。あのね、パパが……」
「ほほう、また噂のパパですか?」
泉美が腕組みをしながら勝手に納得して頷いている。
「ん、もう。そんなんじゃないもん。今日はパパがお弁当を作ってくれたの」
「えっ? あのお嬢様のモンスターママを退治したパパお手製のお弁当なの?」
「う、うん」
「よし! じっくりと拝見させてもらうからね。もちろん味見もね。急がないと遅刻だよ!」
「待ってよ」
泉美は楽しそうに校門をくぐり昇降口に駆けて行っちゃった。
私も急がなきゃ。
「うは、早く、早く、美緒!」
お昼休みになると泉美が真っ先に私の机まで飛んできて、自分のお弁当は開けずにお箸を持って待ち構えていた。
「もう、そんなに急かさないでよ」
「もしかして、ドカ弁だったりして」
「違うもん、2段重ねのお弁当箱だもん」
バッグからお弁当が入っているライム色の巾着を取り出すと、泉美が不思議な顔をして聞いてきた。
「美緒? その可愛らしいライムグリーンのアーガイル柄のお弁当箱セットって美緒が選んだの?」
「えっ? 違うけど」
「はぁ? だって美緒のパパって美緒が石垣島に来るまで独り暮らしだったんでしょ。それも40過ぎのオジサンでしょ。おかしくない?」
「そうかな、仕事場の女の子に借りたのかも」
「ふうん、まぁ良いや。それではオープン……」
泉美が勝手に人のお弁当箱の蓋を開けて固まっている。
「い、泉美? どうしたの?」
「す、凄い! 美味しそう!」
泉美に言われて初めてお弁当を見て驚いちゃった。
玉子焼きにコーンが乗ってるシュウマイにウインナー、それに人参の炒め物に青梗菜か小松菜のおひたしかなぁ。
色とりどりのおかずが綺麗に詰められていて、ご飯はいつもの五穀米のご飯に梅干が入ってた。
「それじゃ、玉子焼き。ゲット!」
泉美が玉子焼きを口に放り込んで目を大きく見開いて首を横に振って涙目になっていた。
「どうしたの? 美味しくないの?」
「美味うま過ぎ! 普通の厚焼き玉子じゃなくてフワフワのだし巻き玉子だ! 次はシュウマイ、ゲット! う、嘘、なんだかクリームコロッケみたい。本当に美緒のお父さんが作ったの?」
「う、うん。朝起きたら殆ど出来てたよ」
「凄すぎる、人参シリシリにこれは中華ぽいから青梗菜のナムルって言うのかな。どれも美味しい、それに野菜がいっぱいでご飯が五穀米? 美緒の健康を凄く考えてくれてるんだね」
「そうかな、お家じゃ毎日だよ。五穀米とか黒紫米とか」
腕組みをしてフンフンと頷きながら泉美が私の話を聞いて感慨深く溜息をつくと、徐に私のステンレスボトルを開けて蓋にお茶を注いだ。
「ん? 何? このお茶」
泉美が一口飲んで考え込んでいた。
「もしかして……ハイビスカスティー? あのビタミンいっぱいの? 美肌に効果がある? で、美緒はニキビが減ってお肌がスベスベになって」
「そう言えば最近便秘しないかも。お家でもこれかハト麦茶だし」
「ハト麦? これはこれはご丁寧に美肌になる為のお茶じゃん。そりゃ、こんだけバランスのとれた食事をしていれば当然でしょ」
「東京に居た時はママの仕事が忙しくってコンビニだったからなぁ」
「羨ましいなぁ。オジサンでもこれだけ料理が上手だったら」
泉美が言う『オジサン』がちょっと気になって聞いてみた。
「へぇ? オジサンと言えばお腹が出てて少し髪の毛が薄くなってたり禿げてたりじゃん」
「えっ? パパはお腹なんて出てないよ、髪の毛も少し白髪があるけどフサフサで禿げなんかじゃないもん」
「はぁ? 美緒。本当に? ポロシャツにスラックスのゴルフスタイルでオジサン臭いんじゃないの?」
泉美の言葉に少しだけパパを馬鹿にされているみたいでムカっとした。
「違うもん! 背なんか180センチもあって普段はTシャツでリーバイスの501を穿いててだらしないけど、仕事中は格好良いんだから」
「180センチ、背高! チビで禿でデブじゃないんだ。で、仕事中は格好良い?」
「そうだよ、真っ白のシャツをバシって着てて黒いズボンに長い黒いエプロンをして。髪の毛は後ろに流してて」
「ふうん、そんなに格好良いんだ。今度紹介してよね」
「えっ、う、うん。良いよ。もちろん」
ど、どうしよう。勢いで紹介するって言っちゃった、あんなだらしない普段のパパなんか紹介できないよ。
それに、パパになんて言えば良いんだろ。
とりあえず保留って事で……
泉美の舌は本当に正直だったみたい、パパのお弁当はどれも私好みで凄く美味しかった。
お家に帰ってからお弁当箱を洗って、もちろん完食だよ。
で、パパにまたお願いしますって頼んじゃった。
今度はどんなお弁当なんだろう楽しみだな。
でもね、ちょっと複雑だなママの言いつけも守らなきゃいけないしね。悩み多き年頃の乙女って少し古いかなぁ……