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学生生活

毎日、同じ事の繰り返しだった。

朝起きて仕事に行き、帰ってきてシャワーを浴びて寝る。

そんな変らず繰り返されるリズムが美緒が現れてから変り始めた。

それは単調なリズムがいきなりオーケストラになる位の変化の仕方だった。


そして、短かくあまりにも濃厚な春休みが終わり。

美緒の石垣島での学生生活が始まった。

物事を何でもはっきり言う美緒はクラスメイト達と中々馴染めないようだったが、しばらくすると落ち着いてきたように感じていた。

そしてもう直ぐゴールデンウィークと言う観光地にとってプレトップシーズンとも言うべき書入れ時がやってこようとしていた。

その朝は美緒の醸し出す不穏な空気から始まった。

白いブラウスに紺のチェックの短めのスカートに黒いハイソックスという。

美緒が中学2年まで通っていた東京の中学校の制服を着て、仏頂面をして五穀米入りのご飯が盛られた茶碗を箸で突っついていた。

「朝ぱらから何を不機嫌そうにブツブツ言っているんだ?」

「うるさいなぁ、関係ないだろ」

「関係なくはないだろ、朝飯が気に入らないのか?」

「違う!」

「いい加減にしろ! 言いたい事があるのならはっきり言え! 判ってくれているなんて思ってると大怪我するぞ。言葉にして伝えないと人間なんて理解しあえないんだ」

初めて美緒を叱った気がした。

すると美緒が口を噤んで奥歯を噛み締めて俺の顔を睨み付け渋々口を開いた。

「壊れた」

「はぁ? 何が壊れたんだ?」

「ママに買ってもらったダイバーウォッチ。お気に入りで大切にしてたのに」

「電池切れじゃないのか?」

「違う、石垣に来る前に交換したばかりだもん!」

「見せてみろ」

「う、うん」

渋々美緒が俺の前に文字盤がオレンジでステンレス製のダイバーズウォッチを差し出した。

手にとって見ると確かに止まっている。

ボタンやリューズを動かしてみるが時計は動き出さなかった。

「修理に出すしかないな。俺が修理に出しておいてやるから」

「時計が無いと困る」

「携帯があるだろ」

「授業中はカバンの中に入れておかないと没収される」

「しょうがないな、俺の腕時計でもしばらく使っておけ」

「不便じゃないのか?」

「店では時計はしないからな」

「何で?」

「調理の仕事もするからな。それにサービスをするのに時計なんて邪魔なだけだ」

美緒に自分のクロノグラフのダイバーズウオッチを腕からはずして渡すと、美緒は腕に嵌めてブラブラさせていた。

「大きい」

「仕方がないだろ男物なんだから。美緒の時計が直るまでだ、我慢しろ。そう言えば店の方に荷物が届いていたぞ、何か買ったのか?」

「荷物? あっ! なんでここに届かないんだ」

「元々、俺は独り暮らしだから『ニライ・カナイ』に届けてもらった方が楽なんだ。自宅が不在の時は店に届けてもらっているんだよ」

美緒が俺の手から小さな小包を奪い取るようにして包みを開けて中を確認していた。

何かアクセサリーか何かを買ったんだろうと思い出勤する準備を始めようとした。

「これを着けて」

「なんだいきなり? 指輪?」

美緒が取り出したのはサージカルステンレスの綺麗なブルーのスラントラインが入っている指輪だった。

「何で指輪なんだ? ご丁寧に石まで入って文字まで刻印されているぞ」

「ジルコニアだ。それと文字は『Conquers all love』全ての愛を手に入れるって意味だ」

「俺に対する嫌味か?」

「文句を言わずに着けろ」

「あのな、飲食業は基本アクセサリーは禁止なんだよ」

「結婚指輪もなのか?」

「まぁ、結婚指輪なら問題ないが……って何で? 俺が結婚指輪をしなきゃいけないんだ! 一応バツイチだけど俺は独身だぞ」

「虫除け? 魔除け?」

美緒は腕組みをしながら惚けた顔をしている。

「それにこれは結婚指輪じゃないだろ」

「これが良いんだよ。それじゃパソコンのところに引っ掛けてある指輪を着けて仕事に行くか?」

「冗談はよしてくれ。なんで処分に困っている結婚指輪をしなきゃいけないんだ」

「やっぱり、結婚指輪だったんだ」

「まぁ、そうだな。あいつとは式も挙げてないし記念撮影もしていないからな。唯一の証だった物だ」

「ふ~ん、何で指輪だけだったんだ?」

「あいつには3人の子どもが……止め止めこの話は終わりだ。仕事に遅刻する」

「言いかけた事を引っ込めるな」

「朝から変な話ばかりさせるな。気分が悪い」

俺が立ち上がろうとすると美緒が俺の腕を掴んで顰めっ面をして俺の顔を見た。

「判った、判りました。着ければいいんだろ」

「左の薬指だぞ」

「なんでこうなるかなぁ」

俺が渋々指輪を左の薬指につけていると美緒が自分の右手の薬指に同じ指輪を着けていた。

「美緒、まさかペアリングじゃないよな」

「いけないか? これで美緒の下僕決定だな」

「冗談じゃない」

俺が指輪を外そうとすると美緒が俺の目の前に握り拳を突き出した。

「殴るぞ、お前の周りには女が多すぎる」

「ただの友達とただの知り合いだ」

美緒が頬を膨らませてあからさまに不穏な空気を噴出させた。

「判った、着けておけば良いんだな」

外しかけた指輪を嵌めなおして美緒の目の前に拳を突き出して確認させマンションを飛び出した。


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