閑話 俳優の後輩
7.5話 イタチはイタチのまま に登場した俳優関係の話です。
フィクションです。
誰かに話をしたい。
だけど、話したら、先輩と同じ目に合うかもしれない。
そう思っていたから、見たことを誰にも話さず、忘れようとした。
しかし、本が出た。
それも、『ツクヨミの印・スサノヲの印』というタイトルの本。
それは、二部構成になっていて、前半はすでに死亡している被害者。
後半は加害者関係。
前半の被害者の中に、よく知っている人が入ってしまっていた。
事務所の先輩ではない。
共演したこともない。
ただ、偶然にも住んでいるマンションがお向かいで、同じ階で、ベランダに出ると、彼の部屋がよく見えていた。
偶然、お互いに気づき、近くのカフェで何回かお茶をし、話をした。
僕は、地道にオーディションを受け、ドラマの役をなんとか勝ち取り、少し名前と顔が売れてきた。
そんな僕を、彼は嬉しそうに見る。
「いつか、一緒のドラマに出れたらいいな」
そう思っていた。
「だけど、今は俺と仲がいいと思われない方がいいから」
その顔は寂しそうだった。
「理由を聞いてもいいですか?」
彼はしばらく迷っていた。
「君は、友人が不正を働いていると知ったら、どうする?」
意外な質問だった。
「どういう不正かにもよるんですけど……」
そう思いながら、不正って、何だ?と考えた。
「ドラマの役を勝ち取るのに、裏で賄賂とか? それとも、あまり大きな声では言えないけど、『ね・る』とか?」
彼は吹き出して笑う。
「俺達が送れる賄賂って、どんなのだよ」
確かに……。
「『おいしい金儲けの話があるんだ』とかいう話、聞いたことない?」
「……。僕、全然、売れてないっすよ? お金持ってるなんて、思われてませんから」
「そうかな。売れてないからこそ、声をかけたりするんだけどね」
「なるほど」
「まぁ、うまい話なんて、存在しないんだよ。だから、気をつけてね。それを言い出した人がいたりしたら、なるべくかかわらないように」
僕はふざけて、敬礼をした。
「確かに、うまい話って、騙す側にとってうまい話ということですよね……」
以前、友人が詐欺ドラマに出演したと言っていたな……と思い出す。
「そういうこと」
男の僕から見ても、惚れ惚れする笑顔だなぁ……。
「最近、忙しそうですね」
彼の顔に少し疲れが見える。
「ん~。忙しいというより、考えることが多くて……」
「勉強ですか?」
今度は何の勉強をしているんだろう。
本だと持ち運びが大変だからと、電子書籍を買っているらしい。
スマホをただ見ているだけに見えるけど、実は本を読んでいるということだ。
勉強の仕方も、スマートだ……。
いろいろと見習うことは多いな……と思いながら、コーヒーを飲んでいる彼を見た。
「何か、僕に手伝えそうなこと、ありますか?」
聞いてみたけど、首を横に振られた。
不意に、彼は周りを見渡した。
「あ、ごめん、急用が入った。ごめんね」
そう言いながら、自分が飲んでいたカップを返却口に持って行く。
いつもなら振り返って手を振るのに、すっとドアから出ていった。
目で後を追うが、振り返ることもない。
(週刊誌の記者に張り込まれてる?)
僕は紅茶を一口飲み、周りの気配を探る。
記者らしき人はいないし、スマホやカメラがこちらに向けられているということでもない。
とりあえず、何事もなかったという顔をして、スマホをポケットから取り出し、見る。
ふと、先程の彼の言葉を思い出す。
『友人が……』
少し辛そうな表情だった。
(友人だと思っていたのに、実は友人ではなく、彼を利用しようとした?)
それだけではないような、気がした。
スマホで一応、スケジュールを確認する。
確認するほど、スケジュールは埋まっていない。
バイトの予定はそれなりに詰まっているけれど。
今日は夕方から深夜までバイトだ。
彼が気になったけど、バイトに遅れるわけにはいかない。
そう思って、バイト先に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「疲れた……」
熱を出して急に休んだ人の分も他の人と手分けして片付ける。
いつも以上に、働いた。
それでも、時給は変わらない。
「だから、うまい話にのろうとするのか…」
玄関のカギを閉め、チェーンもロックする。
いつもなら部屋の明かりを点けるが、今日はそんな気分になれない。
それぐらい、疲れていた。
部屋の中を見渡すと、向かいのマンション、彼の部屋に明かりがついていた。
「あそこはリビングだよな……」
窓際に立ち、部屋のカーテンを少し開けて、向かいの部屋を見た。
彼の部屋はシンプルだ。
居間には、ソファとテーブル。
「まぁ、見える範囲に、ものは少ないよね……」
そう言って振り返って自分の部屋を見ようとした時、何かが光ったような気がした。
「え? なに?」
彼が懐中電灯でもこちらに向けているのかと思ったが、そうではないようだ。
何故か、彼が、踊っている。
「いや、あれ、器用だな……あんなのけぞり方をしているのに、倒れてないなんて」
しばらく、彼が妙な動きをしているのを見ていた。
ただ、彼の動きの前に、何故か白い光が走る。
「何なんだろう?」
ただ、見つかるとマズイな……と思い、そっとカーテンの隙間を細くした。
「見えない人間に殴られている?」
(そんな、ドラマに出演してた?)
首を傾げていると、彼はふらふらと立って、隣の部屋に入っていったようだった。
「そこって、寝室って聞いてたけど……」
運動が終わって寝るのか……。
その時、僕はそう思っていた。
それから、明日は夕方まで予定がないということがわかっていたから、歯磨きだけして、ソファに寝転んだ。
ぐっすり眠っていた。
何やら、外が騒がしい。
サイレンの音がしている。
ソファから起き上がり、窓に近づいて下を見てみた。
赤い回転灯?
救急車?
パトカーも?
何があったのかと、彼の部屋を見てみると、何故か人がいっぱいうろうろとしている。
「え?」
スマホでニュースを検索した。
まだ、何も出ていない。
テレビをつけてみる。
ワイドショーがアイドルのスキャンダルの話で盛り上がっていた。
テレビをそのままつけっぱなしにし、もう一度外を見る。
ベランダに出て、下を見下ろした。
野次馬もいるようだ。
そして、そのマンションを伺うように立っているきれいな人を見つけた。
サングラスをかけて帽子を被っているが、周りの人と違うオーラを放っていた。
その人はしばらくマンションを見上げていたが、何かを吹っ切るように、踵を返し、去っていった。
「さっきの女優の……」
もう一度彼の部屋を見てみる。
中にいる人と、目があった気がした。
「警察?」
くぅとお腹がなり、何も食べていないことに気づく。
キッチンに入り、食パンをトースターに放り込む。
「今日の予定は……」
確認するまでもない。
昨日と同じシフトでバイトだ。
ウインナーと卵を焼いていると、チャイムが鳴った。
一応、IHのスイッチは切っておく。
「何もポチってないのにな……」
そう思いながら、玄関のドアの前に立った。
「はい?」
中から声をかける。
「警察です」
ドアスコープで覗いてみると、横には制服の警官、そして刑事っぽい人が二人立っていた。
チェーンを外し、ドアを開けた。
「はい?」
警察手帳を見せられる。
顔と顔写真を比べる。
「本物?」
真面目な顔でうなずかれた。
「なんでしょう……」
「昨日、何時頃戻ってこられましたか?」
ポケットからスマホを出し、今の時間を確認する。
14時過ぎていた。
「昨日は夕方からバイトのシフトが入ってて、戻ってきたのが深夜の……3時頃です」
刑事たちの眼力が強くなった。
「戻ってきてからどうされましたか?」
「戻ってきてから? ドアにカギをかけて、そのままソファで眠ってました。起きたのは……10分ほど前です」
トースターのチンという音が聞こえる。
「昨日、何か異常を感じましたか?」
「異常?」
首を傾げる。
背筋に冷たいものが走った。
「いいえ、疲れていて……あ」
思わず、自分の服を見る。
昨日の服のままだった。
思わず、脇の臭いを嗅ぐ。
少し汗臭い。
「シャワーもせずにそのまま……臭かったらすみません」
「あ、いえ、お気になさらず」
隣の刑事が大きく頷く。
「えっと……何かあったんですか?」
刑事二人の顔を交互に見る。
「いえ、まだお話できません。もし、何か思い出されましたら、連絡をお願い致します」
そう言って、刑事が名刺を渡してきた。
「はい。ごくろうさま……です?」
僕の言葉に刑事が苦笑する。
「朝ごはん、早く食べてくださいね」
もう一人の刑事が言った。
「はい」
ドアを閉め、一応、カギも掛ける。
キッチンに戻り、中途半端になったウインナーと目玉焼きを見る。
温め治しながら、トースターからパンを取り出し、マーガリンを塗った。
大きめのお皿にトーストと、ウインナー、目玉焼きを乗せ、リビングに持って行く。
なんだろう?
誰かに見られてる?
思わず部屋の中を見渡した。
首を傾げながら、トーストにかじりつく。
なんだろう、味がしない。
ウインナー食べても、味がしない。
テレビを見ながら、首を傾げる。
背筋の冷たさは消えていた。
「なんだったんだろう?」
あえて、疑問を口にしてみる。
誰も、応えてくれる人はいないのに……。
口に出さずに考えてみる。
昨日、あの部屋で見た彼の動きは……。
誰かに殴られていた?
どちらかといえば、一方的に。
そして、そのまま寝室に……。
「ほんと、何があったんだろう?」
食べ終わったお皿を洗い、洗いかごに戻す。
「あ、コーヒー……」
インスタントのコーヒーを入れて、カップを持ってベランダに出てみる。
相変わらず、彼の部屋で警察官が動いている。
「どろぼう?」
変な気配は消えたけれど、頭の片隅で、すっと警戒ランプが点灯しているようだった。
それから、1時間程経って、ニュース速報が出た。
「え?」
自宅で死亡。
どういうこと?
健康状態は何の問題もなかった。
そこから、ネットで検索する。
「クローゼット?」
寝室……。
『人に話したらだめだよ。忘れたほうがいい』
彼の声がした気がした。
ドラマの撮影もまだ終わっていない。
責任感の強い彼が、そんな選択をするはずがない。
声を大にして言いたかったが、先程の彼の声を思い出す。
スマホに着信があった。
別の先輩からだった。
「はい」
『お前は無事か?』
「無事?」
少し焦った声の先輩。
「バイトから帰ってきて、1時間ほど前に起きたとこなんですよ。刑事が来ましたけど、何があったか教えてもらえなかったです」
『そっか。いや、いいんだ。ちょっと、出てこれるか?』
「夕方からバイトが入ってて、今からシャワーしたいんで、それからでもいいですか?」
『いいよ。じゃあ、バイト先の近くのマックにいるよ』
「わかりました」
もう、変な視線は感じないが、独り言も気をつけたほうがいいだろう。
「さてと、準備しなきゃ……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お前の部屋、向かいだろう? 何も気づかなかった?」
ストローを咥えたまま、うなずく。
「昨日、シフト休んだ人がいたんで、その人の仕事もみんなでやってたんで……1時間残業になって、疲れてそのまま寝てたんですよ……」
事実だ。
ただ、目撃したことを話していないだけ。
「そっか……」
「何かあったんですか? ちらっと速報だけ見ましたけど……」
「そうだな。クローゼットで……ロープで……」
先輩はそれ以上は話しなかった。
唇をぎゅっと噛み締め、なにかに耐えている。
目にも涙が浮かんできていた。
(殺されたんだ……)
「納得できない。納得はしてない。でも……」
ポテトにケチャップを付けて食べながら、先輩を見る。
「事務所から言われたんだ。追求しないようにと」
「え?」
先輩は辛そうに呟いた。
「裏になにかあるのは確かだと思う。正義感の強い彼のことだから、何かを……調べていて……」
「先輩は、心当たりがあるんですか?」
明らかに目を反らした先輩を見て、彼の声を思い出す。
「僕、思うんですけど、『忘れたほうがいい』と彼なら言うと思います」
驚いた顔で僕をじっと見てくる。
でも、それ以上は言えない。
「あの人の性格を考えてくださいよ。友人が、危ない目にあうことを願うと思います?」
「……思わないだろうな」
「でしょう?」
先輩はじっと僕の目を見てくる。
「僕、何か手伝えます?」
真面目な顔で言うと、いきなり先輩は笑い出した。
「いや、いいよ」
同じドラマに共演したことのある先輩だから、納得できていないのはよくわかる。
「お前まで巻き込んだら、俺があいつに怒られる」
会った時よりは、少し表情が和らいだ先輩を見て、少しホッとする。
「次、ドラマのオーディションがあるんだけど、一緒に受けてみないか?」
「いいんですか?」
「自力で役を勝ち取っていかないとな」
「どんなドラマなんですか?」
先輩はいつもの口調で話し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワイドショーのニュースで、彼の話をしている。
コメンテーターで、『悩んでいたとは思えない』と言っている人がいた。
仕事も順調だったと。
彼の追悼で歌を歌っている人がいた。
彼の友人だったらしい。
「なんだろう? 彼から悲しみが伝わってこない……」
感じるのは、『ドラマを見ているようだ』という感じ。
演出?
彼が感情的になり歌っているのを見ると、どんどん頭が冷静になってくる。
次の瞬間に、気付いた。
この人は彼の死に無関係ではないということに。
下手すると、当事者かもしれない。
どこで、どうつながっているかわからないから、口にしないほうがいいんだ……。
いつか、彼の死の真相が明らかになる日が来ることを信じよう。
そう思っていたが、彼の俳優仲間で同じような不審死が続くとは思わなかった。
これは墓場まで持って行く秘密なんだろうか。
そう、持っていかないといけない秘密だ。
あの夜、見たことは忘れよう。
だけど、彼がどう生きたかというのは、しっかりと知ろうと思う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドラマの番宣で先輩と一緒にワイドショーに出ていた。
『ツクヨミの印・スサノヲの印』の話題がでた時、亡くなった彼のことを考えていた。
収録も終わり、「お疲れ様でした~。またよろしくお願いいたします~」と声をあちこちに書け、頭を何度も下げ、テレビ局を出た。
「ちょっと、よろしいかしら?」
すると、そこには小柄な女性が立っていた。
祖母ぐらいの年齢だろうか?
返事に困っていると、ずいっと顔を近づけてきた。
「ベールがなかったら、私が誰かわからないかしら?」
目元だけじっと見る。
記憶にある。
「え? 仮の宿の占い師……さん?」
ニッコリと笑い、その女性はうなずいた。
「大変な場面を見てしまったのね」
いきなり、核心をついてきた。
「あなたが思っている通りだと思うわ。その証拠に、その友人の人……休養中でしょ?」
ふふふと、仮の宿の占い師さんが、笑う。
「いつか事実が明るみになるわ」
きれいな笑顔だった。
人を安心させるような感じ。
「よく、耐えたわね。もう大丈夫よ。たまには、あのコーヒーショップに行くといいわ。彼から演技のヒントがもらえるわよ」
ウインクして、仮の宿の占い師は去っていった。
彼が亡くなった日から、時々、何か変な気配が部屋の中でしていたが、最近は感じなくなった。
変な気配というより、『視線』と言ったほうがいいかもしれない。
『もう大丈夫』
それは、そのことを言っているのだろうか。
「彼の魂は迷っていないということなのかな」
次の瞬間、彼の笑顔が急に思い浮かぶ。
「そっか」
久しぶりにスッキリとした気持ちで、大きく伸びをする。
「お、待っていてくれたのか。晩飯、食べに行こう」
先輩が僕の肩を叩く。
スッキリとした顔だった。
「先輩のおごりですよね?」
一瞬、返事につまる先輩。
「嘘ですよ。彼の好きだったもの、食べに行きませんか? もちろん、割り勘で」
「いいな。そうしよう」
向かったのはよく行っていた居酒屋だった。
最初に日本酒を注文し、彼の好きだったものを3つ頼んだ。
「はい、おまち」
ガラスの徳利が2つとガラスのおちょこが3つ置かれる。
僕と先輩はおちょこにお酒をつぎあい、もう一つのおちょこにもお酒をつぐ。
そして、おちょこを胸の高さまで持ち上げる。
「献杯」
思い出すのは彼の笑顔。
どうか、その魂が安らかであらんことを……。
そう思いながら、少し苦手な日本酒を口にした。




