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変わらないな

米原キャンプ場のビーチに戻り、パラソルを広げて買ってきたパンを食べる。

美緒はカレーパンに挑もうとしていた。

「辛いぞ」

「辛いの平気だもん」

「激辛だ……」

俺が言う間もなく美緒はカレーパンに噛り付いていた。

「ん?……んん!」

一口噛んだパンを手に掴んだまま美緒は百面相をしながら首を横に振っていた。

「どうした? ほら、出して」

「ん! んん!」

そして顎を引いたと思った瞬間にゴクリと俺まで聞こえるような音がした。

「ひぃ! かりゃい! じゅーちゅ!」

ペットボトルの紅茶を渡すと慌てながら口の中を漱ぐ様に喉を鳴らしながら飲んでいた。

「ふぅ~辛かった。はい、パパに上げる」

「さんきゅ」

美緒からカレーパンを受け取り普通に食べ始める。

不思議そうな顔をして美緒が首を傾げていた。

「辛くないの?」

「辛いよ、でも大丈夫だ。辛い物は嫌いじゃないからな」

「ちぇ、美緒はタマゴパンにしよう」

美緒はつまらなそうに紙袋からタマゴパンを取り出して大きな口をあけて頬張った。


「喰った喰った、久しぶりに食べた」

「えっ? 時々食べてるんじゃないの?」

「そんなに米原には来ないからな」

「どこに行くの?」

「魚を突きに行く時は石崎が多いかな。風が強い時なんかに米原のビーチでお姉ちゃんを見ながら……」

「オヤジ!」

美緒が怖い顔をして俺を睨みつけた。

「別に取って喰ったりしないよ、ただ何も考えずに小説を読んだりしてたかな」

「海で?」

「そう、ただ小説に集中して。波の音と風の音と」

「ふうん。そうだ、皮のポーチを見せて」

「これか?」

本皮のベルトポーチを美緒に渡すと、品定めをするような真剣な顔つきでポーチを見て手で触っていた。

「なぁ、何でも使って良いって……」

「それは使わせないぞ」

「ええ、何で?」

「あのな、それは手縫いの本皮なんだ。使い込んでいくうちに味が出てくるんだ、やっと最近馴染んできたばかりだからな」

「嘘つき! 何でも俺の物は自由に使って良いって言ったのに!」

頬を膨らませて口を尖らせ、精一杯の抗議の気持ちを美緒が表していた。

「これが良いのか?」

「うん! だって凄く良い感じなんだもん」

「それじゃ、帰ったら美緒用に注文してやるよ」

「本当に?」

「ああ、ついでだ。他に欲しい物があれば考えておけよ」

「うん、約束だからね。破るなよ」

「破らないよ。約束は守るためにあるんだ」

「大人じゃん」

「大人をからかって面白いか?」

「だって、パパって時々子どもみたいな時があるって言うか、パパくらいの歳なら普通はオジサンじゃん。だけどパパはオジサンに見えないもん」

「この島に居るからかもしれないな」

「ふうん」


美緒が澄ました顔で空を仰いで、何かを閃いたのか急に声を上げた。

「パパ、帰ろう! 帰ってネットでお買い物がしたい」

「はぁ? もう少しゆっくりしていこう。ネットは逃げないからな」

「そうか、それじゃ泳ごう!」

美緒が急に立ち上がって俺の手を引っ張った。

「ねぇ、もっとシュノーケルを教えて。潜る事も出来るんでしょ」

「そうだな。でも、気を付けないとどんな遊びでも危険だからな。特に海や山などの自然相手は要注意だぞ」

「だから、パパに教えてもらうの。パパは上手なんでしょ」

「判ったからそんなに急かすなよ。あわ……」

「慌てるのが一番危険なんでしょ」

「変らないな……」

「何と?」

「いや、なんでもない。それじゃ講習会だ」

「うん!」

『変らないな』に続く言葉を掻き消して美緒にせがまれてシュノーケリングを教える事になった。


瑞穂の言葉が身に染みる。

心の奥底で鈍い痛みを感じた。

蛙の子は蛙なのか美緒はあっという間に潜る事まで体で覚えてしまったようだった。

俺の方がもう良いだろと根を上げるまで何度でも反復練習をしていた。

日が傾き風が心地よくなってきている。

波の音を聞いているとなんだか眠くなってきた。

眠気を吹き飛ばすように大きく伸びをした。

「そろそろ帰るぞ」

「うん、気持ち良いね」

「美緒は凄いな、さすが真帆の娘だな」

「えっ、何が?」

「覚えが早いって事かな」

「なんでママの娘だとなの?」

「真帆はサーファーだったんだろ」

「えっ! 本当に?」

美緒が驚いた顔をして俺の顔をポカンと見上げていた。

「知らなかったのか? サーフィンやボディーボードが好きで内地でやっていたらしいぞ。だからかな飲み込みが早いのは」

「そうかな」

「海が好きなんだろ」

「うん、大好き。理由は判らないけど、海の側にいると凄く落ち着くの」

「真帆も海が大好きなんじゃないかな?」

「そうだね、海外の南の島にはよく行ってたみたい」

「バリにハワイ、サイパンにロタか……」

水平線に視線を投げて静かに目を閉じた。

「どうしたの、パパ」

「ちょっと、疲れたかな」

「ねぇ、パパは海は好き?」

「好きだよ、だから石垣島に居るんじゃないか。海が俺の恋人かな、でっかくて優しく包んでくれて。怒った時は荒れ狂って怖いけどな」

「それって、パパじゃん」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもない、帰ろうパパ」

「そうだな」




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