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5話 元代理人の懺悔

この話は完全なフィクションです。

「さすが、すめらぎの血を継いでいるだけのことはある」


 そういったのは、ツクヨミだった。


「なぜ我らを呼んだ?」


 スサノヲはちらっと部屋の隅で控えているすめらぎをみた。


「お願いがあるのでございます」


「我らに祈りを届けることもせず、他の神に誓いをたてたのであろう? 我らが必要か?」


 前代理人は、額を床に擦り付けていた。


「もう、顔をあげよ。その体勢は辛かろう。体が悲鳴をあげておるぞ」


 そう言ったのはアマテラスだった。


「わらわは病気は癒せぬ。寿命に従えととしか、言えぬ」


「はい」


「願いはなんじゃ? 条件付きで聞いてやってもよい」


「ありがとうございます」


「姉者、許すのか?」


「姉上、話を聞く必要などありません」


「おまえらも見てわかるであろう? 嘘はついておらぬ。それに、ようやく自分の魂の光を取り戻しつつある」


「自力では無理ですめらぎの力を借りておったではないか」


「文句は話を聞いてからでよかろう。申せ」


 最後の一言は元代理人に告げた。


「国民に、私の孫は、すめらぎの娘である皇女だけだと告げたいのです」


 アマテラスはそれを聞いて右の片眉を上げた。

 それに気づいたツクヨミは内心ため息を吐いた。


「私の血を継いでいる子は、長男である……」


 そう言いながら、後ろを見る。


「すめらぎと皇籍を離れた長女の二人であることを公表したいのです」


「すればよいではないのか?」


 スサノヲが言う。


「それが事実であろう?」


「はい」


「なるほど、それを公表するので、無事に最後まで言えるように、手伝えということじゃな?」


「はい」


「言うのは、それだけか?」


 アマテラスは詰め寄る。


「昭和天皇の遺言を公開します」


「昭和? ああ、あの面白い男か」


 ツクヨミは首を傾げ、スサノヲを見た。


「知っているのですか?」


「ああ、戦とやらをやっただろう? この国を護るのを手伝った」


「あぁ……被害が多かったのは、あの地だったか」


「あの辺りは微妙でな。わらわの力が届かぬ……というより、跳ね返されてしまう時があるのじゃ」


「島に住み着いている精霊がおるからな」


 そういったのはスサノヲだった。


 前代理人は、悲しそうな顔をした。


「話がそれておる。昭和の遺言とは? わらわが聞いているのと同じか?」


「おそらく、同じでございましょう。直系長子が皇位を継承していく……ということです」


「握りつぶされたのではなかったのか?」


「いえ、あります」


「あるのか?」


 スサノヲが驚く。


「父が見ていた景色(みらい)は私には見えません。かなり先まで見えていたようですが、私は本気にしておりませんでした」


「であろうな」


「遺言を持っていたのは、母でございます」


「おお、昭和の奥方か」


「あの手の者に奪われたのではないのか?」


「手の届かないところに、隠したのでございます」


「まさか、それを探せと?」


「いえ、場所はわかっておりますし、すでに……」


 前代理人は振り返ってすめらぎを見る。


「娘が気づき、兄に……すめらぎに渡しておりました」


 ツクヨミが納得するようにうなずいた。


「あのキツネとイタチが我が物顔で歩いておったのだからな。公開したとしても、潰されておったな」


 前代理人はうなずく。


「存在を知ってる人もいるのです。そこから多少漏れたようですが、きちんと公表はできていないのです」


「たしかにな」


 スサノヲがうなずいた。


「次男を廃嫡します」


「やっと言うのか?」


 前代理人は頷く。


「それをいつ言うのじゃ?」


「アレの誕生日の会見が近いのです。それに二人で臨みます。その時に全国に中継してもらい、テレビカメラの前で全部話しします」


「それを滞り無く終わらせられるように、力を貸せということだな」


「はい」


 強い決意が弱々しい体からにじみ出てくる。


「あい、わかった。我も全力を尽くそう」


「いや、お前は手加減をしろ」


 ツクヨミが慌ててスサノヲに言う。


「状況により、全力でいいのではないか?」


 アマテラスは首を少し傾げながら、言った。


「すめらぎよ。それでいいのだな?」


「はい」


 すめらぎは頭を下げる。


 アマテラスは、姫を探した。

 この広間の奥、下手の扉の奥にいた。気づかれることがないように存在を消すように控えている。



『わらわが聞きたいことは、わかっておるのぅ?』


『はい』


『すめらぎになるのだな?』


『はい』


『わかった。覚悟を決めた魂の色を見せてもらった。わらわらは力を尽くそう』



「姫も覚悟を決めたようじゃな。力を貸そう」


 ツクヨミはややしてからうなずく。


「邪魔するものをすべて取り払おう」


 前代理人は再び頭を下げた。


「それでお前の罪はなくなるわけではない。償いにもなっておらぬ」


 ツクヨミは更に言葉を続けた。


「だが、最後の最後で、正しい選択をした」


「遅すぎたがな」


「まだ、挽回できる。この二人が力を合わせるのなら、大丈夫だ」


 アマテラスはすめらぎと、そして預かっている姫がいる方向をみた。


「少なくとも一月(ひとつき)はもつだろう。キツネはそこまでもたぬだろうがな」


 ツクヨミが告げた。


「自分のがしでかしたことの始末をしてから逝け」


「はい、ありがとうございます」


 アマテラスは頷き、ツクヨミとスサノヲを見た。


「すめらぎよ。この前代理人とキツネはわらわにまかせよ」


 そう言うと、アマテラスは髪を1本抜いた。

 そして、それを元代理人の手に握らせた。


「もう片方は……」


 少し腕を伸ばし、巻き付けるような動きを繰り返した。


「これでキツネと繋がった」


「……はい。前より抑え込めている感じがします」


「わらわの力だからな。本当はこういうのはツクヨミのほうが得意なのじゃが、役割分担……というものか? この二神(ふたり)には別で頑張ってもらわねばならぬ」


 ツクヨミとスサノヲはそれぞれ頷く。


「では、前の代理人よ。己の言葉で真実を告げよ」


「はい」


 前代理人とすめらぎ、そして、扉の向こうでは皇女が同じように頭を下げていた。


「何かあればすぐに呼べ。呼ぶ時に迷うな」


 スサノヲは前代理人を見て言った。


「ありがとうございます」


 三貴神は顔を見合わせた。


「準備を整えよ」


 アマテラスが告げ、三貴神は姿を消した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その日は朝から慌ただしかった。

 上皇上皇妃両陛下揃っての誕生日の会見ということで、まだ会見まで4時間あるというのに、カメラと記者が広間を埋め尽くしていた。


「なんか、いつもと違うな?」


「どこが違う?」


「ああ、なんか、違和感がある」


 記者たちは声を潜めて広間を見渡す。


「……わかった。金屏風がない!」


 周りの記者もその言葉に、一段高い高砂の席らしき場所を見た。

 派手な装飾はなく、長机に一見して安物ではないと思われる白い布がかけられているだけだた。

 テーブルの上に花もない。

 椅子も、今までのような豪華な椅子ではなく、記者たちが座っている椅子と同じだった。


「今更か?」


 一人の記者が呟いた。


「まぁ、どう考えても、最後の記者会見になるだろうからな」


「俺もそう思う」


「年内か?」


「どうだろうな。寿命なんて、神のみぞ知るだろう?」


「いろんな噂があったな」


 ドアが開く音がし、記者たちはおしゃべりをやめた。


 入ってきたのは、職員だった。

 二人の職員が花を活けた花瓶を運んできた。


「ああ、あの花、皇女殿下が用意されたらしい」


 記者たちは、壇上の白いテーブルの中央に置かれた花瓶の花に注目した。


「あれは、リンドウか?」


「あ、後ろにも」


 少し背が高めに活けてある。


「なんか、心が洗われるような気がする」


 記者の一人、鈴木育矢はそう言うと自分のスマホで写真を撮った。



 会見5分前。

 空席は一つもなかった。

 司会者がマイクの前に立つ。


「まもなく上皇陛下、上皇妃陛下がご入室されます。質疑応答はございません。お静かに拝聴願います」


 一瞬、記者たちはザワッとした。


「まぁ、ご高齢だからな」


 どこかの記者が呟いた。

 先頭に立った職員が入口で一礼する。

 その後に続いたのは、上皇だった。

 上皇妃は上皇に手をつながれたまま入ってきた。

 その姿を見て、記者は眉根を寄せた。


(ん? 見覚えのある色だな。これ、去年の今頃、陛下が入院する時に付き添ったときに着ていた服じゃないか?)


 上皇妃は覇気がなく、目の焦点が合っていないようだった。

 大丈夫なのか?と声を出したいが、出せる雰囲気ではない。

 周りを見て、それぞれにアイコンタクトをとる。

 思っていることは同じのようだ。

 上皇が上皇妃を椅子に座らせ、そのまま手を握っている。

 上皇が顔を上げて、横にいる職員を見た。

 職員は一礼し、マイクを上皇の口元に近づけた。


「今日は、上皇妃の誕生日の会見に集まってくれてありがとう」


 上皇は一旦言葉を切り、広間を見渡した。

 以前は見えていなかったが、今ならはっきりと見える。

 上皇妃と同じ空気を持つものがいる。

 上皇は無意識に繋いでいる手に力を込めた。

 ふっと繋いでいた腕が軽くなる。

 白く光る糸が離れることがないように巻き付いていた。

 それは緩やかに伸び、上皇妃の頭を包みこんでゆく。

 普通の人には見えない糸。

 上皇は一呼吸し、目に力を入れた。

 広間が少しざわめくが、すぐに収まった。


「残念ながら、上皇妃は話ができる状態ではない。本人が説明できればいいのだが、やむを得ず夫である私が説明する」


 上皇は顔を上げた。


「皇太弟は皇族の血を継いでおらぬ。私の血を分けたのは、長男と長女だけだ。次男は赤の他人である。天皇の継承権はない」


 一瞬、広間は静まり返った。


「父、昭和天皇は私とコレとの結婚を反対した。だが、私は結婚を強行した。その時すでに私はコレの術にハマってしまっていた。この国の護りである最高神アマテラスを捨て、別の神を信仰してしまったのだ。当然アマテラスは私の祈りに応えてくれることはなくなった。それが平成の時代だ」


 記者たちは声を出したいが、何故か声が出ない。


「次男と言われている男は、コレの実の妹とその夫との子どもだ。今ならわかるが、コレの実家が皇統を乗っ取ろうと考えていたのだ。それには職員達も加担していた。結婚し、皇太子妃になってからは、なにやらファッションリーダーとか言われ、コレは勘違いした。その行動はもう言わなくてもわかるだろう? 当然、他の皇族、特に女性からは詰め寄られた。今思えば、それは当然の結果だ、戒めをいじめと称し被害者面し、悲劇のヒロインぶっておったのだ。妃教育もまともに終わらすことができず、着飾り注目されることだけにコレは全力を尽くした。

 結婚したが、コレは検査の結果、子どもができにくいということがわかり、後継ぎとして別の女性と子どもをもうけた。それが長男だ。これは私の不貞というわけではない。

 しかし、男子が一人だけでは不安だと、次男は長男のスペアとしてコレの実家が押し付けてきた。長女は長男とは違う別の女性との子どもだ。コレからすれば、血のかかった子どもは次男だけ。だから次男だけを溺愛した」


 一旦、言葉を切った。


「昭和天皇は私の結婚にも猛反対していた。無理に推し進めた結果が、これだ。さらに次男の結婚にも昭和天皇は猛反対した。次男が連れてきたアレも皇室の乗っ取りを考えていた。帝王教育をあえて受けさせていなかった次男は、簡単に籠絡されてしまったのだ。恐ろしいことに、アレの父親は呪術を使い、父を昭和天皇を呪い殺した」


 上皇は顔を上げて、記者たちを見渡す。

 黒いモヤは一段と強くなっているが、何かの膜に包まれそれ以上広がるのを阻まれているようだった。


「狙いが一致したのであろう。コレはアレと手を組んだ。

父は崩御する前に言っていた。『長男の子に継がせよ』と。『直系の長子に継承させる』。それが自然なあり方だと私は、今の私なら思う。次の正当な継承者は、皇女しかいない」


 上皇の顔が苦痛に歪み始めた。


「皇妃には本当に悪いことをした。皇妃のご両親にもつらい目にあわせてしまった。申し訳なかった。今なら……言える。皇女を産んでくれてありがとう。私の唯一人の孫娘を悪意から護ってくれてありがとう。優しい心をもつ娘に育ててくれてありがとう」


 上皇が頭を下げた。

 その横で上皇妃は虚ろな視線のまま、前をぼんやりとみている。


「皇女よ。お前にも申し訳ないことをした。コレを止めることが、抑えることができず、ただ、黙って見過ごしていた。それはコレと同じことをしたことになる。本当に申し訳ない。母親が苦しんでいる姿を見るのは辛かっただろう。本当につらい目に合わせてしまった。それに……アレからも、次男の娘達からもひどい目に合わされていたのだな。心を麻痺させられていたのだ。なぜそれを許していたのか、後悔しかない。だから、私のことは許さないでおくれ」


 上皇は再び頭を下げる。


「すめらぎよ。私を正しい魂に戻してくれてありがとう。この国を本来の姿に導いてくれ。三十年を、いや、その前も含めると五十年……。半世紀もの間、この国を間違った方向に進めてしまったことを取り戻すのは並大抵のことではない。皇女の力も借りねば無理であろう。申し訳ないがよろしく頼む」


 そう言うと上皇は頭を下げた。


「それと私の娘よ。昨日、心配して駆けつけてきてくれたことが、嬉しかった。心からの笑顔が見れる日が来ることを願っている」


 上皇の顔は少しだけ優しくなる。

 しかし、次の瞬間、表情が引き締まった。


「まず、コレが犯した罪、長男を産んだ女性をこれは手にかけた。そして、コレは私が結婚した女ではない。静養といいながら裏で殺し、整形し、皇太子妃に成り代わっていたのだ。その正体は、いつの間にか存在が消えたコレの実家の三人目の娘だ」


 ビクッと上皇妃の体が震えた。

 しかし、震えるだけで、言葉を発することはできないようだった。


 上皇は、隣からアマテラスの力を強く感じていた。

 そして、小さく心配する声が聞こえてきた。

 思わず、表情が緩む。


「あぁ、皇女よ。私を心配してくれているのだね。アマテラスに愛されし娘よ。あぁ、悲しまないでおくれ。あぁ、泣かないでおくれ。私のために涙を流してはいけない」


 そう言う上皇の目から涙がこぼれ落ちた。


 徐々に悲しみが広間に広がる。

 その次には後悔の念が伝わってきた。


「もう、次の天皇にふさわしいのは言うまでもないと思う。私はこれからはコレがつくってしまった闇の組織の解体をする。それは政界にもかなり食い込んでいる。警察官僚も。財界の一部にも。この国がひっくり返ることになってしまうかもしれぬ。

 元代理人としてここに告げる。

 罪を認め改めなければその生命で償うことになろう。自ら犯した罪を告白し、裁きを受けよ。この国をよその神で支配しようとした罪、その生命で足りねば、息子や娘、さらにその息子や娘、恋人や大事な友人達の命で償うことになるであろう。これはもう私には止められない。すめらぎにも止めることはできない。今から下るのは、この地を護る、神の、アマテラスの、ツクヨミの、スサノヲの三貴神の裁きなのだから」


 上皇はそういうと、大きく息をした。


「偽り無く、私が申し上げたことを、伝えてください」


 上皇は広間を見渡した。

 黒いモヤで包まれた男の姿が見えない。

 どうやら、倒れているようだった。

 なぜかスサノヲの力を感じる。


「今日はお集まりいただき、ありがとうございました。この広間の後ろで倒れているカメラマンをよろしくお願いします」


 記者たちは一斉に後ろを振り返ってみる。

 その様子を見て、上皇は立ち上がり、上皇妃の手を引っ張り立ち上がらせた。

 そして、身近に感じているアマテラスの気配に頭を下げる。


『部屋まで付き添うぞ。姫がかなり心配しておる。この後はゆるりと休め。まだそなたには時間がある。祖父として取り戻せる時間はある』


 上皇は笑みを浮かべうなずく。

 そして、上皇妃の手を引き、自室に戻るのだった。


 上皇上皇妃両陛下が退室し、広間の扉が閉められ、司会の職員はハッと我に返った。


「これで、上皇上皇妃両陛下の誕生日会見を終わります。ありがとうございました」


 職員は広間の後方を見た。

 人だかりができていた。

 思わず、人をかき分け、何が起こっているのか確認する。

 額に三日月と円のマークが押されていた。


「こ、れ……は?」


「スサノヲの印です。会見中、どす黒いオーラを出しておりましたから……」


 記者として紛れ込んでいたツクヨミの一族、鈴木育矢は言った。


 ようやく警備していた警察が近づいてきた。

 服を検めようとして、その手が止まる。


 何かを察した記者やカメラマンは一斉に撮影を始めた。

 白い手袋は上着の内ポケットから刃渡り15cmほどのサバイバルナイフを取り出した。

 刃にカバーはかかっていない。


「誰を狙っていたんだ?」


 鈴木育矢はぞわぞわとした物を感じながら呟いた。


 生中継の放送は、一部のテレビ局では会見後も広間の様子を映していた。

 当然、後ろで倒れていたカメラマンの様子も映してしまった。

 額の印はアップで写されていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うわ、大臣! 大丈夫ですか?」


 突然、なにかに額を打たれたかのように、後ろにのけぞり倒れた男がいた。


「あぁ、大丈夫だ。何かにぶつけたようだ……痛い。ちょっと見てくれぬか?」


「はい。え?」


 秘書の男は思わず後ずさった。


「それ、印じゃないですか? 上皇陛下の会見で倒れたカメラマンの額にもそれがありました」


 大臣は慌てて、鏡を見るが、何もない。

 痛みを感じたところを指先で触れてみるが、何も、ない。


「何も見えぬが?」


 大臣は振り返って秘書たちを見た。

 秘書たちは首を横に振りながら、後退りする。


「スサノヲの印が出てます。何をしたんですか!?」


 秘書たちはお互いの額に何も現れていないことを確認すると、混乱している大臣を残して慌てて部屋を出ていった。




 また別のところでは、女性が公園のベンチに座っていた。

 なにかに気づき、足を止める人が数人いた。

 その女性の額には、太陽のような印が現れていた。


「痛くはないの?」


 小さな女の子が問いかけた。


「痛くはないんだけど……少し、熱いかな」


「それ、アマテラスだね。今、あちこちで額にいろんなマークが現れてるけど、アマテラスなら大丈夫だよ」


 小学高学年ぐらいの男の子がタブレットで何かを出し、女性に見せた。


「お姉ちゃん、悪い人にいじめられてたんじゃない?」


「もう、大丈夫っていう印なんだね?」


 小さな女の子が嬉しそうに言う。


「お姉ちゃんには熱いかもしれないけど、あったかい優しい光だよ」


 女性は周りを見渡す。


 うんうんと頷いている高齢の女性がいた。


「よくわからんが、これから良くなるよ」


「ありがとうございます」


 思わず女性はにこっと笑う。


「あ! 光った。 これ、お姉ちゃんが笑うと光るんだよ!」


「おぉ、ありがたいことじゃ」


 高齢の女性が手を合わせ拝み始める。


「もう、おばあちゃんたら、ごめんなさいね。よくわからないからいい加減なことは言えないけれど、でもこれだけは言えるわ。あなた、笑顔がとても素敵よ。ちゃんと顔を上げたほうがいいわ」


 そう言うと、高齢の女性の腕をとり、駅の方に向かっていく。

 今朝、出勤したら、ドアに張り紙がしてあった。

 その内容は会社が倒産したということだった。

 女性は知らなかったが、社長の額にツクヨミとスサノヲの印が現れていたらしい。

 未払の給料が払われることはないだろう。

 女性は気合をいれると立ち上がり、退職せざるをえなくなった会社に戻る。

 総務課に所属していた彼女は、源泉徴収票や雇用保険被保険者証、離職票や退職証明書等を発行し始める。

 社員数は百人ほどだったが、なにやら不穏な空気を感じとったのか、ここ1週間で退職届を提出していた社員数は二十人を超える。

 誰もいない総務課。

 自分の机につき、必要な書類を順番に作成していく。

 1時間も作業をしていただろうか。

 総務課のドアを開けた人がいた。

 額にアマテラスの印がある。


「ああ、君も……現れたんだね」


 そう言って自分の額を指す。


「投げ出されたわけだけど、まだしないことがあるって気づいて戻ってきたんだ。退職者関係の書類でしょ? 僕も手伝います」


「ありがとう」


「あ、噂には聞いていたけど、笑うと本当に光るんですね。前から思っていたけれど、あなたは笑っている方がいいですよ」


 その青年も自分の机につき、パソコンの電源を入れた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「わかりやすいなぁ……」


 ツクヨミの一族の長老はとある場所で、壁一面のモニターを見ていた。


「普通の人に見えるって、どんだけなんだよ?」


 長老の孫の一人がぼやく。


「だが、あの中に不本意ながら操られていた人もいたんだ」


 息子はやるせなさそうに、言った。


「で、その結果が、ツクヨミ様のお印と、アマテラス様のお印が並ぶってことなのか?」


「それはまだいい。最終的にバランスが取れれば消えるらしい。ただ、これは……」


 そう言って長老は一つのモニターを全画面表示にした。


「うわっ!」


 孫が思わずのけぞる。


「スサノヲ様のお印とツクヨミ様のお印じゃ。これは……」


「破滅しかないのか?」


「そういうことに、なるんだろうな。アマテラス様のお言葉によると、『救う必要がない魂』だそうだ」


「救われないではなく、救う必要がない……」


「神を怒らせてるんだ。これだけで済んでいるのは姫様の……皇女殿下のおかげだ」


「そうか」


「アマテラスが入れ込んでるから仕方ない」


 急に現れたツクヨミに、孫、鈴木望は一歩後ろに下がる。


「姫がアマテラスの元に来るのを邪魔をするやつにも印がでるようにした」


 長老が驚き、ツクヨミを見た。


「結構人の深いところにまで入り込んでいるようでな。浄化師だったか? 彼らが頑張ったようだが、産まれた時に持ってきたものは浄化できなかったらしい」


「あぁ、それ、昨日聞きました。僕、神社でアルバイトしてるんですけど、『浄化してほしい』と駆け込んできた人が『その二つの印が現れているのは、浄化のレベルではない』と言われて暴れて……」


「産まれたときから、人の悲しみを贄にして育っているんだからな。それに疑問を持って家を飛び出すなりしていたらマシだったかもしれぬが、暴れた時点で、もう先はないだろう」


 ツクヨミは言う。


「しかし、そういう危険なこともあるのか……」


 ツクヨミは腕組みをして呟く。


『スサノヲ、印を少し強化したほうがよさそうだ』


『そっちに行く』


 ツクヨミの眼の前にスサノヲが現れた。


「暴れるやつが出たそうだ」


 スサノヲは口の片側を上げる。


「悪い顔をしているぞ」


「人に危害を加える前に心の臓を止めるか?」


 ツクヨミは一族の三人を見た。


「それで何か問題が起こるか?」


 望はあわあわと長老である祖父、鈴木喜朗を見た。


「人の理と神の理は違うのだよ。かなり温情をかけてもらってるんだよ。これで」


 望はややしてから頷く。


「そうだよね。あの印が現れると同時に死んでいたら、交通事故が起こっていたかもしれないし……」


 ツクヨミは頷く。


「だから、社会的とやらに抹殺することにした」


「ええ、見事に抹殺されております」


「自ら命を絶とうとする場合、どうなりますか?」


「二度と再生できないぐらい粉々になって、石を作る時に混ぜられるぐらいか?」


「ドロドロに溶かすとも聞いたぞ? その場を見たわけではないが、もう二度と何かに生まれ変わるということはできなくなるらしい」


 スサノヲが神妙な顔で言う。


「しかし、それでは自ら命を絶つ方が楽だと思うかもしれぬな」


 ツクヨミはしばらく考え、スサノヲを見た。


「ああ、死のうと考えた時点で、印を血縁者全員に増やそう。姻戚関係も含めよう」


「それは膨大な数になっていくな」


 ツクヨミがうなずくのを見て、スサノヲはニヤッと笑う。

 二人揃って、指先を動かすと、モニターの中の数人に印が増えていった。


「そういえば、前の代理人の最初の伴侶か? 魂はどこにあるのか、わかるのか?」


 スサノヲに尋ねられ、ツクヨミは嫌そうな顔をした。


「アレの中に取り込んでおるぞ?」


「は?」


 ツクヨミは少し考え、顔を上げて言う。


「『私のほうがすごいでしょ? 私のほうが美しいのよ。注目集めるのは私なの。あなたは私に負けたのよ? 私に勝てる人なんていないのよ? どう? 悔しい? 悔しいでしょう? いくら頑張っても私に勝てないのよ? 貴女はお父様の子じゃないんだから、出来損ないなんだから、ふしだらな女なんて皇妃にふさわしくないの。もう何をしてもだめなのよ』と、毎晩鏡に向かって言ってたようだが」


 スサノヲは思わず後ずさった。


「あの中に二つの魂があったのか」


「ああ、どす黒いモヤというか、前の奥方の魂は黒い繭に包まれておったな。助ける気はないが」


 望は父である鈴木脩平と祖父である長老を見る。


「そう言えば、墓地を用意しているのだったな」


「アレをいれるのか? 場が乱されるぞ?」


「封印だな」


「恐れながら申し上げますが、その封印を解こうとする愚かなモノが現れませんか?」


「我ら二人が封印するから問題ない」


 長老がホッとした顔を見せた。


「ああ、言い忘れておったが、魂はそこに入れぬぞ」


「火葬にすると聞いてますが、その遺骨だけでしょうか?」


「そういうことになる。前の代理人はあの時よりだいぶん持ち直しているからな。すめらぎの血を継承しているだけあって、本来魂と肉体は他の民よりも頑丈にできておる」


 ツクヨミは、眼の前に広がるモニターを見た。


「昭和の墓を出せるか?」


「地図でよろしければ」


 慌ててCが操作し、壁一面に、衛星写真の地図を出した。


「ここに昭和が眠っておる。これが奥方か。この工事をしている場所が前の代理人の墓になるのか? 別の場所に作らせよ。前の代理人は、昭和と奥方の間に作らせよ」


 ツクヨミは長老を見る。


「小さいと言っても、コレよりは大きいが……」


 そう言って指さしたのは、近くにあった市民墓地だった。


「遺骨を結界で囲み、その上に前代理人の墓を建てる」


「前の代理人が、アレを抑え込む形をとるということですね」


「そうだ」


 納得するように、長老は頷く。


「民の不満の声も大きかろう? 前の代理人……もうすめらぎと呼んでもよかろう。魂は戻っておるしな。まぁ、前のすめらぎ本人が望んでおる」


「大きい墓を作ろうと言い出すということでまた選別できるな」


 スサノヲが楽しげに言う。


「墓をつくるのは、姫のためである」


 ツクヨミは諦めたように、言った。


「『お祖父様』と慕っておるからな」


 スサノヲが首を傾げる。


「あの会見の後、姫の頭を何度も何度も撫でておったぞ?」


「今更か?」


「ああ、アレの八つ当たりがきつくなったのは、あの姫の放つ光が不快だったというのもあったな」


 望は唖然とする。


「理解できません」


「理解する必要はない。そもそも、理解できるということは、アレと同じということぞ?」


 望は首を何度も横に振る。


「本能的に怖がっている時点で、負けてましたね……」


 脩平が呟いた。


「ああ、そういえば海を渡った娘はどうなったのだ?」


 スサノヲが喜朗を見る。


「戻っては来ておらぬが?」


「心を病んでおるようです」


「あれは、連れ合いになった男が悪い。あんなどす黒い塊でできた魂の男を選んだのだぞ?」


「なぜ、すめらぎはそれを許したのだ?」


「厳密に言うと、許してはないですね。助言を否定の言葉と捉えたようです」


 長老が言う。


「まぁ、すめらぎの血を継承しておらぬからな。それに、自分の娘ならともかく、他人の娘だ。それに、相手の資質はともかく、魂の相性はよかった……だそうだ」


「ある意味、犠牲者でもあるが……不思議なことに救おうという気になれぬ」


「姫が望むなら、考えよう」


「すべて皇女殿下のお気持ち次第なのですね」


「当然だ」


 スサノヲは腕組みをしてツクヨミの一族を見下ろす。


「それよりも、あれはどうする?」


 スサノヲは何かを思い出したように、ツクヨミを見る。


「ああ、無駄に散らされた魂の名前か?」


「わかっているのですか?」


 思わず喜朗が前のめりになる。


「ああ、魂に同じ傷ができていたからな。判別はしやすかった。一応、それぞれに何を望むかは聞いておるぞ?」


 望は首を傾げた。


「その中に一族の者もいたのではないでしょうか」


「いや、いなかった。だが、閉じ込められておる者がおるからな」


 ツクヨミはそう言って、首を傾げた。


「そういえば、放置されていたな」


「生きているのですか?」


「あ~。生きておるな。ふむ」


「建物ならいつでも壊せるぞ?」


 スサノヲは楽しげに右手を見せる。


「山の中にひっそりとある建物で、周りに何もない」


「閉じ込められているのであれば、助けに行かないと」


 望は父と祖父を見る。


「どんな様子かわかりますか?」


「ああ、全員衰弱しておるな。ああ、あれが一族の者か……。ちょっと待て」



◇◆◇◆◇



『聞こえるか?』


『……はい……』


『そこから救い出して大丈夫な状況か?』


『かなり弱ってきている人もいるので、お願いいたします。私はまだ大丈夫です。表面上は弱りきっているように見せていますが……』


『そのようだな。あぁ? 子どももいるのか?』


『実験体として一週間前に連れてこられたのです』


『ふむ。微妙だな。逆の処置をしたのか?』


『回復させるようにだけ……』


『十分だ。よく頑張ったな。もう少し待て。スサノヲが破壊するから』


『え?』



◇◆◇◆◇



「場所はここだ」


 ツクヨミはモニターを見た。


「ここから北へ50km、西へ108km。山が連なっておるが、ここだな」


 望が移動させ表示させた地図に、指を向けた。


 衛星写真で見る限り、建物があるようには見えない。


「ここだ」


「なら、我は先にゆく」


「子どもがいるらしい、心せよ」


「あいわかった」


 スサノヲの姿が消える。


「とにかく、迎えに行かなくてはっ!」


 喜朗と脩平は部屋から飛び出していった。


「私は連絡係で、ここに残ります」


「私は更に選別せねばな」


 ふふふと楽しそうにツクヨミは笑い、姿は消えた。


「まだ閉じ込められている人がいるって……」


 望には複数の友人がいる。

 そのうちの一人と連絡が取れなくなっていたのだった。

 

『T大病院の田ノ中教授の研究室に行ってくる』


 それが最後の言葉だった。


「無事でいてくれよ」


 望は友人の無事を祈った。


『あ、そこにあるのは、魂を読み解いたものだ。人間が読めるよう一覧にしてくれ』


「わかりました」


 何かをしていたほうが、気が紛れる。

 そう思い、床に積み上げられた巻物を手に取る。


「心を無にして……」


 何を見ても動揺しないよう、自分を律し、作業を始めた。

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