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後宮下女の生存理学 〜呪いも病も、そんなの全部ただの現象です〜  作者: 和三盆


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15/15

第15話 遺伝子のバグと絶対捕食者

 西離宮から回収したプラスチック製のツールボックス。

 私の部屋に戻り、鍵をこじ開けた瞬間――背筋が冷えた。


 中身は、明らかにこの世界の技術水準を逸脱していた。


 試験管。

 リトマス試験紙。

 数本の注射器シリンジ

 そして、小瓶に入った複数の化学薬品。


 ラベルは劣化して読めない。だが色だけは、異様なほど鮮明だった。


 ――ルミノール試薬。

 ――血液凝固阻止剤。


 思わず、息を呑む。


 師匠ではない。

 だが、確実に「こちら側」の人間だ。


 ノートの言葉が、警告音アラートとして脳内に再生される。


『彼らは我々を鬼と呼んで狩り始めた』


 研究対象は「血」。

 それも、ただの病理ではない。


 その時だった。


「ソラ、いるか」


 扉の外から、ガクの声。

 低く、抑えられた――緊急事態の音程。


 私は反射的にツールボックスへ布を被せ、扉を開けた。


 ガクの顔色は、明らかにおかしい。

 疲労ではない。恐怖を知った人間の顔だ。


「すぐに来い。陛下がお呼びだ」


「……診察ですか?」


「違う」


 ガクは私の耳元へ顔を寄せ、囁いた。


「血だ。

 鼻血が止まらない。二刻以上、流れ続けている」


 ――一致。


 ノートの記述と、完全に。


 私は無言で頷き、前掛けのポケットに小瓶を忍ばせた。


 これは治療じゃない。

 封印された真実の再発掘だ。


 王の寝所は、前回とは別物だった。


 甘い香は消え、生臭い鉄の匂いが支配している。

 床には血で濡れた布が積まれ、空気が重い。


 医師たちの視線が、私に集まる。


 そして――上座。


 白髪の老婆が、じっと寝台を見下ろしていた。


「……皇太后陛下」


 ガクが息を呑む。


 後宮の最長老。

 王の母。

 この国の“仕様”そのもの。


「その娘か。腹を割いた下女というのは」


 値踏みすらない視線。


「入れ。我が息子の血を止められるなら、何を使ってもよい」


 私は寝台へ駆け寄った。


 王は意識がある。

 だが顔面は蒼白。歯茎からも血が滲んでいる。


 心拍一二〇。血圧低下。

 外傷なし。粘膜出血。


 ――確信。


 血友病。遺伝性。王家特有の“血のバグ”。


 ノートの警告が、脳内データベースと噛み合う。


『制御できないバグが組み込まれている』


 私は焼き鏝を火にかけた。


「麻酔はありません」


 肉の焼ける音。王の呻き。

 物理的止血。だが――一時しのぎ。


「……体質です」


 そう言った瞬間、皇太后の杖が私の脛を叩いた。


「黙れ」


 冷たい声。


「それは“高貴なる血”の証だ。

 欠陥などと口にするな」


 ――理解した。


 この女は、知っている。

 知った上で、神話として隠蔽している。


 前の探索者が消された理由も、ここにある。


 私は即座に言葉を切り替えた。


「陛下の血は清らかすぎるのです。

 現世に留まるための“蓋”が必要なだけで」


 皇太后は目を細めた。


「作れ」


 こうして私は任命された。


 ――血の管理官。


 失敗すれば、私も、玉葉も、その子も終わる。


 部屋を出た後、私は小瓶を握りしめた。


 恐怖はある。

 だが、それ以上に――確信があった。


 これは呪いじゃない。

 設計ミスだ。


 直すべきバグと、仕様として放置されたバグ。


 王家の血は後者。


 そして、玉葉の腹の子にも、五〇%で継承される。


 数百年続いた「死の螺旋」。


 生存理学、最終課題ファイナル・ミッション


 私は、静かに笑った。


 ――この国の血統、書き換えられている。

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