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8話 追っ手狩りと新たな魔法

「命懸けの逃避行イベントとは、なかなかハードな異世界転生である」


 森の奥まで逃げ切り、洞窟に身を潜めて、ようやく一息つく。


 騎士は地面に座り込み、荒い呼吸を繰り返している。

 額から汗が滴り落ち、肩が大きく上下していた。


 風魔法で多少は体重を軽減していたとはいえ、娘を担いだまま森の中を数キロも駆け抜けたのだ。

 当分動けぬのも無理はない。


 ちなみに、逃げ出す直前、荷物はすべて我が回収しておいた。

 野営の道具も食料も、この手にある。


 ――我の勝利。ぐふふ。


「にしても、魔法の威力と持続時間がかなり上がっておったな。このままいけば、本当に大魔法使いになるのではないか?」

 

 自らの勇姿を想像し、思わず頬が緩む。


 とはいえ、大魔法使いとやらになるには、まだ時間が必要であろう。


 そのために、状況を整理でもするとしよう。


 徐々に呼吸を整え始めた騎士へと、我は視線を向ける。

 

 この娘に護衛として付き従っている騎士――。

 

 本当に騎士の称号を持っているかは知らぬ。

 だが、その所作や立ち居振る舞いから察するに、上流階級の出であることは疑いなかった。


 となれば、この娘もまた、相応の身分であろう。

 その身分の娘が、あのような男どもに狙われている。


 ――なぜか。


 騎士は、この娘を特別視している。

 我の勘が告げる――これは、ラヴであると。


 ならば駆け落ちか?

 ……いや、それでは毒と呪いの説明がつかぬ。


 この娘は、明確に殺されたのだ。


 となれば、貴族の跡目争いか。

 争いに敗れそうになり、騎士が娘を逃がした――。


 現時点では、それが最も筋の通る仮説である。


「……くだらんな」


 眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 うら若き娘の顔に似つかわしくない表情だが、止められぬ。


 娘を狙った者たちへの怒りが、胸の奥でくすぶる。

 自らの手で勝ち取った勝利ではなく、己は安全な場所に身を隠し、毒や呪いという証拠の残りにくい方法で手を下したのだ。


 どの時代の権力者も、腐っておる。


 行き場のない黒い感情を、呼吸に乗せてゆっくりと吐き出す。

 そうして、少しだけ冷静さを取り戻した。


 ――というか。


 もしそうなら、町娘設定にしては背景が重すぎではないか?


 これでは、この娘が本当に貴族だとしても、「貴族に転生できたヤッフー!」などと浮かれていられる状況では、到底ないぞ?


 ……我、これからどうなってしまうん?


 そんな不安を抱えたまま、我と騎士は森へと潜伏することになった。


 それから数日――。


 我らは、逃げ込んだ森の奥の奥にある洞窟を仮の拠点とし、追っ手の目を避けながら休息を取る日々が続いていた。

 だが、相手もこちらを逃がす気はないらしい。

 追っ手は執念深く、何度も森の奥へ踏み込んできていた。


 早く隣町へ向かい、港町へ移動したい。

 だが、こうも執拗に追っ手を放たれては、先日の街のように、また道を使いものにならなくしてしまう恐れがあった。

 敵の意図も分からぬまま、人が大勢いる町へ向かうわけにもいかぬ。


 ――ゆえに。


 「凍てつく蒼よ、我が指先に集え。白き刃となりて鋭く尖れ――!

 ……つまり、氷魔法! 尖って飛んで敵に刺され!」


 我と騎士は、出立の機を見極めるため、しばらくは森で抗戦することにした。


 森の奥の開けた場所で、迫り来る追っ手に向かい、我は口元をわずかに緩め、躊躇なく呪文を唱える。

 

 周囲の空気がびりりと震え、無数の氷の矢が宙に形を成していく。

 透き通る刃は陽光を受けて鈍く煌めき、追っ手たちへと無情に放たれた。


 氷の刃に身体を穿たれた男たちは、悲鳴を上げながら散り散りに逃げ惑った。


 拠点である洞窟は、今や我らの命綱だ。

 居場所を知られるわけにはいかぬゆえ、追跡の気配を察知すれば、今回のように森の開けたこの場所へと誘導するようにしている。


 我の強力な攻撃魔法を食らってなお突っ込んでくる男の懐へ、騎士が鋭く踏み込む。

 研ぎ澄まされた剣閃が閃き、次々と相手を地に伏せさせていく。


 ――この騎士、なかなかやる。


 ここへ来るまでの戦いぶりを見る限り、騎士は逃げに徹するタイプかと思っていた。

 だが、広い場所であれば、その剣技は存分に発揮される。


 これまでは娘――すなわち我――を庇いながら戦わねばならなかったため、どうしても後手に回らざるを得なかったのだろう。


 だが今は違う。


 この身体も徐々に回復し、魔法も以前とは比べものにならぬほど練り上げられるようになった。


 今では二人で連携し、森の中では向かうところ敵なしである。


 ――もっとも。


 呪文は相変わらず、直接的な命令文でしか発動しない。

 そのため、我が考えたカッコいい詠唱(無意味)のあとに、現実的な命令文を付け足さねばならぬのが、なんとも玉に瑕である。


 ともあれ、騎士の働きもあって追っ手の脅威は確実に減ってきている。


 ここまで戦闘を繰り返したのだ。

 もしやと思って確認してみたところ、ちゃんと我のレベルも上がっておった。

 その証拠に、魔法の威力も持続時間も、日に日に増しているのを実感している。


 このままいけば、本当に大魔法使いとなり、魔法無双という夢物語も現実になるやもしれぬ。


 ただし、この町娘の身体は、如何せん体力がない。

 追っ手の来ない日は、有酸素運動や筋力鍛錬を行い、地道に基礎体力を底上げしているのが現実である。


 ……なんだか、思い描いていた異世界転生と違う気もする。


 ともかく、このまま魔法無双できるよう、精進あるのみだ。


 そう心に決め、敵どもも逃げ帰ったため拠点の洞窟へ戻ろうとしたところで、騎士から声がかかった。


「フィオレ様。男を一人、生け捕ることができました」


 振り向けば、騎士の手には黒ずくめの男が掴まれている。

 ぐったりと気絶してはいるが、荒い息遣いが確かに生を示していた。


「おお、手柄である。これまでの者どもは、深手を負わせる前に逃げてしまい、口を割らせることができなかったからな」


 そう、これまでの追っ手は数も頻度も多いくせに、戦闘になると少し斬られただけですぐに大声でわめき、撤退してしまうのだ。

 まったく、最近の刺客どもは根性が足りん。


「……それは……フィオレ様の魔法の威力が強すぎて、死んでしまう者がいるからかと……」


 我のせいか。魔法チートのせいか。


 だが、それは仕方ないというものだ。

 我は神に愛されし大魔法使いなのだから――!


 ……神がいるのかは知らぬがな。


「実際、何人かは事故で亡くなってしまいましたからね……」


 そう言って騎士は胸元に手をやり、静かに祈るような仕草をした。

 さすが騎士。我らを狙ってくる怪しい奴らにも慈悲を与えるとは。


 ――というか、事故ではないわ。


 我が、きっちりそやつらを狙った結果である。

 などと言えば、なぜか命の尊さについて長時間、説教を食らうので言わぬが。


 ともかく、我の魔法に恐れをなした奴らは、以前に比べてずっと慎重になり、安全な距離からしか狙ってこなくなった。


 ゆえにこちらも捕らえることが叶わず、今まで敵の目的も正体も分からなかったのだ。

 だが、これでやっと吐かせることができる。


 我は腕をぶんぶんと振り回しながら、にこやかな笑みを浮かべて男へと近づく。


 そやつは全身を黒装束で固めていたが、よく見るとフードの縁の一部に、黒糸で奇妙な刺繍が施されていた。


 ――これは何だ。


 貴族の紋章か?

 そういえば、我が最初に目覚めた時の鞄の魔法石ギミックにも、このような文様が出ていたな。

 ならばやはりこの娘、貴族なのか。


 我が文様に気を取られて無言でいたことで、騎士はそれを不安と勘違いしたらしい。


「この者……口を割りますかね?」


 男が目覚めても暴れぬよう、がっちりと拘束しながら騎士が問う。


 その懸念に、我は人差し指を左右に振ってみせる。


「案ずるな。我は新たな魔法を覚えた。その名も――催眠だ」


「おお……それは心強いですね」


 催眠魔法。

 素人の我ですら、その便利さは知っている。


「だが、同人誌みたいな十八禁催眠などはせぬから安心するがいい」

 

「どう……じ……?」


 純粋そのものの目で我を見つめ、その聞き慣れぬ言葉を復唱しようとする真面目な騎士。


「……忘れろ。今すぐにだ」

 

「はっ」


 危ない。

 あやうく清廉な騎士の魂を、我の汚れた知識で汚染するところだった……。

 

 いたたまれなくなり、我は慌てて話題を切り替える。


「さて、新しい魔法を試してみようではないか」


 口元からぐふふと期待の笑みを漏らしながら、我は捕らえた男へ催眠魔法を施した。

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