驚愕
「面白そうな事になったじゃん、岡谷」
事務所からオーナーと一緒にホールに戻った。
オーナーは子どもの様にキラキラとした悪戯っ子みたいな瞳をして。
一方の俺はげんなりした顔をしていた。
「余計な事を一切しないで下さいね」
「余計な事? こんな面白そうな事に首を突っ込むなと? 私と岡谷の仲で」
「だから釘を刺しているんです」
「無理」
「まるで子どもですね」
「うふふ、ワクワクするな」
「子どもじゃなくてその笑い顔は悪魔に見えます」
オーナーは全く聞く耳は持っていないようだった。
すると、オーナーとのやり取りを美緒が睨みつけるように見ていた。
「美緒、ここまで何で来たんだ? タクシーか?」
「自転車を買った」
「一万でか?」
「生活していくのに必要なお金はママから貰ってきている」
「あまり無駄遣いするなよ」
「私はそんなガキじゃない!」
「判ったから、そんなにムキになるな。とりあえず美緒はマンションに戻るんだな」
「ふん! 言われなくても判ってる」
俺と美緒のやり取りをオーナーとスタッフ全員が楽しそうに、にやけながら見ていた。
「俺と美緒は見世物じゃないんだ。勘弁してくれ」
「なんだか2人とも良く似てる」
「「似てない!」」
美緒と声が被ってしまう。
「ぴったりじゃない。そうだ岡谷、これはオーナー命令よ。この時期にしか見られない石垣島の蛍の事をお客さんに教えたいの、だから調べて報告しなさい。それと蛍が安全に見られる場所を探してくる事。良いわね」
「はぁ? 仕事はどうするんですか?」
「もう、春休みも終わりだからそんなに忙しくはならないわよ」
「オーナーがそんなんで良いのか? だから……」
「うるさいわね。ガタガタ言ってないで動く、言われたら直ぐに行動に移しなさい!」
野崎オーナーが俺の尻を叩き飛ばした。
「美緒はマンションに戻ってくれ、俺は仕事だ」
「岡谷、何を寝ぼけた事言ってるの? 一旦あんたも帰りなさい」
「はぁ? まさか……」
「そのまさかよ、ちゃんと可愛い娘さんに石垣島の素晴らしさを教えるのがこれからのあんたの仕事でしょう。それにクソが付くくらいクソ真面目なあんたが居たら楽しい相談も出来ないじゃない」
オーナーの野崎女史がこの上なく楽しそうに笑いながらサムズアップして3人のスタッフに目配せをすると、3人のスタッフが面白そうにオーナーと同じ様にサムズアップしていた。
「パワハラだなまるで。帰るぞ美緒」
「う、うん」
怖いくらいのチームワークの良さに美緒は驚愕と困惑の表情を隠せずにオーナーとスタッフ達のチームパワーに押されていた。
オーナーと3人の最強タッグチームにはどんな正攻法も奇策も全く歯が立つ訳が無く、渋々と『ニライ・カナイ』を後にすることになった。
駐車場に出ると美緒がオレンジ色の可愛らしい折りたたみ自転車を押してきた。
「ふ~ん」
「な、なんだよ」
「いや、良いセンスしているなと思って」
「当たり前だ。東京生まれの東京育ちの都会っ子だぞ」
美緒が買った自転車はタイヤもシートもフレームもオレンジ色で他の部分のブラックがアクセントになっているかなり良いセンいっている自転車だった。
「へぇ、アルミのツインチューブのフレームでVブレーキにシマノ製の6段変速機、そしてグリップシフトか。軽そうで扱い易そうだな」
「うはぁ、オタク丸出しだな。自転車にも詳しいのかよ?」
「まぁ、パンク修理なんかは子どもの頃から自分でやっていたからな」
「へぇ~凄いな」
「慣れだよ、慣れ。ドッペルギャンガーの2xxシリーズかな」
「な、なんでそんなに詳しいんだ」
「この会社のアウトドアー用品に興味があって調べた事があるんだ。その時に目に付いたのがこの鮮やかなオレンジの自転車だっただけの事だ。昔からオレンジ色は大好きなんでな」
「そうなのか」
「ああ、それじゃ折りたたんで車に積んでとりあえず帰ろう。帰ってからネットで調べもないといけないからな」