★☆★異★☆★世★☆★界★☆★ド★☆★パ★☆★ガ★☆★キ★☆★
その少年は、ドパガキと呼ばれていた。
動画は倍速。ゲームは攻略サイトを見ながら最短攻略。レベル上げは面倒くさいが、ガチャを引く瞬間だけは目を輝かせる。
食事中には動画を見て、動画を見ながらゲームをして、ゲームのロード中には別の動画を見る。待つことが苦手で、楽しいことが大好き。
そんな少年が、ある日、異世界へと転生した。
これは、神に選ばれし少年が幾多の試練を乗り越え、世界を救う勇者となるまでの壮大な物語である。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「おお……! 異界より来たりし者よ!」
「うわっ、すげェ! 本物のお城じゃん!」
体育館よりも高そうな天井。真っ赤な絨毯の両脇には、鎧を着た兵士たちがずらりと並んでいる。
目の前には、立派な玉座に腰掛けた王様がいた。
「王様! その王冠触っていい?」
「む? これか? これは王家に代々伝わる宝でな。そう気安く触れるものではないぞ」
「へえー! 売ったらいくらになるんだろ」
「そうじゃな……金貨百枚、いや五百枚……千枚は下らぬ……って売るかーッッ!!」
「ゴホン……さて、少年よ。そなたがこの地に導かれたのは、決して偶然ではない。古来より伝わる神託には――」
「ドラゴンいる?」
「む? ドラゴン?」
「うん、ドラゴン」
「……まあ、北のはずれにおるにはおるが、まずは世界の危機について――」
「マジ!? やっぱいるよね!? 見たい見たい! はやくそこいこう!」
「むむむ! その前にワシの話を聞かんかッッ!!」
この世界では、異世界からやってきた者は神に選ばれた特別な存在とされてきた。時に賢者となり、時に英雄となり、そして時には世界を救う勇者となる。
そのため王国では、彼らを迎える儀式を何よりも神聖なものとしていた。だが今回ばかりは、王も早々に儀式を切り上げた。
「……ならばまずは、そなたの旅を支える者を決めよう」
「仲間!?」
「うむ。我が国が誇る優秀な魔法使いたちじゃ」
王の合図を受け、従者が分厚い名簿を運んできた。三十名もの候補者の名前や能力、経歴が詳しく記されている。
「それぞれの能力や経歴を確認し、慎重に一人選ぶがよい」
「えー! 三十人もいるの」
「そなたの命を預ける相手なのじゃからな、一人ひとり、じっくりと――」
「じゃあ、このアイって人にするよ!」
「は、早いのお! アイということはやはり回復魔法のスキルで選んだか」
「ううん、一番上にいたから!」
こうして、勇者の命運を左右する重大な選考は、五十音順という絶対的な力によって決着した。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「は、初めまして! 勇者候補様!」
王宮の中庭で少年を出迎えたのは、若い女性魔法使いだった。
名はアイ。王国魔法学院を優秀な成績で卒業したばかりの新人魔法使いだ。
幼い頃から英雄譚に憧れ、いつか自分も偉大な勇者の力になりたいと願ってきた。そんな彼女にとって、今日は待ちに待った記念すべき日なのだ。
「私、アイと申します! これから精いっぱいお仕えいたします!」
「よろしく! ところでアイはどんな魔法使えるの?」
「はい! 私は攻撃魔法から防御魔法、簡単な治癒魔法まで――」
「すげェ! 見せて見せて!」
「えっ、今ですか?」
「うん!」
少年の無邪気な反応に、アイもいつの間にか緊張を忘れていた。
「では、初級の火炎魔法をお見せしましょう」
杖の先に魔力が集まり、やがて小さな火球が宙に浮かぶ。
「おおー!」
「ふふっ。魔法というのは、長年の修行によって少しずつ習得するもので――」
「俺もやってみよ!」
少年が手を上げた途端、天高く噴き上がる火柱。
「わっ! 出た!」
「…………ええ!?」
「ねえねえ、水も出せるかな?」
今度は大きな水球が出現した。
「できた!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「風もいけそう」
中庭を突風が駆け抜け、アイのローブが激しくはためく。
「うわー! すげェ! 全部できた!」
「ええええなんでいきなり使えるんですかァァァ!!!」
アイの叫び声が王宮中に響き渡った。
「普通は一つの属性を習得するだけでも何年もかかるんですよ!?」
「そうなんだー、大変だね」
「ええ、そうなんです! だからこそ魔法使いは日々努力を――」
「あ、同時にも出せた!」
炎と水と風が、少年の周囲で一斉に舞い踊っている。
「いやいやいや!! 同時魔法とか見たことないけど!?!?!?」
少年には、転生時に授かった特殊な能力があった。
その名は《マルチタスク》。
複数の思考を完全に独立させ、同時に実行できるという、世界の常識を覆す能力である。
通常、魔法使いは一つの術を発動するだけでも高度な集中力を必要とする。しかし少年にその制約はない。攻撃しながら防御し、回復しながら別の魔法を唱えることさえ可能。
まさしく神の御業。世界の歴史を変えかねない力だった。
「ねえアイ!」
「は、はい!」
「魔法で動画とか見られないかな?」
「……どうがとは?」
「えーとね……そう、動く絵! 音も出るやつ!」
「それでしたら幻影魔法と音響魔法などを組み合わせれば、似たものは作れるかもしれません」
「おお! じゃあ今すぐやってみよう!」
数分後、少年の周囲には三つの魔法水晶が浮かんでいた。
一つには剣士の戦い。一つには踊る妖精。そしてもう一つには、異国の料理を作る様子。
それぞれの水晶からは、異なる音声まで流れてくる。
「わー! すげェ! 異世界でも見られるじゃん!」
「す、すごい! これがどうがですか……」
「そう! ここに来る前もたくさん見てたんだよね」
「なるほど……(これが勇者様の強さの秘密……?)」
「ところで勇者様」
「ん?」
「一度に三つも見てるんですか?」
「うん! あ、倍速にもできるよこれ!」
「……」
こうして、世界最強の能力は、娯楽の同時視聴に使用されることとなった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
そして二人の冒険が始まった。
アイは勇者を支えるという使命に燃え、ドパガキは初めて見る異世界の景色に大興奮。街道沿いに広がる草原も、遠くに見える山々も、少年にとっては何もかもが新鮮だった。
「アイ! あれスライムじゃね!?」
「そうですね。小さいですが、あまり近づくと危険で――」
「うーん、これでもドロップアイテムはなしかー」
「いやいやいや!! なんか100匹ぐらい死んでるんですけど!!」
その後、街道を進む二人の前に巨大な剣を背負った男が現れた。
「フハハハハ! よく来たな、若造!」
「うわ! いきなりなんか出た! でかい剣!? かっけェ!」
「ほーう、分かるか! これは俺様が三年の修行の末に手に入れた魔剣でな――」
「で、すごいの? その剣」
「ん? そりゃあすごいが……どうしたいきなり」
「必殺技とかは?」
「え? ああ、もちろんだ! 我が奥義を見れば、貴様も腰を抜かすだろうなフハハハハ!」
「マジ!? 見せて見せて!」
男は得意満面で魔剣を構えた。
「よかろう! その言葉、後悔するなよ? 見せてやる! 我が究極奥義、暗黒烈風――」
「ほいっ!」
ドンッ!
男の身体が空の彼方へと消えていく。
「あっ」
少年はぽかんと口を開いた。
「あ、やっちゃった」
アイもまた、男が飛んでいった方向を見つめていた。
「……勇者様」
「ん?」
「あの男の必殺技、見たかったんですよね?」
「うん」
「じゃあなんで先に攻撃したんですか?」
「だってあいつトロいんだもん」
「あーあ、デカ剣の必殺技、見たかったなー」
「なら待ってあげてくださいよッ!!!」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
次に訪れた街は、大規模な武闘大会で賑わっていた。
「優勝者には、伝説の宝箱が贈られるそうですよ」
「宝箱!?」
その言葉を聞いた途端、ドパガキの目が輝く。
「出る出る! 俺も出る!」
こうして少年の大会出場が決まった。
第一試合。
「俺はこの街で兵士を――」
一撃。
第二試合。
「ククク……ガキに裏の世界の恐ろしさを――」
一撃。
第三試合。
「女だからって甘く見ないでよね! こう見えても私は――」
一撃。
準決勝。
「私はこの先の山奥から来――」
一撃。
そして迎えた決勝戦。
「待て! 俺にはまだ第二形態が――」
一撃。
すべて一撃であった。
「よっしゃ! 宝箱ゲット!!」
「いーや人の心とかないんかァァァ!!!」
大会は史上最短で幕を閉じた。
優勝者となった少年は、表彰式もそこそこに宝箱へ飛びつく。
「頼む! レア来い! レア来い!」
期待に胸を膨らませて蓋を開けると、中に収められていたのは、銀の指輪だった。
「あー! ハズレっぽい」
「いえいえ勇者様、これも立派な賞品ですよ?」
「そうかなー、じゃあアイにあげるよ」
「え!? いいんですか」
「うん、また明日別のやつ獲るから」
「ありがとうございます! ……ですが次の大会は一年後だそうですよ」
「えええ!! そんなに待てないよー! 明日やってー!!」
その後も二人の旅は続いた。
古代遺跡の謎解きは、壁を破壊して突破。伝説の剣を手に入れる七つの試練には、七つ同時に挑戦。
長老から世界の歴史を教わる場面では、いつの間にか魔法水晶を浮かべ、別の映像を楽しんでいる始末だった。
「勇者様、話聞いてます?」
「聞いてる聞いてる! あ、そうやって覚えるんだなるほどなー」
「いや絶対聞いてないよコレ!!!」
旅の始まり、アイは不安でいっぱいだった。
人の話は最後まで聞かないし、何をするにも待っていられない。こんな少年が本当に世界を救えるのだろうか。
しかし、旅を重ねるにつれて、その印象は変わっていった。
どんな強敵にも臆することなく、困難に直面しても決して立ち止まらない。魔法の才能は底知れず、いざという時には驚くほど頼もしい。
アイはいつしか、この少年こそ本物の勇者なのかもしれないと感じるようになっていた。
それに、ドパガキは珍しいものを見つけるたび、真っ先にアイを呼ぶ。美味しいものがあれば半分に分け、面白い魔法を覚えれば得意げに披露してくれる。
手のかかる少年ではあるけれど、そんな彼を放っておけない自分がいる。
そして、なんやかんやあって。
二人は魔王城へと辿り着いた。
「いやなんやかんやってなに!?!?!?」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「……ついに来ましたね、勇者様」
アイはごくりと唾を飲み込み、杖を握る手に力を込めた。
「ここが魔王城か、なんか強そう!!」
目の前にそびえ立つのは、天を突くような漆黒の城。空には暗雲が渦巻き、不気味な雷鳴が響いている。
「ほんと、この人は……」
こんな場所でも、少年はいつもと変わらず目を輝かせていた。その姿を見ていると、アイは不思議と肩の力が抜けていくのを感じる。
「おそらくこの先に、魔王がいるんですよね」
「魔王ってやっぱ角とか生えてんのかな?」
「さ、さあ……私も実際に見たことはありませんので……」
「生えてたら迫力ありそう! 楽しみだなー」
そして、二人は巨大な城門をくぐり、暗闇の奥へと進んでいった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
魔王城、最深部。
漆黒の玉座から、ゆっくりと立ち上がる一人の男。その身に宿す魔力は、これまでの敵とは比較にならない。
重苦しい威圧感が広間を満たし、足元の石床に亀裂が走った。
「よくぞここまで来た、異界の勇者よ」
玉座の主――魔王の迫力ある低音ボイスが辺りへ響き渡る。
「我は千年の時を生き、幾多の英雄を葬ってきた。この世界の理を知り、命の――」
「おお! 魔王だ!」
少年の目が輝いた。
「ねえねえ、魔王ってめっちゃ強いんでしょ?」
「無論だ」
「すげェ! 早く戦おうぜ!」
「ふっ。威勢のよい小僧よ」
魔王の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「よかろう。ならば見せてやる。我が真の力を!」
次の瞬間、魔王の姿が消えた。
「――えっ?」
猛々しい雷鳴と共にドパガキの身体が吹き飛び、巨大な柱に激突する。
「勇者様ッ!」
アイの叫びが響く中、崩れ落ちた瓦礫の隙間から少年が顔を出した。
「いってて……」
頬には一筋の血。異世界に来てから初めて負った傷である。
「勇者様ッ! 今回復呪文を!!」
アイが全速力で駆け寄る中、少年はふらつきながらも立ち上がった。
「魔王、めっちゃ強いじゃん!」
息つく暇もない速さで、魔王が再び間合いを詰めた。少年も咄嗟に防御魔法を展開、しかし光の盾はたった一撃で粉々に砕け散る。
「ウッソ!?」
間髪入れずに、無数の黒い槍が降り注いできた。炎で迎撃し、水の盾で防ぎ、風の刃で反撃。それでも魔王の猛攻が緩む気配はない。
「どうした勇者! その程度か!」
「ちょっと待って! これヤバくね!?」
異世界に来て初めての苦戦。明らかな劣勢……それでも少年は笑っていた。
攻撃、防御、回復、解析。
四つの魔法を同時に発動し、さらに五つ、六つ、七つと術式を重ねていく。《マルチタスク》が、かつてない速度で回転し始めた。
しかし、それでも魔王には届かない。
「ザザザザザ! 面白い! 面白いぞ小僧! その力、まさしく神の御業!」
魔王が両腕を広げると、城全体が激しく揺れ始めた。
天井が崩れ落ち、露わになった夜空に巨大な魔法陣が出現する。世界を焼き尽くすほどの魔力が、その中心へと収束していく。
「勇者様! 逃げてください!!」
アイの懸命な叫びにも、少年は動こうとしなかった。
その代わり、周囲に浮かんでいた魔法水晶が、一つ、また一つと消えていく。
剣士の映像。
妖精の踊り。
料理の映像。
耳元で流れていた音楽も、ついに止んだ。
「……勇者様?」
アイは目を見開いた。
あれほど刺激を求め続けていた少年が、あれほど一つのことに集中するのを嫌っていた少年が、今は目の前の敵だけを見つめている。
「……なんかさ」
少年がぽつりと呟いた。
「ひとつに全力って、楽しいかも」
アイは息を呑む。
少年の瞳には、もはや退屈も焦燥もない。
そこにあるのは純粋な闘志。強大な敵に立ち向かう、一人の勇者の姿だった。
「来い、勇者よ!!」
「よっしゃあ! いくぞッ!!」
幾千もの魔法が空を覆う。
炎と氷が衝突し、雷鳴が轟き、光と闇が交錯する。魔王の一撃を防いだ少年が反撃に転じれば、魔王もまた新たな術式を展開して応戦した。
互いに一歩も譲らない。
少年の魔力が尽きかければ、魔王の身体にも傷が増えていく。攻撃を受けるたびに立ち上がり、限界を超えてなお戦い続ける二人。
どれほどの時間が経っただろう。
やがて、少年の放った最後の一撃が、魔王の胸を貫いた。
「小僧……いや、勇者よ……見事……だ……」
魔王は静かに微笑んだ。
「我を超える者が……現れようとは……」
その巨体が光の粒となり、夜の闇へ溶けていった。
長きにわたる戦いは、ついに終わりを告げた。
世界に、平和が訪れたのだ。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「勇者様……!」
アイが駆け寄ると、少年は肩で息をしながらも、満足そうに笑っていた。
「すごかったです……本当に……!」
アイの目に涙が滲む。
「私、感動しました。勇者様が、あんなに一生懸命戦って……」
「へへっ! めっちゃ楽しかった!」
「はい……!」
アイは確信していた。
少年は変わったのだ。
効率や結果だけではない。何かに夢中になる喜び。困難を乗り越える達成感。
その尊さを、彼はついに理解したに違いない。
「あっ!」
不意に少年が声を上げた。
視線の先には、魔王が消えた場所に出現した黄金の宝箱。
「金箱だッ!!」
「えっ?」
「アイ! 見て見て! 金箱!!」
少年は猛然と駆け出した。
「ちょ、ちょっと勇者様!?」
「レア来い! レア来い!」
勢いよく開かれた宝箱から、眩い光が溢れ出す。
その中心に姿を現したのは、伝説級の魔剣だった。
「うおおおお!! きたきたきたきた!! 神引きじゃん!!」
アイの胸に、ほんの少しだけ不安がよぎる。
しかし、すぐに首を横に振った。
人はそう簡単に変われないだろう。それでも、彼は確かに戦いの中で大切なものを見つけたはずだ。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
数日後、王都では魔王討伐を祝う盛大な式典が開かれていた。
玉座から立ち上がった国王が、晴れやかな声で宣言する。
「勇者よ! そなたの偉業によって、世界は救われた!」
ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!
平和を手にした国は割れんばかりの歓声に包まれた。
「そなたは数多の困難を乗り越え、ついに魔王を打ち倒した! まさしく真の勇者じゃ!」
その言葉を聞きながら、アイは誇らしげに微笑む。
思えば、奇妙な出会いだった。
名簿の一番上に名前があった。ただそれだけの理由で選ばれた自分が、今こうして世界を救った勇者の隣に立っている。
最初はどうなることかと思った。
いや、途中もずっとどうなることかと思っていた。
それでも、この旅には確かな意味があったのだ。
きっと少年は魔王との戦いを通じて、人生で本当に大切なものを学んだだろう。
もう彼は、ただ刺激を求めるだけの子供ではない。
アイはそう信じ、静かに少年を見つめた。
「さて、勇者よ。世界に平和をもたらした今、そなたは何を望む?」
国王の問いかけに、少年は少し考え込む。
そして、目を輝かせて言った。
「次の魔王まだ?」
「これがドパガキかァァァ!!!!!!」




