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8話 父と母と娘と…

フィクションです。

この星と似ていますが、パラレルワールドでの話です。

「連れ戻しましょう」


 父親はすぐに判断を下した。


「一族の手を借ります」


 娘は頷く。


「妹に……しばらく匿ってもらえるか、確認とってくれませんか?」


 そう言って父親は母親を見た。


「そうですね。その方がいいかもしれませんね」


 母親も賛成した。


「念の為、神々にも話はします。恐らく戻ってくることに異は唱えないと思っていますが……」


 そう言って父親は娘を見た。


 従姉だと思っていた存在が赤の他人だったという事実を突きつけられた時、娘は冷静にそれを受け止めたようだ。

 今の現状を知り、目元を見れば泣いたことがよく分かる。

 

「ですが、ここで一緒に住むというのは無理だと思います」


「はい。それでもいいです」


 娘の表情が少し明るくなり、父親は優しいまなざしで娘を見た。


「手続きのこともあるし、急ぎましょう」


 そう言うと、父親は部屋を出ていく。


「連絡、入れますね」


 そういうと、母親はスマホをポーチから取り出す。

 いくつかメッセージが届いているようだが、すべて身内からだった。


「この時間なら、まだ大丈夫……」


 時間を再確認し、電話をかけた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 長い前髪で顔が見えず、濃い色のサングラスをした女性が車椅子に乗せられていた。看護師の介助で飛行機の機内通路から搭乗橋を進んでいく。

 横にいるのは案内しているのはベテラン客室乗務員だ。

 そして本来の通路から少し外れ、別の出口の方に向かった。

 入国手続を終え、空港のロビーを出ると、記憶にある女性が優しく微笑んでいた。


「おかえりなさい」


 安心したのか、急に子どものように泣きじゃくる女性。

 看護師は冷静に時間を確認していた。

 

「迎えの車はあちらです」


 看護師は車椅子を押し、ツクヨミの一族の長老と、巫女の一族の長が乗る車の横で止まった。

 よろよろと立ち上がり、後部座席にその女性は乗り込んだ。

 その横に出迎えた女性も乗り込む。

 看護師は車椅子を片付け、車から少し離れた。


 一礼すると、車は発車した。


「どれぐらいの人に気づかれてしまったかしら……」


 看護師は大きなため息を吐いた。

 国を出たときと随分と印象が変わっていたが、まとっていた空気が悪かった。

 周りを暗く沈ませるようなどんよりとした空気をまとい後部座席に座っていたので、近くの席に座った乗客は居心地の悪さに空いている前方の席に次々と移動していったのだった。

 結果、周りに空席ができ、警護は楽になった。


「違う目の引き方をしてしまったわ……」


 カメラを向けられることはなかった。

 ツクヨミから持たされたお護りがあるので、カメラを向けたところでまともに姿を撮られることはない。


「でもまぁ、任務完了」


 妙に力が入っていた肩をぐるぐると回し、筋肉の緊張をとる。


「もしかして、戻ってこないほうがよかったのかも?」


 急にひらめいて見えた光景に、巫女の一族である看護師の晶子は嫌な予感しかない。


「あぁ、暗い影が……」


 運転しているのはスサノヲ、その横にいるのはツクヨミ。

 その車が危険にさらされることは、まずないだろう。

 ツクヨミは信号を青に変えることを覚え楽しんでいるらしい。

 ノンストップで目的地まで到着することができる。


「大お婆ちゃま、お婆ちゃまを護ってください」


 どんどん黒い影が濃く大きくなってきているのが見え、看護師、巫女の一族の長の孫娘は思わず祈った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 

  


 高速道路を走るワゴン車。

 運転手は何度も後ろを確認し、周りに注意を巡らせた。


「大丈夫だ。目立たなくしておる」


「逆でしょ? 認識されないと、後ろから追突されますよ」


 代替わりし(おさ)についた巫女は、前の長と比べ少し年齢は若返ったが、前の長以上にはっきりとモノを言う性格だった。


「とにかく、安全運転で頼むわよ?」


「あい、頼まれた」


「本当に大丈夫かしら? 運転免許持ってないんでしょう? どうごまかすの?」


「堂々と走っていたら意外とわからないものですよ」


 助手席でツクヨミが言う。


「いざとなれば、なんとでもできる」


 初めて見る神々に、馴子は固まってしまっていた。


「微妙だな。洗礼は受けていないが、アマテラスの存在をしらないとは……」


 ツクヨミの言葉に、女性の隣りに座っていた女性、すめらぎの妹は少し慌てた。 


「小さい時に教えたでしょう?」


「神様の話は面白くなかったから……」


 正直に答える馴子に、スサノヲは大きな声で笑う。


「まぁ、現実味がない話だが、あの中にときどき事実があるぞ?」


「大げさに書いてあったり、名前が全然ちがってたりしてますけどね? たまに見に覚えのないことが書かれている神がいて、少し誤解を受けていたりしているようです」


「そう……なんですね?」


 妹のほうが不思議そうに、ツクヨミを見た。


「信号も青のままだからな、すぐに着くぞ」


 ハンドルを楽しそうに握るスサノヲの横で、ツクヨミも楽しそうに前の信号に人差し指を向けていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「狭いけど、我慢してね」


 特別に用意された平屋の家に馴子は案内された。


「ここは?」


「お兄様が……ここなら静かに過ごせるだろうと、お友だちから借りてくださったの」


 嘘は吐いていない。


 ツクヨミの一族とは気安く話をしているし、すめらぎ自身、同志だと思っている。

 巫女の一族も、同じだ。

 この国を護り、この国を豊かにしていく、同じ景色(みらい)を見ている。

 表にでることはないが、裏から支えてくれている大切な人達だ。


 妹は、先程会った看護師の姿に、以前、お世話になった祖母のような人を思い出していた。


「お世話してくださる方がいらっしゃるの。医師の資格をもっていらっしゃる方だから、安心してね」


 医師という言葉を聞き、娘は体を震わせた。


「この方に私も定期的に診てもらっているの。お兄様が大丈夫と判断した方よ」


「伯父様が……?」


 言葉に出して呟いて、ハッし、口元を押さえた。


「いいのよ。伯父様と呼んであげて? 母に邪魔されて、一度もあなたを抱っこすることが許されなかったけれど、ずっと気にかけていたのよ?」


 妹の言葉は、素直に馴子の心に入っていく。


「怒ってないの?」


 妹はくすっと笑い、首を横に振る。


「あの人は、半分しか血の繋がりのない私を……小さな頃の記憶だけど、母から守ってくれたことしか覚えていないの。私と遊んでくれて、優しい眼差しで見守ってくれて……。いろいろと勉強も教えてくれた……」


「はい。わかります」


「あなたは、皇女殿下が羨ましかったのね?」


「……はい。そのときは、その気持ちの正体に気づきませんでした。いっぱい八つ当たりも……しちゃった……」


 顔を手で覆って泣き出す馴子の肩を妹は優しく抱く。


「私は、どうすれば償えるのですか?」


 長女の額には、ツクヨミも、スサノヲも、アマテラスの印も現れていない。

 判断がまだなのか、必要がないのか。


「今の私に言えることは、まず、三食好き嫌いを言わずに食べること。朝起きて夜には寝るという規則正しい生活をすること。そして、日記を書いてちょうだい。なんでもいいの、自分の気持ちを吐き出して。自分と……ちゃんと自分自身と向き合うの。反省するべきことも、目を逸らしたくなる後悔の気持ちも、ちゃんと受け止めて。急がなくていいの。ゆっくりでいい。今、あなたは自分と向き合う機会が与えられたの。この機会を無駄にしないで」


 馴子はゆっくりと頷く。


「他の人と比べても仕方がないことだけど、その機会を与えられず、自分は正しいことをしたと言い張ったままの人を、父が道連れとして連れて行ってわ」


 妹は少し悲しみを思い出してしまい、声が沈む。


「お祖父様は……」


「あの会見、あなたは見た?」


「いいえ、何も知らされてません。ただ、父が……父だった人が、伯父様とお祖父様と全く血がつながっていないということが公表されたと」


 その後の夫の豹変を思い出し、馴子は少し体を固くした。


「……あなたが一刻も早くここを出たいと、自由を得たいと飛び出した気持ちはわからなくもないわ。逆らうことなんてできなかったでしょうしね」


「はい」


「皇女殿下と比べる必要はないの。でもね、自分が過去にしてきたことを、ちゃんと思い出してね」


 穏やかな口調で、しかもきっぱりと話す妹に、馴子はゆっくりと頷いた。


「一応、この家には結界が張られているらしいの。外から見られることも、攻撃されることもないと思うわ。だから、安心して」


「ありがとう」


 素直な気持ちで、娘は感謝をした。


「ありがとう……ありがとう……」


 同じ言葉を繰り返す娘の顔を妹は覗き込む。


「こんなに短い言葉なのに、こんな温かい言葉だったなんて……」


 そう言って、娘は胸に手を当てた。


「それに、気持ちが少し軽くなる……」


「ええ」


 妹はいつもの眼差しで、馴子を見た。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「弱っているから普通の娘に見えるのか? それとも操られているのか?」


「呪いの類はないな。どちらかと言えば、心が弱くなっておるだけだ」


 スサノヲは何か言いたげにツクヨミを見た。


「言わずともわかる。同じ思いを姫にさせてたことにいまだ気づいていないと言いたいのであろう?」


 スサノヲはゆっくりと頷く。


「『ある意味被害者』とは便利な言葉だ。『虫が良すぎる』と一族の者が言っておったが、私もそう思う」


 スサノヲはじっとツクヨミを見た。


「言葉に出すなと、言われているのであろう?」


 ゆっくりとスサノヲをは頷いた。


「歴史はどうして繰り返すのだろうな。やり直しをしているだけの魂をなぜそっとしてあげないのだ? スサノヲ、私も怒りを押さえている。それに……」


「それに?」


「その試練にただただ耐え、更に娘を守ろうとしておるのをみると、胸が苦しくなる」


 スサノヲは表情を少し和らげ、頷く。


「これからは、少し心穏やかに過ごせるのではないのか?」


「本懐を遂げつつあるからな。そうなると更に慈愛の光が強くなるぞ?」


「それがなにか悪いのか? いいことに思えるが?」


「すめらぎや姫と違って、それを制御できる術を持たぬ」


「あぁ、体力を消耗してしまうのか」


「アマテラスがそれを護っておるが……」


「いや、姉者の力も半端ないぞ? 負担になっておらぬのか?」


「体を直接傷つける力ではないが、体力の消耗は避けられぬ。だが、魂はそれを受け止められるだけの器があるから、そこは問題ない」


「そういえば、どんどんあの三人が人間離れしていくと、兄者の一族がぼやいておったぞ?」


「一人は現人神で、人間であり人間でない。その娘も半分人間ではない力を持っている。人間離れという言葉は適切ではないな」


「いや、そういうことではないと思うが……」


「まぁ、あの力を恐れられ、昭和はちゃんとした儀式を受けさせてもらえなかったのだからな。国が乱れたはずだ」


 スサノヲはそれ以上話をするのを諦めた。


「仮に、すめらぎがあのキツネやイタチに乗っ取られておったら、その時点でアマテラスはこの国を見捨てて去ったであろうな」


「ああ、姫と末姫にこの国は助けられたな」


「本人達はそれに気づいていないと思う。ただ、末姫の従者はアマテラス以上の力を発揮できるからな」


 スサノヲは驚きツクヨミを見る。


「それは、イタチより危険ではないのか?」


「破壊するためではない。ただ、その力を使わせてしまうと、アマテラスの力が一気になくなるかもしれぬ」


「兄者……」


「その者に気づかれぬように、護るしかないな。それと第六のモノに気をつけよ」


 スサノヲの左眉がピクリと動く。


「災をもたらす可能性があるのは、第六のモノだ。今回のキツネとイタチは、低次元から迷い込んだ魂だったが、それを引き寄せたモノがいるはず。アマテラスが気づいておらぬから、秘密裏に終わらせるぞ」


「あいわかった」


 スサノヲの表情が引き締まる。


「恐らく最終的な狙いは第七の妹姫だ」


「ああ、すめらぎ乗っ取り計画が成功していれば、間違いなく影響がでてしまうな」


「なるほど、よくわかった」


「それと、我らの目でも見抜けぬことがでてくるかもしれぬ。心せよ」


「わかった」


 スサノヲはそう言うと、周りをぐるりと見渡した。


「兄者、何かあったらすぐに呼んでくれ。異常がないか、見廻りしてくる」


「頼んだ」


「あい頼まれた」


 スサノヲは姿を消した。


 次の瞬間、スサノヲの護りが強くなる。


 ツクヨミは、妙な胸騒ぎを感じた。

 そしてその正体がわからぬまま、ただ姫を見守った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 皇女のもう一人の従姉、馴子(じゅんこ)の妹である麗子は、姉の馴子が密かに帰っていたことに気づいていた。

 そして最近覚えた占いで潜んでいる場所を突き止め、会いに行った。


「療養中です。面会はすべてお断りしております。


「実の妹でもだめなの?」


「許されておりません。お引き取りくださいませ」


 無表情な職員に、出口はあちらと手で示され、麗子は久しぶりに姉である馴子に対し、はらわたが煮えくり返る思いを感じた。必死で表情に出さないように努めたが、目つきだけは取り繕うことができない。

 職員はちらっと防犯カメラを見る。


「今、お引き取りにならないと、警備員が参ります。いかがいたしますか?」


「もういいわ!」


 口元がモゴモゴと動くが、それ以上何も言うこと無く、ぷいと体を翻し、出口の方に向かう。

 その歩き方はがに股で足音も荒く、腕の動きは、ゴリラのようだった。

 髪を振り乱し、今までに見たことのないぐらい濃い化粧をし、香水の匂いを振りまいている。

 着ている服はパッツンパッツンで、ボタンがいつ弾けとんでもおかしくない状態だった。

 風向きによって、香水の匂いに襲われる。


 職員は、麗子がどうやってここまで来たのか、考えないことにした。

 警察犬でなくても、この臭いをたどれば、楽に後を追えるだろう。

 門から出ていった麗子の後ろを、見覚えのある警察官が私服で後を付けていく。マスクをしっかりとしているようだった。


「お仕事、本当にご苦労さまです」


 職員は警察官に頭を下げた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「便利だな」


 ツクヨミは皇女の後ろで、大きなモニターの中にすめらぎの妹、聖子(さとこ)の姿が映っているのを見た。


『だいぶん、気持ちも落ち着いてきたようですね』


 聖子は、皇女の顔色をまず見た。


「はい。お姉様の様子はどうでしょう?」


『ふふ。自分で確認しないの? まだ怖い?』


 皇女は少し考え、顔を上げた。


「大丈夫……です」


 皇女は目を閉じ、何かを探るように頭を少し動かした。


 そして、ゆっくりと目を開ける。


『どうでした?』


「悪夢にうなされているようです」


 その言葉に反応したのはツクヨミだった。


「何か、身につけておらぬか?」


『指輪でしょうか?』


 皇女は目を閉じ、手を動かし、何かを探る。


「指輪です。初めてプレゼントされた指輪なので、外したくないようです。かなり指輪に執着しています」


 馴子の思いが何層にもなり、指輪を包みこんでいる。


「指輪の記憶が流れ込んでおるのかもしれぬ。楽しいときだけではなかったであろう? 戻って来る直前はひどい目にあっておったようだし。その時の記憶が指輪から流れ込むのだろう」


「指輪を外せば、うなされることもなくなるようですが……」


 聖子はゆっくりと首を横にふる。


「魂の相性がものすごくよかったと父から聞きました」


「それは、娘の方から見て……だったな」


『まだ、指輪のことに触れないほうがいいと思います』


 皇女は頷く。


「自分から外してくれるのを待つしかないですね」


「だが、あまり、時間が残されておらぬぞ?」


 ツクヨミは皇女を見た。


「見えておるのだろう?」


 聖子は目を見開く。


『何が、見えているの?』


 皇女は言おうかどうか、迷う。

 言葉にしてしまうと、現実になってしまいそうで怖いのだた。


『今日、麗子ちゃんが会いに来たわ。門前で追い払えたけれど……麗子ちゃんの様子も酷かったわ』


 頬に手をやり、聖子は少しため息を吐いた。


『あの子の意地の悪さは、母とも……あの人とも同じ。基本的にあの三人は自己顕示欲の塊よ。少しでも自分を見てもらおうとしていたけれど……』


 聖子は首を横にふる。


『馴子ちゃんは『麗子のほうが美しい、かわいい』と言い続けられていたのよね。私は比べられる姉妹がいなかったし、顔の作りは父と似ていたから……ある意味助かったところはあるけれど……』


 聖子はハッとして顔を上げた。


『ああ、大丈夫よ。あなたが悲しむことはないのよ。私はお兄様にちゃんと守られたの。実のお祖母様には愛されていたの。お祖父様もとても可愛がってくださったのよ。私には見えないけれど、時々お祖父様とお祖母様が護ってくださるのを感じるの』


 聖子は目を閉じ、両手を胸に当てる。


「はい」

 

 皇女は頷く。

 聖子のそばに優しいまなざしの女性が立っている。

 そして、頭を何度も何度も撫でているのだった。

 その顔は、何度も写真で見たことがあった。

 父の実の祖母であった。


『自分のことをちゃんと見て愛してくれる人が一人でもそばにいれば、心は守られるの。でも、私は……あの家の秘密をまもるために、外に出されてしまった』


 ツクヨミが頷く。


「そなたの伴侶の男とその家族は魂的に全く問題はない。あの状況ではよくあれだけの男を得られたな。最善の相手だ。いい意味で欲がないから奸計に乗ることもない。安心せよ」


 ツクヨミがはっきりと言う。


『ありがとうございます』


 ツクヨミは笑顔を見せる。


『ところであの子は子どもを産んでいたのでしょうか?』


 ツクヨミは首を傾げた。


「産んではおらぬな。それにもう、あの一族は『お産の神』から加護は与えられておらぬ。子を孕むことは望めぬであろう。だから、別の女の腹を借りていたな」


 皇女が驚き、ツクヨミを見る。


「偽りの光を纏わせ、さも子を宿しているように見せかけていたようだ」


 感心したようにツクヨミは言う。


「宿った時点ですでにわかるものには男女の区別がつく。それができぬということは、そういうことであろう?」


 妹は唖然としていた。


『そこまでしていたなんて……』


 皇女は、覗き見た時の夫の言葉を思い出していた。


「まぁ、この国の民があの二人の子どもを望んでいなかったからな。アマテラスがこっそりとその願いを裏で動いて叶えていた可能性はある。あくまでも可能性だがな」


「だから、代理母で……」


「だが、望まれていないからな。赤子だとそれを大人よりも強く感じただろう。代理母の女を道連れにした」


 ツクヨミは淡々と言う。


「突き落とされたのは事実だ。子守だったか? 赤子を護るように抱きかかえていたのは、自分が腹を痛めて産んだ子だったというのもあった」


『生まれたのは一人ですか?』


「人為的に作って、もう一人はいるが……それは代理母ではなくて、その女と浮気してできた子だ」


 皇女は信じられないという顔でツクヨミを見る。


「ちなみに、性別は男だ」


『だから、写真に撮らせたのね』


 聖子は大きくため息を着く。


『なぜ、命を弄ぶのかしら』


「安心しろ。その男の先はもうない」


『どういうことですか?』


「あえて言わなかったが、あの娘がそばにいることで、あの男の運気はまだ救われていたのだ。それを自ら手放したのだからな。その先に待っているのは……」


 ツクヨミは立てた親指を下に向けた。


『どこでそういう下品な仕草を覚えたのですか?』


 聖子は冷めた目でツクヨミを見た。


「あぁ、あっちにいた人か? それをしていたから、そういう意味なのかと」


 皇女は苦笑する。


「まぁ、いい意味で使うことはないですね」


「そうであろう?」


「でも、それを使うのはやめてください。場の気が乱れます」


 ツクヨミは周りを見る。


「悪かった。気をつけよう」


 皇女は頷く。


「あちらは訴訟大国と呼ばれているのであろう? 転落させた娘の本当の両親が出てきて、子どもとでぃいえぬえぇ鑑定とやらか? それをするといっておったからな」


『あぁ、それではもうダメですね。手伝った人はいるでしょうけれど』


 聖子はツクヨミを見る。


『海を渡ると、手が出せなくなるのですか?』


 ツクヨミは首を傾げた。


「いや、あれがいるあの場所、あの土地を護ってる神がおらぬ。ただ、言霊が通じにくいとは思った」


「だから、神々のお言葉は、外国語の発音が、すべてこの国の音になるのですね」


 皇女が納得する。


「英語をひらがなで書くといえば、イメージできますか」


 なるほどと、聖子は大きく頷いた。


「話がそれておるが……言わずにいようと思っていたが、一応、警戒を怠らぬために、告げておく。近々災難がやってくるであろう。下手すると命が奪われるかもしれぬ」


 聖子は両手で口元を覆った。


『避けられぬのですか?』


「ああ、もう、運命は決まっておる。私はなにもしない」


 皇女と聖子は、呆然とツクヨミを見た。


『それは、あの姉妹の問題ということですね?』


 ツクヨミは何も言わない。


『神様はお優しいですね。少なくとも皇女殿下に危害が及ばないということは、わかりました。私も……大丈夫なのですね』


「残っている時間はわかるのですか?」


「……次の満月までには」


「もう7日もないということですね?」


 皇女の声は硬い。


『しっかりと……見届けましょう。これからこういうことは増えていくわ。目をそらしちゃだめ』


 そういう聖子の目には涙が浮かんでいた。


「……はい」


 テレビ電話はそれで終了した。


「大丈夫か?」


「大丈夫です。少し、気持ちの準備ができました」


「早めることはできるぞ?」


 皇女は少し呆れてツクヨミを見た。


「いや、これは冗談というものだ」


「命に関わることで冗談を言うのは不謹慎すぎます」


「だが、魂は私の管轄だからな」


 ツクヨミは腕組みをし、窓を見る。

 雲が出てないので、月明かりが半月なのに満月のように感じるぐらい、明るい。


「私は……私にできることをするだけです」


「そう言えば、明日は公務とやらではなかったか?」


「はい」


「寝坊をすると周りに迷惑をかけるぞ。早く寝たほうがいい」


「はい」


 皇女は素直に頷いた。

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