7話 すめらぎが愚痴る
この話はフィクションです。
「解決にご尽力いただいたことは感謝いたしますが、こちらに相談があってもよろしいのではないでしょうか?」
すめらぎがアマテラスと向き合っていた。
「わらわは楽しく舞を舞っただけじゃ?」
「あんなピンポイントで、問題のある施設だけが被害にあうというのは?」
「我は頑張った。他の民に被害は出ておらぬ」
スサノヲは横を向いた。
「この時期を逃すと、また逃げられますから。徹底的に潰したまで」
「それに関しては、お礼を申し上げるしかないのですが……」
はぁと、すめらぎはため息を吐く。
「いいのぅ。ため息が吐けて。わらわが吐くと下手すると大風を呼んでしまうぞ」
「私は一応人間ですので」
三貴神を眼の前にして、すめらぎは怯むことはない。
アマテラスはふざけるのをやめ、真面目な表情ですめらぎをみた。
「人口が、減ったのぅ」
「ええ、減りました」
「前のすめらぎがごっそりと連れて行ったからな」
アマテラスが大雨を降らせ、スサノヲがいかずちを落としていたその裏で、眠るように、ひっそりと上皇が逝去したのだった。
そして、上皇に結びつけられていたツクヨミの印を持つモノ、スサノヲの印を持つモノすべてが従者として上皇の魂の伴をすることになったのだった。
「ぜんぽうこうえんふんとやらでも良かったのではないか? 仁徳の場所を借りるか?」
「借りません! 税金をそのような使い方をしては、国民に申し訳ないではありませんか」
「また年貢か……。米は美味しく実ってるはずじゃぞ? 豊作にしたぞ?」
「姉上、いつの時代の話をしているのですか……」
「実りをありがとうございます」
すめらぎはアマテラスに頭を下げる。
「一族の者が手伝っておるが、まだ手が足りぬか?」
「見通しがつくのにあと一ヶ月はかかりそうです。それに…」
「ふむ。土砂災害の後始末か?」
「はい。それが一番の課題ですね」
「洗い流していいのなら、そうするがのぅ」
「地を固めていただけませんか?」
スサノヲがうなずいた。
「崩したところは埋めればよいか? あ、変に埋まっているものは、まとめて出しておくぞ。土の硬さは……」
スサノヲは軽くつま先でリズムを取る。
「建物が立っても大丈夫なぐらいにしておこう。水も川に流れるよう層を作っておく」
「ありがとうございます」
「では、仕事をしてくる」
スサノヲが姿を消した。
「夜の内に被害があった場所がきれいになる。これはどう説明すればいいんでしょうね」
ツクヨミは小さくため息を吐いた。
「稲光とともに現れ、土を捏ねてるときは派手に光らせるであろう? 民の目を引くから問題ない。わらわらが存在するということを示したあとなのだからな」
アマテラスはじっとすめらぎを見る。
「だいぶん、心が凪いできたな」
すめらぎは小さくうなずく。
「すめらぎの血の継承者は、肉体と魂は別だからな。平成とやらか? 最初は嫌な響きだったが、今はそうは思わぬ」
「在位中は『平成天皇』とは呼ばれませんので」
「なるほど。肉体が滅びてその名が付くのか。落ち着くのにもう少し時間はかかるが、平成が落ち着かせるのも手伝うであろう」
「そうなることを祈っております」
「最近は姫も一緒に祈っておるのぅ?」
「はい。一緒に唱えております」
「ここから追い出すでないぞ?」
「手放すつもりはございません。婿を取って、子どもが産まれたら、子守をしようと思っております」
「そうか。めでたい事は好きじゃ。楽しみじゃ」
「気が早いぞ、姉上」
「そうであったな。じゃが、ほうりつとやらが変わるのであろう? 昭和が言ったとおりになったのぅ」
「はい」
「そろそろわらわも国をゆっくりとまわってこよう。努めに励めよ」
「はい」
すめらぎが頭を下げると、アマテラスとツクヨミの姿は消える。
「説明するのは、私なんですよね。どう説明しましょうか……」
祈りの間で、すめらぎは呟く。
「人の理、神の理、規模が違いすぎますね……」
すめらぎは目を閉じ、心を整える。
そうして、祈り始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『もうこれは、神の仕業としか、言いようがありません!』
「そうだろそうだろ。我の仕事ぞ」
テレビを見てご満悦のスサノヲの横で、ツクヨミは他の画面を見る。
『あまり大きな声では言えませんが、この建物では未成年者に性的な接待をさせていたようです』
「あまり大きな声では言えないと言いつつ、てれびで言ってしまうのはどうなのでしょう?」
ツクヨミは苦笑しながら、呟く。
「一族の人、いい仕事してますね」
「ヒヤヒヤしますが……でも、これに触れないことにはどうしようもないでしょう?」
「まぁ、利用していたのは、かなり腐った魂でしたからね」
「そう言えば、巫女の一族が、『臭い、臭い』とずっと鼻を手で覆ってましたね」
望は思い出し、言った。
「姉者の一族には厳しいであろうな」
「印から漏れた人はいなかったはずですからね。名誉回復させよう考えたり言い出すモノに、新たに私の印をつけようか?」
長老は考える。
「考えるとツクヨミ様のお印が現れるということでしょうか?」
「ああ、そのつもりだ。周りがギョッとするだろうからな。二度と口にもしないし考えなくなるぞ?」
「新たに命を奪う事にならなければ、それでお願いいたします」
長老が頭を下げる。
「では……」
ツクヨミは一度目を閉じたが、すぐに目を開け、長老を見た。
「声を出せなくするという方法もあるな」
「それもいいですね」
「あいわかった」
少し楽しそうに、ツクヨミは立てた人差し指をくるくると回した。
「これで、よかろう。かばうモノには、私の印が現れ、声が奪われる」
『ですから、あれはツクヨミとやらのま……あ……ぅ……』
『どうしました?』
「あぁ、早速術の結果が……」
「なるほど、こういうふうになるのですね」
テレビでは額に現れた印がドアップになっていた。
「ツクヨミ様のお印が光ってますよ?」
「物騒な事を考えている証拠です。こういう状態になったら……」
『え? どういうことなんですか?』
司会者がカメラ目線になっている。
別のカメラが違うアングルで司会者とカメラを映し出した。
実際にはカメラの下でカンペを出している青年を映し出している。青年はインカムで誰かと話をし、それをメモする。
『ツクヨミのお印? 不正行為を行っている人をかばおうとすると、その……ツクヨミ……様?のお印が現れるということなんですね?』
大きく頷く青年。
『では、今、ピカピカと光っているのは?』
青年はスケッチブックに何かを書く。そして、掲げて見せた。
『危険な事を考え、実行しようとしている恐れがある。警戒せよ』
司会者は、避難されている政治家たちを援護しようとしていた政治評論家を見る。
『同類ということなのでしようか?』
司会者の横にいたアシスタントがあからさまに嫌そうな顔で政治評論家を見る。
政治家は手を前に出して振り、違うということを必死で訴えているが、額の印はピカピカと光り、相変わらず喉は潰されたままで声は出ない。
『え~。ものすごく近くで、こういう例が出て良かったと思います。皆さん、気を付けてください』
司会者はカメラに向かって言う。
『ところで、これは解除できるのですか?』
政治家の横に座っていた医療関係代表者が政治家を指さした。
青年はスケッチブックの新しいページを出し、書く。
『本人が心底から考えを改めれば消える……かもしれません?』
司会者が首を傾げた。
『これはまだ不確定なのですね?』
『そうでしょうね。これはまだおさまっていませんから』
冷ややかに言い、医療関係代表者が自分の額を指さした。
『上皇陛下が印のついた犯罪者を全員あの世に連れて行ってしまったので、捜査が行き詰るかと思っていましたが、そうでもないということ……ですね』
元警察官が冷たい目で政治評論家を見た。
『どういう実態だったのか、知りたくはないですけど、白日のもとにさらすことができるかもしれません』
笑顔になって言っているが、目は笑っていなかった。
『全員連れて行かれたと本心で嘆いていたのですよ。これで罪が明らかになりますね』
にこやかにそういったのは弁護士だった。
コメンテーターから冷たい目で見られ、政治評論家は、席を立った。
司会者はカンペを出している青年を見ている。
『事件が解決し、組織が解体され、関係者すべてが罪に問われれば、ツクヨミの印もスサノヲの印も現れないであろう……ということのようです』
『真っ当に生きていれば、本来なら無関係なんでしょうけどね』
元警察官が呟く。
『え~。速報ですか?』
司会者にスタッフが原稿を渡した。
『え~? あ、皇籍離脱させられた冬篠さん夫妻が、玄関で言い争いをしているところをご近所から警察に通報され、警察が到着したところ、二人共に額にツクヨミ様のお印が現れており、恐ろしいものを見た形相で倒れていたとのことです』
『それはもう、亡くなっているということですか?』
『それ以上はまだ……わからないようです』
『アレだけのことをしていながら、どうやって償うのかと思っていたのですが、結末はあっけなかったということですね』
『神社の関係者に知り合いがいるんですけど、一応、三貴神様は、人の世の理を考慮してくださったそうです』
『……そうなんですね?』
『神の理を使えば、その場で魂が抜かれているらしいので』
アシスタントは驚き目を見開いていた。
『急に動かなくなれば、交通事故・飛行機墜落・電車暴走などで無関係の人が巻き込まれるということで、ああいう形になったらしいです』
『それと、神が贔屓をするのは、当たり前……だそうです』
『皇女様はアマテラス様に愛されているということのようですからね』
『ええ『護る』と宣言されたとも聞きました』
『皇妃様もアマテラス様に守られているのは明らかですしね』
『天皇陛下と並ばれると、共鳴反応ですごいことになってるらしいですね』
『そこに皇女様が加わると……神社に行くより簡単に参拝できそうです』
すこし頓珍漢な事を言ったのは、なぜいつも呼ばれているのか?と批判されていいたアイドル歌手だった。
『ほんとに、無意識に拝みたくなりますね……』
アシスタントが呟く。
司会がカンペを見て、少し慌てた。
『新しい情報が入り次第、お伝えいたします。一旦CMです。我々も少し、落ち着きましょう』
「ほんとだな」
ツクヨミは呆れて呟いた。
他のチャンネルも似たようなものだった。
「気なったことがあるのですが、こういうことが明らかになる前に命を奪われた者の魂はどうなっているのでしょうか?」
長老がツクヨミに尋ねた。
「ああ、もともとあの者達の魂の質は、一族の者と変わらない」
「ということは?」
「高次元からの魂ということだな。何か目的を持って今のこの時代に生まれてきた」
「ということは、役目が終われば、元の次元に戻るということですね」
「志半ばでもですか?」
まだ若い望が長老の喜朗に尋ねた。
「いや、志半ばにはなってはおらぬ。楔を入れているではないか」
「あぁ……。同じ高次元でも大姫が違えば、お互いにわからないこともあるさ」
そう言って、長老は遠い目をする。
「その国を、その時代を良くするために遣わされてくるんですよね?」
「ああ、もしかしたら、すでに皇女殿下がすめらぎになっている世界もあるのかもしれない」
「ある得るだろうな」
ツクヨミは、姫がいる方向をじっと見る。
第一の大姫から『護り』として持たされたものは、先代第一の大姫の世界のアマテラスの魂の一部だった。
同じアマテラスの魂でも少し違っていた。
アマテラスはすぐに感じ取ったようだったが、特に何もいっていない。
スサノヲがそれに気づいた時の驚いた顔はあまりにも間抜け面で、思い出しただけで何度でも笑える。
「第七の末姫もいるから、力を貸してくれたんだろうな」
ツクヨミは、姫が今のこの時代に生まれた理由を思い出した。
「すべて、すめらぎの奥方のためだ」
長老は少し首を傾げた。
「我が子を一度手放し、絶望の淵に立たされ、それでも生きることを強要され、ようやく手放した我が子と再会でき、そこからは強く生き抜いた女性だ」
「え?」
望は祖父と父を見る。
「それ、父親が権力の亡者で合ってますか?」
「ああ、多分」
「継承の時に揉めたんですよね」
「年齢が若すぎたのもあったんだが……。生まれたのが『男』だといわれていたが、実は『女』だった。アマテラスからすれば性別なんて関係なかったのだが、継承の掟は、人が勝手に決めてしまっていた。それ故、女であることを知られてはならぬと、臣下に預け、母親をなくしたばかりの男の赤子を見つけてきたのだ」
「ああ、あれは悲しすぎる話です」
「海の底に都なんてあるはずがない」
「授業で習った時、祖母が実の孫を道連れにするとは思えなかった」
「それでもすめらぎの子として育てていたのだ」
ツクヨミは西の方角を見た。
「まだ幼い魂だったからな。祖母はすぐに上がってしまったし……」
「そうなのですか?」
「ああ、子どもを抱きかかえてはいたが、祖母の魂だけは、すぐに上がっていった。今、この世界にいる。大事に娘を見守っている」
「まさか?」
「そのまさかだ。もう言わなくてもわかるであろう?」
「ああ、そうなのですね」
長老が目元をハンカチで拭う。
「一度手放した娘……」
「今世でも同じことを繰り返してるのでは……」
「ああ、あれは『護り』を持たせるために第一の大姫が呼び戻したのだ。その直後に、呪いがかけられた」
「その呪術師は今……」
「その罪を告白し、闇を暴くことに協力していることから額に印はない」
「ですが!」
望が感情を抑えられない。
「言いたいことはわかっておる。その事を知った者は誰も許してはおらぬ。ただ、すめらぎやその奥方にその事を告げる必要はないであろう?」
「ああ……そうでした。『忘れ物をして一度お空に戻った』と」
「事実であろう?」
「たしかに、そうですが」
「姫自身が事実を告げておる」
「確かに、そうでしたな。その話を聞いて、こやつはボロボロと泣いておりましたからなぁ……」
長老は息子を見た。
「それでまた同じ苦しみを?」
少し冷静になった望がツクヨミを見た。
「あの時の母親の気持ちを考えると、それがわかるのではないか?」
「継承に男も女も関係のない世界」
「そうだ。どちらかといえば、すめらぎが女であるほうがアマテラスは力を貸すだろう」
「それは、この国が豊かになる……ということですね?」
「ああ、男に子どもは産めぬということを、忘れてはならぬ。それに、アマテラスが喜べば手を貸す神も増えよう」
長老はうなずく。
「神が……勝手気ままに動く神が増えるということですね……」
半目になって遠くを見るように呟いたのは脩平だった。
「神々が喧嘩したらどうなるんですか?」
ツクヨミがそれを聞いて大笑いし始めた。
「喧嘩ができるということは、その世がかなり平和になっているということであろう? それをうまく調整していくのが、すめらぎの仕事でもある。と言っても、実際にはアマテラスか、私か、スサノヲが喧嘩を止めることになるのだがな」
ツクヨミが珍しく笑顔を見せる。
「ところで、あの娘は大丈夫なのですか?」
「ああ、海を渡った娘か? アマテラスの領域に戻ってきておらぬから、わからぬが……」
脩平が本を手に取る。
前のすめらぎが自分が逝くときに連れて行った魂の写真は残っていない。
パラパラとめくると、最後の方に皇室での関係者として、娘夫妻とその子どもが載っていた。
夫妻の間の子供と言われているが、その魂の父親は夫であるが、母親は妻ではなかった。
「最初に生まれた子は、もう亡くなっているらいしいです」
望が言う。
「年齢が微妙に合わないなぁ……」
「この後ろに載っている女が産んだのではないか?」
「代理母か。この国を出ても実験みたいなことは続けてたということか」
「まぁ、確認させる。安心しろ、その娘の関係者がこの国には入れないから」
「それは、飛行機に乗っていたら、その飛行機が墜落するということですか?」
「スサノヲが対応すればそうなるであろう。ただ、民を巻き込むなとアマテラスが怒る。この国に戻ろうとした時点で、飛行機も船も止めよう」
「それじゃあ、戻ってきたくても戻ってこれないということですね」
望の声が弾む。
ツクヨミが手を伸ばした。
その方向にはその娘がいるはずだった。
「あちらの神に邪魔をされていませんか?」
「その土地に住んでいるわけでもないから、問題ない」
そういうとツクヨミは目を閉じた。
「なるほど。夫婦仲は完全に冷えておるな。顔を合わせれば夫が妻に文句を言っておる。おぉ?『天皇になれると思ったからお前と結婚したのに、もうお前に価値はない』と、言っておるぞ?」
一族の長老とその息子、そして孫の望はどう反応していいか、わからない。
「自分で選んだ人生だ……」
「『お金に困らず楽にできると思ったのに。ままをここに呼んで一緒に住めないのも全部お前のせいだ』」
「ママ……」
望は遠い目になる。
「『今月の小遣いよこせよ。振り込まれてんだろう? かあどに入れろよ』」
ツクヨミは首を傾げた。
「部屋には若い女性が一緒に住んでいるようだが……」
「浮気相手でしょう」
長老が答える。
「印を出してもいいと思うか?」
「問題ないと思います」
「是非」
「その方が他の女性のためでもあります!」
「わかった」
ツクヨミは右手の人差し指をちょいちょいとするように動かした。
「ああ、手加減を間違えた」
なぜか、セリフを棒読みしたような感じでツクヨミが言う。
「何をどう間違えたのです?」
「奥方を攻めるような言動をすると、頭が割れるように痛くなるようにしておいた。ついでに、何もしなくても光るようにしておいた」
「騙された女も悪いのでしょうが……」
「ああ、いや、あれは、最初からあの娘に惚れたわけではないし、惚れてもいない。ただ、入り込むために騙しただけだ。『甘い言葉』というのか? 寒気がするような言葉を吐いてな」
「そうなのですね」
無表情で望が答える。
「それに、あの黒い男が好きなのは自分の『まま』ぞ?」
望は思わず身震いする。
「ここに戻って来させないでください」
「私はそのつもりだ。この国の一件は他の国にも知れ渡ってしまっているからな。あの国であの男があのまま生きていけるか、楽しみだな」
「あの娘はどうするのです?」
「実際のところは、姫次第だ」
「ひどいことにはならないでしょうね」
「あの娘はあの親の被害者でもあるからな。だが、アマテラスは額に印をしていない」
「それが答えのような気もしますが……皇女殿下に確認してみます」
そういったのは脩平だった。
「ああ、定例会で会うのだな?」
「はい。今日の夕方です」
「念の為、護りをつけておこう」
そう言うと、ツクヨミは右手人差し指で円を描いた。
「では、行ってまいります」
脩平はツクヨミに一礼すると、部屋から出ていった。
「大まかなところは終わったと思うが、気になることはあるか?」
ツクヨミは長老である喜朗を見た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
定例会では、上皇陛下の葬儀のことが中心に話し合われたが、すめらぎの意向が尊重される流れとなった。
すめらぎの意向とは、生前、上皇自らが残していた遺言書に沿うということだった。
定例会が定刻に終わり、ツクヨミの一族代表として参加していた鈴木脩平は退室しようとしいた皇女を呼び止めた。
「皇女殿下。確認したいことがあります」
「なんでしょう?」
「この国を出た……娘のことです」
「あぁ……」
皇女の表情が曇る。
「あの方に言われたことがあります。『私はこんな悪魔が住んでいるところから一日でも早く出ていくわ』と」
皇女は少し迷っているようだった。
「『祖母が陛下が近くにいたのに、皇妃様にだけ聞こえるようにひどい言葉を言っていた』とも言ってました」
「それは事実でしょう。自分には優しい祖母であったけれど、本性を見てしまったのですね」
「あの方に、『早くここから出ないと、ウチの両親に命を奪われるかもしれない』、と言われたことがあります」
「忠告してくれていた……のですね?」
「はい」
「では、伺います。その方がこの国に帰りたいと願った場合、皇女殿下はどうなさいますか?」
「まず、帰りたい理由を聞きます。理由次第では戻ってこれるように手助けしたいと思うかもしれません」
脩平は頷く。
「夫から言葉の暴力を受けているようです。夫の愛情は最初からあの方にはありません」
皇女はややしてからうなずいた。
「わかっておられたのですね?」
「全身が真っ黒でした。叔母様もお祖母様も黒かったのですが……。周りの人はその黒いのが見えていないようで、私は結婚に反対でした。ですが、それを口にしてしまうと……」
「ええ、わかります」
「夫となる人からあの方へ、愛情や温かさを感じたことはありませんでした。あの方は盲目的に信じていましたけど……」
「義理の母親はどう見えていましたか?」
姫は首を横に降った。
「気持ち悪い黒さでした」
やっぱりと、脩平は納得する。
「国民が反対するのは最もだと、思いました。でも、結果的にその反対を振り切ってこの国を出ていってしまったのですから……本来なら、私の立場では戻ってこようとするのをお手伝いするのは……ダメなのでしょうね」
「今はスサノヲ様が海の護りを強化しております。あの二人が戻ってくることはないでしょう」
「そうなのですね。でも、一度、ちゃんとあの方の気持ちを確認したいと思います」
「なぜ、そこまでできるのですか?」
「母が急に公務ができなくなる理由を教えてくれたのです。『呪術師を使って呪を飛ばしているのを見た。あれでは具合が悪くなって公務ができなくなるも当然』と。恐ろしいものを見たような顔で、かなり怯えていました。それに『母はすれ違うたびにあなたのお母様に呪詛を呟いていた』と」
その時のことを思い出したのか、皇女は思わず身震いした。
「言葉に嘘はありませんでした。母と私を心配してくれていたのです」
「わかりました。ツクヨミ様から本心を確認するようにといわれました。嫌なことを思い出させてしまい、申し訳ありません」
「いえ、いいのです」
皇女は言葉を続けようか、少しだけ迷った。
「もし、そういう事になったとしたら、父と母に相談します。二人は決して反対はなさらないと思います。受け入れてくださると思います」
「そうでしょうね」
「内密に連絡を取ってみます」
脩平は黙って、皇女に頭を下げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
自室に戻った皇女は、かつての従姉が住んでいる方向に右手を突き出した。
手を広げ、目を閉じる。
そして、従姉の姿を探したのだった。
『ぐあぁ~~~っ! 畜生~っ!』
両手で頭を抱え込んでいる見覚えのある男の姿を見つけた。
その足元には、頬を押さえて座り込んでいる従姉の姿。
男は何かを言おうとして、更に頭を押さえ、のけぞった。
その額には、ツクヨミの印が三つも並んで光っている。
かなり強烈で特別な呪いをかけられているようだった。
『俺を見捨てるのか? 捨てるのか? う、ぐあぁあああ~~~』
もう立っていられず、床でのたうち回る男。
泣き腫らした目でその姿を見て、従姉はさらに怯えた。
男が従姉を憎しみを込めた目で見るたび、後ずさる。
従姉は髪も乱れ、くたびれた服を着ていた。
『ちっくしょぅ~』
頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こす男。
『どうせ結婚するならお前より妹のほうが良かった。あぐっ……』
その言葉を聞き、新たな涙をこぼしている従姉。
皇女は手を握り、これ以上見るのをやめた。
時間を確認し、自室を出る。
向かった先は、母親の部屋だった。
何かあるときは、まず、母親に相談する。
忙しい父親に話をするのは、母親の役目になっていた。
「お母様」
「あら? どうしたの?」
いつもと違うと察したのか、母親は部屋に入ってきた娘に駆け寄る。
「落ち着いて、お話しましょう?」
そう言って、長椅子に二人並んで座った。
話をする時、いつも使っている長椅子だ。
「従姉の……お姉様のことなのです」
「馴子さんね。気になったから、調べてもらったわ」
皇女は顔を上げて、母親を見る。
「先ほど、夫であるあの人からひどい言葉と暴力を受けているのが見えてしまいました」
母は悲しそうに頷く。
「残念ながら、それは事実のようよ。ただ、最近、ツクヨミ様のお印が額に現れたようでね。近づく人はいないみたい」
「三つ額に並んでました。ひどい言葉や暴力を振るおうとすると、頭が痛くなるみたいです」
「孫悟空の頭の輪、緊箍児みたいね。今のままだと、ご主人はこの国に強制送還されてしまうかもしれないわね」
「お姉様は?」
「一緒に戻ってこれるかどうかはわからないけれど、私は離れて暮らしたほうがいいと思うわ」
「お姉様だけ戻って来るというのは……」
「離婚という形をとらないと、難しいかもしれないわね」
皇女の目から涙がこぼれ落ちる。
「あの時、黒いものが見えているとお話しておけば、こんなことにはならなかったの?」
母親は娘の頬を両手で包み込む。
「あの時、あの子はここから、皇室から、逃げ出したがっていた……」
こくんと娘は頷く。
「必死だったわ」
「はい」
「私はあなたのお父様が守ってくれていたの」
「はい」
「あなたが生まれてからも、それは変わらない。ずっと変わらない」
「お母様、それは惚気ですか?」
娘は泣き笑いになる。
「ええ。女は弱いの。でもね、母は強いの。この言葉に嘘はないと思うわ」
また涙があふれ、こぼれた。
「お姉様は、母ですよね?」
困った顔で、娘を見る。
「写真に写っていた赤ちゃんは、二人。男の子と女の子」
「え?」
「どちらも、もう、亡くなっているわ」
「どうして?」
母は首を横に降った。
「あちらではニュースにはなったのよ。子守で雇っていた女性が……子どもを抱いたままベランダから落ちたと」
「え?」
「子守の女性は必死で守ろうと……」
両手で子どもを抱きしめる仕草をして、母は娘を見た。
「どちらも助からなかった。子守の女性が誤ってベランダから落ちたとなっていたけど、事実は……あなたなら、わかるんじゃない?」
母の目に涙が溢れていた。
「あの人が突き落としたのね?」
頷いた拍子に涙が落ちた。
「時期的には、上皇陛下の会見が終わった直後ね」
皇女はハンカチで涙を拭う。
そして、もう一枚取り出したハンカチで、母の涙を拭った。
「三世代に渡って、乗っ取ろうとする人達が集まってしまったのね」
皇女は頷く。
「お父様には、あなたからちゃんと話をしたほうがいいわ。あなたの気持ちを、あなたの言葉で伝えなさい」
「はい」
母は娘の頭を撫でた。
「最近、私も泣き虫になったのよ……」
そう言って、母は娘を抱きしめる。
「何度も言うわね。生まれてきてくれてありがとう。私のところに来てくれて……ありがとう。あなたを抱きしめることができて、私は本当に幸せだわ」
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