第5話 旧文明の起動音
私の個室の扉が、外側から乱暴に蹴り破られた。
「ここか! ここだな、毒使いの猿が住み着いている巣は!」
怒声と共に、数人の屈強な下男を引き連れた初老の男が踏み込んでくる。
豪奢な絹の服。
腰には翡翠の飾り。
赤ら顔は脂汗で光り、その目には露骨な敵意が宿っていた。
――殺される可能性が、現実的な数値になった。
私は窓辺で行っていた作業、乾燥させた薬草の粉砕を中断し、静かに男を見た。
見覚えはない。
だが、その身なりと態度から、この後宮における「権威側」の人間であることは明白だった。
「……何か御用でしょうか」
「白々しい!」
男は唾を飛ばして叫んだ。
「わしは太医局の長、カクアンだ! 貴様だな、神聖な医療の現場に土足で踏み込み、わけの分からぬ邪法を使ったというのは!」
太医。
宮中医療を統括する最高責任者。
なるほど。
先日の一件――瀕死の貴妃を救い、「紅の呪い」を否定したことが、彼のプライドを根こそぎ踏み抜いたらしい。
既得権益の侵害。
生存競争において、最も厄介な敵対行動だ。
「邪法ではありません。ただの応急処置です」
「黙れ! 炭を食わせただの、目に見えぬ毒だの……医術への冒涜だ!」
カクアンは顎をしゃくる。
「探せ! 呪いの道具があるはずだ! すべて押収し、この娘を地下牢へ引き立てろ!」
下男たちが、部屋の中へ雪崩れ込んできた。
「待ってください。私にはガク様の許可が――」
「黙れ下女! 医術に関しては、わしが法だ!」
理屈が通じない。
感情とプライドだけで動く暴走車両。
床下の収納板が、乱暴に剥がされた。
「おっ、旦那様。隠し扉が」
「開けろ!」
布包みが引きずり出される。
中から転がり出たのは、白い板状の器具と、黒く艶のある端末。
――まずい。
「な、なんだこれは……黒い鏡? それに、この白い板は……」
「触らないで!」
叫び声が、思わず喉から飛び出した。
それは師匠の形見だ。
私の生存理学の、すべて。
だが、その焦りが、逆に確信を与えてしまったらしい。
「ほう……これか。これを使って呪いをかけたのだな」
下卑た笑みを浮かべ、カクアンが端末へと手を伸ばす。
「証拠品だ。没収する。破壊すれば、貴様の魔力も消えるだろう」
「やめ――」
飛びかかろうとした瞬間、別の大男に羽交い締めにされた。
筋力差。物理的制圧。
――終わる。
無知な権力者の手で、唯一の希望が砕かれる。
その時だった。
ピ、と。
硬質な電子音が、部屋の空気を切り裂いた。
「ひっ……!」
カクアンが悲鳴を上げ、端末を取り落とす。
床に落ちた黒い板が、青白く発光した。
低い起動音。
光の粒が画面を走る。
下男たちは腰を抜かし、後ずさる。
「ひ、光った……」
「悪魔だ……!」
未知への恐怖。
彼らにとって、それは怪異だった。
私は拘束を振りほどき、床へと這い寄った。
画面がついている。
バッテリー残量、1%。
ギリギリだ。
だが、起動した。
次の瞬間、警告音と共にポップアップが表示された。
『近距離通信デバイスを検出しました』
――は?
息が止まる。
『ペアリング要求:デバイス名 “YAKUSHI_02”』
ありえない。
この時代に、通信機器など存在しない。
なのに。
有効範囲内に、もう一台。
私と同じ「向こう側」の知識を持つ誰かが、いる?
「……誰だ」
騒ぎを聞きつけ、回廊の向こうからガクが駆けてくるのが見えた。
私は端末を抱きしめる。
画面上で、『許可』の文字が点滅している。
状況が変わった。
生存戦略の再計算が必要だ。
私は震える指で、
――『許可』をタップした。




