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後宮下女の生存理学 〜呪いも病も、そんなの全部ただの現象です〜  作者: 和三盆


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第8話 環境干渉とパッチ適用

 翌朝。


 私は夜明けと共に目を覚まし、隠しておいた端末を確認した。


 バッテリー残量、18%。


 天気は快晴。

 ソーラーパネルは昨日一日で、十分な仕事をしていた。


 二日はいらない。


 この数値リソースだけで、システムを書き換えるには十分だ。


 私は端末を懐に入れ、準備していたいくつかの道具を前掛けのポケットに詰め込んだ。


 数枚の鏡の欠片。

 アルコールを含ませた布。

 そして、執務室から無断で拝借した「銀の盆」。


「行くぞ、ソラ」


 部屋の外から、ガクの声がした。


 いつも通りの冷静な声。

 だが、そこにはこれから始まるショーを楽しむ観客のような期待感が滲んでいる。


対象ターゲットの現在位置は?」


「王の寝所だ。

 朝の問診(という名の洗脳)の最中だ」


 条件は整った。


 私は扉を開け、朝の冷たい空気を深く吸い込んだ。


 アップデートの時間だ。


          *


 王の寝所は、青嵐宮のすぐそばにあった。


 すでに厳重な警備が敷かれているが、ガクの姿を見ると衛兵たちは無言で道を空けた。


 後宮管理官の権限パスは、ここでも有効だ。


 廊下を進むにつれ、鼻につく甘い匂いが強くなる。


 ――ジャコウと、ダチュラの香り。


 私は即座に分析する。


 ダチュラ(チョウセンアサガオ)。

 微量の麻痺作用と幻覚作用。

 そして、副交感神経遮断による心拍数の上昇。


 リュウの仕掛け(トリック)の一端が、入室前から露呈していた。


 部屋中にこの香を焚き込み、意図的に被験者(王)の脈拍を上げているのだ。


 不安と興奮を薬物で演出しておきながら、

 それを「星の啓示」として読み解く。


 悪質なマッチポンプだ。


「……ガク様」


 扉の前で、私は小声で指示を出した。


「合図をしたら、すべての窓を開けてください。

 理由は何でもいいです」


「なるほど。

 この臭い煙を追い出すわけか」


「それと、光が必要です。

 奴の武器センサーを無効化するためには、

 環境光ノイズが不可欠です」


「任せろ」


 ガクが重々しく扉を叩いた。


 中から、不機嫌そうな声で入室の許可が下りる。


 扉が開かれた。


 室内は薄暗かった。

 厚手のカーテンが引かれ、無数の蝋燭の炎がゆらめいている。


 宗教的な荘厳さを演出するための、典型的な舞台装置。


 部屋の中央、天蓋付きの寝台に、

 初老の男――この国の王が力なく横たわっていた。


 そしてその枕元に、

 あの銀髪の男、リュウが座っている。


 リュウは白衣のような衣装を纏い、

 左手で王の手首を優しく包み込んでいた。


 その左腕には、昨日と同じ

 黒い樹脂の腕輪スマートウォッチ


「……ガクか。何の用だ」


 リュウは振り返りもせず、低い声で言った。


「今は治療の最中だ。

 王の気の流れを整えている。

 俗人が入ってくれば、場の波動が乱れる」


「波動など知らんが、

 陛下のお顔色が悪いと聞いてな。

 今日は特別な『掃除人』を連れてきた」


 ガクが横に退き、私が前に出る。


 リュウが初めてこちらを向き、片眉を上げた。


「……昨日のネズミか」


「掃除係のソラです」


 私は一礼もしなかった。


 ただ、淡々と王の周囲を見回し、言い放つ。


「室内環境が劣悪です。

 二酸化炭素濃度の上昇、

 および薬物性微粒子の充満を確認。

 これでは健康体でも病みます」


「口を慎め」


 リュウが立ち上がった。


 優雅な動作とは裏腹に、

 その目には明確な敵意が宿っている。


「これは聖なる香だ。

 邪気を払うための結界だ」


「いいえ。

 ただの麻薬です」


 私は懐から、アルコールを含ませた布を取り出した。


 ツンとした、強烈な消毒臭が漂う。


「陛下。失礼します」


 私はリュウを無視し、

 王の鼻先にその布を一瞬だけかざした。


 気付けだ。


「う……ん?」


 朦朧としていた王が、刺激臭に反応して大きく瞬きをする。


 意識レベル(覚醒度)、上昇。


「なっ……貴様、何をする!」


 リュウが慌てて止めに入ろうとする。


 だが、遅い。


「今だ! 開けろ!」


 ガクが叫んだ。


 同時に、彼が率いてきた数人の配下が、

 部屋中のカーテンを一斉に引き開ける。


 バッ!


 暗い室内に、

 暴力的なまでの朝の日差しが雪崩れ込んだ。


 目が慣れていないリュウが、

 眩しさに顔をしかめ、手で顔を覆う。


「ぐっ……!

 やめろ、直射日光は気に毒だ!」


「いいえ。

 太陽光は殺菌ステライゼーションに最適です」


 私はポケットから「銀の盆」を取り出した。


 窓から差し込む光を反射させる。


 狙いは一つ。


 リュウの左手首。

 スマートウォッチの背面センサー部分だ。


 光学式心拍センサーは、

 緑色のLEDを皮膚に照射し、

 血流による反射光の変化を読み取る仕組み。


 微弱な光の変化を検知する精密機器。


 そこに、鏡面反射させた

 強烈な太陽光を直撃ジャミングさせる。


 リュウが手元を見た。


 彼の「神の目」であるはずの小さな画面が、

 激しく点滅している。


『ERROR 測定不能』

『測定不能』


 数値が出ない。


 強い外乱光ノイズによって、

 センサーが飽和したのだ。


「……チッ」


 リュウが舌打ちした。


 美しい顔が歪む。


 「神の使い」の化けの皮が、

 剥がれた瞬間だった。


 私は銀の盆を構えたまま、

 彼に歩み寄る。


「神の声が聞こえなくなりましたか?


 それはそうです。


 あなたの神は、

 直射日光に弱い

 『光学式ダイオード』の中にしか

 いないのですから」


 王が、半身を起こして

 私とリュウを交互に見ている。


 麻薬の効果が薄れ、

 視界がクリアになってきたらしい。


 自分が信じていた神託者が、

 たかが陽の光にうろたえ、

 下女に論破されている光景。


 洗脳が揺らいでいる。


「……小娘」


 リュウが声を低くした。


 周囲には聞こえない、

 私だけに届く声量で囁く。


「後悔するぞ。

 管理者権限は私にあると言ったはずだ。


 その光遊びで何ができる?


 物理的に私を排除すれば、

 この国の信者たちが黙っていないぞ」


 脅し。

 最後の悪あがき。


 確かに、彼の信者ファンベース

 まだ崩れていない。


 ここから彼が

 「邪悪な魔女に妨害された」と

 被害者を演じれば、

 形勢は逆転するかもしれない。


 だが。


「私は掃除人です」


 私は懐から、黒いタブレットを取り出した。


「中途半端な掃除はしません。

 根元ルートまで消去します」


 私は画面をタップした。


 昨日から準備していた、とっておきのパッチファイル。


 Bluetoothの脆弱性を突いた、

 強制接続プログラム。


 本来は落としたイヤホンを探すための機能だが、

 同じOS同士なら、

 『緊急アラート』として応用できる。


「検索開始(Find My Device)」


 私は実行ボタンを押した。


 その瞬間。


 ビーーーーッ!!

 ビーーーーッ!!


 リュウの腕輪から、

 鼓膜をつんざくような警告音が鳴り響いた。


 静かな寝所に響き渡る、

 場違いな電子音。


「な、なんだ!?

 何が起こった!」


 リュウが慌てて腕輪を押さえる。


 だが、音は止まらない。


 私が停止信号を送るまで、

 そのアラームは鳴り続ける。


 王が怯え、後ずさる。

 衛兵たちが騒ぎ出す。


「見なさい、リュウ様」


 私はタブレットを彼に向け、

 冷ややかに告げた。


「あなたの神様が悲鳴を上げています。


 随分と安っぽい声だ。


 ……さあ、アップデートの時間です。


 その腕輪の管理者マスター

 誰なのか、教えてあげましょう」


 リュウの顔から、血の気が引いた。


 彼は初めて、私を

 「敵」としてではなく、

 自分を喰らう

 「捕食者」として認識したようだった。

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