表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

6話 三貴神は暴走する

フィクションです。

完全なフィクションです。

「え~、これは、今現在、判明している行方不明者の一覧です」


 とあるテレビ局で放送されている番組で、名前と顔写真が映し出された。


「パネルに貼ってみましたが……」


 カメラがズームアウトし、パネル全体が映る。


「このパネルは百枚を超えてます」


「は? いや、ちょっと待って? これ、一枚のパネルに何人の写真が貼ってあるの?」


「横に10、縦に18ですから、180人ですね」


「それが百枚超えてる?」


「はい。亡くなった人もその中にいるので」


「名前がもうわかっているんですか?」


 司会者はパネラーを見渡す。


「仮の宿の占い師さん、わかっているのですよね?」


「ええ、もう、読み解けています。魂も傷つけられていましたが、もう、平たく言えば『成仏』できてますよ」


 司会者が紹介したのは、怪しげな衣装をまとった老婆だった。


「仮の宿の占い師と申します。ツクヨミ様と縁があり、広く知らせよと言われましたので、お役目を果たしに参りました」


 パネリストの全員の視線を集め、仮の宿の占い師は口元に笑みを浮かべる。


「かなりの数ですが、大変ではなかったですか?」


「ええ、ええ、ほんとにもう、大変でした。赤子は、自分の名前がわかりませんし、喋ってはくれません。ですから、魂を読み解きました。父親・母親の名前を赤子の下に記入してあります。それとですね、卵子提供者、精子提供者というのもわかりましたので、産声を上げることなく、闇に葬られてしまった子どももご両親の名前も書き記しております。

 あぁ、卵子や精子を冷凍保存していたのを勝手に使われていたということがわかった人は、名前を伏せてあります」


 パネリストは手元に配られた冊子をパラパラとめくり始めた。


「後半がそれですね。残念ながら、胎児の顔を出すわけにはいきませんし、名前もありませんので、仮の名前、あ、もちろんご本人に確認しましたよ。下の名前だけですが、ね」


 女性のパネリストが眉根を寄せる。


「これ、公表しませんの?」


「公表というか、今日発売で書店に並んでおりますよ?」


「え?」


「もし、内容を書き換えようとしたりすると、もれなくツクヨミ様とスサノヲ様のお印が額に現れるらしいです。あ、もちろん、書店に並んでいる本も同じです。写真は撮らないでくださいね。後悔することになりますよ?」


 仮の宿の占い師は、淡々とした口調で言う。


「バレるとまずい人がいると思うのですが……」


「そうでしょうね。ですが、自身の行動の結果です」


「あ、この男性A(52)と名前が出ていないのはどうしてですか?」


「わからなかったということですか?」


「いえ、被害者の名前を出すわけにはまいりません」


 仮の宿の占い師は、指し示した場所を見た。


「ああ、その人は、攫われてきたのですよ。帰宅途中、黒い車、あぁ犯罪でよくある手口ですよね。車に連れ込まれクロロホルムをかがされ、そのまま意識を失い、実験体にされ」


「もういいです!」


 女性は慌てて本を閉じた。


「そんなひどい目にあった人がこんなにいるということなんですよ」


 仮の宿の占い師は、パネリストをじっと見ていく。


「仮に、橋の下にいたホームレスが次の日、いなくなっても誰が探すでしょう? むしろ、いなくなって良かったと思ってしまいませんか?」


「思ってしまうかもしれません。そういう人たちも被害に?」


「あとは、家出少年、家出少女……でしょうか。親切な振りして家に泊め、眠らせてそのまま連れ出してしまう」


 司会者は唖然としたまま仮の宿の占い師を見る。


「あの、恐ろしい事に気づいたのですが……」


 気弱そうな青年が、恐る恐る手を上げた。


「亡くなった人の体はどうなったのでしょう?」


「そうですね……」


 占い師は目を閉じ、顔をやや上に向けた。

 両手が微妙な動きをし始めた。


「聞きたいですか?」


「一例でお願いします」


 顔を正面に向け、ゆっくりと青年を見る。


「やさしいところで……普通に荼毘に付して、遺骨は全部まとめて粉砕して、土に埋めてますね」


「粉砕……ですか」


「それは、火葬場の人も手伝っていたということですか?」


「う~ん。手伝ったというより、仲間でしょうね」


「わかりました。よく、小説とかである手口ですね?」


 そういったのは、少し派手な格好をした弁護士だった。


「火葬届を出し、棺を持ち込み、仲間が担当する。その棺に入っているのは一人ではなく複数……」


 見てきたように得意げに言った。


「そういう火葬場がいくつかあれば、問題なく処理できるでしょう。遺骨が混ざったとしても、魂は混ざりませんからね」


 仮の宿の占い師の言葉になるほどと、全員がうなずく。


「あ、ちなみに、この本の売上は、被害者に届けられるようになっていますので、皆さん、お買い上げいただけると助かります。よろしくお願いしますね」


 番組の内容は決して明るいものではないが、仮の宿の占い師の口調で、湿っぽくならず、そのコーナーの放送を終えた。


 他の番組やニュースでも、その本のことは取り上げられた。


「こんなのはデタラメだ!」と、言い放ったそばから、額にツクヨミとスサノヲの印が同時に現れる。

 それもテレビで生中継されてしまったので、政治家や評論家は完全に口を噤んだ。


「黙っていても、印は出てくるらしい」


 そういう噂が一気に広まる。


 完全に他人事なのは、無関係の人々。


 アイドルが歌番組で歌っている最中、額にスサノヲの印を浮かび上がらせた時は、ワイドショーはそのニュース一色になった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「なるほど、こうやって一つのニュースを大々的に取り上げて、裏で事を進ませるのだな」


 ツクヨミは感心して言った。


「ええ、この銀行はこれとこれ……ですね。合併するようです」


「頭取一家に印が現れてしまうとねぇ……。仕方ないよねぇ……。この建設会社も同様ですね。トップが総入れ替えです。こんな大企業なのに、新聞ではこのたった五行で終わらせてます」


「ふむ。なかなか面白いな、頭の文字だけ読めば、もうおわりと読めるぞ」


 望が新聞記事を見直す。


「もしかして、そういうふうにあちこち何か……暗号的なものが?」


 それを聞いた望の従兄弟たち二人が調べ始めた。


「イタチはアマテラスが締め上げてるし、その娘もか……」


「そばにいた呪い師はどうしました?」


「ん~。あれはどう言えばいいのか……」


 ツクヨミが考え込む。


「ツクヨミ様が彼らが放った呪術をすべて本人に戻したではありませんか」


「ああ、戻した。かなり遡って戻したぞ?」


「それは、一溜りもありませんね。すごい形相で死んでいたのではありませんか?」


「あれは醜い魂にふさわしい死に方・・・ああ、いや、まだ死んではおらぬ。死ぬ手前で留めておる。行った術をすべて戻しておるからな。それをじっくりと味わってもらわねばな。そういえば、呪いを手助けする魂もあったな。『味わされた苦しみをお前に返すぞ』と」


「自業自得でございます」


 従者が言う。


「あと、これは公になっておらぬのか? 三貴神の印が現れた者のことは」


「額にお印が三つも?」


「アマテラスの印があるからな。必ず救われないといけない魂ということだ」


「皇妃様にはアマテラスの印が三つ現れたと聞いたが……」


「ああ、アマテラスが絶対に護ると、息巻いておったが、三つもか……」


 ツクヨミは声を上げて楽しげに笑う。


「もう誰も手出しできないであろう? 姫よりも神々しい存在になっておるではないか」


「もともと華があるお方です」


「アマテラスが気に入るのもわかる。すめらぎが拗ねたと言っておったな」


 スサノヲの笑い声が響いた。


「『すめらぎは国のためだけに祈れ』の一言で終わらせておった」


「それがすめらぎの仕事だ」


 望はその様子を想像し、思わず笑ってしまう。

 きっとその横で、皇女殿下は笑顔になっていることだろう。



 それから、不思議な現象が起こり始めた。

 額にツクヨミとスサノヲの印が現れた人が、ネットで自らの罪を告白する動画を投稿し始めたのだった。

 そして、それを仕事にする人も現れた。

 罪の告白をライブ配信するようになったのだ。

 そして、そのままアーカイブとして残す。 

 告白動画を自撮りして投稿すると、動画を加工しているかもしれないという疑惑がうまれ、コメント欄は荒れていった。

 それゆえに、誤魔化しようがないライブ配信の方が圧倒的に多くなった。

 アマテラスの印がある人は、罪の告白の途中で、ツクヨミやスサノヲの印が薄く消えていくこともあった。

 上辺の涙で告白している途中、徐々にツクヨミやスサノヲの印がよりはっきりし、アマテラスの印が消えた人もいた。

 このことはネットで拡散し、外国人の来日者数が0になる日もあった。

 それは、邪な気持ちでこの地に入ると、ツクヨミとスサノヲの印が額に現れるという妙な噂が広がったからだった。

 日本にいる外国の人の一部の人は、戦々恐々として日本から脱出していった。

 しかし、アマテラスの力が及ぶ範囲から出ると、何故か急にツクヨミかスサノヲ、あるいは両方の印が現れるということもあった。アマテラスの印が出た人はいない。

 それは、性別、年齢、人種、国籍など、関係なかった。

 しかし、しばらくすると、現れる人の特徴・傾向は明らかになっていくのだった。



「そろそろ、この件を片付けるか?」


「片付けるのは、前代理人の寿命次第だ」


「まさか?」


「ああ、そのまさかだ。昔は従者を墓に入れていたのであろう?」


「もう暴れる魂はないと思うが、黄泉の入口までは見届けよう」


「墓の下に収めるのか?」


「ああ、結界に全部魂を放り込んで、結界を小さくすれば問題なかろう?」


「それは、魂を圧縮?」


「妙な力を持ちませんか?」


「異様な力を感じたら、結界ごと捨てるだけだな」


「その魂のエネルギーでゴミ箱に飛ばせるだろうな」


 スサノヲは楽しそうに言った。


「どれぐらいの人が亡くなるのでしょうね?」


 脩平が呟く。


「わかっているだけで、十万か?」


「それぐらいはいましたね。魂を抜く時は、あらかじめ、自室で寝させているほうがいいですね。その方が周りに被害がでないでしょう」


「そこまで配慮してくださるのですね」


「ああ。仮に事故を起こして善人が巻き込まれたと知ったら姫が悲しむからな」


 どこまでも、預かっている姫の気持ちを優先する三貴神。


 それが、過保護な親に見えてきて、望は少し気持ちが軽くなる。


 神を怒らせていいことなんて一つもない。



「ああ、アレの命が尽きたぞ」


 ツクヨミが長老の喜朗に告げた。

 そして、右手を上げ、何かを掴むような仕草をする。


「魂はもう閉じ込めた」


「煩くないか?」


「ああ、煩い。何をどうしたらここまで執念を燃やし続けることができるのか」


「そう言えば、第四の大神が楽しい実験をしているらしいぞ? そこに紛れ込ませるのはどうだ?」


「逆に突き返されたら困る。だから、消滅させる」


 ツクヨミは右手の拳をじっと見る。

 その瞳に青い炎が浮かび上がる。

 そして、力を入れた。


 次の瞬間、スサノヲが嫌そうな顔をした。


「最後までうるさかったな」


「ははは。すっきりしたな」


 長老ははスサノヲに頭を下げた。

 脩平と望もそれに続いた。


「お? 悲しみの声がきこえてくるぞ?」


「悲しみ? アレが死んで、誰が悲しむ?」


「『ままぁ、ままぁ、どうしてぼくからはなれていってしまうの? ぼくをひとりにしないでぇ~』」


「子どもか?」


「あ~。いや。かぞえで六十になっている男だが?」


 一族の3人は、揃ってげんなりとした表情になる。


「そいつも一緒に連れていけばよかったんじゃないのか?」


「すめらぎにもう少し待ってくれと言われている」


「弟として育ったからか? 情があるのか?」


「それはわからぬ。ただ、すめらぎとしてのけじめがあるようだ」


「けじめ、か」


「民の声を聞くと、簡単に死なせるわけにはいかないでしょうな」


「ふむ」


「命が消え、姿が消えても、したことは残るのです」


「それが人の世の理か。殺して終わって、すっぱり忘れるというのは、無理なのだな」


「スサノヲ、それはお前だけだ」


「ああ、それより、このイタチは、思いっきり最後っ屁をかましそうだぞ?」


 ツクヨミの顔が珍しく歪む。


「キツネのほうがまだマシだったな。まぁ、もう終わったが……」


 腕を組み、考え込むツクヨミの顔をスサノヲが覗き込む。


「姉者がいっておった。迷ったら、姫の気持ちを優先すると」


「一理あるな」


「自分の母親をいじめ抜いた女ぞ?」


 そう言ったスサノヲは悪い顔をしていた。


「イタチは珍獣の館に放り込んでもよいのではないか?」


「……ああ、第二の大姫が集めているという有名な珍獣の館か……」


「珍獣の館って?」


「ああ、第二の大姫様が、いろんな生き物を集めている館というか、星だな。それがあるんだ」


「確かに珍獣だけど、恥さらしにならない? アマテラス様が恥をかくことにならなければいいけど」


「たしかにな」


 ツクヨミが二人の会話に割り込む。


「だが、あそこまで腐りきった魂はなかなかないぞ?」


「ああ、探さずとも臭いでわかる。臭すぎる。なんだ? 急に臭ってきおったぞ!」


 スサノヲは自分の鼻をつまむ。


「たしかにな、すめらぎの結界から臭いが漏れ出てるな」


 ツクヨミは表情をなくして、一族を見た。


「喜んでいるぞ。キツネが死んで、その魂は完全に潰されたことに気づいたのかもしれぬ」


「『これからは私の世界よ。私が頂点よ。自己顕示欲の塊だった目の上のたんこぶのババアは消えたわ。これから私が注目されるのよ。国母は私よ! もう私の世界よ! 国民が私に跪くのよ!』と、宣わっておるぞ」


 喜朗はため息を吐く。


「もう、キツネと同じ扱いでお願いします。生きているだけで、民からの税金を使うことになります」


「ああ、イタチの父親、魂を別の男に移しておるのか……」


「その男はどういう状態でしょう?」


「ふむ。私とスサノヲの印が額に仲良く並んでおる」


「選別で連れて行く魂か」


「今は離れたところにいるから、指示が出せぬのか。娘の状態もわかっておらぬらしい」


「そもそもの元はその男であろう?」


「そうだな。キツネが単独で動いているときはまだかわいいものであったな」


「握りつぶそう」


「いや、ちょっと待て。その体の魂が……あぁ、そういうことか」


「兄者?」


「魂を入れ替えたのだな。父親の体に若い男の魂を入れ、そのことに気づかず、キツネが父親を毒殺させた」


「なんだ、ギリギリのところで父親は生き延びたのか」


「入れ替えられた魂は……あぁ、彷徨っておるな。父親の周りというか、自分の体の周りを」


「完全な被害者か」


「そうだな。攫われた時点で、被害者だ。すぐに魂を入れ替えられているからな。あの青年は、救わねばならぬ」


 ツクヨミとスサノヲは顔を見合わせ、うなずく。


 次の瞬間、二貴神の姿は消えた。


「じいちゃん! 本を確認しないと!」


「そうじゃった。被害者が加害者になってしまう!」


 脩平がページを捲り、青年の写真を探し始める。


「名前は?」


「聞きそびれた!」


 三人は顔を見合わせた。


 首謀者の一人であろう男が生きのびているのだ。


「あの状態では呪術はできないから、魂を移すことはできないはず」


「だが、一度、体を奪った魂は、次の体を奪いやすいと聞いたことがある」


「呪術での入れ替えを魂が覚えてしまうらしい」


「なんということだ」


 喜朗が頭を抱え込む。


「終わらせたぞ」


 スサノヲが戻ってきた。

 ツクヨミも戻ってきたが、右手を握りしめている。


「魂は入れ替えた……というか、ちゃんともとに戻した。わたしたちの印もその時点で消えた。念の為、アマテラスに印を付けてもらったからもう大丈夫だろう」


 喜朗はホッとした。


「その魂はどうするのですか?」


「簡単なことだ。握りつぶすまで。転生などさせぬ。キツネと同じだ」


 そう言うと、ツクヨミは右手を強く握り込む。


「さすが親子だな。この諦めの悪さ。自分が頭が良いと思っている馬鹿な男だ」


「ああ、これで違和感が消えた」


 ツクヨミはスッキリとした顔で一族を見た。


「本のページを確認せよ。写真は消えているはずだ」


 脩平は広げたページを見る。

 さっきまで、青年の顔が写っていた。

 しかし、そこにはアマテラスの印だけが浮かんでいる。


「全部の本がそうなったはずだ」


「じゃあ、これ、上皇様がこの人達を連れて行ったら……」


「ああ、我と兄者の印だけが残る」


「ある意味、生き残ってる人だけが本に残る……」


 神の業は恐ろしすぎると望は思った。

 本にはまだ幼い子どもも載っていた。

 生き残るも地獄。死ぬのも地獄。

 産まれた時に背負わされてしまっていたもの。


「業って、怖いですね」


 望は呟いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 上皇妃の大喪儀はすみやかに執り行われた。


 上皇妃を見送る上皇陛下の表情は穏やかであったという。


 その後、皇妃のすすめで上皇はすめらぎのいる御所に移り住んだ。

 そこには皇籍を離れた娘が週に一度は訪れるようになった。

 ときには娘の夫も一緒に訪れ、三人で食事をすることもあるという。

 その様子は、ごく普通の家庭のようであった。


 御所に移り住んでから、上皇の体調は少しずつ良くなっていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 上皇の『私に次男はいない』宣言から、四ヶ月経った。


 国民からのバッシングに耐えられず、次男は部屋に引きこもり、食事もままならぬ様子になったらしい。

 追い打ちをかけるように、母親と慕っていた女の寿命は尽きた。

 次男と呼ばれていた男の額には何も現れていないが、ツクヨミとスサノヲは様子を確認することにした。

 目を閉じ、じっくりと魂とそれを取り巻く霊気を見る。

 次の瞬間、スサノヲが脱力する。


「はぁ。凝りておらぬぞ?」


 スサノヲが珍しくため息を吐く。


「これ以上見たくはない」


 ツクヨミはその一言で終わらせた。


 長老は首を傾げた。


「あのおぞましいことを公にせぬのか?」


 スサノヲの怒気を含んだ言葉にツクヨミの眉間にシワが寄った。


「あれは、本来なら密かに始末したほうがいいと思うが……アマテラスには詳しく知らせず、力を貸してもらおう。違法な施設と説明しておいたほうがいいな。中に被害者がいる可能性がある……と」


 ややしてから、スサノヲは頷く。


「どういうこと?」


 望は好奇心を抑えられず、祖父にこっそりと尋ねた。


「一言で言えば……」


 喜朗はどこまで言えばいいか少し迷う


「人身売買」


 スサノヲが言った。


「え?」


「あの身元が不明な子どもたちの一部はそこからきたのだろう」


 ツクヨミの眉間のシワがさらに深くなる。


「理解できぬ」


「もしかして、知れば殺されるという……噂の?」


「……多分、そのことであろう。権力者の深い闇と言われている」


「これだけネットで情報が得られる時代に、隠せてるの?」


「噂で終わらせてるし、真実が書いてある記事は速攻で削除して、書いた本人を突き詰め、闇に葬る……いや、この場合、この本に載っているかもしれん」


 そう言って、『ツクヨミの印・スサノヲの印』というタイトルの本を見た。


「そういえば、被害者に俳優たちが載っていたね」


「ああ。どこまで知られているかわからないから、知らない人まで殺されておる」


 望は驚き、ツクヨミを見た。


「たまたま楽しそうに話をしているところを深い関係の相手と勘違いされ……」


「え……」


「正しく術を使うものもおれば、そうでないのもおる。ましてやこの土地(くに)に持ち込まれた術もあるからな」


「術を見分けられる一族はいるか?」


 ツクヨミは長老を見る。


「恐らく……第七の姫君でしょう」


 スサノヲとツクヨミは顔を見合わせた。


「過保護で足りるか?」


「足りぬかもしれぬ」


「そなたらは、妹姫をどういうふうに認識しておる?」


「我々は直接の関与はできません。お声をかけられることがあれば……」


「なるほどな。姉上はすでにそばに潜ませておるようだからな。この件に関しては大丈夫だろう。では、明らかにするか?」


「どのように?」


「施設を破壊すればよかろう? それを偽り無くこの前と同じように『なまちゅうけい』すればよい」


「では、一族の者を使いましょう」


 長老はツクヨミを見た。


「ああ、頼む。私は私の仕事をしよう」


「いつやる?」


「準備にどれぐらいかかる?」


 ツクヨミは一族の長を見る。


「少なくとも一日はください。移動も必要です」


「あいわかった。では二日後の正午でどうだろう?」


「火曜日ですね。午後のワイドショーにも間に合います」


「では、詳細を決めよう」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 二日後の午前十一時。

 アマテラスは、舞を舞っていた。


「あそ~れ~♪ ここも~あそ~れ~♪ ふふん♪」


 扇をふぁさり。


 鈴をしゃらら。


「ここと~~♪」


「ここは念入りに~~♪」


 床を足で強く鳴らす。


 楽しそうに舞っているアマテラスを従者は無の表情で見ていた。


 従者の横にはてれびがある。

 そこで、雨に警戒するよう、放送予定の番組を全部とりやめ、気象情報のみ放送している。


「ああ~ここは忌まわしき地♪ ふふん♪ ふふん♪」


 日頃の恨みを晴らすように、踏みつけている。


 従者の横に、かつて巫女の一族だった長の魂が立つ。


「巫女姫様がご機嫌で何よりです」


「お主、人の体がないからと、ずいぶんお気楽ではないか?」


「清めの雨でもあります。巫女姫様は場所を間違えておりませんし、ちゃんと加減もしてございます」


『あぁ、年間降水量を一時間で達成、いや、超えました』


 従者はてれびをちらっと見る。


 紫色の棒が伸びている。

 その横には赤い棒。


「水を貯めるところがあるのです。その許容量はわかっていますから、九割五分のところで雨はやみますよ」


 巫女はてれびをじっと見る。


「あまぐもれーだーが写ってますね。ええ、雨雲も部分的に薄い部分ができています。巫女姫様、流石です」 


 従者はまだ舞い続けているアマテラスを見る。


「あの場所をしつこく蹴っているということは、本来なら島を沈めてもいいということでしょうね」


 従者はギョッとして巫女を見る。


「スサノヲ様ならされるでしょう。ツクヨミ様なら、島ごとどこかに飛ばすかもしれませんね。雨で洗い流すだけなんて、なんてお優しいんでしょう」


 巫女の魂は若い頃の姿をとっており、うっとりと舞っているアマテラスを見つめている。


 従者は説得を諦め、また無に戻る。


「よいよい~♪ ス~サ~ノ~ヲ~♪ あよいよい♪ 全力でやれい~♪」


 扇と鈴を激しく動かす。


 どれだけ強風が吹き荒れ、雷が走っているのだろう。


「きよめのいかずちじゃ~♪ あ~それそれ~♪」


 いつのまにか、扇から鈴に持ち替えている。

 両の手で鈴を鳴らすと、どれだけのいかずちが、稲光がするのであろうか。


 まだ幼いであろう第七の姫君が怯えていないか、少し心配になるのであった。


 そして、その心配は的中する。


「あそれそれ~♪」


 今度は両手に扇を持っていた。


 雨雲が徐々に薄くなる。


 強く扇を振ると、雲が消えた。


 また扇をふぁさり。


 あっというまに、雨雲が消えていった。


『あ、ありえません。雨雲が急に消えました!』


 巫女はてれびを見る。


「おぉ、気象衛星はすごいな。もう雲が、ない」


 まだ舞は終わっていなかった。

 

 アマテラスはトントントンと何度も同じところを踏む。


『雨がやんでいるようです。中継、お願いします』


 従者はじっとテレビを見る。


「おお。あれはツクヨミの一族ですね。お仕事ご苦労さまです」


 巫女はてれびに向かって丁寧にお辞儀をする。



◇◆◇◆◇



『〇〇テレビの鈴木です。ここは✕✕です。ここではもう三年分の雨が一時間足らずで降ったことになります。雷はなっておりましたが、この島に落ちることはなかったようです」


 そういって、島の中央にある山を手で示した。


 次の瞬間、まっすぐに太い白い光が落ちた。


『何でしょうか?』


 カメラが山を映す。


 ビリビリ。

 ビリビリビリビリ。


 空気が振動する。


『ガラガラガラガラガラガラドッシャーーーーン』


 音声が消える。


『雷が落ちたのでしょうか?』

『鈴木さぁ~ん?』

『大丈夫ですか?』


『びっくりしました。凄い音でした。皆さん、大丈夫でしょうか? どうやら山に雷が落ちたようです』


 カメラは再び山が映る。


 そして、その山の形が緩やかに変化していく。


『土砂崩れ?』


 実際には山が崩れるというより、下側から何かが持ち上がっているようだった。


『何が起こっているんですか?』


『わかりません! ですが、山が、崩れてます。でも、下から盛り上がってきてます。(ここ、火山じゃないよね)』

『(火山じゃないです。普通の山です。この島に温泉はありません)』

 

 鈴木レポーターとカメラマンの声がしっかりと放送される。


『なにか、建物が持ち上がってます!』


 カメラは山を移したままだった。


 緑の中に白いモノが現れる。明らかに人工的なものだった。


『何かの秘密基地でしょうか? ちょっと行ってみます』


『ドローンとばします?』


『飛ばしましょう!』


 映像はドローンからの映像に切り替わった。

 カメラマンが操縦しているようだった。


『念の為、ドローンの撮影許可を撮っていてよかったですね。このドローンは特別製で、かなりの飛距離いけます』


「おぉ。ツクヨミが護っておるな」


 舞を終えたアマテラスもてれびを覗き込んでいる。


「スサノヲもいい仕事をしておるな」


「巫女姫様、てれびを増やします?」


「ああ、かまわぬ。全部見ないとな?」


 侍従はふところからてれびを数台出し、それぞれ違うてれび局に切り替えた。

 同じ場所を中継しているところはなかった。


「ツクヨミの一族も、わらわの一族も……頑張ってくれたのぅ」


 アマテラスは満足げに笑った。


 あちらこちらで、狙われたように被害を受けた建物が映る。

 ほぼ、土砂災害になっている。

 しかし、土砂に埋まることなく、地下室まで地上に盛り上がっているというあり得ない被害の形になっていた。


「民は傷つけておらぬつもりだが」


「ええ、民であれば、大丈夫です」


 巫女が含ませた言い方をする。


「そうか。民になる前であれば、申し訳なかったのう……」


 アマテラスが見ているテレビでは、幼子が助けだされているところだった。

 その額にはアマテラスの印。

 被害者であることの証である。


「これに関わってる血筋のモノはツクヨミが印をいれておるからのぅ。それ以外の子どもに入れておいた」


 地元の消防団の青年に抱っこされて大泣きする子どもをアマテラスは優しい眼差しで見ていた。

仮の宿の占い師は、長老の奥さんです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ