【短編ギャグ】高校生はタバコを吸ってはいけません
昼休みの校舎裏、その隅。
影に隠れたその場所には辺りに人はおらず、聞かれたくない話をするにはもってこいの場所である。
そこに一人の不良と、彼と付き合いがあるとは似つかわしくない真面目そうな少年がいた。
「いいから、一本だけ吸ってみろよ」
髪を金色に染めた不良少年から差し出されるのは、タバコ。それはどこか大人の象徴のようにも見える。
少年はそれに手を伸ばしかけて──止める。
「ここまで来たんだ。興味あるんだろ?」
「まあ、ちょっとはね……」
曖昧に笑う。
少年は、これまで真面目に生きてきた。
だが、少しだけハメを外してみたくなったのだ。
タバコに興味を持ったのは、真面目に生きることを求める周囲に反発したくなったから。
だが、まだそれを受け入れるには度胸が足りなかった。
「タバコって、一度始めたら止めたくても止められなくなりそうだし」
残った不安は、まだ消えていない。
「そんなことねえって。俺なんて毎日吸ってるけど、ちっとも中毒じゃないぜ」
「それはもう、中毒なんじゃ……」
「止めるのだって簡単だって。俺の先輩なんてもう三回も禁煙してるし」
「それ成功してないじゃん……」
少年の持つ不安は、さらに大きくなった。
だが、ここまで来て引き返すことも格好がつかない。
「とにかく一度吸ってみろよ。すげー良いもんだからさ」
「うん……じゃあ、一本だけ」
少年が足を踏み外そうとしたその時。
「お前達、そんなところで何をやっている!?」
怒声のような大きな声が、校舎裏に響いた。
「こそこそとこんなところで……何をやっているのかと聞いているんだ!」
「やべえ、生活指導の菅原だ!」
「げっ……」
まずいところを見られた。
自分の右手には、今渡されたばかりのタバコ。
教師の厳しい視線は、それを見逃さない。
「何だそれは。高校生がそんなものを持っていて良いと思っているのか?」
「い、いや……それは、あの……」
バキイッ!
教師の拳が、少年の頬に振り抜かれた。
衝撃に耐えきれず、彼は勢い良く後方へ吹き飛ばされる。
地面の上に、乾いた音を立ててタバコが散らばった。
「大丈夫かっ!」
不良が彼の下へと駆け寄る。
少年は傷んだ頬を手で押さえた。
「やり過ぎです。謝ってください、先生!」
不良は怒りを露わにする。
自分を庇ってくれるなんて、いい奴だと少年は思った。
「謝れだと? 一体何に謝れと言うんだ?」
「今先生が弾き飛ばした、タバコにですよ!」
「ええっ!?」
(俺じゃねえのかよ!?)
てっきり自分のことを庇ってくれたと思ったのに、不良は俺よりもタバコのことを心配しているのか?
「俺のことをクズだと罵ろうが、殴ろうが、そんなことはどうでもいい。だが……」
不良は拳を握り締め、臆さず教師に向かって吠えた。
「タバコを馬鹿にする奴は、絶対に許せない!」
(お前とタバコの間に、一体何があったんだよ)
少年は不良のタバコへの異常な執着に思わず引いた。
「そこまでタバコに関して怒りを見せるとは……一体貴様にとってタバコがどのような存在だと言うのだ?」
教師に問われ、不良はゆっくりと口を開く。
「……俺は小さい頃、厳しい両親の下で毎日英才教育を受けさせられていた」
視線が、空を仰ぐ。
「毎日毎日勉強に追われる日々。当時の俺に遊ぶことなど許されなかった。当然おもちゃなんて買い与えてもらえる筈もなく、友達が楽しそうにしているのを指を咥えて見てるしかなかった」
目が、遠くを見つめている。
「そんなある日……俺を見かねて父親が初めてある物を買い与えてくれた。それが……」
一拍。
「タバコだった……」
「教育方針がおかしい!」
両親の思想が噛み合って無さすぎる!
「それから俺は毎日のようにタバコを吸い続けた。その魅力に取り憑かれた俺は、青春をタバコに捧げる決意をしていた。しかし無情にも、この高校にはタバコ部が無かった」
「どこの高校にもねーよ!」
「俺はタバコ部の新設を訴えたが、新たな部を創設する条件として、部員二名、顧問一名を集めることができず、認められなかった」
「絶対問題はそこじゃねーよ!」
ツッコミが追いつかなさすぎる。
「ふん、なるほどな。馬鹿というものは幼少の頃から形成されるものなのだな」
教師は不良の言葉を冷たく切り捨てた。
「なんだと!? あんたにタバコの何がわかるって言うんだ!?」
「わかるさ。私も以前はタバコを吸っていたからな」
「……それなら尚更……なんでタバコを否定しようとするんだ!?」
(いや、未成年が吸うのを咎めるのは普通だろ……)
だが、教師の言葉は少年の予想とは別の方向へと進んだ。
「それは、私の最愛の妻の命を奪ったもの。それがタバコだからだ!」
「えっ!?」
人命が奪われた。重い告白に思わず衝撃を受ける。
「……どういうことですか?」
「妻は、私の吸うタバコの副流煙によって苦しんだ。そして最後は命を落としたのだ!」
「……じゃあ、お前のせいじゃねーか!」
正論だった。
「重い呼吸器疾患を患い、痩せ細ってしまった彼女の最後の言葉を、今でも覚えている……」
* * *
「しっかりするんだ。さゆり!」
「あなた……私、もう一度……新鮮な空気が、吸いたかっ……た……」
「さゆり……さゆりぃーーっ!」
* * *
「今、妻は冷たい土の中で眠っている……生前欲しがっていた、空気清浄機と共にな……」
「死ぬ前に買ってやれよ」
「だから私は、タバコを絶対に認めない!」
「自分の非をタバコに押し付けすぎだろ」
責任転嫁甚だしい。
「本当にそれでいいんですか?」
不良が教師に話しかける。
「何だと!?」
「あなたの気持ちはわかります。しかしあなたもかつてはタバコを愛していたはずだ。本当にタバコを憎み切れるのか?」
「……くっ!」
不良の言葉に、教師は表情を揺らす。
「奥さんもきっとタバコを憎めなどと思っていません。またもう一度、タバコを愛せるようになることを望んでいるはずです」
「いや、それはないと思う」
「自分に嘘をつくことはやめてください。一緒にタバコを、楽しみませんか?」
そう言って不良は、教師にタバコを一本差し出した。
それを見て、彼は生唾を飲み込んでしまう。
(口が疼く……まだ私は、タバコを愛していると言うのか……)
「ただのニコチン中毒じゃねーの?」
――そうだよ、自分に素直になりたまえ……。
不意に、声が聞こえてきた。脳裏に直接語りかけるような、不思議な声が。
――タバコは怖くない……とっても気持ちの良いものなんだ……。
「誰だ?」
教師が辺りを見回す。少年も、不良も、思わず顔を見合わせた。
この場にいる誰の声でもない。
次の瞬間。
ポンっ!
「初めまして! 僕はタバコの妖精!」
現れたのは、タバコに顔と手足がついた、子供が考えたマスコットのような存在だった。
「えっ、妖精って……マジかよ!?」
少年は思わず声を上げる。
「うん、肺が真っ黒な人には僕の姿が見えるんだ」
「嫌な条件だな!」
だが疑問が湧き上がる。
「でも俺は、まだタバコを吸っていないから黒くないと思うんだけど……」
「同時に性格が腹黒い人にも見ることができるんだよ」
「えっ、俺ってそうなの!?」
突如お前は性格が悪いと突きつけられても、受け入れ難かった。
タバコの妖精は、教師に語りかける。
「やあ、今の話は聞かせてもらったよ。君の気持ちもわかるが、死んだ奥さんも君が自分を犠牲にするなど望んでいないのではないかな? 亡くなった者が望むのは残された人の幸せだよ」
教師は目を瞑り、何かを考えている。
「大丈夫。君の奥さんは許してくれる」
「だから吸うんだ」
「吸いなさい」
「吸え!」
妖精は、営業マンも真っ青な強引さで教師に喫煙を迫った。
「……ダメだ、妻を裏切ることなんてできん!」
だが教師は、不良が差し出すタバコから顔を背けた。
「死んだ妻に遠慮して、どうしても吸えないと言うのだね?」
「はい……」
教師は神妙な面持ちを崩さない。
「じゃ、生き返らせよう」
ボコッ!
妖精が軽い調子で話すと地面が割れ、そこから元気な妻の姿が出現した。
「ええええええっ!?」
超展開すぎて頭が追いつかない。
「さゆり……本当にさゆりなのか?」
「あなた……?」
「おおっ、我が愛しき妻よ!」
「あなた!」
温もりがある。幻ではない。
教師は二度と会えないと思っていた妻を、強く抱きしめた。
「えっ、タバコの妖精って、人を生き返らせられんの?」
「余裕」
「タバコの妖精すげーーっ!」
タバコとは関係ない超能力に、驚愕するしかできなかった。
「なあ、俺もタバコを吸い続けたら、いつかあんなことができるようになるのか?」
「うん。毎日吸えばいつかできるようになるよ」
「嘘を教えるなよ」
不良が本気にしたらどうするつもりだコイツ。
「ありがとう。君たちのおかげで、大切な者を取り戻せたよ」
教師は妻の肩に手を置き、優しい笑みを浮かべている。
「お礼に、この私にタバコ部の顧問を務めさせてくれないか」
「えっ?」
一瞬、間が空く。
「やったーーっ、これで顧問と部員が揃ったぞーーっ!」
不良は両手を挙げて喜びを表した。
「えっ、まさか俺も数に入ってるの?」
「今日がタバコ部のスタートですね」
「一緒に頑張っていこう」
「いや、俺は入るなんて一言も……」
少年は慌てて止めに入る。
「ガタガタ抜かすな。あんまうるさいとお前んちに火ぃつけんぞ」
妖精がヤクザのような迫力で少年を制止した。
「何こいつ、怖い!」
不良と教師は少年のことを気にせずにどんどん話を進めようとする。
「せっかくだから部員の証みたいなのがあるといいな」
「部員はみんな根性焼きをするっていうのはどうですか?」
「絶対に嫌だ!」
「大丈夫。タバコは友達、怖くないよ!」
「ボールは友達みたいに言うな!」
コイツらの暴走を止めないととんでもないことになってしまう。
だが少年の声は彼らには全く届いていなかった。
「ひとまず、タバコ部を作ることを校長に伝えに行くとしよう!」
「はい!」
少年は強引に彼らと一緒に校長室へと移動させられた。
* * *
「……と、言う訳で、タバコ部の創設を認めてください!」
不良は真剣な顔で校長に自分の熱意を伝える。
「ダメ」
だが要望はあっさりと断られた。
「何故ですか!? 俺たちはタバコに青春を捧げたいんです!」
「校長、彼らは本気です。一体何がいけないのですか!?」
二人が真剣な顔で校長に食い下がろうとすると──
「未成年にタバコを吸わせて良い訳ねーだろうがっ!」
バキィッ!
校長はもっともな言葉と共に、教師に華麗なアッパーカットを見舞った。
「良かった、校長はまともだ!」




