10話 創造魔法、爆誕?
「本気ですか、フィオレ様。こちらから攻撃に出るなどと、本気で言っておられるのですか?」
騎士は目を見開き、信じがたいものを見るような顔で我を問いただした。
あのあと、口を割った黒ずくめを(騎士に知られると説教が面倒なので、こっそりと)始末し、我らは洞窟へと戻った。
濡れた岩肌の冷気を背に受けながら、今後の方針を騎士へ告げる。
すると騎士は、驚きを隠そうともせず、即座に我を止めにかかった。
というか今、「また思いつきで何か言い出しましたね」的なニュアンスを受け取ったぞ。
心外な。
我がちゃんと考えて動いていることを、証明してやろうではないか。
「正気だ。このまま逃げていても、教団には人数がいる。対してこちらは二人だ。数の暴力の前では、いずれ追い詰められよう。ならば、こちらから攻撃に出るしかあるまい」
森を駆け回ったせいで泥に汚れたマントを払いながら、我はこともなげに、完璧な理由を口にした。
「ですが……敵は強大な魔王崇拝教団です。貴族の中にも……それこそ王家にまで勢力を伸ばしているのはご存じでしょう。そんな相手に、私たち二人で攻撃に出るなど、死も同然です。命は助かったのです。私は、あなたにこのまま無事に生き延びてほしいのです」
珍しく、騎士は言葉を重ねた。
普段は寡黙な男が、これほどまでに饒舌になるとは。
そこまでこの娘を案じているのか。
――これは本当に、愛の逃避行というやつではないのか。
んん?
どうなんだ。
未だ逃避行説を捨てきれぬ我は、胸の奥にひと握りの期待を忍ばせる。
だが、その甘い妄想が芽吹く前に、騎士の鋭い一言が差し込んだ。
「大体、先日まで姫は重体だったじゃありませんか。ここは当初の予定通り、隣国の姉君を頼った方がいいと思います」
その言葉に、我は思わず目を丸くした。
おい。今この騎士、姫と言ったぞ。
隠しておきたいのではなかったのか。
我はわずかに目を細め、騎士の表情を探った。
先制攻撃だけは絶対に許さぬ――そんな雰囲気を漂わせつつ、それでも娘を気遣う色が瞳に宿っている。
……うむ、姫発言にまったく気づいておらぬな。
ならば我も、聞かなかったことにしておこう。
「……見てのとおり、身体はもう何ともない。自分で治したからな」
あえて平然と告げると、騎士はぽかんと口を開けた。
「自分で……? あの原因不明の症状を、姫がどうやって……」
それはステータスを見て――と言いかけたところで、ふと一つの考えが脳裏をよぎった。
もしかして、この世界ではステータスを見ることはできないのではないのか。
この騎士が、娘の症状の原因も分からずあれほど走り回っていたのだ。
我の場合、表示されるのは検査結果に近い形式だ。
だが、この世界そのものに「ステータス」という概念が存在しないのだとしたら――。
だからこそ、「ステータス」という、この世界には存在しない呪文では開示されなかったのだとしたら……。
我の履歴書や診断書という直接的な呪文だからこそ、ステータスのような情報を引き出せていたのではないか。
その考えに至った瞬間、背筋にひやりとしたものが走る。
――よもや。
よもや、我がこの世界に本来ない魔法を、生み出してしまっていたとしたら。
先ほどまでの警戒とは裏腹に、それが我にしか使えない新魔法かもしれないという事実に、胸の奥がじわりと熱を帯びはじめる。
我は今、誰も辿り着けなかった領域へ、足を踏み入れているのではないか。
これはチート中のチートではないのか。
それに、もし本当に我が魔法を生み出せてしまうのならば。
それを“創造魔法”と名付ければ、いつもの直接命令型の呪文ですら、実に格好がつくではないか。
思わず、「グフフ」と、美少女からは到底想像できぬ笑い声が漏れた。
だが、本当に我だけが使える魔法なのかは、今の時点では分からぬ。
実は王宮魔術師級の能力があれば使えるとなれば、糠喜びも甚だしい。
どのみち、今の段階で、我がステータスを見えると軽々しく明かすのは得策ではないだろう。
我はちらりと騎士を見やった。
我が急に黙り込んだことで、騎士の顔には不安が浮かんでいる。
病状について尋ねた直後ゆえ、体調の悪化でも疑っているのだろう。
その視線の端々には、こちらを案じる色が滲んでいた。
――この騎士になら打ち明けてもよい気もする。
胸の奥が、わずかに揺れる。
だが、その揺らぎはすぐに凪いだ。
我はまだ、この世界のことを知らなさすぎる。
我の能力以上の使い手がいて、遠方を監視する魔法があった場合、この情報が足枷になることも考えられる。
慎重に動かねばならない。娘の命は未だに狙われているのだ。
我は視線を伏せ、何事もなかったかのように口を閉ざした。
「ともかく、我の身体はほぼ治った。そして、そのおかげで魔力も回復した。今なら上級魔法も撃てるぞ。多分」
この世界の魔法体系については、既に騎士から教わっている。
上級魔法ともなれば、この世界でもかなりの威力らしい。
つまり我の魔法無双も、いよいよ現実味を帯びてきたということだ。
ちなみに、それ用の神々しい詠唱も、すでに考案済みである。
披露する瞬間を想像すると胸が躍る。
もっとも、その後に普通の言葉で魔法を発動させねばならぬのだが。
それを思い出した途端、自然と顔がしょぼくなった。
そんな我の百面相を気にもせず、上級魔法という言葉を聞いた騎士の表情は、次第に険しさを帯びていった。
「姫が……上級魔法?」
信じがたい、と言外に滲ませながら、騎士は呟く。
無理もない。
病に伏す以前、この娘が扱えた魔法は、せいぜい初級魔法程度だった。
もとの潜在魔力量は高い。
それは騎士も承知している。
だが、魔力量は多くとも、魔力回路の反応が鈍かった。
豆電球に過剰な電流を流せば焼き切れるように、娘の魔力回路もまた脆弱だったのだ。
そのせいで魔力操作は安定せず、魔法も満足に扱えなかった。
――と、診断書をもとに、レントゲンやMRIのように体内を直接探る魔法を試した結果、我が推測したことではあるが。
その過程でいろいろな魔法を試したせいか、魔力回路は以前よりも太く、強くなった。
これは間違いなく、我の干渉によるものだろう。
だが、魔法無双が我を待っているのだ。
鍛えれば伸びると知った以上、鍛えぬ理由はない。
あの日から我は、有酸素運動、無酸素運動、筋力鍛錬、そして魔力強化訓練を日課としている。
少女の身体でありながら、その鍛錬内容はなかなかに苛烈である。
……というか。
「いきなり上級魔法だなんて危険すぎます。姫にもしものことがあったら……」
どうやら我の“先制攻撃案”で、頭の中が完全に埋め尽くされているらしいこの騎士。
先ほどから「姫」連呼である。
気づかないふりをしてやっていたが、さすがにひと言くらいは注意したほうがよいか。
「騎士よ。先ほどから我のことを姫と言っているが、大丈夫なのか?」
問うや否や、騎士ははっとして自らの口を押さえた。
騎士にあるまじき失態を犯したとでも言うように、額にはじわりと冷や汗が滲んでいた。
「どこで誰が聞いているか分からぬからな。気をつけたほうがよいぞ」
低く告げると、騎士は口を押さえたまま何度も小さく頷いた。
もっとも、防音魔法は既に展開してある。
我を上回る魔法使いでもいない限り、外へ言葉が漏れることはまずないだろう。
ここまで神経質になる必要はないのかもしれぬ、と一瞬思わなくもない。
だが、解呪を施した日から、微かな違和感は続いている。
妙な魔力というべきか、変な電波のようなものというべきか――。
静電気のような不快感が、空気の中に微かに混じっていた。
ほんの微かなものではある。
だが、それが消えぬ以上、警戒を解くわけにはいかぬ。
「というわけで、こちらから打って出るぞ」
強引に話題を戻すと、騎士は露骨に呆れた顔をした。
まるで、またその話か、と言いたげである。
「ですから、敵は強大で……」
「また同じ話を繰り返すのか。実は転生ものではなく、ループなのではあるまいな」
「るー……?」
騎士が怪訝そうに首を傾げた、その瞬間だった。
洞窟の外へ広げていた探知魔法が反応し、ピヨピヨと間の抜けた警報音が鳴り響く。
(なお、この警報音は騎士のために姫が好みそうな警報音にしてみた。我の粋な配慮である)
騎士が「何の音です?」と言いたげにこちらを見た、その瞬間。
我と騎士の表情から、すっと笑みが消えた。
――追っ手の気配だ。




