彼女との距離
「貴方って、幸せそうよね。」
零れてきた言葉に視線を向ければ、ぼんやりとした眼差しを向けられていた。
『…そう、みえているのだろうか?』
声には出さず、視線に考えを乗せる。
彼女は僕の考えが読めたのか、軽く笑う。
「だって、そう見えるんだもの。」
そう言われたところで僕は喜んでいいのか馬鹿にされていると怒ればいいのか…。
彼女は時々、読めないことを言う。
むっとした顔をすれば、彼女の軽い笑いは満足そうな笑顔に変わる。
「羨ましいのよ。私には、何が幸せなのかって、わからないから。」
笑顔でありながら困った顔をするなんて器用なことをしながら、僕へ手を伸ばす。
もともと近くに座っていたのだから気にすることじゃないのだろうが、体は正直というべきか。
野生動物のように跳ね上がる僕の心を見透かしたように、僕の体は、思わず後ずさる。
「ごめん…。」
ごめん。と言わなければならないのは僕の方だというのに、日頃の習慣と化したその言葉を思わず零す。
気まずさに苦笑いをしながら僕は、彼女との距離を一歩縮めた。
僕は口下手だから。
ごめん。などと、彼女が言わなくていいんだと素直に言えなくて、僕の想いを行動に乗せる。
僕が幸せそうにみえるのならば、それは彼女が隣にいるからで。
僕のことで彼女の気持ちを下げたい訳じゃない。
『…。』
声が形を成す前に、僕は口を噤んだ。
心中尋常でない僕に彼女は気付くこともなく、近づいた互いの距離に只々、嬉しそうに顔を綻ばす。
「いま、幸せかも。」
思いもよらなかった言葉に耳を疑う。
疑問だらけの顔を彼女に向ければ、丁寧に伝えられた。
「いま、私、貴方といられて、幸せよ。」
僕と彼女の幸せが同じものだと知って、嬉しくて嬉しくて。
無意識に彼女に僕の手を重ねた。
僕と彼女の距離は、今、重なっている。
僕は、今、とても幸せです。