表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮下女の生存理学 〜呪いも病も、そんなの全部ただの現象です〜  作者: 和三盆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/17

第10話 生体ログと睡眠負債

リュウの失脚から、三日が経過した。


私の生活環境は、

目に見えて改善アップデートされている。


食事には毎食、肉か魚が付く。

部屋の炭は煙の少ない最高級品に変わり、

新しい布団まで支給された。


「ガク様の右腕」

「掃除人」

「得体の知れないことわりを使う魔女」


呼び名は様々だが、

一つだけ確かなことがある。


――誰も、私を侮らなくなった。


それは、不用意な干渉(=攻撃)が減ったということ。

つまり、私の生存確率は安定期に入った。


そして今、

私の手元には新たなリソースがある。


窓辺の机に、二つの機器を並べた。

師匠のタブレット(メイン機)と、

リュウから回収したスマートウォッチ(サブ機)。


『データ同期中……98%』

『転送完了(Complete)』


私は小さく息を吐き、

スマートウォッチを手に取った。


軽い。

樹脂製のバンドは洗浄・消毒済み。

センサーに傷はなく、バッテリー残量も十分。


問題は――中身だ。


タブレットに表示されたログを、指でスクロールする。


歩数、心拍数、睡眠時間。

二年分のデータ。


前半一年は欠損が多い。

後半一年は、リュウのもの。


平均睡眠時間、四時間。

心拍数、常時高値。

ストレスレベル、レッドゾーン常駐。


――彼もまた、無理をしていた。


神を演じるプレッシャーか、

現代機器という過剰な力の反動か。


データは、嘘をつかない。


「……非効率な」


私はそう呟き、

自分の左手首にウォッチを巻いた。


これで、私のバイタル管理も可能になる。

だが、この機器には――もう一つ、使い道がある。


私は身支度を整え、部屋を出た。

向かう先は、雇用主ボスの執務室。



執務室の空気は、澱んでいた。


窓は閉め切られ、

机の上には未処理の書類が山積み。


その奥で、ガクがこめかみを押さえ、

虚ろな目で書類を睨んでいる。


目の下の隈が、限界を物語っていた。


「……ソラか。何の用だ」


「定期メンテナンスです」


私は無言で左腕を突き出す。


「なんだ、その腕輪は。戦利品自慢か?」


「測定です。腕を」


有無を言わせず、ガクの手首に巻き付ける。


「おい、待――」


「動かないでください。測定エラーが出ます」


数秒後、

タブレットに赤い警告が並んだ。


心拍数、九〇超。

自律神経、交感神経優位。

睡眠負債、危険域。


「……ひどい数値です」


「俺が倒れると予言しているのか?」


「計算です。

 このまま稼働を続ければ、七二時間以内に

 システムダウン、または致命的判断ミス。

 確率、八五%」


ガクは深く溜め息をつき、椅子に体を預けた。


「……代わりがいない」


一時停止サスペンドは可能です」


私は乾燥ハーブを湯飲みに入れ、湯を注ぐ。


「三十分、目を閉じてください」


「半端だな」


「最適です。

 一五~三〇分の仮眠が、最も効率がいい」


ガクは渋々口をつけた。


「……変な味だ」


「鎮静作用があるだけです」


やがて、

彼の呼吸は深く、規則正しくなった。


限界だったのだ。


私はカーテンを少し閉め、席に戻る。


静かな時間。

眠る権力者と、書類の山と、掃除人。


――悪くない。


私は再びタブレットを操作した。


『内部ストレージ/System/Log』


深層フォルダ。

そこに、一つだけ異質なファイルがあった。


『Location_History.kml』


位置情報履歴。


タイムスタンプは、数十年前。

この時代ではない。


地図に重ねる。


赤い軌跡は、

遥か西から始まり、海を越え、

そして――後宮で途切れていた。


始点に表示された文字。


『研究所 第四支部 最終退避地点』


心臓が跳ねる。


研究所。

支部。

退避。


現代の言葉だ。


この腕輪の最初の持ち主は、

意図してこの世界に来た。


死んだのか。

消えたのか。

それとも――まだいるのか。


「……ん」


ガクが寝返りを打つ。


私は画面を消した。


どうやら、この後宮には

私の想定を超える「遺物」が眠っている。


三十分後、起こさなければならない。


だが、それまでは――。


私は椅子に座り直し、静かに考えた。


謎が増えた。

つまり、まだ生き延びる理由タスクがある。


時計の針が、

確実に未来へ進んでいくのを見つめながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ