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閑話 夫人の娘 長女 ~前編~

16.5話の続きの話になります。


フィクションです。

作者は妄想中です。

 目が覚めると、そこは、見覚えのない部屋だった。

 ゆっくりと起き上がると、ズキンと頭が痛む。


 部屋の中を見渡すと、もう一つベッドがあった。

 そのベッドに眠っているのは、妹だ。

 額にツクヨミとスサノヲの印が出ているのが見える。

 そっと自分の額を指先でなぞってみた。


 凸凹しているわけではない。


 ただ、何かあるのだな……というのは指先で感じた熱で、わかった。


「助かったのね」


「ええ、そうでございます」


 その声の方を見ると、母の付き人の女官が立っていた。


「ご気分はいかがですか?」


「頭が少し痛いんだけど……」


 女官は小さく息を吐く。


「そうですね、3ヶ月ほど眠っておられましたので」


「え?」


「額のお印、確認されますか?」


 長女は思わず額に手をやった。


「見えてるの?」


「いえ、ご姉妹同士でしか見えないそうです。皇太子殿下は確認できたようです」


「そう」


「特に何もないようでしたら、失礼させていただきます」


 長女は頷いた。


 女官は一礼し、部屋から出ていく。


「あれがいたってことは、うっ」


 額がズキンと痛む。

 頭痛と連動しているようにも思う。


「どういう……こと?」


 口にしたのは、女官のこと……。

 ここまで考えて、ようやく長女は気付いた。


 ここは、あれだけ忌み嫌っていた母親の住まいなのだ。

 だから、母親についていた女官がいる。

 言葉に出せば痛みが出ると思い、長女は口に出さずに考えをまとめる。


(あれが……ッ)


 考えても痛みは出る。


 呼吸を整えながら、隣でぐ~すか寝ている妹を見た。


「見てるだけで腹……っ、くっ」


 妹に対しても、ダメらしい。

 一つ気になっていたことを口にしてみた。


「まだ、皇族に戻れる」


 痛みはない。

 長女は、安堵の息を吐く。


「でも、皇族に戻ってどうするの?」


 今までやっていた仕事と研究を続ける?

 額に痛みはない。

 真面目に仕事のことを考えるのは問題ないようだ。



 しかし、今までしていた公務はすべて、すめらぎの妹の聖子に全投げした。

 いい気味だとも思ったが……。

 案の定、額が痛む。


 父がしていた仕事。

 父が望んでいた事。


 それは、他国と裏でつながることではなかったはず。

 自由人な父だったが、母への求婚は熱烈だったとも聞く。


「私、どこで間違ったんだろう?」


 長女は幼い時の記憶を辿ろうとする。

 父は娘たちを愛してくれていた。

 それは、わかる。

 その横で、母もにこやかだった。


『だから、言っただろう? お前の奥さんはこいつにしか無理なんだって』


 そう笑いながら言ったのは、母の兄である伯父だった。


 その言葉に対抗心を燃やしてしまったのかもしれない。

 父は私のことを理解してくれる。

 私も父のことを理解できる。


 その父のそばに、私が生まれる前からいた父の友人であった母の兄の理解度には、勝てなかった。


「いつから、お父さまは、おかしくなっていった?」


 冷静に、事実だけを、思い出す。


「いつから、お父さまは、苦しい顔をするようになった?」


 学校で一番の成績をとったらものすごく喜んでくれた。

 見た目では勝負出来ないことはとっくに自覚していた。

 だから、他の人に勝てる部分、勉強を頑張った。

 父は、勉強が壊滅的にダメだったらしい。

 それでも大学を卒業し、イギリスに留学した。

 しかし、勉強よりも交友関係を広げることに力を注いだという。


 自由人過ぎて、皇族らしくないと言われていた。

 そんな父に懐いていたのは、はとこの次男。

 将来すめらぎになるのは、はとこの長男。


 父と母の年齢差は10歳。

 はとこの長男との年齢差は20歳はある。

 次男とだったら16歳。


 皇族に生まれたからには、変な男とは結婚できない。

 はとこは結婚できるという。


 私に相応しいのははとこのどっちだろう?

 そう思っていたら、次男の方には恋人ができたらしい。

 狙うのは、将来すめらぎになる長男ね。


 そんな話を父は笑って聞いていた。

 母も横で笑っていた。


 その気になっていたら、長男は求婚し続けている女性がいるという。

 私なら、すぐにOKするのに。

 なんて、高飛車な女……ッ。


 ズキンと頭が痛む。 



 頭の中を空っぽにして、深呼吸していくと、痛みは消えた。



 その頃から、明らかにお酒が増えた?

 その前から?

 昭和から平成になった頃。


 何があったんだろう?


 覚えているのはすめらぎが入院したこと。


 その時、表情を曇らせている人と、表情が全く変わっていなかった人達がいた事を思い出す。


 そして、その頃に、裏で何が行われていたか。


 次男夫婦の結婚を無理やり進めるために。

 たとえ喪中であろうと婚約発表をさせ、その結果どうなったか。


 そういえば、キツネの顔が変わっていた。

 誰もそのことに触れなかった。


 それに父が関係している?

 父は何かを知った?

 仲が良かったのは長男ではなく次男。

 次男夫婦。


 そこまで考え、思わず身震いする。


 ベッドサイドテーブルの上にスマホが置いてあった。


 電源を入れ、検索する。


 今、ネット上に、皇妃の事を悪く書いている記事はない。

 どちらかといえば、過去の報道の裏側報道という暴露合戦になっていた。

 父の名前を入れ、検索する。


 母は本当に嘘つきだったのか。

 父を見捨てたのか。


 私にそう思わせたのは、何だったのか。

 誰だったのか。


 検索していく中で、祖母の動画を見つけた。

 新年の一般参賀のことだった。

 タイトルは、『馴子を拒否』だった。


 車椅子のブレーキをかけようとしていた時、横にいた馴子が手伝おうとしたが、その手を振り払ったのは祖母だった。

 そして、車椅子のブレーキをかけていたのは、母だった。

 祖母は母がそばにいることを不快に思っていないようだった。

 その動画には、自分も映っていた。

 自分の眼の前での出来事だった。

 動画の中の自分が何かしようと動いたというのはない。

 ただ、祖母があそこまではっきりと馴子を拒絶するとは思ってはいなかった。

 そう、拒否ではなく、拒絶。



 頭の中で何かが引っかかった。



 父の葬儀にも、祖母の葬儀にも、母を拒否した。

 弔問すら、許さなかった。



 自分の中では、母に対して憎しみしかない。



 小さなノックの後、ドアが開き、女官がワゴンを押して入ってきた。

 ワゴンの上に乗っていたのは、ガラス製のクローシュだった。

中にはスープカップが見える。


「いきなりのお食事は無理でございますので、こちらに置いておきます」


 手の届く範囲に、ワゴンはある。


 長女はじっと女官を見た。


「何か?」


「なぜ、ここにいるのか、私は知る権利があるわ」


 女官はじっと長女を見る。


「そうですね。どのあたりからお話すれば……」


 少し考え込む女官に苛立ちを感じかけたが、気持ちを落ち着ける。


「ここへ運ぶように指示をしたのは?」


「夫人でございます」


 即答だった。


「私はどこから運ばれたの?」


「すめらぎの執務室でございます」


「ん?」


 長女は首を傾げる。


「飛行機に乗っていたはずよ」


「ええ。その飛行機から、ツクヨミ様が執務室に移動させられました。荷物も一緒に。その時に、搭乗記録関係をすべて消去されました。ご丁寧に防犯カメラの映像にいたるまで」


 長女は考えがついていかない。

 あまりにも現実離れしていたからだった。


「神の力だと?」


「ええ、そうでございます」


 女官はじっと長女を見た。


「すめらぎの命令で?」


「神に命令などできません」


 女官は少し首を傾げ、長女を見た。


「もう、よろしいでしょうか?」


 女官は返事を待たずに、退室していった。


 長女は、その時の動画を探す。

 動画は簡単に見つかった。


「これ、撮影が……」


 考えられるのが、神の力だろう。

 映像には、ツクヨミの印がしっかりとある。


 その動画を説明している動画もあった。

 冒頭で『ツクヨミ様から許可は頂いております』と、解説者が言っていた。

 その横に、フェイスベールにヘッドベールで、目元だけしかわからない仮の宿の占い師がいた。


『この状態で飛行機が動かずにいるというのは?』


『スサノヲ様が押さえているといえば、わかりますか?』


そう言った仮の宿の占い師は、人差し指で何かをちょんとするような動作をした。


『人差し指一本で……ですか?』


 仮の宿の占い師は大きくうなずく。


『ミサイルが飛んできましたが……』


『スサノヲ様が、当たらないように違う方向に……戦闘機に返しましたね』


 それも人差し指でひょいと違う方向へ。


『納得いかないんですけれど、どうして神々はこの飛行機を守ったのですか?』


『すめらぎの指示待ちだったというふうに聞いています』


『すめらぎ……ですか?』


『はい。あの飛行機は、最高指導者がいる場所を狙っていましたので』


『え?』


 解説者が目を見開き、口も開けたまま、仮の宿の占い師を見ている。


『ハイジャックされたのですよ。日本政府には『ハイジャックした』とだけ。何の要求もなかったようです。ですが、神々が気づかれ、すめらぎに相談なさったようですね』


『そ、そうなんですね? すめらぎの判断によっては、スサノヲ様は飛行機を墜落させたのでしょうか?』


 仮の宿の占い師は、肩を震わせて、笑っている。


『命を失うような選択を、すめらぎはなさいません。その証拠に……』


 仮の宿の占い師はじっとモニターを見る。

 モニターは二画面になっていた。

 片方は成田空港。なぜか、警察車両がずらりと並んでいる。

 もう一つには、ピカピカとツクヨミとスサノヲの印が交互に光っている機体。

 その機体が一瞬で消えたのだった。

 そして成田空港にピカピカ光っている機体が移動した。


『スサノヲ様、お見事でございます』


 仮の宿の占い師が嬉しそうな声を上げ、小さく拍手をしている。


『すごいですね。これ、説明できる人、いませんよ?』


『神々の技です。その一言で説明できるじゃないですか』


 ふふふと仮の宿の占い師は楽しそうだ。


『神々としましては、ぶっつぶしたかったそうです。アマテラスの民は一人も乗っていなかったようですので』


 後ろにハートマークでもついていそうな、言い方だった。


 長女は、動画再生をやめた。

 自分達姉妹が乗っていたということは言われていない。

 搭乗記録は消されたのだろうか。


あの印が額に出た時点で、もうアマテラスの民ではなかったのかもしれない。



 スサノヲが飛行機を止めている間、ツクヨミがすめらぎと相談したのだろう。

 絶望した瞬間、皇太子の声が聞こえてきた。

 自分達を心配している声だった。

 乗客も乗組員全員が仲間だと伝えてくれた。

 しかし、日本の海域から出ると声は聞こえなくなった。


 もしかしたら、『なにもない』と答えたから、そのまま黙ってしまったのだろうか。

 しかし、目的地に向かって急降下している時、ふっと周りの空気が和らぎ、なにかに包まれていると感じたのだった。

 護られていると。



 くぅ……とお腹が鳴った。

 食欲はないと思っていたが、先程からこの部屋に漂っている匂いに、生存本能が勝ったのかもしれない。

 腕を伸ばして、クローシュを外した。

 コーンスープだった。


 カップを手に取り、スプーンで一口飲んでみる。


「とうもろこしって、こんなに甘かったんだ……」


 丁寧に濾されているのが、わかる。

 一口一口味わっていると、あっという間にカップは空になった。

 気持ちの満足感も、お腹の満足感もすごい。

 カップをワゴンに戻し、ふと、気付いた。

 ワゴンの上には、白湯であろう湯呑みもあった。


 手を伸ばし、湯呑みを持つ。

 飲みやすい温度だった。

 口の中を洗い流すように、白湯を飲む。

 温かさが口の中から食道へ。そして胃へ伝わるのがわかる。


 かなりの満腹感だった。

 湯呑みをワゴンに戻し、また横になった。


「どうして、まだ、生かされているんだろう?」


 一瞬、皇太子の顔が思い浮かぶ。

 あの時、残す言葉と言われて、ヤケになりかけたのは確かだ。

 絶望しかなかった。

 自分達姉妹が飛行機に乗り込んだ時、拍手で迎えられていたが、あの瞬間、まったくいないものとして扱われていた。

 そう、いないもの。

 価値がない。

 京都にいた時は、まだ皇族だった。

 だからか、『姫様』と呼ばれ、気持ちが良かった。

 そういえば、皇族を抜けてからは、京都方面からの連絡はなかった。

 仲が良かったと思っていた人にチャットを送ってみたが、既読すらつかなかった。

 だからこそ、日本を捨てようと思っていたが、その結果がこれだ。

 手を伸ばして、スマホを見てみる。

 未読のチャットがあるから確認してみたら、すべて企業の広告だった。

 自分を心配してくれたのは、皇太子だけだったのだろうか。

 それとも、皇太子は誰かに頼まれたのだろうか。


 横からいびきが聞こえてくる。


 長女はちらっと横を見る。


 悩みがなさそうな寝顔だ。

 寝返りを打ち、顔がこちらに向く。

 ツクヨミとスサノヲの印が二つ並んでいた。


 長女は、そのまま目を閉じる。

 スマホでさらに調べることが出来たが、まだ、心の準備が追いついていないのだった。


 そして、眠りに落ちた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 夢を見た。

 祖母の夢だった。

 不出来な長男だった父とは違い、初孫である長女と祖母は会話がはずんだようだった。

 教養が深い祖母からは興味深い話がいくらでも聞くことができた。

 こういうふうに、祖母と接しているのは、私だけ。

 祖母を理解できるのは、私だけ。



 病気の父を放り出して家から出ていった母親を許せず、家の鍵を変えて、完全に締め出した。


 それからは、父にべったりだった。


「私はこの宮家を継ぐ」


 いつから、そう思うようになったのか。

 祖母も、賛成してくれた。


 ただ、女性では宮家の当主になれない。


 皇室典範が変わるまでは、待つしかない。


 母の兄である伯父に祖母の葬儀の時に尋ねた。


「ちゃんと考えているから、安心しなさい」


 それが伯父の返事だった。


 すめらぎの『次男はいない』発言後、伯父の額にツクヨミとスサノヲの印も現れなかった。


「上皇は最後にいい仕事をしたな」


 そう呟いているのを、偶然、聞いてしまった。

 伯父は、『男系男子』を押していると公言していた。

 それは、父も言っていた。

 そのためには、側室制度を復活するべきだとも言っていたのだった。


 だから、キツネの仲間だと思っていたのに……。


 母は、すめらぎ一家の一人娘を皇太子にと願っていた。


 理解できない。


 すめらぎの肩を持っていた母には、ツクヨミの印もスサノヲの印も出ていない。


 どういうこと?


 長女は、少し混乱した。


「『男系男子』を主張していた人すべてが亡くなったわけではない…?」


 それは事実だった。

 そもそも印が現れたのは、叩けばホコリが出る人ばかり。

 立派だと人望があり尊敬もされていた人にその印が出たときには、「裏で何をしていたんだ?」と騒がれてもいた。

 その人の罪は明らかだった。

 他国に自国の水の権利を売っていたのだった。

 当然、見返りもある。

 その見返りのほとんどはキツネに上納されていた……らしい。

別の人は、山を切り開いて、太陽光発電システムを設置していた。

 その収益は他国に入る。


「不正はダメよね」


 長女は呟いた。


「もしかして、キツネやイタチから睨まれないように『男系男子』と言っていた?」


 それなら、納得できるのだった。


「かなり前に言われた事があったけれど、『お前には、すめらぎの血が流れている。天皇にもなれる』というのは、女性天皇……」


 伯父の言葉の真意。


「『直系の長子』が継承……」


 ポタリと涙が落ちた。


「ヒントは……あった……」


 そう思うと、いろいろと腑に落ちる。

 父は、自由人だった。

 もっと、仕事をしたいと思っていた。

 しかし、『祭祀』というものがそれを邪魔をした。

 皇籍離脱を望んだが、男系皇族が減るということで、認めてもらえなかったらしい。

 すめらぎの仕事は『祭祀』だ。

 今までの神々との関係を考えると、疑うまでもない。



 母は躾と教育には厳しかった。

 本当に厳しかった。

 妹も父の性格に似てしまった。

 母がいうことは窮屈でしかなかった。

 反発ばかりしていた。

 今は、頭で考えなくても、自然と体は動くようになっている。

 立ち居振る舞い、言葉遣い。

 時々、母の言葉が頭の中で蘇る。


「うるさいったら、ありゃしない……と思っていたけど……」


 ズキンと頭は痛くならなかった。


 途中から、いろいろと崩れていったすめらぎの弟夫婦の事を考えると、母は正しく娘に向き合っていたと言えるのかもしれない。


 長女からしても、「あれはさすがにないわ~」と呆れることも多かったのだ。

 

 特にイタチは詰めが甘かった。

 別の宗教での作法を公然と行うとは、呆れるしかない。

 それに、馴子の結婚相手のトラブル。


「自分を太陽に例えられるんじゃなくて、月に例えられて喜んでいるなんて……」


 馴子が平民の男の方を『太陽』と言っていたことを思い出す。

 身分的に言えば、馴子のほうが完全に上なのに。


「と言っても、偽物の皇族だったわけだけど……」


 金銭トラブルも解決しないまま、逃げるようにこの国を出ていった。

 その生活をキツネは支援していたという。


 イタチではなく、キツネが支援していた。


 そのことも、いろいろと裏の事情を知り、納得出来た。

 キツネの血縁者が馴子だった。

 とにかく馴子を可愛がっていた。

 馴子は麗子ばかりキツネは可愛がると思っていたようだったが、それは馴子の勘違いだろう。

 麗子は、イタチの浮気で出来た子だった。

 馴子を見るキツネの目は優しいが、麗子に対しては優しさを感じない。

 言動や行動で麗子を可愛がっているように見えていただけだった。

 長男の出自を考えると、長男の数は片手では足りない。

 それも、選ばれた数だというのだから、表に出てくることなく、どれだけの人数が闇に葬り去られてしまったのか。


 そういえば、馴子の結婚相手の母親も、酷かった。


 TPOをわきまえない服装。

だらしない男関係。

見苦しいといえば、その一言で済む。

 ただ、なんとなく、イタチと同じ臭いがしていた。


「同類だったのよね……」


 長女は小さくため息を吐いた。


「考えがどんどん、ずれていっているわ……」


 でも、怒られながらも勉強をした結果、英語での会話は困らない。

 それは妹も同じだ。


 母は英語が堪能だった。

 そして、公務に英語は必須。

 もし、それ以外の言語が必要であれば、通訳をお願いすればいい。


「『通訳なしで』にこだわった結果が……」


 いろいろとあの一家のやらかしを思い出す。


「そういえば、イタチの論文は父親が書いたって言ってたっけ?」


 また、ため息が出た。


「馴子さんは喋れたのよね。でも、麗子さんは全くダメだった。あの大学で日本語で卒論を書いたっていうのは、案外……事実なのかも……」


 長女は、別の意味ですごいと感心した。

 それを押し通したのはイタチだろう。


「9÷3=2ですものね……」


 その話を聞いた時、深読みしてしまったのだった。

 哲学的な意味が何かあるのかと。

 しかし、単純に間違えているだけと気づいた。

 長女は常に学年トップで初等部から高等部まで在籍していたが、どうやら麗子は常に底辺にいたようだ。

 そして、皇室始まって以来の優秀さと言われたのが皇女だった。


「私よりも、上……」


 学歴を比較しても、皇妃には勝てない。





 父は娘たちには優しかった。

 病気と闘って入退院を繰り返す父。

 病気療養を理由に、その父から離れた母。

 生活は苦しかった。

 皇族なのに、苦しかった。


「父は母を臣籍降下(離婚)させるつもりでいました。そちらで引き取ってください」


 父がまだ闘病中だった時、伯父に言ったこともあった。

 伯父はそれには何も言わなかった。


「なぜ、伯父は、母を皇族として残したんだろう……」


 皇族とのつながりが欲しかった?

 父が母に求婚した時、母の実家は反対したという。

 ということは、皇族とのつながりを望んでいたというわけではない、ということになる。


 父の入院費、治療費等、皇族は平民とは違い社会保険には入ることができない。

 医療費はすべて、実費になる。

 がん治療に関わる費用は、支給される皇族費から支出することになる。

 足りない分は、母の実家から、援助があったようだ。

 別居している母の生活費も、実家からの援助だろう。


 もし、あの時、私の言ったことを伯父が受け入れていたら、生活はさらに困窮したことになる。


 留学も、男子ならば皇族費から出されたが、女子の場合は、皇族費からは出されない。

自分の留学費は、伯父から助けてもらった。


「こうやって考えると、伯父様なしでは、生活できていなかったということよね……」


 長女は、もやもやとした気持ちを感じた。

 すべて、伯父の手の上で転がされているような気がしたのだ。

 いや、掌で転がされていたのは、自分達だけじゃなかった。



 ある日、いきなり、『皇女殿下、立太子決定。ついに皇太子へ』というニュースが出たのだった。


 寝耳に水だった。


 あとで知ったが、暗躍していたのが伯父だった。

 あれだけ『男系男子』と言っていたのは、完全なカモフラージュだったのだった。

 キツネから目をつけられないように。

 イタチに邪魔をされないように。

 さらに、それに父も協力していたのだろうか?

 父は、強く『男系男子』というのを言っていた。

 伯父と父の二人がそれを言い続けていたので、周りは安全牌だと安心していたというのもあるかもしれない。


 そしてその裏で、女性宮家創設という案も、通した。

 降嫁した皇族が皇籍に戻れるという期間限定での案も通した。

 その裏で、臣籍降下した皇族から養子をとるという案は、完全に却下された。


 いつだったか、明治天皇のやしゃごだと名乗る胡散臭い男が求婚してきた。

 傲慢で野心家な顔をしていた。

 その男に対してはなぜか、嫌悪感しかなかった。

 そんな男を『皇族』にしたくはなかった。

 妹にもその事を言い聞かせ、求婚はきっぱりと断ったのだった。


 後で調べたが、その男は別の女の結婚し、子を設けたらしい。

 そして、長男が生まれると、いろいろと煩くなってきていた。


 養子縁組をするとしても、その男の子どもはあり得ないと思った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 女性でもすめらぎになれる。


 それだけだったら、長女にも望みはあった。

 しかし、『直系長子』という条件がついた。

 望みは完全に絶たれた。



 だから、皇族を離脱した。



 その結果が、これだ。



「賢いけど、愚か」



 ネットでそう批判されていたことを思い出す。

 その時は、学歴や自分の知性に対する妬みだと思っていたけれど、自分の行動を振り返ってみると、確かに愚かでしかない。

 認めたくはないけれど、母がいなければ、今の自分は存在していない。

 そして、父と過ごす時間ももっと短くなっていたことだろう。


『臣籍降下(離婚)させるつもりでいた』 


 父のこの言葉の真意は、キツネから母を守りたかったのでないだろうか。

 この時、皇太子妃へのバッシングは酷かった。

 同じ事が母にも起こりうる事だったのだ。


 伯父にはさぞかし愚かな姪と思われていただろう。


 しかし、愚かな部分も含めて、掌で転がされた。


 伯父が大事だったのは、昭和天皇との約束と、実の妹だけだった。


「私は、おまけ……」


 そう呟き、横で眠っている妹を見た。

 母と別居状態になった時、母に会いに行こうとする妹を叱りつけたのは、自分だ。

 母がどれだけ卑劣で、父にも自分達にもどれだけ不誠実かを、皇太子妃の例を引き出し説明したのだった。

 皇女のことを口にする妹に、自分がどれだけ苛立ったか。

 その後、留学という建前で、逃げた。

 日本から離れて、初めて自由を感じた。


 皇族に戻るか。

 今のままでいるか。


 支度金はもらっている。

 マンションを売り払ったので、少しはその金額よりは増えている。


 父が何度も行き、あの弟が引き継いだ公務。


 自分も何度か行った。


 あの国で、勉強をし直そうか……。


 長女はそこまで考え、少し疲れを感じた。

 目を閉じると、自然と眠りに引き込まれていった。

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