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後宮下女の生存理学 〜呪いも病も、そんなの全部ただの現象です〜  作者: 和三盆


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第6話 接続要請と残り1%の焦燥

 画面の中で『接続成功(Connected)』の文字が光った瞬間、右上の電池アイコンが赤く点滅した。

 ――残量、1%。

 時間がない。


 この端末がシャットダウンすれば、通信は切れる。

 二度と、この世界にいるはずのない「同胞(あるいは敵)」を見つけ出すことはできなくなるかもしれない。


「ガク様! この魔女を……!」


 カクアンが私の隙を見て、再び掴みかかろうとした。

 その醜悪な顔が視界を遮る。


 邪魔だ。


 私の生存確率において、今の最大の脅威は貴様ではない。

 情報のロストだ。


 私が回避行動を取るより早く、乾いた音が響いた。


「黙れと言ったはずだが」


 ガクが、カクアンの顔面を蹴り飛ばしていた。

 綺麗な回し蹴りだ。


 太医局の長が、汚い音を立てて壁まで吹き飛ぶ。


「が、は……っ!」


「下男ども。主人が床に這いつくばっているぞ。連れて失せろ。

 でなければ、俺への反逆と見なして全員の首を刎ねる」


 冷徹な声だった。


 ガクが纏う空気に、下男たちが震え上がる。

 慌ててカクアンを引きずり、逃げていった。


 私は礼も言わずに立ち上がった。

 ガクの顔も見ない。


 私の視線は、青白く光る端末の画面に釘付けだった。


 専用アプリが起動している。

 表示されたのは、簡素なレーダーチャート。


 中央に私――YAKUSHI_01。

 そして北東方向、推定距離八〇メートル付近に点滅する赤い点。


 YAKUSHI_02。


「おい、ソラ。それはなんだ」


 ガクが私の手元を覗き込む。


 説明している時間コストはない。


「追います」


「なに?」


「逃げられる前に、確保します。

 私の命に関わる『同類』です」


 私は走り出した。


 本来、後宮において下女が全力疾走するなど、重罪に問われる行為だ。

 目立てば処刑されるリスクがある。


 だが、この情報を逃すリスクの方が、長期的生存においては致命的だった。


 私は部屋を飛び出し、回廊を駆ける。


 数値が変動する。

 ――受信強度(RSSI)、-75dBm。


 少し近づいた。


「待て! どこへ行く!」


 背後からガクの足音が追ってくる。

 この男も速い。迷いのない足運びだ。


「どけ!」


 ガクが叫ぶ。

 通り道の女官たちが悲鳴を上げ、左右に散開する。


 王族専用のレッドカーペットが、私の前に開かれた。


 ――感謝します。最高のスポンサー。


 画面の光点が動いている。

 相手も移動している。


 上層エリアのさらに奥。

 高位の妃たちが住まう区域よりも先。


 そこにあるのは――青嵐宮せいらんきゅう


 この国の政治を裏から操ると噂される、宗教的指導者や占い師が出入りする区画。


 息が上がる。

 肺が焼けるようだ。


 日頃の栄養不足が祟っている。


 画面が一度、フッ、と暗くなった。

 省電力モードへの移行警告。


 ――まだだ。まだ落ちるな。


 私は必死に端末を掲げながら、美しい庭園を突っ切った。


 RSSI、-50dBm。

 -40dBm。


 近い。

 壁の向こうだ。


「そこまでだ、ソラ」


 ガクの手が伸び、私の襟首を掴んだ。

 勢いを殺され、その場に止まる。


「これより先は、俺の権限でも容易には入れん。

 祈祷師たちが儀式を行っている最中だ」


 ガクが鋭い視線で前方を示す。


 豪奢な楼閣の前。

 数十人の信者らしき女官たちが跪き、頭を垂れていた。


 その中心。

 一段高い祭壇の上に、その人物は立っていた。


 若い男だ。


 透き通るような銀髪。

 現実味のない美貌。


 白い道着を纏い、まるで神の使いのように微笑んでいる。


 私は端末を見た。


 距離、五メートル以内。

 対象ターゲットは、あの男だ。


 男がゆっくりと手を掲げた。

 その手首に、何かが巻かれている。


 数珠にも、宝石の腕輪にも見える。

 だが、私の目は誤魔化せない。


 黒い樹脂のバンド。

 有機ELの小さなディスプレイ。

 底面から放たれる、緑色のLED光。


 ――スマートウォッチ。

 それも、軍用規格の高機能モデル。


 男が、朗々と語り始める。


「……星の脈動が聞こえます。

 この腕輪には、天からの啓示が数字となって現れているのです」


 女官たちが「おお……」と感嘆の声を漏らす。


 嘘だ。

 それは天の啓示ではない。


 バイタル計測ヘルスケア機能だ。


 彼は信者たちの生理データを可視化し、それを予言に見せかけている。


 その時。


 祭壇の男が、ふと動きを止めた。

 腕輪が震える。


 ペアリング完了の通知。


 男の視線が、正確に私を捉えた。


 紫色の瞳。

 その奥に、私と同じ「温度のない光」が宿っている。


 男は驚かなかった。

 ただ、面白そうに目を細め、唇を動かした。


 声は聞こえない。

 だが、その口の形は、はっきりとこう言っていた。


 『じ(・)か(・)』


 ブツン、と。


 私の手の中で、端末の画面が暗転した。

 バッテリー切れ。


 黒い板に戻る。

 だが、遅かった。


 接続リンクは、確立してしまった。


「……見つけた」


 私は端末を下ろし、息を整える。


「ガク様。訂正します」


「なんだ」


「あれは同胞ではありません。

 排除すべきバグ(エラー)です」


 ガクは祭壇の男と私を交互に見て、獰猛に笑った。


「そうか。あの銀狐か。

 ちょうど目障りだと思っていたところだ。……喰い甲斐がありそうだな」


 生存理学、応用編。


 これより始まるのは、ただの生存競争ではない。


 近代技術を持った者同士による、

 この時代で唯一の――戦争だ。

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